神笛と永遠と   作:坂野

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 眠気が来るまでの間、トワは宿舎前の広場からウィリデ公園を見下ろしていた。時刻は午後八時を過ぎており、日中は子ども達の笑い声が響いていたシティーもすっかり静かだ。大人の姿もあるから人通りはそこそこあるが、多くの人は自分の居住する場所へと帰っていた。

「トワ、待たせたな」

 背後から呼ぶ声に反応して振り返る。小走りでやってきたノアにそんな事はないと軽く首を振る。

「早速お願いしようかな、剣の訓練の仕方」

「任せてくれ」

 同時に武器(ブレイド)を抜き構える。訓練兵時代はどんな武器もマトモに扱えずに指導者側からすぐに見限られた。その判断自体は全く間違っていないとトワも思っている。たとえREXが人を斬れるようになっても、トワが前線で剣を振るう未来はまず無い。けれどセインに叱咤されたように僅かな可能性は生み出せる。訓練でその可能性をほんの僅かだけでも底上げが出来る。たった一歩でも昨日と同じ位置にいては、最終的にただ嘆いて終わってしまうから。

「基本の構えはこう。素振りを何度もして剣のリーチの感覚を掴んでいくと良いよ……って言いたいけど、体幹ないな……」

「それはボクも重々承知してる……」

 まずノア達のように基礎的な体力と筋力が無さすぎる。力の殆どをパワーアシストで補っている状態だ。

「もしかして基本の筋トレからやり直しかな……」

「かもな。旅をしてきて歩いてはいるから、キャッスルにいた頃よりはずっと改善されてるだろうけど……。セナに簡単なトレーニングを教わろうか。きっとセナも喜ぶよ」

「そうする……」

 基本的な動作を教わり、空き時間で筋トレも並行してやっていく事に決まる。以前より大変だろうが不思議と億劫な気持ちは無かった。誰かの為に出来ることが増えたからかもしれない。

 

「ノア、ボクからも良い?」

「良いけど、何かあったか?」

(これ)、だよ」

 武器(ブレイド)を納刀し、代わりにもう一つの武器を取り出す。

「もうミオさんの残り時間は一月(ひとつき)しかない。前に言われた通り二人でおくらなきゃいけないから、ノアにおくりの旋律を教えておくね」

「あ……。そう、だった、な。うん、頼むよ」

 ノアの表情が露骨に曇った。今ではとても大切な仲間で、彼にとってはインタリンクする唯一無二のパートナーだ。いずれ来る未来だと分かっていても受け入れ難い気持ちはある。

 でも逃れられない現実だ。どんなに拒絶しようと必ずその瞬間はやってくる。

 

 "瞳"でノアの担当旋律の譜面を送る。その後トワが演奏してみせ、どんな曲調かを教えていく。ノアとミオのおくりのように二人で重ねれば音の高低で広がりが生まれるように作ったつもりだ。それと同時にどちらかが欠けたとしても、一つの曲として成立する作りになっている。

 たったの一月とは言え何が起こるかなど予測はできない。万が一二人のどちらかが命を落としてしまっても、ミオをおくる事だけは果たそうというトワなりの決意の表れだ。おくった後はその時に考える。だからおくる前はとにかくミオの願いを完遂することだけを考えるしかない。

 

「幸せだと思うんだ。大切な人を自分の手でおくれるって」

 トワにもノアにとっても過去にそれが果たせなかった者がいる。骸すらも見つからなかったクリスだ。

 彼の死を二人とも実際に目にした訳ではないから、心のどこかであの後も生きていたかもしれない希望を捨てきれずにいる。時間の経過からして生きていたとしても、命の残りからしてクリスはもうこの世界には存在しない。どの道自分達では彼をおくれなかった。誰かが彼をおくったのか、誰にもおくられずに尽きたのか。もしかしたらとっくに次の生を得て、メビウスの糧として再び囚われているのかもしれない。

「ボクは辛いけど絶対にやり切る。死に往く人の声を届けるのがおくりびとだから、ってノアも言ってたでしょ。だからボクはミオさんの想いを届けるよ」

 トワの言葉を聞いていたノアは静かに笑ったが、寂しげなままでもあった。ミオがノアに対して本音をぶつける相手だったのと同じく、ノアにとってもミオはすっかり大きな存在になっているのだろう。付き合いの長さならユーニやランツよりずっと短いのに、もう彼女が隣にいない世界は想像できない程に。

 僅かに不安になった。ミオがいなくなった世界で自分は沢山泣く。でもノアはどうだろう。涙を流しはするだろうが、こんなに悲しい顔を見てしまってはそれ以上に苦しい思いをするのではなかろうか。ほんの少し、本当にほんの少しだけ今のノアが崩れてしまう怖さがあった。

