神笛と永遠と   作:坂野

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 ムンバと別れた後、再び渓谷を進んでいく。ヴォルフやリィブラといった少し癖のあるモンスターが生息しているが、強さ自体はノアたちにとって大したものではなかった。モンスターよりも待機地点までの距離の方が思いの外遠いことに嘆いたくらいだ。

 

 コロニー9を出発した時点では高かった陽も渓谷を進むうちに傾き、地平線の向こうへと沈んでしまっていた。それでも進んでいけば先方部隊がようやく見えてくる。謎のエーテル源が通過する予測の地点確認や、破壊に向けて武器とレウニスの稼働チェックをしているのだろう。

「……うん、ここが合流地点だ。作戦開始まで少し時間があるから先陣部隊が用意してくれた野営地で休息を取っておこう」

 ノアの提案に異を唱える理由もなく、四人はそれぞれの休息へと入る。ノアとランツは水分補給をしてすぐに簡単な手合わせをしている。作戦に備えての最終確認だ。ユーニはそれを見ながら携帯食を齧り、作戦に支障が出ない程度に腹を満たしている。

 一度この野営地にトワを残すことを考えたが、意外にもリクから却下された。

「戦闘が始まったらどうなるか分からないも。それなら戦っててもノアたちといる方が逆に安全も」

 ——とのことらしい。

 

「ねえユーニ、ここで笛吹いちゃ駄目かな」

 手持ち無沙汰になってしまったトワが気まずそうにユーニに声をかける。

「んー、近くにアグヌス軍いたらバレるしまずいんじゃね? 練習か何か?」

「うん。ボクは演奏しか出来ないから手が空くといつも、ね。ずっとそうしてたせいでなんか落ち着かなくって」

「確かになぁ。そういやトワの笛って見たことないデザインしてるよな、やっぱり笛もキャッスルから特別支給?」

 トワの手に握られているおくりの笛。赤く塗られたそれは焚き火の光を受けてより鮮やかに映り、この暗闇の中では眩しいほどに見える。

「キャッスルからではないけど、多分この色はこの一本だけかな。ケヴェスのおくりの笛は黒基調だからね」

「誰から貰ったんだ……っと、そろそろ時間だな。終わったら色々聞かせてもらうから、まずはアタシの背中にきっちり隠れてな」

「よろしくね」

 立ち上がれば手合わせをしていたノアとランツとも視線が合い、行こうの意を込めて互いに頷き合う。

 

 到達予測地点はグラ・フラバ低地。そこへはべレジェ地帯を通って行くことになる。紅い落ち葉が敷き詰められた道は水分が残っているのか少し重みを感じる。一歩踏み出すたびにほんの少しだけ足が沈む感覚のせいか、気持ちまで不安定になる気がする。

 岩陰に身を隠して先を伺うとアグヌス軍のレウニスを発見した。アグヌス軍も謎のエーテル源を狙っている情報は確かだったようだ。自分たちでアグヌス軍を叩くかとランツが提案するが、あくまでも目標はエーテル源の破壊だ。

 後方部隊へアグヌス軍の確認を告げ更に進んでいく。低地がよく見える地点に出たところで作戦開始の通信が一斉に瞳に入ると同時に、レウニスが宙の一点目掛けて弾を放った。それを追うようにアグヌス側も同じ箇所を撃ち抜く。

「なんだありゃ!」

 何も無いように見えたが空気が歪むようにして一つの小型ホバー輸送機らしきものが姿を現した。形がケヴェスとアグヌスの両方とも一致しない。

 輸送機は攻撃により体制を崩してそのまま地へと落ちて行く。落下を合図にしてケヴェスとアグヌスの戦闘の火蓋が切られた。

「行くぞ! ユーニはトワを頼む!」

「任せとけ!」

 駆け出す彼らから離れぬようにトワも必死にその背中を追う。先まで暗かった一帯は一瞬にして攻撃による光で明るくなる。光線の光に限らない。攻撃で焼けた地面に残る炎、命を落とした兵士から昇る命の粒子。

