神笛と永遠と   作:坂野

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 明日からの刑務作業に備えて休む為にそれぞれの房へと戻っていく。その途中に覗き込んだミオの顔色が常より悪いように見えた。元から白く透き通るような肌の色ではあるが、それを通り越して青白く感じられる。他の仲間達は特に気付いていないようだ。

「ミオさん、体調悪かったりする……?」

「ううん、そんなんじゃないよ。ちょっと疲れただけ」

 笑ってはいるがやはり普段より弱々しい。こんなに見え透いた嘘をつくのは彼女らしくなかった。

 もう少し踏み込もうか迷ったがミオが小声で続ける。

「最近どうも疲れやすくてね、力も入りにくい時あるし……。やっぱり最期が近いんだなって。でも大丈夫、最期が来ても消えるその時まで立ち続けるから。

 だから、ね、そんな顔しないで」

 ミオが消えてしまう現実から目を背けないと心に刻んで覚悟した、つもりではある。しかし刻限が迫るにつれて彼女が身体的に辛いのであれば、最期くらい楽にしていてほしい気持ちはある。身体の不調を見ぬ振りしてまで走り続けなくてもいい。

 それを本人の口からたった今否定されてしまったが。

「私達だけの秘密にしよっか、みんなにも心配かけたくないし」

 ミオの人差し指がトワの唇に触れる。もう皆を引っ張ってくれる、頼りになるミオの雰囲気だった。

「それならボクもミオさんにだけ」

「なあに?」

「ここに」

 言いながら指さしたのはトワ自身の頭の後ろ、バレッタだ。

「セインさんが渡してくれた武器(ブレイド)の情報はここに埋め込んであるんだ。味方でもあんまり教えるなって言われてたけど、本当に誰も知らないのも困ると思う」

「大事な事でしょ、それ。私に教えても良かったの?」

「もしもボクに何かあったら、これだけでも引きちぎってセインさんに返してほしいから。セインさんが頑張って作った武器(ブレイド)だから、無くすのはボクも嫌だなって」

「そっか。それならしっかり覚えとくね、私達だけの秘密」

 二人だけの秘密。その響きが少しだけ胸をくすぐった。

 

 

 翌朝、刑務作業一日目。

 単なる作業だけならまだ良かったが、ここにいる間は囚人の為朝礼に出る義務がある。おかげであの看守長の有難い(・・・)話を聞かねばならないということだ。腹を立たせながらも黙ってやり過ごす。作業内容は外郭森林区にての食糧採取だ。

 タイオンは採取するように指示された食糧の名前を聞き、とある点に気がついた。アグヌスの各コロニーに配給される物資と同じなのだ。アグヌス兵の食糧はこの場で採られた物も多かった、ということだ。

 

 刑務作業二日目は森林区のフェリスの討伐であった。凶暴化した個体の排除であり、討伐した証拠を提出すればこの日の他の作業は免除となる。

 せっかくならとトワも皆の援護を受けつつ剣を振るおうかと考えたのだが、思いの外フェリスは凶暴だった。冷静にタイオンに止められてしまった。

 フェリスと言えど凶暴化した個体相手では、訓練で鍛えられたロストナンバーズ兵でもそれなりの数が簡単に疲弊してしまう。ゴンドウはそれに対していつも通り厳しい言葉を浴びせつつ励ましていた。彼女は余裕を持って戦っており、ウロボロス候補生筆頭の名は伊達ではないのだと改めて感じる。

 結果的にノア達ウロボロスが凶暴化したフェリスの駆除に成功した。証拠として双角を提出したのだが「他の個体と区別がつかない」との理由で認められなかった。沸点ギリギリで堪えつつ、仕方ないと刑務作業に戻ろうしたところでゴンドウから巨大な双角を渡された。看守から難癖を付けられるのは日常茶飯事だから、絶対的な証拠を出して黙らせないと終わらないのだとか。

 たったの二日で看守に対する不満が一気に溜まった。長くここに囚われている者を必ず解放したい気持ちもより強くなる。ユーニやランツはもう沸点を超える寸前だ。爆発してしまえば看守達が無事では済まないので、これ以上二人を煽らないでほしい。

