神笛と永遠と   作:坂野

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 カガリと呼ばれた女性は見た目だけならウロボロス達と大差はないように見える。しかしモニカ曰く25歳とのことだ。兵士達よりも上の年齢ではあるが、シティーでは若者に分類される。

「初めまして、ウロボロスの皆さん。シティー六氏族、ローディスの本家の娘の一人、カガリといいます。今代のウロボロスに来ていただけるって聞いてとっても楽しみにしてました」

 ふんわりとした笑みは見た者の心に穏やかな火を灯すようだった。暗く不安になる夜の中で(しるべ)となる炎に似ている。

 彼女に案内され屋敷の中へと上がる。入り口からは長く真っ直ぐな廊下があり、左右には一定間隔で扉が配置されている。シティー全体は機械部品で構成されているため無骨で無機質な印象だが、この屋敷は木材を主に使用して建てられている。照明のエーテルの光も少しオレンジがかっており屋敷の空間全体が温かく感じられる。

 

 長い廊下の最奥にもまた扉があった。

「ここが私達の研究室、と言ってもほとんどが紙からの情報収集なんですけどね。所謂(いわゆる)如何にも科学! みたいな研究ではないんです」

 そう言ったカガリが三度扉をノックする。

「コウハ、モニカおばさまとウロボロス達がいらっしゃったよ。開けるね」

「わー! 待って待って!! まだ片付け終わってないの!!」

「片付けられる資料の数じゃないでしょ。さ、皆様どうぞ」

 部屋の中から明らかに慌てた声が聞こえたがカガリは躊躇なく扉のノブを回した。

 ぎ、と鳴りつつ開いた扉の先には山積みにされた本、資料なのか何に使うのかよく分からない物体、何度か見てきたウロボロス・ストーンのケージなどが転がっていた。そこそこ広い部屋だが照明は天井の中央に小さいランプが一つぶら下がっているだけで、少し視界は心許ない。扉と真反対の位置には机と椅子、手元を照らす為の白い光を放つ照明。多分机周りが一番明るい。あと薄っすらと埃臭い。

 そして何より目を引くのは本を抱えたままこちらを見て固まったままの一人の女性だ。顔の造形と前髪の形はカガリと瓜二つだが、全くの別人だと一発で見分けられる特徴に溢れている。

 まず髪型。長髪を一纏めにしているカガリとは対照的に肩にかかる程度のボブカットになっている。随分と短く感じられる。

 次いで服装。カガリはスカートを着用しているのに対して、スキニーで綺麗な足のシルエットが分かる黄緑のパンツスタイルだ。上半身も白いキャミソールで白い肩や腕が惜しげもなく晒されている。左手首には翠玉色の石のブレスレットも嵌められている。カガリはお淑やかな印象だったが、目の前で固まったままの彼女はアクティブな雰囲気がある。

 そして何よりその髪の色。鮮やかな金色のおかげでどれだけ顔が似ていようとも、遠くに二人が並んでいようと一目瞭然だ。

「カ、カガリちゃん! まだって言ったのに!」

「こんなの何日あっても終わる訳ないんだから。さっきいきなり始めて間に合うと思ったコウハが無謀すぎるの。

 紹介しますね。彼女はコウハ、私の双子の妹です。ほら、コウハも挨拶して」

「も〜! ……コウハよ。紹介の通りカガリちゃんとは双子で、私が妹でカガリちゃんが姉」

 フタゴ? イモウト? アネ?

 また知らない単語だらけだ。すかさずモニカが簡単に説明をしてくれたので事なきを得たが。

 

