神笛と永遠と   作:坂野

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 セインは品定めするかのように一人一人の顔を覗き込んできた。珍しいから見にきたと言いたげな表情を全く隠そうともしない。此方も困惑や不快感はどうしても湧いてくる。

「コウハとカガリから連絡貰ったんだよ。凄い奴がいただの七人目の仮説が立証されただの姦し〜く一方的に言ってきやがんの」

 つなぎのポケットに手を突っ込み首を捻る動きはこの場ではあまり褒められたものではない。癇に障ったユーニが喧嘩を売るようにして口を開いた。

「随分とデカい態度だな。いきなり入って我儘言えるくらい偉いってか?」

「あ〜、お前に用は無いからさ。喧嘩を買う程暇じゃねえの、こっちも」

「ンだと!」

「ユーニ! 抑えて!!」

 今にも殴りかかりそうなユーニの肩をセナが必死に押さえている。ユーニは振り払ってでも一発お見舞いしたいだろうが、仲間一怪力のセナに押さえられてはミリも動けない。

 

「用があるのは、君」

「……ボク!?」

 セインが肩を軽く叩いたのはトワである。

「いや〜君も人気モンだな。火光(かぎろい)のとこで色々質問攻めにされて、今度は俺。んじゃこいつ借りてくわ」

「待った待った! お前は説明が足らなすぎる!」

アレ(・・)渡すだけだっての、俺が来たんだからそれくらい分かるだろ。トラビスのおっさんも鈍いな」

「分かる奴の方が少ないんだ」

「じゃあその少ない奴になれよ」

「お前な〜!!」

 セインとトラビスのやり取りに対してモニカが大きな溜め息を吐く。怒り半分呆れ半分と見た。

「セイン、何の為に連れて行くのかをきちんと我々に伝えろ。トラビスも振り回されるんじゃない」

「んー、俺は渡したい物があるからこの子を借りて行く。今日中には返す。それじゃ行くぞ」

 そう言ったセインはトワの左腕を掴み、引っ張りながら司令室の扉へと向かい出した。理由は伝えても強引に自分の目的だけを推し進める彼に、引っ張られているトワさえも唖然としていたがノアが立ち塞がるようにして入ってきた。

「待ってくれ。俺達は今から移動手段の事を聞きに造兵局に行かなきゃならないんだ」

 ノアに止められ、そこで初めてセインはへらへらとした表情を変えた。細められた瞼の間から見据えてくる瞳の色が途端に暗くなる。

「それ、この子一人いなくなったら出来ねえ事か? お前ら他に六人もいんだろ、ノポン入れたら八人だろ」

 セイン曰く、移動手段の確認といっても別に一から何かを作るわけでもない。精々燃料の調達や航路の注意事項を聞く程度だ。それくらいならば後から伝えれば良いだけだし出発なんて早くて明日だ。何も今すぐに収容所へと向かうわけでもない。

「大体武器(ブレイド)も出せないこんなほっそい子に何させんだよ。インタリンク出来るお前らの方が力仕事すんなら向いてんだから、要らねえ事考えずに黙って肉体労働してろ。兵士のくせに頭も回んねぇとかよく生きてこられたな——ぃでっ!」

 トラビスの拳がセインの脳天に直撃した。いかにも重たい一撃だ。実に痛そうである。

「正論だったとしても言い方が駄目だって何回も言ってるだろ。カガリとコウハくらい上手く人と接するのを覚えろ、幼馴染だろ。……ミネさんに報告しとくからな」

「結局怒られ確定かよ。いいや、はい退いた退いた」

 セインは結局ノアに謝りはせずに片腕で彼の身体を軽く押し退けて、トワを引き連れてエレベーターへと乗り込んだ。

 

