宿舎に着いたと同時にモニカから連絡が入った。明日の早朝からロストナンバーズの作戦司令室にて今後についての話し合いを行うとのことだ。今日の残り時間は自由時間で良いとされ、各々が何をするかを考え出す。
シティーに到着してから意外と自由な時間を与えられている気がする。
「僕は引き続き情報の整理を……」
「駄目だ、ミチバ食堂行くぞ! あそこの飯美味かったからな、ノアも来いよ!」
「えっ、あぁ……分かった」
「僕は良いと言っていない! 待て、放せ!」
ランツがタイオンの右腕とノアの左腕を掴み、引きずるようにしてミチバ食堂へと向かっていってしまった。昨晩、二人は行けなかったからとランツの気遣いだろう。タイオンは進行方向へ背中を向けたまま引き摺られていってしまった。声だけは威勢がいいがランツ相手に彼は敵わないのが現実だ。
「私はセントル大通りに色々あったお店、だっけ? お菓子もあるみたいだし行ってみたいな。ミオちゃん達もどう?」
「アタシ賛成〜」
「マナナも行きますも!」
「うん、私も行きたいな。トワも行く?」
セナ達はセントル大通りへと向かうようだった。トワはミオから誘いを受けたがそれを断る。
「気になるけど……。ボク、記念堂にもう一回行きたいんだ」
「そっか、じゃあ何か困ったことあったらすぐに連絡してね。遠慮とかしちゃ駄目だよ」
「ありがとう。ミオさん達も気をつけてね」
ミオ達の背中を見送った後、階段を降りていく。ウィリデ公園は走り回って遊ぶ子どもたちの声で溢れている。それを見守る親や談笑を楽しむ大人達も多くいて、その場にいるだけでも、胸の奥で無意識に力を入れていた硬い部分が解れていくようだった。
公園の南側に位置する記念堂へと昨日ぶりに足を踏み入れた。扉は無いから背後からは少し遠くにある喧騒が聞こえてはくるが、人混みの中と比べれば随分と静かな場所である。
記念堂の中にある始祖像とその説明を改めて見ておきたかった。入ってすぐ左側にあるのはローディス家始祖の像だ。柔和で優しい人物とされ、シティーの医療技術の発展に貢献したと伝えられている。性格と髪型の雰囲気を合わせると、つい先程まで話していたカガリとそっくりだ。
ノアに似ていると言われたヴァンダム家の像を見てみる。モニカも話してくれたが台座の説明にもシティーはメビウス・エヌの手で一度滅ぼされているとある。しかしヴァンダム家の始祖がウロボロスの力を完全な物とし——即ちインタリンクを初めて発動させてこれを退けた、とされている。メビウスへの抵抗面では最も大きな功績を残した者だったのだろう。
エヌの名は知っていた。ケヴェスキャッスルで女王の隣にいたあの黄金の執政官の名だ。分かってはいたが彼もまたメビウスの一人であった。まさか始祖達が生きていた時代から存在していたのは驚きだ。確かにメビウスは生半可な力では到底斃せる存在ではないが、千の年を超えても存在し続けているエヌはメビウスの中でもより強い力を有しているのだろう。ロストナンバーズも少ないとはいえメビウスを斃した実績はあるのだから。
その次になんとなくオーツ家の像が気になった。説明によると元はケヴェスの兵士であったが他の始祖達の手によって火時計から解放された。これはアグヌス兵であったローディス家始祖も同じだ。オーツ家始祖は機械工学に長けており、
——作るって方法もあったんだ。
トワは少し自分を恥じた。出せないのなら作るなりすれば武器その物は持てたのだ。実際は戦闘訓練での成績も壊滅的であったから、作ったとしてもマトモに戦闘兵としては使えなかっただろうが。それでもただ嘆いて立ち止まるよりは良い気がした。
一通り像と説明を見て幻の七人目の始祖にも興味を惹かれたが、やはり一番気になるのはリイド家の像だった。正面に立ち像を見上げる。
リイド家とカシィ家の像は始祖本人ではなく、あくまでも始祖の師とされる人物の像である。それでも像の本人もまたシティーやメビウスとの戦いに貢献した強い人達ではあった。
やはり何度見ても同じなのだ、夢で出会う金色の長い髪をした優しい顔をした男の人と。像の表情は凛々しいから少し印象は違うが。
