クッキーばかりに気が行ってしまったが、紅茶もまた美味だ。聞けばセリオスティーと呼ばれる種類だそう。セリオスアネモネという花から作られるハーブティーの一種で、シティーではごく普通に流通している。
「ひゃあはっほくふぐきにひまひょうか」
「コウハ、飲み込んでから喋って」
クッキーで頬を一杯にしながらも話そうとするコウハにカガリが突っ込む。もぐもぐと顎を大きく動かして咀嚼した後にセリオスティーで一気に流し込む行為にもカガリのお咎めが入る。はしたないと言われているが正直そんなに気にならない。というより戦場だと一刻を争ってきたので、寧ろああやって急いで胃の中に流し込む方が馴染んでいるのだ。ゆっくりした食事があるのも知ってはいるが、急ぐ事に対して特段悪いとは思えない。
「んぐっ……、よし。さあ続きよ!」
「もう、いつもこうなんだから……」
「カガリちゃんだって気になってるでしょ、戦闘に行く筈だったトワちゃんのウロボロスパワーがどんな働きをしてるのか」
「それとこれは話が別」
時間がかかっているのはこの二人のやり取りの影響もあるかもしれない。薄々感じていたが黙っておいた。
「どんな些細な事でもいいわ。これ変だな? とか思ったのあったら教えて、ウロボロスパワーの可能性が高いから」
そう言われるとまず真っ先に思い浮かぶ事象が一つある。
「やっぱり命の粒子への干渉だよね。私達普通のおくりびとには到底できないもの」
ミオの言う通り、コロニー4での事を始めとして何度かやってきた。元はメビウスの糧となる命の循環の効率を上げるシステムであるおくりの笛と旋律が、メビウスにとって厄介な物になっているのは事実だ。火時計へ向かう粒子の動きの静止や、一度メビウスに奪われた粒子を強引に引き剥がす行為がおいそれと実現してはおくりびとなどこの世界に存在しないだろう。
「ボクはこの笛自体が特別だから出来たのかなって思ってたんだけど……」
「それはあるも。リクもなが〜く生きてるけどトワの笛と同じ物は見たことないも」
「渡してくれたのリクでしょ」
ウロボロスの七人目、
別の事象を探してみる。先程挙げた命の粒子への干渉はウロボロスパワーを得た後に初めて試みた行為だ。笛の特殊能力である可能性も拭きれない。それならばウロボロスパワーを受ける前にもやっていた事で、今は何かしらの変化が起きているものが良い。
とは言っても戦えないトワがしているのは今も昔もおくりだけだ。呻き声を漏らしつつ必死に記憶の海から情報を探す。
「あ、もしかして……、いや、ボクの気のせい……?」
「止まらないで! とりあえず全部言って!」
「は、はい……」
前のめりすぎるコウハがちょっと怖い。
「おくった時の粒子の色、この間違和感を感じたんです」
エセルとカムナビの命を改めておくった時だ。メビウスから二人の粒子をトワが取り戻し、ノアとミオの演奏で想いを空へと届けた。その際に昇った粒子の色は
「白じゃなくて、いつもなら金色だと思ったんですけど……。いつもノアとミオさんと一緒におくる時は白じゃなかった気がして」
旅の中で命尽きてしまった兵士を何人もおくってきた。大きな戦場となった場所以外にも想像を超えた量の骸が転がっていた。敵軍に殺された者だけでなくモンスターに襲われた者、コロニーに辿り着けずに尽き果ててしまった者。視界に入った骸は全ておくってきたつもりだ。多くの命と想いに触れて胸を張って自分がどんなおくりびとであるか言えるようになる為に。
彼らの粒子の色は金色だった。昼の青空に力強く光り輝く太陽、夜空を静かに照らす月と同じ色。
「でもウロボロスパワーを受ける前のおくりの粒子が白か金だったかまでは分からなくて……。だから気のせいかもしれないです」
「いや、白だったよ」
「ノア?」
「トワが不治ヶ原でコロニー9の兵士をおくってくれた時、おくりびととしてケヴェスの稀代のおくりびとの全部を見てみようって色々と意識してたんだ。
だからよく覚えてる。あんなに真っ白で綺麗な粒子は見たことなかった。他の色が全く混ざっていない白で驚いたんだ」
不治ヶ原の戦いの後にトワはノア達と知り合い、キャッスル勅命の作戦に参加してゲルニカと遭遇した。つまりウロボロスパワーを得る前のトワのおくりは白い粒子が立ち昇っていたのだ。それに加えてエセルとカムナビをおくった時はノアとミオの二人だけでトワはいなかった。
これらの情報を合わせるのであれば、金色の粒子を発生させているのはウロボロスパワーを得た後のトワのおくりの旋律になる。
「……一大事よそれ!!」
コウハが今までで最も大きな声で叫んだ。コウハが叫んだと同時にカガリが本の山から何かを探している。すぐに目的の物は見つかったらしく、一冊の本を広げて文字列を追いかけている。
「皆さん、粒子の色の意味って知ってますか?」