 とりあえずは無事にこの日の作業も終了した。残りの作業も免除となり、余裕の出来た時間を利用してゴンドウ達と明日の打ち合わせに入る。

 作戦の決行時刻は屋外刑務が始まった直後の朝八時だ。外で囚人達が騒ぎを起こし、看守と衛兵の注意を引く。看守は雑魚同然だが衛兵は重武装だ。その為、騒ぎに乗じて衛兵の処理をウロボロス達が行う。衛兵は約三十名程度だから、二十名程沈められれば防備に隙が生まれる。そうなれば西ゲートを一点突破出来る。

 閉じられているゲートに関しては「どうにかしろ」。モニカも暴力で何とかしてこいと言ってたような……。

 タイオンは一人、これを作戦と呼んでいいのかと不満そうだった。あまりにも単純すぎるから作戦と名付けないでほしい気持ちが滲み出てきている。

 合流地点は第一看守塔の前。ゲートを越えたらあとは脇目も振らずに走り抜けるだけだ。

 

 

 三日目。合図があるまでは大人しくしておく。フェリスを倒した房の者はギラフェの間引き、終わればクロードの間引き、その次は食糧保管庫の整理まで指示された。優秀だと気に入られて要らない作業まで追加される事にユーニが大きな溜息を吐いた。もう怒る気力も湧かないらしい。助かった。

 早速作業を開始し、ギラフェの討伐まであっという間に済むも合図が来ない。クロードも仕方なくやろうかとしたタイミングでミオの耳がぴくりと動く。

「……来た!」

 看守塔や他の地点から爆発音と共に黒煙が上がり、警報音も鳴り響き出した。脱出作戦開始だ。

 合流地点である第一看守塔を目指しつつ、他の衛兵を倒していく。ロストナンバーズ兵も全員が武器を抜き、各自作戦に従って戦い始めている。しかし倒れている何人かのアグヌス兵からは赤い粒子が立ち昇っている。ここでトワがおくれば命の輪廻からは解放されるが、当然そんな時間はない。下唇を噛んで我慢して走り抜けていく。

 戦いから救えなくてごめんなさい。小さな声を零しながら。

 

 第一看守塔までは大した時間や手間も取らずに到着する。予定通りゴンドウ達が待っていたのだが、この短時間でかなりの数の衛兵を沈めたらしい。そこら中に気絶したアグヌス兵が転がっている。

「ボサっとしてんじゃねぇ。仲間達が暴れてる内に西ゲート突破だ、アタシが先陣を切る。ついてこい!」

 もうひと暴れ出来ると張り切った様子で駆け出すゴンドウの背を追う。

 ゴンドウの素早く的確な拳が衛兵の弱点を捉える。無駄な手数もなく効率も良い動きは流石だ。それでいて倒れた兵士からは赤い粒子の一つも昇っていない。ただ戦闘不能に追い込むだけで兵士の命も奪わない。口の悪さで勘違いしそうになるが、やはり彼女はシティーもケヴェスもアグヌスも関係なく"命"として見ている。

 

 搬入ゲート手前で柵が上がり、アグヌスの増援が来る。数の多さに愚痴を零したくなったが、タイオンとユーニが前に出た。

「もうウロボロスである事を隠す必要はない! 一気に処理するぞ!」

「やーっと好き放題できるな!」

 二人がインタリンクしウロボロス・タイオンとなり、モンドを展開する。広い範囲を攻撃し増援の全てを吹き飛ばした。衛兵が吹き飛び宙にいる隙を突き、モンドで全員を捉えて収容所側へと押し込む。戦闘不能とまではいかなくとも暫くは目を回したままだろう。

 搬入ゲートを超えると西ゲートが見える。情報通り閉じてはいるが大きさと見た目の強度から判断するに簡単に突破できる。

「ランツ! 私達でやるよ!」

「おうよ!」

 ウロボロス・セナが助走をつけて飛び上がり、巨大なハンマーを扉へと打ち込んだ。衝突からワンテンポあり外側へとゲートが開くどころか、ゲートごと吹き飛ばしてしまった。

 ウロボロス・セナの力にはゴンドウも笑いながら素直に賞賛を送る。そこらの衛兵や生半可な性能のレウニスであれば、ウロボロス・セナの攻撃だけで片が付く。そのま作戦通りに真っ直ぐ西ゲートを越えられた。あとはキャッスルの敷地から抜け出せば良いだけだ。

