幾つかのトレーニング法をセナから教わっていると、ジャンセンからキサメを見つけたとの報が入った。エルティア海を眺めているミオとタイオンにも声をかけ、急ぎ全員が集合する。
キサメは黒髪のショートヘアで赤い目をした女性だ。眼帯は左目にされている。早速彼女から収容所について情報を伝えてもらう。
収容所では囚人を識別装置で管理している。監獄内での生活及び移動には装置を付けていなければならない。立ち入り禁止区域へと侵入した場合は、連動する警報システムが作動し看守がすぐに嗅ぎつけてくる。侵入するには識別装置が無ければ潜り込めないのに、逃げ出す時には逆に足枷となってしまう。
そんな彼女が収容所から何故逃げ出せたのかというと、ただ運が良かっただけ。刑務作業中に偶然看守の目が手薄になった瞬間があり、仲間達の協力を得てどうにかキサメのみが逃げ出せた。幸運と仲間達の命懸けの協力が重なって、たった一人彼女だけが脱獄できた。
彼女の脱獄方法を逆転させれば侵入に利用できないかと淡い希望を抱いていたが、生憎無理な話となってしまった。
「んじゃ、潜入なんて面倒な事しないでわざと捕まっちまうのは? そっちの方が楽だろ」
ランツの提案も一理あるように思えたが、ジャンセンにより即座に否定されてしまった。ウロボロスであるとバレた瞬間に作戦は失敗となり、その場で全員が処刑されるのが目に見えている。少なくともゴンドウから真の女王に関する情報を入手するまでは当代のウロボロスである事は隠し切らねばならない。
肝心のゴンドウだが潜入に成功さえすればすぐに会える。朝礼に中央檻房へと例外なく全員が集められるからだ。
潜入しない事には始まらない。方法を考えるにももっと情報が必要だ。その為にキサメはエルティア海で活動するアグヌス軍の動向を探っていた。
情報が得られそうなポイントは二箇所ある。ここから北西にあるコルヌ島に、バラエナと呼ばれるアグヌス軍の輸送艇が向かった。キャッスル所属であるだろうから端末にアクセスして情報を抜き取れるかもしれない。
もう一つは北東にあるサーベイン島だ。中継基地があり兵士も常駐しているからそれなりの設備と情報が揃っている可能性が高い。
仮に潜入方法が確立されたら次の問題は識別装置だ。これはキサメや収容所で死んでいった者達の分がある。
「あんたらの分は余裕で足りてるよ」
うっすらと濡れた眼がキサメの気持ちを物語っていた。
識別装置を少し見たクライトは時間があれば警報システムを解除できるかもしれないと言った。数もそこそこあるからニシキと共に作業したいとのことだ。
他は全員でコルヌ島とサーベイン島へ向かうかと思ったが、トワは残るように指示される。戦力として換算も出来ないし今更傷つきはしないのだが、また違う理由があるとジャンセンが続けた。
「力があるからだ。各島には必ず力尽きた骸が存在するだろう。それを全ておくるだけの時間は今回は無い」
連れていってしまえば、命の輪廻から解放する為に出会うすべての骸をおくるだろう。メビウスの力を削げるのは大きなメリットだ。時間に余裕があれば積極的におくりに手をつけたいが、この作戦には処刑が行われるまでという時間制限がある。
足手纏い通告に変わりはないのだがはあるが、何となく不思議な気分だった。能力があるから逆に邪魔になってしまうなどと言われるなど初めてだった。
「キサメの手伝いくらいなら出来るだろう。無くなれば自力でやるべき事くらい考えて行動してくれ」
「マナナも残りますも。皆さんのご飯を用意しますも!」
「……いいだろう。ウロボロス達も携帯食料くらいは持っているな、情報収集中はそれで食い繋ぐ」
二つの島に訪れて情報を抜くとなると、どれだけ短く見積もっても二日から三日はかかる計算だ。いつもの旅だったら向かった先でマナナが調理出来るが、乗り込むのがどちらもアグヌスの支配域であるし前述の通り悠長にしている時間もない。
そうしてノア達はバウンダリーで二つの島へと向かっていった。