「……という訳で彼女達がローディス家の双子の姉妹だ。シティー内では火光(かげろう)姉妹の通称で知られている」

「おばさま、また間違えてますよ」

 カガリが頬を膨らませて遮った。

「"かげろう"じゃありません。"かぎろい"です」

「そうそう。ローディス家にとって物凄く大事な名前なんだから、おばさまと言えど聞き逃せないわ」

「すまないすまない。つい言い慣れた単語で言ってしまってな。

 さて連れてきたばかりで悪いが私はここで失礼する。今後の作戦についての打ち合わせがあるんでな」

「あら、せっかくモニカおばさまのお菓子とお茶も用意してたのに……」

「いつも頂いてるから気にしないでいい。私の分はウロボロス(かれら)に振舞ってやってくれ」

 そう言いモニカは去っていってしまった。ロストナンバーズのリーダーとしてやはり忙しいのだろう。

 数刻場が沈黙してしまい気まずい空気になるもカガリが一つ両手を叩いた。

「さ、色々とお話ししましょう。私は今お茶とお菓子を持ってきますから、皆さんは絨毯の空いてるスペースに座ってください。コウハもその本下ろして準備して」

「は〜い……」

 おずおずとではあるが、言われた通りに腰を下ろす。物は多いが全員が座れる広さは充分に確保されている。

 一度部屋から出たカガリはすぐにティーポットやらカップ、籠に詰められた何か甘い匂いのする物を盆いっぱいに乗せて持ってきた。

「お茶もお菓子も遠慮なくどうぞ」

 にっこりと笑ったカガリが盆を下ろし、カップに紅茶を注ぎ順番に配っていく。紅茶は、分かるのだが。

「すまない、この固形物は一体?」

 タイオンが左手を控えめに挙げて質問をする。シティーでは新しい事柄で溢れかえっているから昨日から謎も質問も尽きない。モニカと同じく普通に答えてくれると思っていたのだが。

「クッキーですよ。食べた事なかったかしら、お菓子の一種なんだけれど」

「オカシ……?」

「もしかしてお菓子を知らない……!?」

 カガリが右手で口を押さえ青ざめた。

「一大事じゃないカガリちゃん! 七人目の前にお菓子教えるわよ!」

「ええ!!」

 今度はコウハが勢いよく頭を突っ込んできた。そのまま二人してどたばたと本の山から一冊を抜き取り見せてきた。クッキーと呼ばれた物以外にも様々な絵が描かれている。

「いい!? お菓子っていうのはね、普通の食事以外で食べる物の中で栄養とか関係なく味や香りや見た目をとにかく楽しむものを指すの!」

「一般的に甘い物が多いんですよ。物によってはしょっぱい物や苦い物もありますけど、どれも楽しむのが一番大切です!」

「はぁ……」

 思わず仰け反り気味になる中、マナナだけが身を乗り出して二人の説明を聞いていた。マナナの料理でも味を楽しんでいたし食後のデザートとして果実などは食べてはいたが、どうやらまた少し違うらしい。

「とりあえずクッキー食べてみて!」

 最早圧による強制のレベルだが、クッキーと呼ばれた固形物に手を出してみる。狐色をしており丸く少し膨らんでいて、握れば砕けるだろうがどちらかと言えば硬い。匂いを嗅いでみるが甘さを感じて悪くはない。口元へと運び一口齧ってみた。食感はさくさくとしており、少しずつ口内の水分を吸って更に崩れていく。

「……う、めぇ!」

 最初に声を上げたのはランツだった。

「うん! すっごい美味しい!」

「こんなに甘いの食ったことねえよ! すっげぇうめえ!」

 続け様にセナとユーニも声を張り上げた。他の者も初めて食べた"お菓子"に揃って感動している。こんなに甘くては紅茶とは合わないのではと不安になったが、それも簡単に覆された。物凄く合うのだ。紅茶にはうるさいタイオンからも文句の一つも出ない。

「そうよね……兵士って嗜好品なんて楽しむ時間ないものね……。いっぱい食べてね……」

「泣かないでコウハ。それを教えるのも私達の役目よ」

 ——そして二人は何やら涙ぐんだり、拳を握って決意を新たにしていた。

 

 

「さて、本題に入りましょうか」

「紅茶もお菓子も食べながら聞いてていいですからね。お代わりもありますから」

「ください」

「落ち着けセナ、まだある」

 この部屋にやってきてから十分くらいはとっくに過ぎている気がするし、お菓子に気を取られて本題を忘れかけていた。ウロボロスの七人目について聞きにきたのだった。

 

