神笛と永遠と   作:坂野

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 中央檻房へ向かう短い道のりの間に、シャナイアにしては珍しく——不機嫌な雰囲気はやはりそのままであったが——彼女から話を振ってきた。

 マトモに戦えないままでこの作戦に参加して惨めではないか、と。

 トワが自力で武器(ブレイド)を顕現出来ないことや、人工武器(ブレイド)を手にしても日が浅く振り回すのさえ上手くできないことも当然シャナイアも把握している。ウロボロスは全員揃っていなければならないという理由だけでここまで連れてこられて、戦闘では守られながらただ突っ立っているだけ。空き時間で自主的な訓練をしてはいるが、それは何の為にやっているのか。

「その武器の能力を引き出したいの? 仮に引き出せたら誰かの為に力を使いたいの? 他人の為にあんたは頑張ってんの?」

 シャナイアの問いは何ら間違っていない。砂粒程の力だったとしても、仲間の為になるならば努力を続けたい。でもそれだけではないのだ。

「ボクは、ボクの為にも頑張るよ」

 微かにシャナイアの眉間の皺が深くなる。

「何も出来ないボクでも力を掴めるって、ボク自身に証明したいんだ。誰かの為になる力を得られる事をボクに教える為に少しでも足掻く」

「仲間に邪魔って言われたらどうすんの?」

「いなくなる。その覚悟はずっとしてるから。でもね、いなくなった先でもボクは今やってる事を続けるよ。別のどこかで後悔しないように」

 自分をこんな風に創ったこの世界へのせめてもの抵抗、弱い人間が出来る精一杯の反抗として。

 

「結構頑張るんだね。じゃあ少し質問変える。

 もしもあんたの片腕が吹っ飛ぶくらいの怪我したらどうする? それでも今と同じ事を続ける?」

 足を止めてシャナイアがその場で立ち止まった。此方を振り向きはせず、視線は真っ直ぐに前を向いたまま。声の調子は一言前まで全く同じなのに、シャナイアの背から伝わってくる空気がまるで違う。まるで首筋に刃物を突きつけているかのように、正しい答えを出せなければ喉元を切り裂きそうな程に鋭く肌を刺してくる。

 でも何故だろう。見えないのに、彼女の顔は泣きそうに歪んでいる気がしてならない。周囲を傷つけかねない空気を纏っていても内から溢れ出そうになっている、とても濃く、詰まりに詰まったどろりとした想いを必死に抑えているよう。

 

 何と答えれば良いのだろう。彼女の望む答えを探してそれを伝える? それとも自分の気持ちのそのままを素直に届ける?

 シャナイアの気持ちは見えない。おくりびととして人の想いには人より少しだけ多く向き合ってきたつもりだ。それなのに今の彼女がどんな想いを抱えているのか、溢れそうになっている感情がどうしても分からない。

 だからトワは今の気持ちをありのまま吐き出そうと決めた。それでシャナイアを激昂させてしまっても、嘘の想いを伝えた方がもっと彼女に失礼だろう。

 

「片腕でもやりたい。片手だけでも笛を奏でられる方法を探す。片手で剣を握れるくらいに鍛える。できる事の全てを試そうと思う」

「……捨てられたくないから?」

「その想いが全くないとは言わない。だけど腕が無くなった事を言い訳にしてやめたらまた前に逆戻りだから。

 ボクがボクを許せないから、死ぬまで足掻きたい」

 

 場に沈黙が訪れる。シャナイアからどんな反応が返ってくるのかが怖い。胸の内側から心臓が強く叩いてくる。

 数秒してシャナイアが息を吐いた。その息からもやはり彼女の抱えた想いは見えてこなかった。

「そ、立派だね。……あんたの方が、よっぽど向いてるね」

 何に、と聞く前にシャナイアは中央檻房へと歩き出してしまった。慌てて追いかけたがあっという間に到着してしまい、ノア達とも合流した。ミオに手招きされそちらへと足を向ける。一瞬シャナイアの顔を確認したが、彼女はもう「さっさと行きな」と突き放してしまった。

 この作戦が終わったら、もう少し彼女と話してみたいかもしれない。

 

 

 中央檻房には朝と同じくゴンドウが机の上に座り込んでおり、その脇にアギョウとウンギョウが力強く彫られた石像かのように仁王立ちしている。真意を聞きたい面子が集まった事を確認し、彼女は先程の続きを話し出した。

 