カガリの問いかけに首を振った。色の違いは知っているが、死んだ時に出る赤い粒子がおくりの旋律により少し青の混ざった白になるくらいの大雑把な知識しか持ち合わせていない。
「命の粒子には三種類あります。赤、白、そして金」
赤は兵士達が最も目にする色だ。
白はおくりの旋律を受けて赤から変化した粒子の色である。粒子の色が白になればおくりとして成立している。笛を奏でて白い粒子へと変化させることが出来れば、一人前のおくりびととして認められる。同時にゆりかごで再生されるまでの時間も早めている色でもある。
金は兵士であれば滅多に目にしない粒子の色だ。下手をすれば一度も見ることなく命を落とす兵士がほとんどだろう。
カガリの説明によるとシティーの者達は命を落とすと骸を残さずに、肉体の全てが金色の粒子となりどこかへと飛んでいく。勿論白の粒子とは異なりゆりかごで再生されることはない。
「金色の粒子とは自然に還る命の色なんです。火時計にも縛られないしメビウスの糧にもならない、次の再生だってされない」
「トワちゃん、貴方の能力はそれよ。おくる命を自然へと還るものにする、メビウスから兵士の命を解放する力」
驚きの声も上げられなかった。
だが納得もしたのだ。メビウスがトワの命を狙った本当の理由がこれだったのだろう。トワが旅をする中で骸をおくればおくる程にメビウスの糧となる命が減っていく。それに気がついたメビウス側がウロボロスと共に抹殺を図ったのだ。
インタリンク出来る六人はメビウスを討ち倒せる力があり、ノアの持つラッキーセブンは火時計を破壊し兵士を解放出来る力がある。どれもアイオニオンでは超常的な力の部類に入るだろう。
だが完璧な存在が無いように、全てにおいて力が及ぶ訳ではない。メビウスを倒そうと兵士を解放しようと、兵士達は死ねば再びメビウスの手中へと簡単に戻ってしまう。メビウス側は火時計を破壊されても、火時計との関係を切られた兵士を殺してしまえばいいだけだ。再生された兵士にまた別の火時計で縛りつければ元の状態と何ら変わりはない。火時計から解放されたエセルがゆりかごの中にいたのがその証明だ。
インタリンクとラッキーセブンの力が届かない範囲を見事にトワのおくりが補っている。特異が重なりすぎている今代のウロボロスは、ただ自分の役割を全うするだけでメビウスにとって凄まじい脅威となっていた。
「やっぱりトワちゃんは凄い力を持ってたんだよ!」
セナがトワの肩を両腕で抱き寄せて頬を擦り寄せてくる。我が事のように心の底から喜ぶセナの笑顔がとても眩しい。
「前に話してくれたでしょ、おくる命が安らげる場所に行けることを考えて演奏してるって。今のトワにはそれが出来る力があったんだよ、私も本当に嬉しい」
ミオが両手でトワの左の手を包んだ。きめ細やかな肌が包んで、そっと撫でてくれるのが心地良い。
「おくりに意味がないなんてことは無いって言ったけどさ、本当に誰よりも意味のあるおくりだったって訳じゃん!」
覗き込んできたユーニの頬が少し赤い。過去の己の記憶を持つ彼女の言葉には他の人にはない重みがある。それを理解して自分の頬も温かくなるのを感じる。
多くの道があるのを知っておくりびと以外でも役立てるのを感じたけれど、それでも自分のおくりが唯一無二であった事実に興奮を抑えきれない。自分の想いと演奏が生者も死者にも救いの一つになっていたなんて、そんな夢のような話があったなんて。
「嬉しい、本当に、ボクが……こんなに誰かの為に、おくりで力になれてたなんて」
泣き虫だから。昂った気持ちはポジティブでもネガティブでもすぐに涙で溢れてきてしまう。
「水を差すようで悪いんだが……」
タイオンが表情を硬くしたまま挙手をした。
「トワのおくりが命の輪廻からの解放をしているのは確かだろうが、一つ引っかかる点があるんだ」
タイオン曰くケヴェスキャッスルにて、女王と執政官がウロボロス側に都合の良すぎる条件をつけてでもトワを引き戻そうとした点がどうも引っかかるという。トワのおくりにより命が次のメビウスの糧とならないのであれば、キャッスルへ連れ戻す必要性は全く無い。当初の予定通りにウロボロス諸共消してしまえば良いからだ。
タイオンの推察に対して、他の皆からは連れ戻してから殺すつもりだったのでは、前と同じように成人の儀だけやらせればおくる人数は少なくて済むからそうさせるつもりだったのではと推論が飛ぶがどれにもタイオンは納得した顔を見せてはくれない。
「これも僕の推察に過ぎないが、メビウスはもっと能力を細かく知っていたのではないか? つまりトワの能力は命の輪廻からの解放に留まらないか、本質的なものは別のものという可能性はないだろうか」
これにはコウハとカガリも悩ましい声を上げた。タイオンの言った通りであり、今の自分達では悔しいが確認した事象しか判断材料が存在しない。