 扉が閉まり昇っていくエレベーター内が気まずい。トワからしたらセインの第一印象は最悪に近い。

「君さ、武器(ブレイド)出せないんだろ。もし出せる奴が出せないフリをしてたって知ったらどう思う? 変に繕わなくていい、君の気持ちそのまんま答えてくれ」

 トワの腕を掴んでいた手を離したかと思えば今度は脈絡のない問いかけをしてきた。振り向いたセインの表情は最初に見た時のように調子が良さそうなものに戻っていた。

「……何で、って思います。出せるなら出した方がいいのに、使える物を使わないの、ずるいなぁって」

「だろ。ノア(あいつ)は出せないフリする奴の目ェしてんだよ。……ついてきな」

 エレベーターの扉が開きセインが左へと曲がる。複雑な気持ちではあったがとりあえず彼の背中を追いかける。

「あの、ノアの昔の事誰かから聞いたんですか?」

 ノアは訓練兵の頃にこの世界に対する疑問から意図的に武器(ブレイド)を出せないフリをしていた。しかしリクにそれでは仲間を見殺しにするのと変わらないと否定されてからは、仲間を守る為に確かに武器(ブレイド)を抜刀して戦い続けている。

「げぇ、あいつマジでそんな事してたのかよ」

「昔の話です。今は違うって」

「根っこの部分変わってねえ目つきだぞ。自分は弱い人にも寄り添ってるって勘違いして、何かを守れてるって思い込んで、強そうに見えてクソ弱い奴の目だ。どうせ近い内に大事なモン無くして絶望するぜ、あいつ」

 不機嫌そうに吐くセインに対して憤りが募ってくる。仲間をそんな風に言われては穏やかではいられない。

「ノアはそんな人じゃ……!」

「分かってるよ。悪気があるなんて思ってねえ、寧ろ根っからの良い奴すぎる。単に俺がああいうタイプが血吐くくらい嫌いなだけだ。……悪気無くこっちの地雷ぶち抜いてくるから嫌なんだよ」

 覗き見たセインの顔は単純な怒りや嫌いでは表せないものだった。ノアを悪く言われるのは確かに不快だが、セインにはセインなりの過去から来る想いがあるのを感じた。だからトワは一旦そこで彼に何か言うのを止めた。よく知りもせずに何か言っては彼の想いを踏み躙りかねない。

 

「じゃ、この話は終わり、悪かったな。着いたぜ、俺の工房」

 案内されたのはマキナ工房区にある小さな小屋だった。入り口の前には子どもが一人立っている。

「シノ、門番サンキューな。もういいぜ、友達と遊んできな」

 シノと呼ばれた子どもは笑顔で大きく頷くと、セインに右手を振りながら公園へと走っていった。

「えっと、子ども……?」

「年離れてっからな、しゃーないか。俺の弟だよ、俺もシノもおんなじ親から生まれてるってやつ。さ、入った入った」

 案内されるままに小屋へと入る。工具や作りかけの機械が乱雑に置かれている。昨日訪れた火光姉妹の部屋も本で埋め尽くされて散らかってはいたが、また異なる方向で散らかっている場所だ。

 ごそごそと物を漁るセインの背中を見ていると、どこかで知った情報が頭の端でそわそわする感覚になる。しかも遠い記憶ではなくかなり近い記憶だ。

 機械や物作りに強い、更にシティーの人は必ず六氏族のどれかに属している——。そして何となくあの像にシルエットが似ている、ような気がする。

「あなたって、オーツ家?」

「察しがいいねぇ! さては勉強家だな?」

 トワの小さな呟きを聞き逃さずにセインが勢いよく振り向き此方を人差し指で差してくる。

 

「そ、俺は"セイン・オーツ"。シティー六氏族、オーツ家現当主のミネ婆ちゃんの孫だ」

 本題はそこじゃないけどなと付け足して、セインは再び物をどかし始めた。そうしていくつかの物を避けて生まれた空間に一つの物が置かれる。床とぶつかって聞こえる硬い音からしてやはり彼が手がけた機械だろうか。

「これが君に渡したい物。俺が作り上げた武器だ」

 トワへ改めて向き直り一歩左へとずれる。促すような右手に釣られて視線を動かした先にあったのは彼の言った通り、とある武器だった。

「え……」

 トワは己の目を疑った。記念堂で始祖像を見た時と同じ程に。

 そこにあるのは赤い大剣だ。その情報だけなら細身ではあるがノアの持つヒドゥンソードも同じ武器である。しかしこの武器には"これさえあれば間違いない"と言える特徴が一つあった。