その後は言われた通りにキサメの指示に従う。物資の整理やシティーへの報告等、諜報活動以外にも雑務が多く、意外と面倒だから手伝いは助かると彼女は喜んでくれた。空き時間が生まれたら早速セナから教わったトレーニング法を実践したり、
食事時にはマナナの調理の手伝いもした。食事の提供の際にクライトとニシキとも多少の会話は出来た。壁も棘もまだあるが、丸一日も過ぎれば幾分か悪い空気は緩和された。
シティーでお菓子を知ったマナナが早速試作した物を間食として共に食べた時には、その美味しさを肯定してくれる程度にはなっていた。
二日目の夜に識別装置の警報システムが無事に全員分解除出来た。両腕を上げて達成感に浸るクライトとニシキに労いの言葉をかければ、感謝の言葉がトワとマナナに返ってきた。食事の用意や作業の邪魔にならないようにしていた気遣い等、直接の力でなくとも助けにはなっていた事に対しての礼だった。
「仲間達を助けて、メビウスを斃すって目的は同じだからな」
そう言われた瞬間、腹のどこかで抜けきれずにいた余計な力が解けていくようだった。今までウロボロス候補生達からは嫉妬や敵意に近い感情ばかり向けられていたから、大切なことを忘れていたのだ。彼等もこの世界の解放を望んでいる。それならば協力するのが最善であるし、志を同じくする者同士でいがみ合っている場合でもない。
トワは候補生達を怖がり、無意識に距離を置こうとしていたのかもしれない。それがこの数日で触れ合わざるを得なくなり、怖がる相手ではない事に今やっと気が付けた。そしてクライトとニシキもまた同じく、本来の敵がメビウスである事を思い出せた。
ウロボロスパワーを得られなかった悔しさは消えないかもしれない。でもその悔しさよりも世界の解放を望む想いの方がずっと強いのだ。兵士を命の枷から解放するだけに留まらない。世界がメビウスの支配から解放されたのならば、シティーの人達は誰にも怯えることなく大剣の外へ出られる。眼帯もせずに両の眼で空を見上げ、陽の光を全身で心置きなく浴びられる。子どもたちは公園よりも遥かに広い場で草木に囲まれて自由に遊べる。若者や老人も戦い以外の道を自由に選び、己の心からやりたい事だって堂々と出来るようになる。
そんな世界を目指して戦いを続けている。ならばきっと、誰がウロボロスの力を得ようとも手を取り合って協力も出来る。
三日目の正午前にバウンダリーが再びビニング島へと戻ってきた。気のせいかもしれないが出発時より雰囲気が少し和らいだように見える。流石に戦闘で協力もあっただろうしそのおかげだろうか。
皆の分だとマナナが軽食と飲み物を張り切って用意する。ゆっくり味わいたかったが時間も勿体無いので、食べながら焚き火を囲み入手した情報の整理へと入る。
タイオンとオリーブが地図を精査してくれており、そのデータと照らし合わせつつ説明を聞く。
まずはアグヌス島への侵入方法について。キャッスルの下方には自然窟が存在している。洞窟の一部を破壊し崖を登るルートは警備の目も薄いし、この人数が協力すれば崖自体を登るのも充分に可能だ。崖を登った後は収容所の裏手へ回り通風孔から侵入する。但し収容所側の通風孔は天井に設置されている為、侵入時には利用できても脱出には使えないだろう。識別装置も有効になってしまうから、集団がこそこそしていれば立ち入り禁止区域でなくても簡単に気が付かれるだろう。
次に侵入後の動きについて。囚人は毎日の朝礼で中央檻房へ集められるのは聞いた通りである。そのタイミングであれば紛れ込みやすい。その後は堂々とさえしていれば良い。識別装置をつけていれば下手な動きをしない限りまず怪しまれない。
最後に脱出について。複数の脱出パターンをデータで渡される。ゴンドウと合流した後は状況に応じて各自最善の動きに努める。脱出が成功したらパトゥリア湾でキサメとの合流となる。