 ゴンドウの結論は「何もしないこと」だった。

 このままの状態でシティーでひっそり暮らしていけば、争いも起きず無駄な命が散ることもない。

 来月の処刑に関しても十人程が選出される。この収容所には優に千人を超える囚人がいるから、一割どころか一分にだって満たない数だ。

 数で命を量るのは気分としては良いものではない。しかし作戦の通りに脱出を試みてそれが失敗してしまった時は、囚人全ての命が消えてしまう。何もしなければ少なくとも来年の触までは生きられたかもしれない沢山の命があっという間に消滅する。

「それに何だ、腕だの胸だのについてる命の刻印(それ)は?」

 火時計から解放されようとも逃れられない命の刻限。世界を在るべき姿に戻すなどと大層な名分を掲げても、結局は"自分達がもっと生きたいから"ではないのか。その為にシティーの命を危険に晒してる事実はゴンドウにとって到底納得のできる話ではなかった。

「所詮はてめぇの為だろうが! 先がねぇ奴を可哀想に思って、行き当たりばったりで事を起こして、我儘言ってるだけだろうが!!」

 

「行き当たりばったりで命がおくれるか!!」

 

 ゴンドウの正論に誰もが反論出来ない中、今まで周囲を抑える側だったミオが叫んだ。思わずゴンドウも他の全員も驚きで身を強張らせる。

 ミオはおくりびととして、あと一日を、たった一分一秒を生きたいと願い消えていった仲間をおくってきた。数え切れぬ程何度も、何度も。自分達はそんな世界しか知らずに、それを真実だと疑わないでただ繰り返してきた。そんな世界が変わるかもしれない希望を抱いてシティーへ辿り着き、まるで異なる世界を目の当たりにした。十年を超えて生きるだけでこんなにも違う道が広がっている。

 ただただ素直に羨ましかった。

 人から生まれる命を知って、それに触れた。

 それがゴンドウの言う"今"ならば、それを壊す気など毛頭ない。寧ろ守らせてほしい。

 

兵士(わたし)達の"今"は、戦う事しか知らない世界なんだよ」

 

 ミオの言葉を黙って聞くゴンドウの姿を見て、トワは確信した。彼女は本気で「何もしない」なんて思っていない。此方を見極めようとしているだけだ。

「さっき、言いましたよね。千の命が消えることになるって」

 ミオの左に並び、ゴンドウの瞳を真っ直ぐ見据える。とても強い人の瞳だ。ノアの瞳にもよく強さを感じるがそれと同等か、もしかしたら更に上かもしれない。

「何もしなかったらシティーの命は減りません。だけど、ボクらの仲間はどうなりますか」

「……何が言いたい」

「毎日大勢の兵士が戦場で死にます。何千、何万も。それは貴方にとって散らしても良い命ですか。(ごみ)のように捨てて、踏み躙ってもいいモノですか」

 ゴンドウの唇が強く結ばれる。

「ボクは彼等に戦い以外の道を知ってほしい。でもミオさんの言うように、シティーの今を壊してまで得たいなんて思ってない。

 壊したい"今"は戦うしかないボク達の世界と、隠れ住むしかできないシティーの世界なんです」

「それを実現できる力はあんのか? お前(・・)に」

 ゴンドウが机から飛び降り、トワの真正面で立ち止まる。彼女の瞳に気圧されそうになるが、それでも目は逸らさずに続ける。

「ボクには無い」

「はっ、怒り通り越して笑えてくるぜ。ただ何もしないで駄々捏ねてるだけ——」

「でもみんなにはある」

 ウロボロスの力でインタリンクするノア達には力がある。そして彼等を支える事くらいならトワにも出来る。

「みんなの背中を押すくらいしか出来ないけど……」

「あるよ、トワにだって」

 口を挟んできたのはノアだった。トワもゴンドウも視線がノアへと向く。ノアの瞳はいつもの、頼れる意志を持った光を携えている。

「俺達はインタリンクが出来る、でもトワのように枷を外す力なんてない。一つ一つの力はどれだけ大きくても万能じゃ無い。だから君の力も要るんだ。

 その上でシティーの"今"も千の命も守り切る、俺達の"今"も壊してみせる。その覚悟でここに来た」

「本当に出来るのか? 長くても数年しかないお前らで。特にもう一ヶ月もないお前は」

 再びゴンドウはミオへと向き直る。シティーが長い年月を積み重ねてきても未だ無し得ていない事を、たったの一月でやれるというのか。

 