 柄と刃の間にあたる位置に大きな穴が一つ空いている。

 夢で見た剣とそっくりなのだ。あの人と同じ世界に突き立っている、赤い刀身に水色のエーテルラインが走った穴の空いた剣。

 細かく見れば夢に出てきた物よりもメカニカルで、そのほとんどが機械パーツで構成されている証拠だ。それでもシルエットだけ見ればやはり夢の中とほとんど変わらない。

「こいつはオーツ家に代々伝わる設計図から作り上げた武器だ。言うなれば……人工武器(ブレイド)ってやつだな」

 

 セインは一つずつこの剣について説明していく。

 まず事の発端である設計図について。オーツ家の始祖が記した物であるのは間違いない。しかしどのような経緯で記したのか、設計図を代々伝えていずれ完成させるようにと託したのかは不明である。

「事実はどうあれ正直作り上げる事のほうが面倒だったよ。長い間先祖達も作るの後回しにするわ」

 構成が複雑なのもあるが、何より使用する材料が稀少な物質ばかりだった。ブラックシャードやブラッククリスタル、アンノウンマターなんてのも要るらしい。専門外であるトワからすれば名前すらも聞いたことがない代物ばかりである。

 

 次にこの武器の性能について。設計図にはあらゆる物を断ち、使用者の強い意思に応じて無限にも等しい能力を発揮すると書かれている。そんな物ならトワに渡すなどせずにロストナンバーズの戦力として使えば良い筈だが、そう出来ない理由があった。

「"人"が斬れねえんだよ、こいつは」

 あらゆる物を断つと書かれていたのに、人に対してこの刃は一切通らなかった。それ以外は本当にあらゆる物が青いエーテルの刃で容易く斬り刻めた。硬い金属だろうと筋繊維の詰まったモンスターの肉だろうと一振りすれば真っ二つだった。

 人が斬れない。それだけでこの武器の価値は地に落ちる。殺さずとも人に傷をつけられない武器に何の意味があるのか。味方を守ることさえ出来ないのだ。

 斬れないのであればと、もう一つの使用者の意思に応じて発現する能力を扱えば良いと考えた。だがそれも上手くはいかなかった。いかに「こうしたい」「ああしたい」と念じようとも剣は反応を示さない。人以外を斬れる刃を出すだけ。

 

「設計図が間違ってるとは思えない。俺の組み方が違ってる訳でもねえ。だからこいつには俺らの知らない『何か』があるんだ」

 その何かを知るには多くの条件を試す必要がある。これもまた簡単な話ではない。そもそもこの世界の人間は元から自分の武器(ブレイド)を持っているのだ。それなのに人を斬れもしない別の武器(ブレイド)を持って試行錯誤ついでに戦おうなんて者は存在しない。それをするくらいなら今使える物の熟練度を上げる方が良い。

「だから元から武器(ブレイド)の出せない君に託す。実験としてこいつを持っていってほしい」

 トワにとっても悪い話ではない。寧ろ良い話だろう。今まで武器(ブレイド)を出せない事に悩み苦しんできた。そこへ人工と言えど与えてくれる人が目の前にいる。

 偶然に次ぐ偶然は運命的な何かすら感じる。夢で見た人や剣にそっくりな物がシティーにあった。自分が持つウロボロスの能力は六人と同じくらいに大きな力だった。それに加えて武器(ブレイド)までも手にできるかもしれない。

 

「ボクは、要らないかな」

 だが断った。

 実験として持ち出しても戦闘訓練を重ねてこなかったから素振り一つも上手くは出来ない。もっと力が強い人に託した方が能力を引き出せる確率が高いだろう。

「それにボクには(これ)がある。ボクなりの戦い方をやっと見つけられたんです」

 おくりが何よりの武器だ。命の粒子をメビウスに渡さない事も、命を落とした兵士達を枷から解放する事だって出来る。これ以上望みすぎてもきっと自分にとって不相応だ。今成し得る事柄に対して向き合いたいのだ。