侵入作戦の決行は陽が沈んでからだ。夜の闇に紛れば見つかる可能性は更に下がる。キャッスルの南側にあるヒクトの入り江は身を隠すのに都合が良い為、まずはそこへ向かい夜まで待機してから侵入に移る。
最優先事項はゴンドウの救出だ。この者だけは何としても西ゲートを突破させなければならない。
荷物をまとめ、ヒクトの入り江へと向かう。途中で目にしたディダーラ島やラヴィア砂丘島にも見慣れたケヴェスのレウニスが多数あった。エルティア海はアグヌス軍が全てを掌握しているのかと思っていたが、ケヴェス軍も部分的には進軍しているようだ。やはりどこへ行っても両軍の殺し合いが避けられない世界であるのを改めて痛感する。
入り江に到着後、識別装置を装着する。手首や足首等常に身体のどこかに装着されていれば部位の指定は無い。あまり邪魔にならないように足回りに付けた者が多いのでとりあえずそれに倣う。
あとは決行時刻まで待機だ。普段ならば皆思い思いに過ごしていたが、体力を温存する為に身体を動かす行為は控えておく。そうして高かった陽も徐々に傾きだす。青から橙、紫へと空の色が変わり日没を迎えた。
作戦開始だ。
入り江から少し出たあたりでアグヌスキャッスルを見上げる。ケヴェスの物と負けず劣らずの大きさだ。
アグヌス兵であるミオ達でもアグヌスキャッスルへと訪れるのは初めてだった。ケヴェスとは異なりおくりびとの研修も特に無く、ゆりかごの中にいた時しかキャッスルに身を置いていない。キャッスル所属でもない限りはやってくる事さえ叶わない兵士も多いのだという。もしも確実にキャッスルへ訪れ女王に
そのままキャッスルを横目に右へと回り込む。少しずつ侵入可能な地点に近づくが聳え立つ岩壁ばかりだ。
「……あったも!」
操縦するリクの声で外を見る。一瞬気が付かなかったが、よく見ると小さな隙間が存在している。バウンダリーはどう考えても入れない。バウンダリーの回収をシティーへと要請し、自分達は海に飛び込み岩の隙間から中へと入る。
少し進んだところでタイオンが地図を確認した。幸い入手した情報通りの作りである事が判明し、タイオンの誘導で急ぎ進んでいく。それなりに入り組んだ道である。何も知らなかったらここで迷って要らぬ時間を消費していただろう。
数十分歩いたところで行き止まりにぶつかる。しかし壁の一部からは外が見えており、周囲の岩よりは比較的脆そうだ。
「力仕事なら!」
「俺達の出番だな!」
セナとランツが一歩前に出る。
「おりゃああぁッ!!」
力強い声と共に繰り出された拳は、破壊どころか崖の下まで岩の壁を吹き飛ばしてしまった。まさか素手でやるとは思わなかった。ジャンセン達も言葉に出してはいないが驚きの表情を浮かべている。何なら若干引いている。
そうして開けた視界に飛び込んできたのは山のような何かだった。もう少し具体的に表現すると大地から生えた巨大なツノだ。見上げるとアグヌスキャッスルがすぐそこに浮かんでいる。もうここは間違いなくアグヌスキャッスルの支配域だ。
極点の桟道と呼ばれる道を左へと進めば事前情報通り何とか登れそうな崖がある。蔦も生えているからそれも利用出来そうだ。セナが先行し引っ張り上げ、後ろからランツが押し上げるようにして全員を一段上へと運ぶ。高さも人が四人程度のもので思いの外苦労はなかった。寧ろ厄介だったのは道の細さだ。足を滑らせれば奈落の底という状況なのに、所々は人が一人通れるかどうかの狭さになっている。怖いと喚けもしないから前に行くしかないのだが、シティーへ向かった時と同じ恐怖再びである。こういう場面では高所に慣れているウロボロス候補生達はすいすいと歩いていく。今はその経験が物凄く羨ましかった。
桟道を超えもう一段崖を上がり、やっと目的の地点である通風孔へと辿り着いた。いつの間にか暗かった空が白み始めている。朝礼は午前九時だから何とか間に合いそうだ。
通風孔の入り口をまたセナとランツの力で引き抜く。そこから飛び降りてしまえば、高さからしてもう後戻りは出来ない。
進むしか、ない。