 

「——みんな止まれ!!」

 一心不乱に走る中でノアが叫びを上げた。その直後に目の前の地面が黄色く光り、上空からエーテル砲が放たれる。地面が抉られ、土煙が舞い上がる。しかし幸いにもノアのおかげで誰も傷を負っていない。

 土煙が弱まり目を開く。そこにはキャッスル直衛隊の大型レウニスであるギュリヌスが三機、此方を睨みつけるかのように浮遊していた。

 おかしい。ゴンドウの話では今日からディダーラ島で演習がある関係で、キャッスルの戦力は殆ど出払っている筈だ。万が一に備えての待ち伏せでもされていたのか。

 違う。こんなの待ち伏せなどの甘い話ではない。何もかもがキャッスル側に筒抜けだ。

 ギュリヌスの後ろからも中型、小型のレウニスと大量の兵士が現れる。武器を構えてゆっくりと此方へにじり寄ってくる。

 ゴンドウの表情が歪む。明らかにアグヌスキャッスル側に情報を渡した者が、裏切り者がいる。白のアグヌス兵に紛れて灰がかった装いの者達——ロストナンバーズもいる。

 その彼らの先頭に立っているのはシャナイアだった。

 裏切ったのかという問いに答えることもせず、ただいつもと全く変わらない瞳でシャナイアは此方を見据えている。そこからは何の感情も読み取れない。

 

「——裏切りというなら、それは違うな」

 

 男の声がする。声量的に少し離れた方向、上へと視線を向ければ一機のギュリヌスの上に見覚えのある黄金の鎧と漆黒の長い黒髪が目に入る。

 ケヴェスの執政官長、メビウス・エヌ。彼のすぐ斜め後ろには、白銀の長髪と鎧を纏った女性も確認できる。初めて目にするが恐らくは——否、間違いなく彼女もメビウスだ。

 エヌと白銀のメビウスが地上へと降りてくる。エヌが語るに、シャナイア達は裏切ったのではなく選択しただけ。己にとって最も幸福である道を選んだ結果がこの現実である。だがそれはシャナイア達だけにとってであり、ウロボロスやゴンドウ達他殆どのロストナンバーズ兵にとっては不幸な選択であった。

「このレウニスの軍団がそうだってか! んなら、ウロボロス(おれたち)が全部ぶっ壊してやるぜ!」

 ランツの叫びに全員が腹に力を入れる。確かに数としては圧倒的かもしれないが、此方とて突破できない戦力差ではない。これしきの事で諦めるつもりはさらさらない。

 

 エヌはそれを鼻であしらった。ウロボロスにとっての不幸はシャナイアの選択でも、物量的戦力の差でもないと淡々と言いつつも嘲笑っている。

 エヌと白銀のメビウスはやおら指先を仮面へと伸ばした。

「お前達の不幸は、このエヌとエムに出会ってしまった事だ」

 

 解けるようにして仮面が消え、現れた顔面はどこかでよく見た——そんな言葉では生温い。

 ノアとミオと全く同じ顔がそこにあった。

 

 同じでもエヌの右眼とエムの左眼には鈍い赤をしたメビウス特有の紋様が浮かび上がっている。間違いなく二人はメビウスであり、自分達のよく知るノアとミオとは決定的に異なっている。それでも偶然の一致、他人の空似では片付けられないと直感が告げている。二人をそのまま複製したかのように、あまりにも同じすぎる。

 

 動揺で静まり返った空間に、突如としてシャナイアの笑い声が響く。

 ゴンドウの表情を嘲笑うシャナイアにセナが問いかけた。シティーの人は同じ仲間なのに何故裏切ったのか、と。

 シャナイアは質問の前提から否定した。棺桶目掛けて走る馬鹿共と同じにするな、仲間ですらない。

 シャナイアにとって世界を在るべき姿へと戻す目的は望むものではなかった。たった一回の人生が、いきなり明日終わりと言われる可能性と常に隣り合わせの世界の何が良いのか。それならばケヴェスやアグヌスの兵士と同じように死んでも繰り返せる"今"の世界の方がずっとマシなのだ。やり直して、繰り返して、何度も何度も。そうすればいつかは。

