リ・ガート収容所。それがこの場所の正式な名前だ。アグヌスキャッスルの地下要塞の一部であり、生きて捕えられたロストナンバーズの兵がここにいる。
通風孔を真っ直ぐ進むと大きな換気扇にぶつかる。そこからは収容所内が見下ろせる。中は存外広く、囚人達も落ち着いた様子で会話をしている。だが上からはアグヌス兵が常に監視の目を光らせており、やはり収容所であると実感させられるのだ。
「おはよう、囚人の諸君」
そこにねっとりとした声が響く。囚人達が見つめた先には他のアグヌス兵とは異なる装いの兵士が手を広げている。恐らく看守長だろう。
今日も良い朝だとしょうもない事を話しだすかと思いきや、寝不足であると更にくだらない事を言い出した。看守長が寝不足の理由は考え事で興奮しているからだという。その内容は希望の丘で誰を見せしめとして処刑するのかが楽しみで仕方ないというものだった。触まで一月と少しと時間も近づいてきて、つい眠りが浅くなりぐっすりと眠れないらしい。
人心の統制、世界の安寧を司る者の義務として見せしめは必要だと高らかに演説している。看守長がどれくらいこの世界の真実を知っているかは分からない。少なくともシティーの存在を知っているから、他の者よりも優れている証だと思い込んでいるように見える。
「ここは諸君の終の棲家だ。その命を終えるまで精々楽しんで暮らしてくれたまえ」
汚い笑い声を上げるだけ上げ、看守長は去っていった。
その態度と言動に全員が憤慨していた。
「何が暮らしてくれたまえだ。偉そうによ」
舌打ちしつつランツが呟く。換気扇を挟んでいなかったら、看守長の後頭部に一撃喰らわせそうな程にきつく拳を握りしめている。
ユーニも腕を組みつつ看守長への文句を吐いている。
「あいつ何期だ。てめぇだって大して長生きしねぇだろうに。あ、ミオ、ごめん……」
「ううん、気にしないで。私もああいうの大っ嫌いだから。それよりもトワの方が心配かな、気分悪くない?」
「うん、大丈夫。ボクも許せないから。……命を命として見てない奴なんて」
前ならば悲しみや戸惑いが先に来て泣きそうになっていただろう。今はそれよりも怒りの感情の方が強い。兵士も自由に生きられるようにと必死に戦っているロストナンバーズに対して、何も知らずにただ殺す事だけが正しいと思い込み胡座をかいている態度が許せなかった。執政官に都合よく吹き込まれていることくらい推測できる。それでもシティーという第三勢力を知りながら、執政官の発言もこの世界自体も疑わないその姿勢に腹が立ってしまう。
収容所の内部に降りる為に換気口を確認していく。場所によっては看守がおり紛れ込むどころではない。何個か確認したところ食料保管庫の位置には人の気配が無い。換気口を下へと開きもう一度中を覗き、確かに誰もいないことを確認する。
いざ潜入だ、と思いきやランツが待ったをかけた。
「眼帯外した方が良くねえか?」
気が付かなかった。そういえば囚人達は誰も眼帯をしていない。
「ウロボロスって気づかれないか?」
ノアが疑問を呈したがジャンセンが問題ないと答えた。
そもそもシティーの人間は全員がウロボロスに連なる者である。この場ではその証拠である瞳からの微弱な電波は意味を成さない。全員が電波を放っているのだから、隠す必要性がここでは一切ないのだ。
なのでランツの言うように、他の囚人同様に眼帯を外しておかないと逆に目立ってしまう。当代のウロボロスであるかどうかはインタリンクしてやっと判明する。脱出する時以外はインタリンクは絶対に禁止だ。
「急ぐぞ、そろそろ朝礼だ」
眼帯を外して食料保管庫へと降りる。出て通路を進めばすぐに中央檻房に出た。あとは堂々としていれば看守にはバレないはずだ。
いくら全員が集まるとはいえ沢山の人の中から目的の人物を探すのは難しい。ゴンドウがどこにいるかくらいは聞き込もうかとしたがその必要はなかった。
「何しに来やがった」
鍛えられた身体をした男が机を挟んで左右に一人ずつ、腕を組んで此方を睨みつけている。
「ゴンドウ……」
ジャンセンが苦々しく呟いた。やはりあの者がゴンドウであるらしい。