「一応モニカおばさまから貴方達の基本的な情報は聞いてるわ。七人目はえっと、トワちゃんか。どの子かしら」

「ボク、です」

「うん、オッケー。じゃあまずウロボロスの人数の定義についてね」

 一時代にウロボロスとなれるのは六人と昨日モニカから説明は受けている。だがコウハは少し違うと首を振った。

「厳密には"インタリンク出来る人数が六人"なの」

 ウロボロス・ストーンから放出されるウロボロスパワーと呼ばれるエネルギーを受けることでウロボロスとしての能力を得る。ウロボロスパワーは人を六人三対のウロボロス体に変化させる量に加え、もう少し余剰分が存在する。その余剰分は四組目のウロボロス体を生み出すまでには至らない為、インタリンク可能な人数がそのままウロボロスの数として伝えられるようになったらしい。

「始祖より前の時代、まだインタリンクが生み出されてない頃は六人を超えてウロボロスパワーを持つ人がいたらしいわね。でもヴァンダム家の始祖が『これまで限定的で合ったウロボロスの力を完全な物とし』——つまりインタリンクを完成させたって言われているの」

 それ以降の時代はインタリンクを駆使してメビウスと戦うことが主流となった。単に一人でウロボロスパワーを扱うよりも圧倒的に大きな力を発揮できる。

 

「一つ、質問してもいいですか?」

 ミオが右手を挙げる。コウハが頷いたのを確認して更に続ける。

「ウロボロスパワーってインタリンク以外にも何か影響があるんですか? 私達、受けたエネルギーは全部インタリンクに使われてると思ってたんですけど……」

「説明ないと分からないわよね。ゲルニカおじさまだってそんな暇なかっただろうし」

 ウロボロスパワーはインタリンクさせる以外にも影響がある。実感しやすいのはアーツの効果や威力だ。異なるアーツの効果が重ねがけされたり、威力が増すといった効果がある。

「確かに前より強くなったような……」

「言われてみれば、といったところだな。相手がメビウスで実感しにくかったのかもしれない」

 ノアが腕を組んで過去の戦いを思い出している。タイオンは右手の親指と人差し指で顎を支え、ノアと共に過去の事を分析し始めた。

「でもインタリンク出来ない七人目でもこれは同じ筈よ。どうかしら、前より強くなったのを感じたりしなかった?」

 コウハがトワに問いかける。その瞬間火光(かぎろい)姉妹以外の全員が目を泳がせ曖昧な声を漏らした。

「あ〜」

「これは……」

「え〜っと、コウハさん、トワは……」

「ボク、武器(ブレイド)が出せなくて……」

 

 きっかり三拍の間の後、姉妹の叫びが重なった。

「えぇーーーーッ!!」

 姉妹二人も七人目について知りたがっていたのにこれは申し訳ない。もう落ち込んだりはしないが、こんな所で自分の特殊な体質が影響してしまったと思わず後頭部を掻いてしまう。一般の兵士だったらインタリンク可能な六人と正しく比較できただろうから、二人にとっては不運だったかもしれない。

 

「それって本来戦闘面に向かう筈だったウロボロスパワーが別の所に作用している可能性があるってことよね! これは私達超絶ラッキーよ!! ね、カガリちゃん!」

「ええ! 誰も知らないウロボロスパワーの影響が見られるかもしれないもの!! 武器(ブレイド)が出せない人なんて何千、何億分の一と言われていてそこにウロボロスの七人目! これは天が私達に味方してるとしか言えない!!

 トワさん、もう気になることぜ〜んぶ私達に言ってください! 貴方の経験は全てがウロボロス史にとって二度とない程に貴重なものだから!」

「とりあえず七人目に関してのことは一旦全部話してからね! その後にじっくり貴方固有の能力について調べさせて!!」

 ——あれ……?

 

 すっかりテンションが上がってしまった火光姉妹に気圧されつつも、ウロボロスの七人目についての話を聞いていく。

「さて、次は七人目にしか発現しないとされている能力ね」

 インタリンクが不可能である代わりなのか、状況は限られるが他六人とは違う能力があるらしい(・・・)

 まず通常のウロボロス、インタリンクするペアについて。インタリンク中に互いの記憶や感情までもが一つとなり、相手の情報が勝手に流れ込んでくる現象がある。これはノア達が素直に肯定した。

「イメージとしては対になってる二人の間に太いパイプがあって、インタリンクするとそれが繋がるせいでドバドバ情報が行き来しちゃうの。記憶の時系列とか感情の種類の取捨選択は一切出来ないわ、慣れないうちは頭パンクしたでしょ」