 彼らには当たり前の光景なのだ。ノアたちは八期で実戦経験も長い。爆発音一つで早々驚きなどしないし兵士たちの怒号などすぐ隣にあって当然の世界で生きている。

 

 怖い。怖い怖い怖い怖い。

 恐怖が全身を支配するが足は止めていられなかった。止まれば彼らの背中はすぐに離れていく。そうなれば丸腰で戦場に放り出され、助けを求める間も無く敵の攻撃で事切れているだろう。

 一人でコロニーへも戻れない。無力な自分は文句など言う資格などないのだ。だから走る。追いかける。どれだけ恐ろしい戦場でも今は彼らの背中が一番安全なのだ。

 走れ。生きて帰って成人の儀を執り行うんだ。

 

 アグヌス軍と会敵しないのは無理な話だ。何度か行手を阻まれたがそれを突破していく。必死にユーニの動きを見て彼女についていく。彼女の邪魔をしないように、背中にぴたりとくっつくように。

 泣くな、ボク。

「トワ、こっち!」

 ユーニに右手を握られ引き寄せられる。驚く声を上げる前にユーニがガンロッドを反転させ背後の敵を的確に撃ち抜いた。そのままロッドを地面に突き刺してヒーリングサークルを展開し、周囲の兵士の回復。アーツを切り替えパワーサークルで攻撃の支援。無駄のない動きにトワは思わず感嘆の声を漏らした。

「すごい……」

「これくらいは当然だって。大丈夫、アタシたちが絶対に守り切る。ムンバの成人の儀、絶対にやってもらうからな」

「……うん」

 恐怖がほんの僅かに和らいだ。自分の為ではない。彼らの為に生き延びるのだ。改めて認識することでまだ踏ん張れる気がした。それにこの恐怖は兵士の誰もが感じているものだ。戦闘を免除されているトワは経験が出来ないもの。守られながらもその感情に今触れている。これを乗り越えてきた兵士をおくるのならば、間違いなく知っておくべき想いの一つだろう。おくりびととして、おくりしか出来ないからこそ知らねばならない。恐怖も人の想いの形だ。

 きっと、これからのトワ自身の奏でる音に強い影響を与える経験になる。

 

 ユーニから離れないようにして周囲を見る。ランツは味方を守りつつ変形した武器で射撃による牽制、ノアは軽い身のこなしで短時間に複数のアグヌス兵を斬り伏せていく。

 コロニー9の兵士たちの瞳が光る。右の瞳に映し出される火時計が増えていく。だのにノアの表情は晴れるどころか翳っていくばかり。

 増えた火時計の炎は彼らから奪った命だ。

 

「ノア! こっちはいい、お前たちは目標に向かえ!」

「了解!」

 目標地点まで残り半分ほどだろうか。奈落の崖道を更に下っていく。曲がりくねる道を何度か曲がったところである兵器に塞がれた。勿論ケヴェスの物ではない、だがアグヌスの物でもない。こちらを認識した途端に弾幕を張ってきた。ランツのシールドにより負傷せずに済んだが、勢いはなかなかに驚異だ。

 人くらいの高さをした自律して動いている謎の兵器、自動機械(オートマトン)と言ったところか。

「さっきの飛行物体から落ちてきたのを見た。そいつらのじゃないかな」

「サンキュートワ! どの道壊さねえと進めないからな、さっさとどきやがれ!」

 ユーニの射撃が自動機械の頭部にあたる箇所を撃つ。指示系統に不具合が生じたのか、動きが鈍くなったところをノアとランツが斬り裂き叩き潰す。耐久力はそこまで高くなかったらしい。

 トワが視線だけで周囲を見渡す。見たところもう自動機械は残されていない。

「ノア、もういなさそうだよ。行ける!」

「よし、目標地点はすぐだ。このまま行くぞ!」

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