「質問してんだろうが」
左右のどちらがゴンドウなのだろうか。雰囲気としてはやはり只者ではない。強者のオーラを漂わせている。
「おら、答えろよ。ウスラバカが」
それにしては声が高い。というか男二人は口を開いていない、一体どこから。
「——え?」
男の間には机の上に胡座をかいて座り込む少女がいた。深い茶の髪色を持ち、前髪は三つ編み。後ろ髪は首の高さで緩く二つにまとめてある。露出している肩や腕、腹はしっかりと引き締まっている。細身ながらも筋肉質なのがよく分かる。
「え? じゃねえよ。頭湧いてんのか? それとも頭重くて考えられねえってか。ならその邪魔な長い黒髪切って考えやすくしてやるよ」
「まさか、ゴンドウって……」
そのまさかなのだろう。名前の響きからランツのように筋骨隆々とした男性を勝手に想像していた。しかし現実は自分達とそう変わらない年齢に見える少女だったのだ。
「クソ女が……。ふざけた名前つけやがって」
厳つい名前であるのはゴンドウ自身も自覚しているようだ。そこまでは良かったのだが、この発言を聞いた囚人の一人が笑いを堪えきれずに吹き出した。それがゴンドウの癇に障った。勢いをつけられたゴンドウのドロップキックが笑った囚人へ喰らわされ、そのまま大きく吹き飛ばされた。気絶してしまい床で大の字で伸びている。
「一生寝てろ、クソが」
最初に座っていた机から一つ手前の机に着地し、そのまままた座り直した。一同、彼女の態度にも口の悪さにも面食らっている。
「ユーニより口が悪い人がいるなんて……」
「真似しちゃダメだよ、セナ」
「うん。分かってる」
「お前らなぁ……」
セナとミオのやり取りにユーニが堪らずツッコミを入れる。
トワは一人セインを思い出していた。彼の第一印象の最悪さに比べたら、ゴンドウは多少マシに感じられた。口は悪いが今のところこちら側を直接的に馬鹿にはしていない、と思う。口の悪さなら僅差でゴンドウに軍配が上がるかもしれない。
「で、何しに来やがった」
やっと本筋に戻った。
モニカからゴンドウのことを聞かされ、真の女王の居場所を知っていると知った。だからゴンドウを救出する為にやってきた旨を伝える。
女王に会ってこの世界を在るべき姿に戻さねばならないから。そうノアが伝えたところでゴンドウの目の色が変わった。
「そのフレーズ、聞き飽きたなぁ」
呆れを孕んでいる。確かにモニカは繰り返しそう言っていたが、それは重要な事だからなのだろうと判断していた。ロストナンバーズだってその為に戦っているのだし、聞き飽きたと簡単に吐き捨てて良い言葉だとは考えられない。
ゴンドウは"今"を壊し続けている限り協力できないと言う。しかし"今"とは、それを壊しているとは何を示しているのか検討が付かない。
「分かんねぇか? 脳みそ詰まってねぇのかよ。なら、分からせてやんよ。アギョウ、ウンギョウ!」
ゴンドウが脇にいた男の名を呼び立ち上がる。合わせて囚人達が机と椅子を端に寄せて中央に空間を作った。
彼女の言う分からせるとは、拳で語る肉体言語らしい。
何故かゴンドウ達と現ウロボロス六人の戦いが始まってしまった。囚人達は荒事に慣れているのか止めるどころか囃し立てている始末だ。
トワはシャナイアに邪魔になるだけと後ろ側に引っ張られ、リクとマナナと一緒にノア達を見守っている。見守りつつ、ゴンドウの言葉の意味を考えていた。
今とは? ケヴェスとアグヌスの戦争やメビウスが命を貪っている事だろうか。しかしこれはトワ達兵士の視線から見た場合だ。ゴンドウはシティーの人間であるからそちら側でも考えてみる。
シティーとしての現状は、両軍から見つからないように大剣の一部に棲家を作って過ごしている。ロストナンバーズはシティーの一組織であり、彼等の目標はそれこそ世界を在るべき姿へと戻す事だ。それがゴンドウの言う"今"なのだろうか。だが真の女王に出会うのはロストナンバーズの目的の一つであり、それを達成する為に収容所へとやってきたのだから今を壊しているとはすぐに繋がらない。
——収容所に囚われ続ける事?