もしも像と夢で会う彼が同一人物だとしたら、彼は千年以上も前に生きていた事になる。命の枷を持たないシティーの人も寿命は精々七十か八十と聞いているから、生きているなんてあり得ない。シャナイアだってそう言っていた。
あり得ないのだ、何もかもが。夢で見た人が始祖像である事も千年以上前の人間である事も。それなのにトワはそれを偶然と切り捨てる事は出来なかった。偶然にしてはあまりにも出来すぎている。
彼と最後に夢の中で出会ったのはコロニー4でメビウスを斃した直後だった。その際に彼に向かって言葉を投げかけて初めて会話らしい会話をしたのだ。あの時はまだただの夢だと思う気持ちの方が大きかった。しかしシティーに来てからやっと違うのではないかと思えてきた。
言われた通りに単なる夢でないのなら彼に話したい事が沢山ある。自分の旋律が本当に自分だけにしか成し得ない特別な物であったから。その旋律は彼のいる世界と彼の存在で生まれたから。
貴方に聞いてほしい。
同一人物と確証は得られていないから自己満足でしかないが、夢の彼だと信じてこの場で演奏はできる。きっと届くと信じて。
記念堂の中に誰もいないことを確認しようと視線をぐるりと動かした。
「わ、あっ!! リク!?」
足元に青緑色の毛玉がいたことにそこで気がついた。
「何も? ずっとついてきてたも」
「えぇ……。全然気づかなかった、声かけてよ……」
「熱心に見てるから邪魔したら悪いと思ったも。リクの気遣いも」
驚きで強張った肩の力が一気に抜けていく。リクらしいと言うか何と言うか。
「ま、いっか。リクなら演奏しても気にしないよね」
「笛、吹くも?」
「うん。届くといいな、って」
「昨日言ってた夢で会った人も?」
「同じ人かは分かんないけど聞いてほしいんだ」
笛を取り出して両手で軽く握り、また始祖像の顔を見上げる。同じ人なら嬉しい、違ったらそれはそれで。
「トワが信じるならきっと同じ人も。大事なのは……」
「ボクの届けたい想い、でしょ」
「分かってるならいいも」
唄口に唇を寄せる。瞼を閉じて息を吸い込み、静かに吹き込む。
想い描くのはあの光景、おくりびととしての自分を掴めた始まりの世界。おくるのは命ではなくて自分自身の想い。
旋律を生み出すきっかけをくれた感謝の心と、その旋律で彼に笑顔になってほしい想い。喜んでほしくて、何故か彼に褒められたいとも感じている。良い曲と言われたいのか頑張ったと認めてほしいのか。ただなんとなく、彼に今の自分を肯定してほしい。いつものような笑顔を向けて、左の大きくて少し硬そうな手で頭を撫でてほしい。
奏で終わって目を開いても景色は何も変わらない。シティーの中にある記念堂で、周りに始祖像があるだけ。夢なんかじゃなくてきちんとした現実だ。けれど少しすっきりした気分だった。
次に彼に会えるのはいつだろう。会えたら今度は言葉でいっぱい伝えよう。それまでボクはボクのやるべき事を精一杯やるから。夢じゃないと言ったのだからきっとどこかで見ていると信じている。
そうして記念堂を後にした。振り返って、小さく右手を振る。
そこに始祖達の想いが今もある気がしたから。
翌朝。プラエタリアの丘近くにあるエレベーターを下って作戦司令室へと向かう。
司令室にはモニカと初めて見る男がいた。名をトラビスという。ロストナンバーズの副官を務めており、モニカの右腕的存在らしい。くしゃりと笑うと顔に刻まれている皺が目立つ。少し困り眉なせいかどことなく疲れた笑顔にも見える。
「では早速始めるとしよう」
メビウスの支配からの解放の為には真の女王を見つけ出して接触する必要がある。ケヴェスの女王の行方は未だに不明のままだが、アグヌスの真の女王の行方を知る者が一人いる。ゴンドウという者で、現在はアグヌスキャッスルの収容所に捕えられている。まずはゴンドウを助け出さねばならない。
様々な作戦をこなす中でロストナンバーズの兵士はケヴェスやアグヌスに捕えられもする。どちらの軍に捕まったかには関わらず、総じてアグヌスキャッスルにある収容所へと送られる。彼らはすぐに殺されるのではなく労働力として良いように使われているが、それは副次的なものに過ぎない。
