入り口から階段を降りるとセントル大通りと呼ばれる道へ出た。人通りも多く、道に沿って色々な物が置かれてそれを眺めたり交換している人やノポンがいる。楽しげな雰囲気だったがウロボロス達の姿を確認すると、その空気は一変した。
「ウロボロスだ……」
「あいつらが?」
「まだコドモじゃないか、可哀想に」
「ケヴェスとアグヌスの兵士なんだろ?」
「何で入れた? 敵かもしれないのに」
「終わりだ……、ここも戦場になる」
小声の囁きだが言葉の一つ一つはしっかりと耳に入ってくる。歓迎されてはいない上に排除したがる者さえいる。シティーにとっての異物として認識されている。
「う、ぇ……」
思わず口を塞いだ。トワにとって思い出したくもない、出来るのなら忘れてしまいたい感覚がフラッシュバックする。
異質な存在を見る目は、見る者が考える以上に向けられた者へ直接的に伝わる。声を出さなくても態度や空気は想像より遥かに多くを物語ってくる。隠そうとしても漏れ出るのだから、隠すのをやめれば尚更だ。言葉で直接言われるよりも苦しく感じる事だって沢山ある。
"特別"なんてものはそれだけで注目を集める。決して良い物ばかりではなかったし、寧ろそちらの方が圧倒的に多かった。ずっとキャッスルにいて守ってもらえる存在など、一般の兵士からすれば羨ましい以外あるものか。その羨望は妬みに変化して、トワの背中に纏わりつくようにして視線と共に感情が向けられる。少しでも紛れさせようと演奏と成人する兵士に向き合ってはいたが、全てを振り払うなど出来る筈もなかった。
あの息苦しさと同じだ。
シティーは希望だった筈なのに。ここに辿り着ければ何かが変わるかもしれないと信じていたのに。モニカが来てくれた時は彼らを信じて良いのかもしれないと思ったのに。
特別なんてなりたくてなった訳じゃない。違う、特別ですらなかった。ただ
違う。違う違う。今の自分にも出来ることがある。戦わない選択肢を取って生きていく姿を示せる。今の自分にはやれる事だって増えた。役立たずなんかじゃない。仲間達に力になっていると言われた。あれは世辞じゃない、本心から言ってくれた。ボクはこの世界にいてもいい、生きてても、いいんだ。
嗚呼、頭がぐちゃぐちゃする。
空いている手がふと温かくなる。誰かが柔らかく握ってくれている。首を動かせばセナが微笑んでいた。
「大丈夫だよトワちゃん、私達がいるから。それに
何も居心地が悪いのはトワだけではない。セナだって、他の皆だって同じだ。自分一人が苦しい訳ではないし、同じ苦しみだからこそ仲間はそれを負担しあってくれる。変わりたいなら、変わったと言うのならこれしきの事で負けてはいられない。
「……うん。ありがとう」
「えへへ。……ねえ、あの人コロニー4で戦ったメビウスに似てない?」
セナが視線で示したのは顔に皺の刻まれた女性と思しき人だった。ウロボロス達を受け入れ難い表情と雰囲気ばかりに気を取られていたが、言われてみれば特徴はあの時のメビウスとそっくりだ。それにセナが示した者だけでなく、同じようにシワシワの人間はぽつりぽつりと存在している。
「何か小っちゃいのもいるデスも! マナナ、見た事ない種族デスも!」
逆にマナナは自分達よりも小柄な存在に驚いている。ノポンよりは身長はあるが、それでも自分達よりは遥かに小さい。小さき者はウロボロス達など特に気にする様子もなく、自分達とは逆の方向へ笑いながら複数人で駆けていく。
「……いや、あれもきっと俺達と同じ人間なんだ」
ノアはメビウスに似たシワシワも、小っちゃい何かも同じ"人間"だと確信していた。見た事がない姿なのは確かだが、胴体から二本の腕と二本の足、首から上には差異はあれど顔面と認識できる物がある。人間と言われればそう見える。
「お前らがウロボロスだって?」
セントル大通りを抜けところで右の通路からやってきた集団に声をかけられた。シワシワでも小っちゃい人間でもなく、見た目は兵士達とよく似ているのが五人いる。
こちらを睨む顔からして彼らもまたウロボロス達を受け入れてはいないらしい。敵軍の兵士に殺意や憎悪を向けられるのは今まで当たり前だった。しかしこの五人が向けてくる感情はまた別に見える。
「長くて二年? なに? 半年もないのもいるんじゃない?」
「先なんてないじゃないの」
「何でヴァンダムさんはこんな奴らにウロボロスの力を……」
出てくる言葉はこちらとて黙っていられないものばかりだった。ミオだけが目を僅かに伏せたが他は五人に噛みつきそうな目付きや雰囲気へと切り替わった。
「何だいきなり。失礼じゃないか」
喧嘩っ早いランツやユーニが飛び出されると流石に事が大きくなる。それを即座に判断したタイオンが言葉で反抗した。タイオンの声でランツとユーニも拳を握る程度でなんとか留まってくれた。彼がいなかったら今頃ユーニなんかは相手の胸倉を掴み上げていただろう。
「一応紹介しておこう。ウロボロスの候補者
モニカが前に出て説明を始める。この五人はロストナンバーズの一員であり、メビウスと戦う事を義務付けられ日々訓練を重ねてきた。名をジャンセン、シマ、ニシキ、クライト、オリーブという。