ゴンドウという一人の人間の立場に更に絞るとこうなることに気がついた。そうなるとゴンドウの言う今を壊すとは「自分を収容所から連れ出す事」になる。彼女はここから出たくないのだろうか。モニカはゴンドウを連れ出してこいと言って自分達をこの場へ送り込んだというのに。
「ゴンドウさん強いデスも。とっても身軽なのにパワーもありますも!」
「ランツがあんな簡単に吹き飛ぶとはなかなかやるも……」
「当然だ、ゴンドウはモニカさんの娘だからな。加えてウロボロスの筆頭候補だ」
「じゃあジャンセンさん達のお仲間ってことデスも?」
「一応だがな。お世辞にも仲が良いとは言えないが」
マナナ達の会話で改めてゴンドウ達の方に意識を向ける。会話の通りあのランツが膝をついており、ノアとミオが彼を守るようにして立っている。
ノアはゴンドウに対してこの場で戦う意味が無いと訴えるも、ゴンドウはそれを否定する。ノア達が分からない限りゴンドウは戦ってでも強引に分からせようとしてくる。
そこでノアははっきりと「言葉」で教えてほしいと頼んだ。ゴンドウはノアが理解できていない事に呆れたままではあったが、知ろうとする姿勢には向き合ってくれた。構えていた拳を一度下ろし、厳しい目つきのまま話し出す。
世界を在るべき姿に戻す。それがロストナンバーズの最終目標だ。
「その大義名分の下、どれだけの命が消えていった?」
すとん、と疑問の一つが落ちていった。恐らくゴンドウは自身の救出作戦が失敗してしまえば、またシティーの人達が死んでしまう事を不安に思っていたのだ。乗り込んできた自分達を大義名分を掲げていれば何をしても良いと勘違いした馬鹿だと言いたいのだ。
「お前ら、そこまでだ!」
看守がやってきた。騒ぎが大きくなり過ぎていた。即刻
トワはリクやマナナ、他のウロボロス候補生と共に第二檻房へと紛れ込んだ。喧嘩の件は看守から大きな罰など無く、口頭で罵られた程度で済んだ。どうやらゴンドウは収容所で大きな影響力があるらしく、彼女に何かが起こると他の囚人が大暴れしてしまいかねないらしい。それを恐れて看守もゴンドウ絡みへの処分は相当甘いのだとか。
外から侵入した者であると看守にバレていない点では、作戦の第一段階は成功している。過去に脱出した者がいないとの理由で見回りや顔の確認も碌に行っていないそうだ。キサメの件にも全く触れていないし、随分と前からそんな体制なのだろう。
次の段階はゴンドウの救出であるが、当の本人がどうもそれを拒んでいる。実際に救出をするかしないかを問わず、まずは彼女がそうしている理由をはっきりと知らねばならない。ノア達と連絡を取り、昼食の時間に改めてゴンドウに会いに行くこととなった。
「ここのご飯、美味しいんデスも?」
「マナナは呑気すぎるも……」
「だってトワさんが思い詰めた顔してますも〜。美味しいご飯食べてにっこりしてほしいデスも」
「そんなんじゃないよ。少し考え事してただけ」
トワはゴンドウという人物に対して、口こそ悪いが人の命に真剣に向き合う厳しくも優しい人物だと感じ始めていた。彼女は立派な目的だとしても多大な命の犠牲を払っていい理由にならないと理解している。今を壊すなとは、彼女なりに導き出した命の犠牲を減らす結論なのかもしれない。
今を守る、今を続けて繰り返す。それで犠牲は大きくならないかもしれない。
——でも、それってメビウスと同じだ。
シティーにも保守派の人間がいた。戦わずに隠れ続けて、シティーだけの安全と平和を保とうとする思想を持つ者が一定数いる。
だからこそゴンドウから考えの全てを聞かねばならない。その上でこの計画を実行するか、引き返すのかを判断する。自分達が誤った道を選んでいないか確認する為にも。
「ぼさっとしないでよ。行くよ、昼飯だってさ」
「は、はい。今行きます」
収容所に来てからシャナイアの機嫌が悪くなったように感じる。だが少しキツい物言いなのはいつの間にか慣れてしまった。
リクとマナナを連れて、トワもまた再び中央檻房へと走り出した。