本来の目的はシティーへの見せしめだ。キャッスル基メビウスは毎年一回、太陽が欠ける日——触の日にキャッスル南端の希望の丘と呼ばれる場所で囚人の処刑を行う。その一部始終を大空へと投影し、シティーへと見せしめている。
メビウスからの嘲笑だ。世界はメビウスの物であり未来永劫変わる事はない。ロストナンバーズの無力だと突きつけてくる。
処刑に関してはミオ達アグヌスの者も知らなかった。シティーの存在、ロストナンバーズの収容所はメビウスと極一部のアグヌス兵のみが情報を握っている。
「処刑の場所が"希望の丘"って趣味が悪いにも程があるぜ。そこで絶望させてるくせによ」
腕を組み鋭い目つきのまま呟いたランツの言う通りだ。処刑する地名も含めての"見せしめ"なのだろう。
次の触まではおおよそ一月だ。処刑されるのは十人前後ではあるが誰が選ばれるかまでは一切分からない。少なくはない兵が囚われているから確率としては高くないだろうが、ゼロではない確率をゴンドウが引いてしまえば真の女王への道は閉ざされてしまう。
「
ミオのか細い声が零れる。ミオは右手で首の右を押さえて視線を落とした。触の日までの時間とミオの残り時間はほぼ同じだった。ノアとタイオンがミオよりも悲しい瞳で彼女を見つめている。
「ま、やるっきゃない。いや、やってやろうじゃねえか! な?」
先程とは打って変わってランツが明るい声を張った。彼の言った通り、やるのなら今すぐにでも作戦を開始して最速で済ませよう。ゴンドウを救い出し、少しでも明るい顔でミオをおくれるように。
潜入に関しては眼帯があればメビウスに怪しい動きを捕捉される心配はない。逃亡に際してはモニカから
ウロボロスは逃げ出せても他のロストナンバーズはどうなるのか。モニカは気にする事はない、覚悟はできていると伝えてくれた。しかしそれに対して素直に納得が出来るかは全くの別だ。
「これは"そういう"作戦だ」
ゴンドウを救い出し、ウロボロスも全員逃げ出す。それが作戦の最優先事項であり、他の兵の命は捨て去るのも辞さない。元々ロストナンバーズ兵はその命を懸けてメビウスと戦う道を選んだ者達だ。未来へと繋ぐ為なら命を捨てる覚悟はできている。
覚悟を決めるのはウロボロス達の方だ。本来の目的を身失ってはいけない。いざという時に人の命を諦める選択肢も取らねばならない。
「……分かった」
最初に口を開いたのはノアだった。否定をしなかった彼に驚いたが、ノアは続ける。
「でも俺達もギリギリまで粘らせてもらう。命を簡単に捨てるなんて出来ないよ、それでいいか?」
「程々で構わんよ。覚悟もできてはいるが私達だって力が無い訳じゃない。自力で脱出しようとする奴等も大勢いるだろうさ。
次は移動と潜入手段だな。そちらは造兵局のサモンというノポンに一任してある。彼を訪ねてくれ」
「それじゃあ早速……」
「はいはーい、邪魔するぜ〜」
司令室の扉がいきなり開き一人の人物が堂々と入ってきた。会議中であるにも関わらず入れて当然と言わんばかりの態度で司令室の中央へと歩いてくる。
蜂蜜色をした短髪と深い緑の目をした男性で、背はノアくらいだろうか。年齢も少なくとも若者に分類されると思われる。服装は紫みの強い暗い赤の作業用つなぎだが、上半身部分を脱いで腰で巻いている。中は黒のタンクトップ、両腕には古代紫のアームカバーが身に付けられている。身に付けている物の明度が低いからか、日に焼けていない肩が眩しく見える。
一同が呆気に取られていたがトラビスが我に返った。
「入ってくる時は連絡しろって言ってるだろ〜! なんでお前は遠慮も容赦もないんだ!」
「言ったら会議中だとか言って弾くだろ。それなら黙って来る方が賢いンだよ」
「礼儀の問題だっての……」
「よ、モニカおばさん。ちょっと邪魔するぜ」
「……ミネさんにまた言いつける時期かな、セイン」
「婆ちゃんは勘弁してくれよ、怖いからさ。俺だって別に遊びに来たんじゃなくて、ちゃあんとした理由があるんだよ」
セインと呼ばれた男性は意地悪そうに歯を見せて笑った。