休める場所としてシティーの西側にある宿舎へ案内される。ロストナンバーズの若い兵達が使用している場所だ。シティーにいる間はここで寝泊まり出来るようにと、モニカが手配してくれた。宿舎には炊事場が無いため自炊なら宿舎前の空き地を使用するか、ミチバ食堂での食事も可能だ。
モニカは明日の朝に再び迎えに来て、そのままウロボロスの七人目に詳しい者のところへ案内してくれる。そのタイミングまで一旦は自由時間だ。ケヴェスとアグヌス出身である今代のウロボロス達に警戒心を解かない者は多少いるが、敵意自体は強くない。モニカとシャナイアがいなくてもとりあえず自分達だけでの行動は可能だ。
外から来た者達相手だろうと、何もしていない人間に危害を加える行為は勿論シティーにおいても罪に問われる。物理的な攻撃を受けるといった心配はとりあえず無さそうだ。
「マナナは食堂に行きたいデスも! シティーのお料理知りたいデスも!」
「何でもいいから食わせてくれ〜」
「さすがのリクも腹ペコも。あったかいご飯にしたいも」
「アタシもなんかがっつり食べたい〜、腹減った〜」
「私も食堂気になるな。ミオちゃんはどうする?」
「うん。私もマナナ達と一緒に行こうかな」
「ボクも食堂行きたい、な」
「僕は今日の事を整理したいから宿舎に残る事にする。何かあったら連絡をくれ」
「俺も手伝うよ。マナナ、俺とタイオンに軽食ってないかな?」
「ありますも。作り置きしたサンドイッチでいいデスも?」
「助かるよ、ありがとう」
タイオンとノアを宿舎へと残し、他はミチバ食堂で夕食となった。
ミチバ食堂はセントル大通りの一角にある。シティーにやってきた時間から時も進み、すっかり陽の落ちる時間帯だ。少し前までは人通りも多く、子ども達も走り回っていたが今はほとんど姿が見当たらない。歩いているのは若者とか老人とか、大人と呼ばれる背格好の者ばかりだ。
「いい匂いがしますも〜、きっとあれデスも!」
マナナが指した場所は地図情報と照らし合わせて確認しても間違いなくミチバ食堂だ。
「……デカデカと名前書いてるだろ」
ランツの突っ込んだ通り、大きな看板にしっかりミチバ食堂と書かれている。一目瞭然すぎた。
「早く行きますも! こんばんは〜デスも!」
「あ、待って、マナナ!」
セナの制止も聞かずにマナナが単身食堂へと躊躇のカケラもなく入っていった。モニカから敵意は無いと伝えられても、案内されていた時の突き刺してくるような視線を思い出してしまう。入った時にそのような視線を向けられてしまう事自体に大きな意を唱えるつもりはないが、やはり多少の迷いは生まれてしまう。
「とりあえず行きましょう。お腹も空いてるし」
ミオを先頭に食堂へと入る。幾つかあるテーブルを囲むようにして多くの人が食事を摂っている。大所帯のせいか一瞬人目が集中するのを感じる。思わず身を固くするが直後に降ってきたのは快活な女性の声だった。
「いらっしゃーい! あ、もしかして噂のウロボロスかな?」
噂とは大概悪いものだ。歩いていただけで警戒され、本来の候補生からは妬まれる。言葉にせずとも心の内で拒絶される覚悟はしている。
「現世代のウロボロスが来てくれるなんて嬉しいよ。結構な大所帯だね、いち、にぃ……。六人だね」
「みなさーん! こっちデスも!」
「あら、赤いノポンちゃんのお連れさんか。それなら七人であの広い席に座りな」
「……はい」
誰もが面食らっていた。目を見開き黒目も驚きで僅かに小さくしているミオが何とか受け答えをし、案内された席へ腰を下ろす。
「はーい、これお水ね。メニューはテーブルの端に置いてあるのだから、食べたいの決まったら言っておくれよ」
「あの……」
やはり頼りになるのはミオだ。戸惑いながらも全員の困惑と疑問を目の前の女性にぶつけてくれる。
「私達のこと、本当は迷惑じゃないですか? 人数も多いし、それにシティーの人間でもないし……」
少し皺を刻んだ顔の女性はきょとんとした後、にっこりと笑顔を浮かべた。
「あたしの
自分の食堂。つまりこの女性がミチバという人物だった。
