神笛と永遠と   作:坂野

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 育成モジュールの格納庫までにプラエタリアの丘で悍ましい光景を見た。大剣の鍔の真上辺りに位置しており、そこから外が僅かばかり見える。けれどそこから見えるのは決して清々しい空や海ではない。

 かつては大剣でもケヴェスとアグヌスの戦いが繰り広げられていた。戦いがあった場所に残されるのはただ一つ、兵士達の骸だ。

 今は雪も白く積もっているが、それでも見える骸の数は夥しい。骸の上に骸が積もっている。不用物として無造作に、誰にもおくられずに捨て去られた命だ。

 これが今のこの世界の姿である。戦う選択肢しか持たない、人に嵌められた"枷"であるとモニカは語った。

 

 そうして辿り着いたモジュール格納庫に収められていた物体は自分達もよく知る物だった。

「ゆりかご……」

 ミオの呟いた通り、所狭しとばかりに大量のゆりかごが並んでいる。モニカ達はこれをゆりかごではなく育成モジュールと呼んでいる。モジュールの中にはキャッスルにいたエセルの入った物もある。

 

 アイオニオンの兵士はこの育成モジュールから生まれる。生まれ落ちた後は訓練を受けて戦場へ立ち、互いの世界の兵士を殺して命を奪う。奪った命はコロニーの鉄巨神へ集約されて最終的にメビウスの糧となる。

 人間が生きる為に水と食料を必要とするのと同じく、メビウスは己が存在の為に常に"命"を必要とする。その命を創り出すのが育成モジュールである。

 兵士達の命はメビウスが存在する為にある。自分達の命はメビウスに食われる為に生まれ落ちてきた。

 その事実でもういっぱいいっぱいで苦しいのに、モニカは更に大きな事実を突きつけてきた。

「死して骸となった後も何度も何度も再生される。それが枷だ」

 枷をはめられた者は互いをひたすら殺し合う運命を定められている。

 殺された者は死んだ後に新たな自分として、キャッスルにある育成モジュールから以前の記憶を失った状態で再び誕生させられる。

 だが基本的には肉体に命を繋ぎ止めておく、即ち生きてさえいればメビウスの糧にはならずに済む。ほんの僅かではあるがメビウスの力を削げる。その為に何度も何度もキャッスルからゆりかごを奪ってきた。そこまでしてもロストナンバーズが奪えたメビウスの命はごく僅かだ。払った犠牲の方が圧倒的に大きかった。

 

「じゃあおくりびとって、なんでいるんですか……」

 震えて情けない声だった。

 トワはほとんど理解していた。それでも僅かな否定を期待して口を開かずにはいられなかった。セナに握られたままの手の震えが止まらない。涙が瞳に溜まってもう零れ落ちてしまう。

「ボクらがやってきた事って、おくってきた命は、どこにも行けないで、ずっと……!」

「そうだ」

 現実はどこまでも残酷だった。

「おくりとはメビウスにとって命の循環を効率良くする為の手段でしかない。そこに死者への安らぎなど微塵も無い」

 ノアとミオも小さくも悲痛な声を短く上げた。今まで重ねてきた行為が全て崩れ落ちていく。

 

 死した骸から昇る赤い粒子は放っておいてもいずれ消えていく。赤い粒子が全て放出された瞬間にゆりかごにて再び肉体が構成される。

 だがそれでは粒子が自然に流れ切るのを待つ必要がある。それの流出を早めるものがおくりびとの奏でる調べだ。

 おくりの旋律で赤から白へと変わった粒子は体内から流れ出る速度が早まり、放置する時よりも遥かに短い時間で放出が終わる。大規模な戦闘となればなるほどメビウスにとっては都合が良い。

 更に成人の儀の存在も結局はメビウス側に都合が良い。

 ただ十年を生き抜くのと、女王へ還ると吹聴されそれを目標として生き抜くのではどちらが兵士にとって良い動機付けになるか。言うまでもないだろう。

 成人を目指して張り切って敵を殺してもらいその命を回収する。回収された命は全てを忘れて再び敵を殺して、そして必ず十年を終えて死ぬ。

 メビウスにとっての糧は無限に続いていく。

「おくりの数少ない利点は生者に対してだ」

 コロニーラムダでタイオンが語ってくれたこと。おくりは生者の心の安らぎでしかない。それがこの世界の現実だった。

「しかし命の行き先を知ってしまった僕らは……安らげなど出来るわけがない……!」

 タイオンも俯き歯を食いしばって言葉を吐き出した。知らぬからおくりの旋律に耳を傾けて死者へと思いを馳せていたのだ。知ってしまったらもう戻れない。

 