「正直、分からない。志半ばで終わる可能性の方がずっと大きいと思う」

 でも諦めはしない。命が続く限り進みたい。もっと生きたい想いも大いにあるが、いざ自分の期限が来てしまったらその時はその時だ。あとは仲間が、ミオの想いを繋いでいく者がいる。

 想いを託し繋いで、もっと生きたい願いを叶えられると今では知っているから全てにおいて嘆くつもりはない。自分の想いを託した誰かがいつかこの世界を在るべき姿に戻して、戦わなくていい道を自由に選べるようにしたいから。

 あの温かい存在を皆にも知ってほしい。

 

「それがお前のおくりびととして歩んだ道の最果てか?」

「うん。でもおくりびとは私だけじゃない。彼も彼女もおくりびとだから道は続いてる。他のみんなにだって私の想いを渡してある」

 ミオが成人を迎える日のことは考えたくもない。ノアでさえそう感じているくらいだ。それでも現実から逃げることはできない。だから進むしかない。

「ゲルニカが託してくれた力のおかげで俺達はここにいる。敵同士だったのに今では大切な仲間になれたんだ。それをケヴェスとアグヌスに大勢いる元の仲間にも、新しい"今"を、未来を届けたい」

 

 言葉を聞き終えたゴンドウが胸にかけていたペンダントに手をかける。それを外してノアの右手へと落とした。

「天空の砦——アグヌスの真の女王が眠る場所へ至る、まあ鍵みたいなもんだ。そいつらをお前らに……えっと、名前……」

 ——ノアとミオ。

 かつて敵同士だったケヴェスとアグヌスのおくりびと。今では仲間でインタリンクのパートナー、大切な相方。

 どうやら鍵は先程の喧嘩騒動で組み合った際に、二人に特に反応していたらしい。きっと二人に渡すべきというメッセージなのだろうとゴンドウは判断した。

「よっく憶えとくぜ。……お前、お前もだよ、金色の」

「トワ、です」

「ん。小さい力だとしてもお前の生き様、ちゃんと見せてみろ。支えるだけでも決めた覚悟は貫き通せ」

「はい……! えっと、その、協力してくれるってことです、よね?」

「あのモニカ(クソ女)の差金ってのが気に入らねぇが、(そいつ)が選んだんだから仕方ねえよ。そういう"約束"なんだ」

 

 ゴンドウがアギョウとウンギョウに指示を出し、周囲を確認させる。すぐ近くに看守の目は無く、少し離れた所に数人いるが此方の声は聞こえない距離だ。念の為に声のトーンを落としてゴンドウがある情報を話し出した。

 三日後にエルティア海のディダーラ島にてアグヌスの大規模演習が行われる。当然ながらキャッスルに残される兵士の数も最低限になる。その時が脱出のチャンスだ。

 重要な情報だ。それを把握しているのだから、きっと既に脱出の方法も練ってあるに違いない。

「んなもん一つに決まってるだろうがよ」

 ゴンドウが不敵な笑みを浮かべた。嫌な予感がする。

「だよな! てめぇら!!」

「おう!!」

 囚人達が威勢よく彼女の声に応えた。彼らも脱獄する気は満々である。全員知っていた上で今まで何も言わなかったのでは。嫌な予感が更に増した。確実に大荒れになるだろう。とりあえずは誰の犠牲も出さずにシティーへと戻れることを祈るしかない。

 決行となる三日後までは刑務作業をこなす。騒ぎを起こさず、目をつけられないようにしておく。さっきの喧嘩騒ぎでもう要注意対象に入ってしまっている気がしなくもないが、それを突けばゴンドウは恐らく怒るので黙っておいた。

 

「それと、一つ忠告しておく」

 またゴンドウの表情が厳しいものに戻る。

「いざという時は捨てる勇気を持て」

 全員の命を守り切れるのは理想であり最善だが、現実が必ずそういくとは限らない。どれだけ準備を万全にしようと、やり遂げる意志を持とうと、どんな結果となるかはその刻が訪れないと分からない。

 何を優先すべきかを見誤らずに即座に判断を下す。判断に迷い、何もかもを失ってからでは遅いのだから。

 この作戦の説明をした時のモニカも同じようなことを話していた。ロストナンバーズは最終目的を果たす為ならば命を捨てるのも承知の上で戦っているのだから、ゴンドウとウロボロス達を最優先し他は切り捨てても構わないと。

 

 それでも、守り切ってみせる。

 必ず生きて帰るのだ。

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