「あんた達はシティーで何か悪い事でもしたのかい?」
思わず首を横に振る。それも全力で。
「ならここにいていいんだよ。それにウロボロスとしてメビウスと戦ってるなんて立派じゃないか。そんな頑張ってる子達に美味しいご飯を食べて、元気になって帰ってもらう。そういう場所だよ、ここの食堂は」
シティーの者、ケヴェス、アグヌス、ウロボロス。ここでは関係なく平等だった。平等に客として食事を楽しむ事が許される場を、店主であるミチバが用意してくれている。
それだけなのにひどく嬉しかった。
「疲れた顔してるからさ、ここでいっぱい食べて今日はゆっくり休みな。あんた達が元気そうにしてる姿が見られたら、あたしはそれで大満足だよ」
じゃ、決まったら呼ぶんだよ。
ミチバはそう告げて他の客への対応へと向かっていった。
目頭が熱い気がする。自分達はここで誰の目も気にせずに食事をして良い。受け入れてくれる人がいる。
ふと、顔を上げた。どの客も楽しげに食事をしている。この空間は気づかなかっただけですごく騒がしくて、元気で、温かい。戸惑い暗いままの自分達の方が場違いなくらいだ。
ランツがメニューを開いてテーブルに広げた。ランツの表情も嬉しそうであったし、何よりも早く食べたいという雰囲気が堂々と溢れ出ている。ここにいていい。そのままの自分で生きていてていい。それを肯定されるだけで気分がずっと楽だ。
「俺、この活き魚のツルギパッツァ!」
「魚料理も結構あるんだね。私は切身魚とキノコの絶品スムシ焼きにしようかな。セナはどれが食べたい?」
「私はお肉食べたいな……。あ、アルマのブロック肉のクラベリソース煮込み美味しそう!」
「アタシ、エルティア海鮮丼食いたい! 美味そ〜!」
「えっとボクは、特製コパミカレーってのにしたいな、辛さは弱めで。……コパミって誰だろ」
「マナナは無鉄砲エビの丸ごとボイルにしますも! ゴーカイデスも!」
「ミチバの日替わり定食……、これは何が来るか分からないも。楽しそうだからリクはこれにするも!」
次はノアとタイオンも連れてこよう。本当の全員でここで美味しい料理を楽しく食べよう。いつかこんな食事の場もあるのだと、火時計から未だ解放されない兵士達へ教えられるように。
翌朝。宿舎の入り口で見合わせたお互いの顔はどことなく満足げだった。ミチバ食堂での夕飯も勿論満足であったし、何ヶ月ぶりかのベッドでの就寝は物凄く有り難かった。シュラフを地面に敷くだけでは地面の硬さの軽減も限界がある。身体的な疲労は随分と取れたような感覚だ。
タイオンだけが目の下に
ノアと共に情報整理をしていたのは知っている。しかしノアは寝不足といった顔はしていない。
聞けば日付が変わるあたりで解散してノアは眠りについた。だがタイオンはその後も一人で夜通し整理を続けていたのだという。
「要するに興奮して眠れなかったんだろ」
ユーニの指摘に顔を赤くし、左手を腰に当て右手で眼鏡のブリッジを押し上げながらタイオンが反論をする。
「あれだけ膨大な情報を与えられて寝付けるわけがないだろう! むしろぐっすり眠れる君達が不思議なくらいだ」
複数人から笑い声が溢れる。食事を摂って休んだ事で精神的にも余裕が生まれてきたようだ。
「おはよう、よく眠れたようだな」
マキナ工房区側からモニカがやってきた。今日はシャナイアの姿は見えない。彼女一人のようだ。
「では昨日話した者のところへ案内しよう。ついてこい」
ウロボロスの七人目について知る者は居住区の奥にいるらしい。宿舎の正面から見て二時の方向へ伸びる道が居住区へ続いている。カエルム居住区にはシティーのほとんどの者の居がある。居住区の最も東側には大きな屋敷が一つ建っており、六氏族の一つであるドイル家の本家となっている。
「ドイル家は保守派の筆頭だ」
「ホシュ……?」
「シティーにも様々な思想を持つ者がいる。保守派は今があればそれで良い。メビウスと戦わずシティーの者はシティーの中で生きて、ケヴェスやアグヌスとの接触もしない道を唱える者達だ」