 しかしシティーの人間もまた死者をおくる事、弔いの行為はあくまでも生者の為の物だとモニカは話した。弔いは生きる者の気持ちの整理である。死んだ者はもう口を開かないから、実際はどんな想いを抱いて往ったのかなど結局誰も分からない。

 シティーの人間は兵士とは異なり新たに再生されはしない。十年よりも長く生きられる、火時計に縛られたり命がメビウスの糧となることもない。

 それならばどうやってここまでシティーを大きくしてきたのだろう。死んだらそこで終わりなのであれば命は減り続ける。育成モジュールも無いのならどうやって人は増えるのだろうか。

「次は居住区を見せよう。私達の命と想いの繋ぎ方、この世界本来の姿がある」

 モニカはシティーの人々は皆、最初にウロボロスとなった者達の末裔だと言った。末裔という単語もまた馴染みのない言葉だった。

「きっとお前達にとって新たな光になる」

 モニカの表情が少し和らぐ。それは良いのだが得られる情報の量も中身も怒涛すぎて正直なところ疲労が勝っている。希望と言ってもあまりにもか細いものならば、この命の循環の事実の衝撃には到底及ばない。

 

 モジュール格納庫を出て左へと進む。

 新たな光と言われて興味がない訳ではない。しかし誰もが兵士達に嵌められた枷に酷くショックを受けている。

「俺達、生まれては戦って、そして死んで。それでまた生まれてたってのか。……何度も何度も」

 いつもの快活さがすっかり消え失せたランツの呟きをノアが拾う。

「俺も信じられないけど……でも、あの中に確かにエセルがいた。本当なんだよ」

 ノアの声は普段とあまり変わらなかったが、視線は足元へ向いていた。強い彼だってあれだけの事実を前にされては揺らがないなど無理な話だろう。

 セントル大通りへまた入り、今度は途中で左へと曲がる。そうして到着したのは居住区内にある医療施設だった。医療施設というから怪我や病人が多く重たい空気が蔓延しているのかと身構えたが、それはあっさりと打ち砕かれた。

 椅子に座った女性の腹が大きく膨らんでいる。そういう病なのかと考えたが、女性も彼女と会話をしている人もその表情は晴れやかだ。明るい声で会話をして、まるで何かを待ち焦がれて楽しみにしているかのよう。

「ここは出産の為の施設だ」

「……シュッサン?」

 また知らない単語だ。モニカはもう特に説明することも無く、そのままとある部屋へと顔を出し、先生と呼んだシワシワの男に何か確認を取っている。そのまま待っているように指示をされ扉が閉まった。

 

 思わぬ待ちぼうけを食らった。することも無く何となく他愛もない会話で時間を潰す。

「トワちゃん、もう大丈夫?」

 セナがずっと握っていてくれたトワの手を改めて両手で包んでくれる。枷の話まで聞いて全てが大丈夫とは言えないが、最初よりは落ち着いている。不思議とこの場の雰囲気が心地良かった。無条件で自身の存在を肯定してくれているような気がしたのだ。

「うん、ありがとう。セナも手握ってて疲れたよね、もう離しても大丈夫」

「そんなことないよ、私は力と体力が取り柄だもん。また怖くなったら言って、何なら抱えちゃうよ」

「あはは、それは恥ずかしいや」

「ならアタシのこと抱えてくれよ〜」

 ユーニがセナの後ろから肩に腕を置いてきた。セナに寄りかかるようにして大きく息を吐いている。座学の得意な彼女でも脳の処理能力は限界のようだった。

「もうアタシ頭ン中オーバーヒートしそう。大剣に着いたと思ったら信じられねえ事ばっか……って言いたいんだけどさ」

 セナの肩から手を離し、ユーニが何かを取り出した。開かれた手にあるのはよくある一般兵士の認識票だ。

「これ、読み取ってみて」

 意図するところが不明でトワとセナは互いを見合わせるも、とりあえずユーニの指示通りに瞳で認識票のコードを読み取る。

 そうして表示された内容は。

 