「ま、今悩んでても仕方ないわね。何かあったらまた教えてほしいわ」
「私達としては数百年あっても得られない情報を収集できましたから気にしないでください。今後のロストナンバーズの活動にも役立てられますし!」
結果としてはプラスしかない。
「にしてもよ、こんなに凄いならシティーとしてもウロボロスの七人目をもっと推した方が良くねえか?」
そう言ったのはランツだ。確かに彼の言った通りインタリンク出来ずとも戦闘能力は上がるし、人によっては予想だにしない能力が開花する可能性が高い。
「私達も何度か勧めたんだけどね……」
「実際は複雑な事情がありまして……」
火光姉妹が揃って眉間に人差し指を当てる。七人目をシティー側から今まで生み出せなかった条件は二つあるらしい。
一つ目は、あくまでもウロボロスへと覚醒させるのはウロボロス・ストーンが主導である事。ロストナンバーズが試験を課して候補生を絞り込んでいるのは、心身共に優秀で志高い者であれば覚醒する確率が高いからだ。しかし結局それも確率を上げているだけで、上位六人に入れたからといって必ずウロボロスに覚醒できる訳ではない。
選ぶのはウロボロス・ストーンであり人間ではない。過去にはウロボロスが六人に満たない時代もあったと記録されている。七人目を生むにはそもそもウロボロスたり得る者が七人以上いて初めて挑戦できる。
二つ目はロストナンバーズ内での不仲に繋がりかねない事。
ウロボロス・ストーンを発動させる際に七人目候補を用意したとする。しかしウロボロス・ストーンがインタリンクする六人の中に本来七人目となる筈だった候補を選び、上位六名全てを選ばない場合が起こり得る。こうなってしまうと上位六名の意味は崩れてしまう。その後の人間関係を円滑に進めるのは到底無理な話だ。
以上の理由からロストナンバーズでウロボロス・ストーンを発動させる時は、候補者のみにパワーを与える状況を整えてからウロボロスを生み出してきた。
「でもねぇ……正直な話、今回の候補生は仮にゲルニカおじさまがここまでウロボロス・ストーンを届けてくれてたとしても無理だったと思うわ」
候補生というと昨日恨み言を吐いてきた彼らの事だが、何が無理だったのだろうか。
「あんた達が一番分かるでしょ、ウロボロスを奪われたとかなんとか言ってきたのよ。ウロボロスになれたら偉いとでも思ってんのかしら。そんな人達に資格なんてあるとは思えないわね」
「コウハ、言葉が悪いよ。せめてもっと婉曲に伝えないと」
「そうは言うけどカガリちゃん……」
「だって本当なんだから」
あまりにも自然にそう吐いたカガリに対して背筋が冷たくなる。本当に今までの柔らかい雰囲気のままの発言であったから余計に恐ろしさを感じる。
「ロストナンバーズの目的は何なのかを見失ってるんです。ウロボロスは目的を果たす為の手段の一つでしかありません」
目的は「この世界を在るべき姿へと戻す」事だ。その為にメビウスを斃さねばならない。メビウスを斃すには生半可な力では不可能だから大きな力が要る。大きな力を得られる方法がウロボロスである。
候補生達はウロボロスになる事自体を目的であると勘違いしてしまっていた。ウロボロスとなる事は目標であり一つの通過点だ。決して目的の場所ではない。
目的を見失っていない者ならばウロボロスの力を得られない事に対して落ち込んだとしても、すぐに別の方法を模索する方向に切り替えられる。それを出来ずにただ文句を言うだけならば何も進まない。
「彼らも物分かりは良い人達ですから、きちんと伝えれば理解はしてくれると私も思っています。ただ精神的な未熟さが悪目立ちしたのは事実ですね」
トワは難しくて少し寂しい話だと感じた。シティーの人はきっと自分より沢山の道を選べる立場だった。それなのに一つの道に固執して、他の道が目に入らなくなってしまっている人もいる。
選べる道が一つしかない兵士は苦しんでいる。でも多く選べるシティーの人は多いからこそ苦しんでいる。もしかしたら沢山あっても一つしか選べない人もいるのかもしれない。
「随分長くなってしまいましたね。皆さんのご協力、本当にありがとうございます」
「きっと今後はロストナンバーズに協力するんでしょ? 活動する中で不明なところとか新しい能力とか出てきたらいつでも報告に来て」
「それとモニカおばさまにウロボロスを任務に関わらせる時はトワさんを省かないように伝えておきます。一時的な別行動なら良いですが、基本的にウロボロスは全員が揃っていないと能力の真価を発揮しませんから」
火光姉妹に見送られて屋敷を後にする。モニカからこの後の指示は来ていないし、急を要する事がある訳でもない。昼を過ぎたあたりだがとりあえず一旦宿舎へと戻ることとなった。