 六人が深々と頷く。能力を託したゲルニカはいなくなっていたし、両軍のコロニーに追われての旅立ちだったから混乱も苦労も多かった。

 

「で、ここからが本番。七人目はインタリンクする分のエネルギーも持たなければ相手もいない。なのに調べていくとどうも面白い仮説が立てられたの」

「あくまでも仮説の段階なんです。私達は今まで実際に七人目になれた人には出会えませんでしたから」

 コウハが言うには、七人目にあたる人物はインタリンクせずとも記憶や感情の共有が出来る可能性があるということだった。インタリンクのペアが持つパイプが太い物であり接続可能な相手はパートナーである一人だけなのに対し、七人目は細いパイプを他六人全員と接続出来る。しかも本人や六人の状態を問わず常時繋がれているに等しい。

 但し六人のようにその情報を感じる段階になるには特定の条件が必要とされる。

「当代のウロボロス全員の意思、感情が一定以上に強くなる事……と言っても数値化は出来ないから、とにかく強い想いを持つくらいしか言えないわ。どう? それっぽい現象起こったりした?」

「んな事言われても……」

「戦ってると私達も動くし、インタリンクしたらお互いの情報でいっぱいだし……」

 ランツとセナが腕を組み互いを見合わせて同時に首を傾げている。

「そんな都合のいい事が簡単に……あったわ」

 唸っていたユーニががばっとトワの方を向いた。随分と勢いが良かったせいで肩が跳ねてしまった。

「……うん。ボクも覚えがある」

「本当!? 詳しく詳しく!」

 顔を近寄せてくるコウハに対して少しだけ後ろに下がって距離を取りつつ、一つずつ過去の出来事を思い出してみる。

 まず初めはコロニーラムダで鉄巨神と戦った時。タイオンとイスルギとナミに関する過去、ランツ達とヨランの間に起こった事故がトワへと流れ込んできた。他にもセナの声も不思議と響いてきた。

 次にエンダド峠でメビウス・オー、ピーと戦った時。過去の記憶らしきものは見ていないが、言葉を使わずとも六人の感情や考えが全て把握出来ていた気がする。

 残りはキャッスルで殲滅兵器(アナイアレイター)を破壊しに行った時、ユーニのものと思しき恐怖の感情や視界がいきなり襲ってきた。

 

「あれ見られてたのか……」

「なんかごめんね……。でもユーニ、途中で笑わなかった?」

 きょとんと一つ瞬きをしたと思えば、ユーニは口角を上げた。少し得意げで強気な笑顔。そうだ、こんな表情を浮かべていた気がする。

「ああ。ビビったけどただ黙ってやられてた訳じゃないからな。あの後、ちゃーんと一撃喰らわせてやったぜ」

 遅くなってしまった答え合わせだった。あの時はごたごた続きで確認も取れなかったが、ユーニはやはりトワの信じた通りの彼女だった。過去も恐怖も受け入れた上で乗り越えられたのだ。

 

「——となると仮説は正しいとみていいですね。これを能動的に発動させられるかどうかはまた別問題ですし、私達の役割ですから今は置いといて……」

「本ッ当に助かったわ! 本の上であれこれしてても本物に出会えなきゃ意味ないもの!」

 喜んでくれているのは純粋に嬉しい。それに自分達にとっても今まではただ何となく凄い力としか認識していなかった能力や、訳も分からずに振り回されていただけの状態から一段上に登ることが出来た。

 ついでにお菓子なるものも知れたのが地味に幸運だった。

 

「それじゃここからが本番よ!」

 コウハが握った拳を突き上げる。もうお腹いっぱいの情報量なのだが重要な部分が残っている。

 ここまでの七人目に関しての能力は前提として武器(ブレイド)を出せるという条件があった。そもそもこの世界では武器を生み出せるのが自然の摂理であるから、わざわざ改めて定義する必要もない。その摂理に反した存在、武器が出せない者はあまりにも特異だ。

「コウハ、一回休憩しようか。皆さんも一旦肩の力抜いてください、お茶のお代わりもありますよ」

 そのまま突き進みかねないコウハをカガリが止めた。結局話を聞くことに集中しすぎてクッキーやお茶もそこまで味わえていない。カガリの気遣いで一同ほっと安堵の溜め息を吐いた。




火光姉妹について
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