「そりゃ立派だな。苦労の末に見出した答えはデカいしきっと間違いもないだろうな」

「はい。だからボクなんかより相応しい人が……」

 

「で、それで誰かを守れんのかよ」

 

 この短い間で聞いた中で最も低く、冷たい声だった。視線だってついさっきにノアに向けられていたと同じくらいに真っ暗だ。

「火光の二人から聞いたよ、ウロボロスの七人目の上にエネルギーがおくり側に行ったからとんでもない能力を持ってるって。すげぇよな、俺達だってやれない枷からの解放を君はその笛一つで可能にしてる。それは確かだ。

 でもそれで目の前で倒れてる味方が守れるか? 傷ついて倒れてる奴等を死なせない方法か?」

 命の枷からの解放は骸となった兵士をおくることだ。つまり死者に対して効力を発揮するものであり、生者には何の影響も与えない。

 

「どんだけ弱かろうと力は力だ。可能性は低くてもとんでもない運が重なれば敵の心臓を貫けるかもしれない。だけど今の君にそういった力は無い。

 得ようとは思わないか? こんなに分かりやすく目の前にあるのに自らそれを手放すってか?」

 セインはその場から一歩たりとも動いていない。此方側に危害を加える素振りだって見られない。それなのにトワは思わず一歩後ずさった。彼の言葉と滲み出る想いが大きく、密度も段違いに高いのを感じたからだ。トワに対する怒りもあるが彼の目からそれだけではないのも伝わってくる。

 自分に苛立っている目だ。鏡で見たことがあるから分かる。無力な己に苛立ち腹を立てても、結局何もしてこなかった者の目。

「それで最後には泣くのか。何も出来なかったって、自分が弱いからって言い訳して、仲間が死んでから強くなる為の努力でも始める気か?」

 セインが立てかけられた剣を取り軽く振る。同時に刀身が左右に開き、中央から青白いエーテルの刃が出現した。そしてその切先を真っ直ぐトワの喉元へと突きつけてきた。

 

「甘ったれてんじゃねえ!! 『今の仲間』の命は失ったら絶対に戻ってこねえんだ!!」

 

 弱いから知識だけでもと努力してきた。それでも足りないと嘆いた。それでも努力を肯定してくれた仲間がいて、自分だけの能力を見つけた。

 しかし生まれ落ちてからずっと()の無さは変わっていない。誰かを守れるような力は何一つ手の中に無い。

 無いのなら生み出す、掴み取る。

 

 ——守りたい思いがある限りきっと順番は回ってくるんじゃないかなって言われたんだ。

 

 かつてセナに言われた言葉がふと頭の中に反響する。

 あの時のセナはインタリンクの主導権が握れずに悔しがっていた。そんな彼女へとミオがかけた言葉だった。その後セナはコロニーラムダでの戦いで自身のウロボロス体を生み出す事に成功したのだ。自分の順番を見逃さなかった。

 きっと、今なのだ。

 自分へと力を掴める順番が回ってきた。それなのにそれを自ら手放したらこれからもずっと弱い自分、根の部分が変わらないまま。

「君が本当に心の底からこれを持っていきたくないのなら強制はしない。俺に君の心を縛る権利はない。だからもう一回だけ聞く。

 この剣を、持っていってくれないか」

 セインはやっと剣を下ろした。刃を消してもう一度立てかけて手を離す。

 

 使いこなせないかもしれない。セインの期待に応えきれないかもしれない。剣を振ることさえマトモに出来ずに終わるかもしれない。でも、掴まなければ始まらない。一パーセントだとしても零と一では天と地の差があるから。

 戦わない道を作るのなら、戦ってそれを切り拓かねばならない。待っているだけでは何も変わらない。

 

「……やってみます。自信はないけどやれる事をやってみようと思います」

「そうこなくっちゃな!」

 今度はこの短い間で見せた表情の中でとびきりの笑顔だった。




セイン及び武器について
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