若者や老人を問わず、戦ったりシティーの外部に出るだけでも命を落とす確率は跳ね上がる。シティーの者だけで生きていては何がいけないのか。世界の解放とはシティーの者の命を落とす危険を冒してまで成し遂げる必要は本当にあるのか。自分達が安全でさえあれば良いといった考えを持っている。
「でもそれって、メビウスと同じなんじゃ……」
ミオの指摘に対してモニカは首肯した。いくらシティーの者を守りたくても"今があれば良い"とは、敵対するメビウスの思考と何ら変わりがない。
「だから我々は戦わねばならない。未来を掴むために、メビウスとも、シティーの中でさえも」
話す内に話題のドイル家本家前に到着する。まさかそのドイル家の人間に会いにいくのかと肩が強張り冷や汗が伝ったが、モニカはすぐ手前の階段を降り始めた。
「この下にローディス本家の屋敷がある。目的はそっちだ」
強張った肩の力が思わず抜けた。あの話をされてからドイル家の人間に会うのは流石に厳しい。そもそも保守派の者がウロボロスに対して詳しい研究をするのも考えにくかった。
「モニカ、ローディス家ってどんな考えを持っているんだ?」
階段を降りつつノアが問いかける。ドイル家の話を聞いたばかりで別の六氏族の名が出れば気になるのも自然だろう。
「ローディス家は中立だ。私達推進派とも保守派とも表立った協力はしない」
どちらにも傾かずに間の立場で判断をするといえば聞こえはいい。しかし現実として中立は相当の覚悟が要る立場だ。
どちらにも協力しない事は、どちらからも協力を得られない事でもある。何かローディス家として大きな行動を起こしたい時に頼れる味方はローディス家のみだ。他の氏族に頼み人員や金銭、物資の援助なども受けられない。
逆に周囲からはローディス家を敵に回すのもまたデメリットがある。中立であるが故にシティーの現場では多くの重要な箇所に関わっている。そのローディス家に敵と判定されてしまえば、何かしらの時に協力を得る交渉をこちらから持ちかける事さえ難しい。
都合が良く都合が悪い。難しい立場に位置している。
シティーの勢力をざっくり分類すると推進派がヴァンダム家とリイド家。推進派に協力するのがオーツ家。保守派がドイル家。中立寄りではあるが推進派に少し否定的なのがカシィ家。そして中立を保つローディス家だ。
一気に説明されたランツやセナは頭を抱えて混乱している。今にも頭から煙が上がりそうだ。
「シティーも一枚岩ではないんだな」
物凄く雑にまとめるとタイオンの言う通りになる。
「そう、一枚岩ではない」
階段を降り切ると上よりは照明が弱くなり暗くなる。少し奥には大きな屋敷が見える。あれがローディス本家だ。
「いるんだよ。ローディス家にも我々にひっそりと協力してくれる心強い人物が」
振り返ったモニカは不敵に笑った。
ローディス家の屋敷もドイル家に負けず劣らずの大きさだ。ローディス家は始祖が医療技術に長け、シティーの医療技術に絶大な影響を与えたとされる。その名残かローディス家からは医療関係の職に就くものが多く排出される。昨日出産の施設にいたホレイスという医師もローディス家だ。
その延長線上でウロボロスの研究をしている双子の姉妹がローディス本家に存在する。本来であれば推進派に加担する行為となり中立の立場が崩れかねないが、あくまでもこの研究は彼女達二人が
その上研究をしている事すら公にはなっていない。表では単にローディス家の息女とだけ扱われている。ローディス家の現当主であり彼女達の父親は、推進派や保守派に影響の少ない行動を取っている。
モニカが屋敷の扉を手の甲で軽く叩く。二回、二回、三回。変なノックをして数秒すると鍵の開く音と共に一人の女性が現れた。
「モニカおばさま! お待ちしてました、コウハも楽しみにしてますよ!」
燃えるような赤い髪色。前髪は右側が外へと跳ねている特徴的な形をしている。後ろ髪は肩の高さで一つにまとめているが、それでも腰を過ぎる程の長さがある。
服装は髪色よりも少し暗い赤のロングスカート、上着には薄手の白いジャケットを羽織っている。柔らかでお淑やかな第一印象を受けた。
「彼女がローディス家現当主の娘の一人。