 彼はミオの死を受け入れられるのだろうか。

 

 

 翌早朝にモニカから出航の準備が整った連絡が入った。すぐにセントリッジ港へと向かえば、モニカに加えてシャナイア達ウロボロス候補生も揃っていた。元はウロボロスの力を得て彼らが任務に当たる計画だったらしい。未だに彼らとの間の溝は埋まりそうにないが、カガリが言ったように目的を見失ってはいけない。

「待っていたも、船の準備は出来ているも!」

 昨日言っていた造兵局のサモンとはこの黄色いノポンだ。明るい栗色の髭が目につき声もなかなか渋い。背中には独特の模様が入った金槌を背負っている。

 トワは新たなノポンとの出会いを噛み締めたかったが流石に耐えた。抱きしめようにも雰囲気的に怒られる。

「頼んだぞ。収容所からゴンドウを引っ張り出してこい」

 そう言ったモニカはこの作戦には参加しない。ロストナンバーズが展開している作戦は他にもあり、組織を率いる彼女は他の作戦にも手を回さねばならない。潜入作戦の指示はロストナンバーズのジャンセンに任されることとなった。

「精々足を引っ張るなよ、ウロボロス(・・・・・)

「お前達もな」

 棘しかないジャンセンにランツが返した。雰囲気は最悪だがモニカが航路の話をサモンへと振り、流れを強引に変えた。

 バウンダリーで黒い霧に紛れつつエルティア海上を進む。そのままアグヌスキャッスルの直下の収容所へと辿り着くまでは良いが、その後は自分達の足で進まねばならない。収容所のある島の周囲は断崖絶壁である。あくまでも船であるバウンダリーは陸を進めない。

「じゃあ見つからないように頑張って崖を登ればいいの?」

「頑張るだけで登り切れるのは君とランツくらいだぞ、セナ」

「まず無理だ」

 タイオンの突っ込みに更にモニカが突っ込む。

 更に収容所はアグヌスキャッスルの管轄であるから警備も一般のコロニーより遥かに厳重だ。いくら黒い霧があっても事前情報も無しに近づくのは容易ではない。

「そこでだ。先にビニング島に向かってほしい」

 一人、キサメというロストナンバーズの兵が潜伏している。彼女は捉えられた兵士の中で唯一希望の丘から脱出してきた者である。エルティア海の黒い霧は探知に引っかからないのは利点だが、逆にこちらから味方に連絡しようにも通信障害の原因となる。距離もそこまで遠くはないから、直接話して潜入の手立てとなる情報を彼女から得てくる算段だ。

「話はまとまったも? 健闘を祈るも」

「サモンさんが操縦するんじゃないのか?」

「徹夜でクタクタの身体をこれ以上コクシさせるなも。操縦法は"瞳"に送っとくからお前らの誰かがやるも。

 ただし! バウンダリーを壊したら絶対に許さないも!! 壊したら材料の調達から何もかもお前達に手伝って一から作り直させるも!!」

「無茶苦茶すぎんだろ……」

 ランツが両腕を上げて嘆く。そんな事になれば自分達には文字通りお手上げだ。

「しょうがないも。リクがやってやるも」

 確かにリクであれば適任だろう。本人も操作法を確認して「レウニスを動かすより簡単も」と言ってしまっている。サモンが軽く"フンゴフンゴも"していたがリクは全く気にしていない。ノアからこれをジャンセンに提案すれば彼も許可してくれた。

 まず目指すはビニング島だ。セントリッジ港から見て北西にある。

「それじゃ行くも。みんなさっさと乗るも」

 

 港から外へ出れば白い陽の光が眩しい。窓から外を見ればエルティア海の水面が光を反射して揺らめいている。事前の情報通りに黒い霧も見えるが、それを気にしなくなる程の美しい景色が広がっている。広大な海に大小様々な島が点在している。北側にはずっと遠いがアグヌスキャッスルも浮かんでいる。

 船内は重たい空気が場を支配している。作戦について話すことも特に無ければ、他愛無い会話も出来る状況でもない。聞こえるのはバウンダリーのエンジン音と水面を進む音だけ。

 そのまま数十分で無事にビニング島へ到着する。ドーム上になった岩の島だ。所々穴は空いているものの岩が雨を遮ってくれるから潜伏するには割と便利な場所だろう。

 白い砂に足を下ろし道なりに進む。まだ潜入作戦すら始まっていないのにタイオンが妙に青白い顔をしている。足元も覚束ない。

「……タイオン、大丈夫?」

「少し疲れただけだ、心配には及ばない。うっ……」

 心配したミオが問いかけるも本人は大丈夫だと言う。どう見ても船酔いである。全く隠せていない。

 すぐに焚き火の白い煙やテント、物資コンテナが見えてくる。火もまだ新しいしテントの様子からも生活感が窺えるが、肝心のキサメが見当たらない。しかし合流ポイントはここで間違いはないからとジャンセンが周囲を見てくる事になった。他は休息を取るようにと指示された。