先導してくれたシャナイアもそうであるし、大剣の麓で囲んできた者達も同じロストナンバーズだ。但しこの五人とシャナイアはロストナンバーズの中でも"ウロボロス候補生"であり、少し特別な立場であるらしかった。
「満足? 俺達からウロボロスを奪ってさ」
一人が身を乗り出してくる。声は落ち着いてこそいるが決して正の感情は含まれていない。あるのは強い憤りと、恐らく大きな嫉妬。そこまでは理解出来ても、自分達がそれを向けられる理由までは分からない。困惑の思いも抱きはするが、こんなにはっきりと悪い感情を剥き出されては自分達だって不快にもなる。
「お前達、そこまでにしておけ。理由や経緯はどうあれ親父が選んだ者たちだ。親父だって闇雲にウロボロス・ストーンを発動させた訳じゃない。
その証拠に彼らはここに来るまで何度もメビウスと抗してきた。そして誰一人欠ける事なくこのシティーまで辿り着いた。力は確かなものだ、シャナイアの報告にもあっただろう」
候補生達をモニカが止めてくれたが、発言の中に気になる点が一つあった。
「……報告?」
大剣へ辿り着くまでに誰かに見張られたりする感覚など全く無かった。その類の気配には特に敏感なミオも違和感を覚えたりしていない。
しかし聞けば、自分達がここに来るまでの旅路は全てシャナイアが探っていたというのだ。アルフェト渓谷での一件、つまり最初から。
「とにかくだ。我々は志を同じくする者だ、気持ちは分かるが敵と味方を間違えるんじゃないぞ」
モニカのこの言葉でやっと候補生達は一歩下がってくれた。納得はしていなさそうだがこれ以上言い掛かりをつけたりはせずにやって来た方向へと去っていった。
候補生達を見送ったモニカが振り返り、申し訳無さそうに眉を下げた。悪気がある訳ではないから気を悪くしないでほしい、と。
「そう言われてもなぁ……」
「居心地は良かないよ」
ランツとユーニが漏らした通りだ。ノアだって眉を顰めているし、タイオンも腕を組んだまま難しい表情を浮かべている。トワはセナの手の力が微かに強まっていたのを感じていたし、トワ自身もセナの手を強く握ってしまっていた。複雑な事情はあるのだろうが、それを理由に簡単に受け入れられる程に自分達は器が大きい訳でもない。
「一つ聞いてもいいですか?」
トワが声を上げた。重たくなった空気の中声を出すのは少し勇気が必要だったが、それよりも気になる事があった。
「シャナイアがずっとボク達を見張ってたのはいいんですけど……。それなら何でさっきボクの瞳のことで、ノア達に火時計を壊してもらったのか聞いたんですか?」
シャナイアがアルフェト渓谷の出来事から見ていたのなら質問など必要なかったはずだ。ウロボロス・ストーン破壊作戦にトワ自身もいたのだし、何よりゲルニカに促されてウロボロス・ストーンを解放したのはトワだったからだ。
「私が見てたのはあんた達がミリク平原側へ旅立った時からだよ。救難信号とウロボロス・ストーンの発動を受けてから向かったんだ」
成る程と頷く。最初からと言っても本当の始まりからではなかった。よく考えたらゲルニカ達といたのなら自分達だってシャナイアを目撃していただろう。
ケヴェスとアグヌスで一度別れて、コロニー9とコロニーガンマに戻った時にトワが解放された可能性を考えていたらしい。要した時間と状況的に限りなく不可能に近いが一応の確認だったのだろう。
「もうない? 次行くよ」
ふい、と顔を背けてシャナイアは北側へと歩き出した。どこへ向かっているかは説明してくれない。会話も弾まないからノアとモニカが会話している内容に何となく聞き耳を立てる。
シャナイアを通じてモニカを始めとしたロストナンバーズが自分達ウロボロスを見ていたのは分かった。ウロボロス達の状況を把握していたから、好機だと判断してキャッスルを襲撃したのかとノアがモニカに問いかけた。
当然ロストナンバーズはウロボロスとの接触の機会をずっと探っていた。ゲルニカであればシティーを目指せと伝えたであろうから、ウロボロス達は真っ直ぐシティーへ向かうと踏んでいた。
そこで大きな誤算が発生した。キャッスルへの潜入だ。敵陣へ乗り込む姿にモニカは内心相当焦っていた。無謀すらも通り越した行動に馬鹿の集まりではないのかとすら思った程だ。
「馬鹿って……」
「酷い……」
少し首を後ろに向けてじっとりとした視線でミオとセナが訴えた。別に自分達だってただキャッスルに乗り込んだのではなく、
「すまない、勇敢と言い換えよう」
「今更遅えっての……」
ユーニが右手で頭を抱えた。
しかしウロボロス達のキャッスル潜入に便乗する形で、ロストナンバーズ側も目的の一つを達成できていた。育成モジュールをいくつか奪えたのがそれらしい。育成、モジュールとそれぞれの意味は知っているが、単語が合わさった「育成モジュール」という単語に聞き覚えはない。
「それを見せよう。お前達にとって大事なものであり、我々が戦う理由の一つでもある」