「さて、次が最後だ」
モニカとシャナイアは再び別の方向へと進み出した。
「まだあんのかよ。俺もうとっくに頭パンパンだぜ……」
「最後って言ってるし頑張ろう、ね」
「ミオが言うならそうするけどよ……」
人本来の姿を見て気分は重たいだけではなくなったが、身体的疲労はまた別の話だ。キャッスルに潜入し殲滅兵器の破壊、すぐ後に偽物の女王と戦い何とか脱出してきた。そこから大剣へ辿り着き、すぐにこうしてモニカ達に案内を受けている。
正直もう休ませてほしい。
命刻碑からウィリデ公園へと進んでいく。その道すがらでモニカはシティーの歴史の説明を始めた。
「シティーは最初からこうだった訳ではない。アイオニオンが生まれてすぐにはケヴェスとアグヌスの両国と、それを裏から牛耳るメビウスしか無かったと伝えられている」
数えるのも気が遠くなる程に昔の出来事でどこまでが正確な情報か判断は難しい。あくまでも記録として現在残っている資料に基づくのであれば、だ。
「まずお前達がケヴェスキャッスルで戦った女王。あれは紛い物であり本物の女王は別にいる」
ケヴェスだけでなくアグヌスの女王もまた、今の玉座に座しているのはメビウスの手により作られた機械仕掛けの操り人形に過ぎない。
気が遠くなるほど古い時、アイオニオンが生まれてすぐの時代。真のケヴェスとアグヌスの両女王は各地を周り兵士達を火時計から解放していたと伝わっている。その中で兵士達が集まり共同生活を営むようになり、子を成した。
兵士達から生まれた子達は、親である兵士とは異なり十年の縛りを持たない姿をしていた。兵士達は知らぬ人間の姿に驚き困惑したが、女王がそれを人本来の姿であると教えてくれた。女王は兵士が知り得ぬ情報や知識を数多く持っていたそうだ。
それからは女王を中心として、新たな命と解放された兵士達でメビウスに抗する組織として勢力を広げていく。これがシティーの基礎となった。
しかし勢力が大きくなり、次第に存在がメビウスの脅威となり始めた。そこでまずメビウスが狙ったのは二人の女王だった。女王がメビウスの手に堕ちてしまえば火時計からの解放はおろか、この世界を在るべき姿に戻す事さえ叶わなくなる。その為に女王は行き先を誰にも知らせず身を隠し、今もまだ見つかってはいない。手がかりさえも碌に残っていない。
「ってかさ、そんなに前の話なら女王はもう死んでんじゃないのか? シティーの人だって八十年とか言ってたろ、どんだけ長くても百年くらいだっけか」
ランツの質問に対して、モニカは"不明"としか言わなかった。資料には女王達は我々よりも比べものにならない程に長命であるらしいとしか記されてはいない。現在でも存命だと信じるしかできない。
「そしてケヴェスとアグヌスの真の女王が生み出し、シティーを離れる際に託したものがこれだ」
言うと同時に到着したのは記念堂と呼ばれる施設だ。
入り口を潜るとまず中央の台座に置かれたケージが目に入る。そのケージには見覚えがあった。ウロボロス・ストーンの外殻部分だ。
台座を中心として、ケージを見つめるかのようにぐるりと六つの人物像が立っている。
「この像の者達を、我々シティーの人間は『始祖」と呼んでいる」
始祖というのは遥か昔にこの世界で最初にウロボロスとなり、メビウスと戦った者達のこと。シティーの人間は皆がその末裔にあたる。だからモニカは最初に自身をウロボロスに連なる者と表現していた。
真の女王が姿を隠した後、シティーはメビウス・エヌの手により一度壊滅状態に陥った時期があった。死者も多く出し、辛うじて生き残った者も散り散りとなってしまった。
だが始祖達がメビウスの打倒の旗の元に集い、シティーを再興したのだという。その始祖の代にウロボロス・ストーンから得た力が今のウロボロスとして形となり、今の時代まで伝わっている。
またウロボロス・ストーンから得られる力にはある制約が存在する。一時代にウロボロスとなれるのは六人のみといったものだ。
「そっか、だからあの時……」
ミオが呟いたのはセントル大通りで出会ったウロボロス候補生達のことだ。彼らはウロボロスを自分達から奪って満足かと恨みがましい事をぶつけてきた。
「ウロボロス・ストーンも無限ではない。
更に用意された椅子もたったの六つ。全てが限られている。それが現実なんだ」
ウロボロス候補生となるには四年に一度行われる選定試験で合格しなければならない。枠は計十名で、その内の四名は補欠だ。厳しく狭い門を潜り抜けられた者だけが得られる資格だ。
「シティーの者は皆、この始祖達の末裔——六氏族のどれかに必ず属している。私はヴァンダム家、シャナイアはリイド家……といったようにな」
始祖像は入り口のすぐ右から反時計回りにオーツ家、リイド家、ドイル家、ヴァンダム家、カシィ家、ローディス家と並んでいる。
「あれ、なんかミオちゃんに似てない?」
セナが指さしたのはドイル家始祖の像だった。ミオとは違い髪が跳ねている癖毛だが、頭の上に生えた特徴的な耳はそっくりだった。