 

 誰が言い出すでもなく、当代ウロボロスとロストナンバーズのウロボロス候補生達の二つの固まりで砂に腰を下ろした。関係が良くなるとは現状あまり考えられないが、作戦の遂行に必要な情報はやり取りしてくれるからとりあえずは何とかなっている。

 ミオとタイオンは北側に空いた大きな穴からエルティア海を眺めてくると二人で歩いていった。ノアとユーニは何やら二人で談笑しているし、セナとランツはいつも通りの筋トレを黙々とこなしている。リクとマナナも荷物の整理に忙しそうだ。

 腕出せ伏せに興じるセナの顔を覗き込むようにしてしゃがむ。トワに気がついたセナは腕立て伏せを止めて座り込み、不思議がりながらも笑った。

「トワちゃん、何かあった?」

「セナにお願いしたい事があって……いいかな?」

「勿論だよ! 私にやれる事なら何だって頑張っちゃうよ!」

「あのね、ボクでも出来る筋トレってあるかな?」

 そう言うとセナは瞬きを一つし、直後若干興奮気味に頬を赤くして声を上げた。

「ど、どうしたの!? いや別にいいんだけど、っていうか私も嬉しいけど、なんで!?」

 セナを宥めつつ理由を伝える。REXを持って簡単な訓練をしようにも、それをやるだけの筋力がそもそもない。悪足掻きだとしてもやれるだけやってみたい。ノアにも勧められたし、セナならば体格もそんなに変わらない為、参考になる点が多くあると思ったからだ。

「……そっかぁ、トワちゃんは凄いね。ウロボロスの能力も分かって武器(ブレイド)も出せるようになって、どんどん前に進んでる。私なんかとっくに追い越しちゃってるね」

 セナの口元は笑っているが、逸らされて地を見るようにして伏せられた瞳の色は沈んでいた。セナの思い描いている到達点とは何処なのだろう。

 トワからすれば彼女の仲間内でもトップのパワーはずっと仲間の大きな力であるし、真っ直ぐに明るいところに何度も手を差し伸べられてきた。トワにとってそうなのであれば、同じコロニーで共にいたミオとタイオンは尚更だろう。自身の凄さに一番気がついていないのは彼女だ。

 

「セナ、ボクがREX(これ)を手に出来たのはセナのおかげなんだよ」

 膝の上で握り締められた手に己のそれを重ねた。シティーでセナがトワの手を握ってくれた時はそれだけで本当に安心できたから、ごく僅かでも彼女の重たい部分が軽くなれば、そう願って。

「前に話してくれたよね。守りたい気持ちを持っていればいつか順番は回ってくる、って」

「でも、それはミオちゃんの言葉で……」

「そうだけどボクにそれを伝えてくれたのはセナだよ。あの時にセナがボクに言ってくれたから、ボクは武器(ブレイド)を握る順番を逃さずに済んだ」

 もしもセナが話していなかったのなら、あの場でセインに強く言われたとしてもまだ迷っていたかもしれない。自分には笛があって、命の輪廻から解放する力があるから本当に充分だと意地を張っていたかもしれない。そうなればセインが言ったように後でまた泣いたに違いないのだ。守るだけの力が全くない事を嘆いて、自分もそこで終わっていた。そんな最悪の未来を変えてくれたのは彼女だ。

「ありがとう、セナ。ボクが前に進んだように見えてるなら、背中を押してくれたのは君なんだ」

「そんなに言われたら私、泣いちゃうから……っ、そんなの、私の方がお礼言いたいくらい、嬉しいよ……」

 セナは抑えきれなかった涙を誤魔化そうと空いた手で目元を少し乱暴に拭った。赤くなってしまって僅かばかり痛々しいが、浮かんだ表情は晴れやかなものだった。

 

「でも私まだ頑張りたいの。せめてミオちゃんが残りの時間を全部生きられるように、最期には私のこと心配しないでいいよって言えるようにならなきゃ」

「次の順番ってこと?」

「私も次の順番が来た時にそれを絶対に逃したくない。だからまだまだ強くならなくっちゃ」

 前はインタリンクの主導権という順番だった。しかしそれだけではまだ足りない。もっと大きい力なのか、今ある力を正しい方向で使う瞬間なのかまでは分からない。でも見逃して後悔しないよう、即座に判断して後悔しない為にやるべき事をやり続ける。

「なら一緒に頑張ろう。ボクもミオさんに生ききってほしい想いは同じだよ」

「うん。それじゃ私のとっておきの筋トレメニュー教えるね!」

「あはは、お手柔らかにお願い」

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