 名前:ユーニ

 所属コロニー:コロニー18

 クラス:クイックシューター

 

「え……ユーニって、メディックガンナーだよね」

「それに私達と会った時はコロニー9の所属だったし……」

 ユーニがこの認識票を拾ったのはカーナの古戦場——無残な姿と成り果てた黄金ランクのコロニーがあった場所だった。あの時にユーニはある骸を見つけていた。その時に認識票を拾い上げ内容を確認した。

 トワはカーナの古戦場でユーニの様子が変だったことを思い出した。あの時にユーニが誤魔化したのはこれだったのだ。

「偶然名前が同じだっただけ、って思い込もうとした。でもさ、時たま頭の中にアタシじゃないアタシの記憶が流れるんだ」

 黄金のコロニーとして昇格してすぐに謎の化け物に襲われた記憶。コロニー総出で立ち向かったが呆気なく全滅させられた。トップクラスの実力を持ったコロニーであったのに。

 化け物の黄色く光る巨大な爪が自分の右目に迫ってくる。身体は震えるだけで指の一本も動かせない。そしてその爪が眼球を貫こうかというタイミングで映像は途切れてしまう。

 

 単なる悪夢と切り捨ててしまえたら良かったのだが、ユーニはある情報を得た時に過去に別の自分がいたのではという推察をほぼ確信へと変えた。

 ある情報とは殲滅兵器前にいたメビウスだった。片方はヨランだったがもう片方はディーと名乗っていた。そのディーがメビウス特有の化け物の姿となった時に、記憶の中の姿とそれが一致した。

「あの育成モジュールとアタシ達兵士の命の繰り返しの話でむしろ納得したっていうか……。ああやっぱり、あれはアタシだったんだって」

 自分の知らない自分が過去にいた。昔も今も、まだ知らぬ未来さえもこの世界に生まれ落ちて戦わされ続ける。出口の無い迷路に放り込まれたのだと知ってしまった。出口が無いと知っているのに彷徨い続けるのはなんと不幸だろうか。いっそのこと知らないままでいた方がまだ幸せだったかもしれない。

「……少し前のアタシならきっと自暴自棄になってたと思う」

 ユーニが認識票を持つ手を閉じた。ぐっと力の入った拳だった。

「前のアタシにノアやランツはいなかった、メビウスの存在も知らなかった。今は違う、沢山のことを知れた。今のアタシはすっげえラッキーだ」

 ユーニの表情は明るかった。

 いくら過去の自分自身でも詳しい記憶は無い。周囲の環境も人間関係もまるで違う。それは本当に過去の自分と全く同じと言えるだろうか。クラスだって過去のユーニはクイックシューターという攻撃役だったが、今のユーニはメディックガンナーという回復役だ。

「アタシは今のアタシとみんなの為に戦いたい。今のアタシで終われないなら未来のアタシにも何か残したい。こんなひでぇ世界をぶっ壊せるように。だから、さ」

 ユーニがトワの肩に手を置いた。

「おくりびとだって無意味じゃねえよ。少なくともアタシはカーナの古戦場でトワが昔のアタシをおくってくれた時、嬉しかったんだ。肉体は変わっちまったけど、殺された恐怖はずっとあそこに残り続けてた。それがきっとあそこから解放されたんだ。

 それだけでもうおくりは死者の為にもなってるって証拠だろ?」

 モルクナ大森林で月を見上げた時に、今の自分達は月がある理由に意味を見出す権利を持っている状態だとノアが言っていた。きっとおくりびとの存在だって同じだ。死者にも必要なものだという意味をユーニが与えてくれた。

 絶望に目を眩ませていてはどんなに小さな光だって見つけられない。

 

 

「待たせたな、入れ」

 扉が開きモニカがまた顔を出した。

 そこでやっと気がつく。必死に何かを叫んでいる音、小さいけれど強い意志がこもった音が響いている。

 

 何か、泣き声が聞こえている。

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