「こっちはノアに似てね?」
今度はユーニがヴァンダム家始祖の像を指す。
「そう、か? 髪型だけで言ってないか?」
ノアも像を見るが彼は首を傾げた。ノアとは異なり前髪はオールバックになっているが、頭の頂点で髪を一纏めにしている点は共通している。
「顔立ちとか雰囲気が何か似てる気がしたんだよ。悪かったな、髪型しか見てなくてよ」
「拗ねるなって……」
「あとは……誰とも似てないな」
ランツが腕を組み他四人の像を見比べるが自分達の知る者の面影は特にない——はずだったのだが。
「……ボク、この人知ってる」
トワが指したのはリイド家始祖の像だった。
「キャッスルによく似た人がいたのか?」
タイオンが尋ねるもトワは首を横に振った。
「この像とおんなじ人、見たことあるんだ」
その場にいたトワを除く全員が驚愕の声を上げた。意外にも最も驚いていたのはここまで先導を担ってくれたシャナイアだった。
「馬鹿言うんじゃないよ! 始祖はもう千年も前の人なんだよ、会うとかじゃなくてそもそも生きてる訳がない!」
今までの冷めた目つきもクールな態度も何処へやら。トワの肩を鷲掴んで、最早責めていると言っていい程の勢いでシャナイアは詰め寄ってきた。
「落ち着けシャナイア。……どこで会ったんだ?」
モニカが間に入り収めてくれたが、シャナイアの表情は未だに驚きと疑いの両方で満ちている。
「その、夢で……」
「夢ェ!? はぁ……あのさ、笑えない冗談も大概にしな。ちょっと似てる人を強引にこじつけるのは全然面白くないよ」
「金色の長い髪の人。灰色の長い上着を着て、赤いマントかな、肩からかけてるんだ。左腕はボクやノアと同じ感じなんだけど、右腕が機械になってて……。いつも柔らかく笑ってて、すごく、優しそうな人」
シャナイアの表情が更に歪んでいく。心底信じられない物を見たと言わんばかりの顔だ。
「台座の説明でも読んでんなら殴るよ」
「説明?」
「あ、ホントだ。何か書いてある」
ユーニがリイドの像に近寄ってみると、確かに像の下の台座には小さなプレートがあり何やら文字が彫られている。
「なになに。リイド家始祖にしてシティーの解放者……」
ユーニが読み上げた内容はこうだ。
この像は厳密には始祖の師にあたる人物であり、始祖本人ではない。師は始祖を我が子のように愛し、成長を見守ったと言われている。師は常に物静かで穏やかであったが、一たび戦地へと赴くと人の背丈はあるだろう赤い大剣を振るった。その姿は多くのメビウスを畏怖させる程に強く、頼もしいものだった。
激しい戦いの中で右腕を失う事となったものの、戦いの意思を全く衰えさせることなく生き抜いた強い精神力の持ち主であったと伝えられている。
「腕を失っても戦い続けたんだ。……確かに右腕はいかにも作り物だな、義手なのか」
ノアが見上げた像の腕は確かに左右で造形が噛み合わない。
記念堂の入り口から始祖像を見た時、像は全てウロボロス・ストーンの台座を向くように置かれている為リイドの像は右半身が見えない。だからトワがここへ来てからリイドの像の右腕が本来の物ではないと自分の目で確認するのであれば、正面に立ち左右の腕を見比べる必要がある。
「あんた、何か知ってるの? 像のこともだけど、火時計だってウロボロス達と一緒に解放されてんでしょ。何も知らないのは逆に怪しすぎる」
「本当に何も知らないんです。ここに来てる訳ないし、シティーの事も名前だってあの時まで聞いたことすらなかった」
シャナイアに睨まれる。トワは嘘偽りなく事実を述べているだけなのだが、どうも信じてはくれていない。
「そういえばそうだったな。ウロボロスの
シャナイア、とりあえず詰め寄るのはそこまでにして、ローディスの
「……分かったよ」
そこでやっとシャナイアはトワから離れ、一度記念堂の外へと出ていった。
一方、タイオンはモニカの発言のある点に食いついた。
「今、七人目と言ったか?」
「そうだ」
モニカは誤魔化す様子など全くなく肯定する。ウロボロスとなれる者は六人と先程言っておきながら、七人目がいるのは矛盾していると指摘されると思ったのだろうか。モニカが特殊な条件下で、と話し始めるがタイオンがその発言を遮った。
「違うんだ、僕達は七人目という言葉をもう知っている。ゲルニカがトワに対してそう伝えていたんだ。同時に完全なウロボロスではないとも。
何か関係があるのか?」
タイオンは覚えていたが、当のトワ本人は指摘されるまですっかり忘れていた。言われた事実は覚えていたがウロボロスの数と一致しない事には全く気が付かなかった。
「明日それに詳しい者を紹介しよう。今日は心身共に限界だろう、もう休むと良い」
七人目についての疑問は収まらないが、このまま説明されても話は頭に入ってこないだろう。疑問が残る微妙な違和感よりも休める事への安堵の方が勝る。歓喜の声や安心した吐息が皆から漏れ出した。