ゴンドウ(そいつ)を超えられるかもしれないんだよ!!」

「戦うんだよ!? 毎日、今日も、明日もずっと、殺し合うんだよ!?」

「どっち道、"戦わないと生き残れない"じゃない!」

 

 シャナイアとセナのやり取りの裏で、ノアは敵戦力の数を確認していた。両翼は二十、中央は十だがメビウスがいる。合流地点のパトゥリア湾は左手だ。

 振り向かずに小声でゴンドウへと話しかける。後ろ手に伸ばした右手にはゴンドウから託された真の女王へと至る為の鍵があった。

 メビウスの狙いは当代ウロボロスであるノア達だから、注意を惹けば鍵とゴンドウは逃せるかもしれない。全部を相手取るのは厳しいだろうが、左翼の一部隊だけなら成功の可能性は充分にある。

「捨てるよ、俺は、俺達を。捨てて君を選ぶ。ウロボロスは俺達で終わりじゃないから。ゴンドウ達はまだ先があるだろ」

 ノアにとっての想いの繋ぎ方が偶々これだっただけ。ウロボロスにロストナンバーズの命を捨てる選択を迫ったように、ロストナンバーズだってウロボロスの命を放棄する選択が出来る。寧ろ手放さなければならない。

 ゴンドウはギリギリまで葛藤していた。歯を食い縛り眉間に深い皺を刻んで、怒りをぶつけたい気持ちを必死に抑え込んでいた。いざという時は自分の命を捨ててウロボロスを生かすつもりだったのに、それがひっくり返ってしまった。

 でも、進まねばならない。

 ゴンドウが鍵を取った瞬間に全員で左翼へと向かう。

「一点突破! 僅かでもいい、隙を作るんだ!!」

 敵にも聞こえる声量で叫ぶ。意識をウロボロスへと向けさせ、ゴンドウ達から少しだけでも注意を逸らす。

 

 ギュリヌスにはウロボロス・ノアとウロボロス・セナが対処する。複数機のアウリスは他のロストナンバーズ兵が攻撃を仕掛け、ユーニとタイオンが後方から回復に当たる。

 幸か不幸か、キャッスル直衛隊と言えど強さそのものはメビウスよりもあまりに低い。ウロボロス・ノアがギュリヌスの動力源を突き刺しインタリンクを解除、そのままノアとミオは周囲のアウリスを叩いた。躯体が崩れゆくギュリヌスの上を取ったウロボロス・セナが落下と全ての力をハンマーに込めて振り下ろす。同時にギュリヌスとアウリスが爆破した。

 衛兵は他の者が当たり、ゴンドウが抜け出すことに成功した。アギョウとウンギョウのサポートも有り、彼女が無傷でパトゥリア湾へと向かったのを確認する。

「トワ、お前もだ!」

 ノアがトワの背中を押した。

「でも……みんなは!」

「君の能力は絶対に残さなくてはならない、僕らと違って唯一無二だ! リクとマナナも護衛として行くんだ!」

 タイオンがモンドで強引に距離を取らせてくる。迷いに溢れるトワとは違い、リクとマナナはすぐに覚悟を決めて二人してトワのズボンを引っ張ってくる。

「行くも! 遅れるのが一番悪い結末も!」

「皆さんは大丈夫デスも! マナナは信じてますも!!」

「——ッ、死なないで! お願いだから、みんな……みんな生きて帰ってきて!!」

 メビウスを含めた全てを倒すなど無謀な策だと分かっている。それでも叫ばずにはいられない。誰も死なずにシティーへも戻ると決めたばかりだったのだから。

 皆に背を向けて地を蹴る。先に戻るだけ。必ず後から皆も戻ってくる。案外なんとかなるものだと笑いながら帰ってきてくれる。無事で良かったと涙を流して、真の女王を見つけに行く作戦に移るのだ。途中でミオの刻限が来たらその時はノアと共におくる。そして彼女の想いを抱いて、この世界を在るべき姿へと戻して、全ての人を戦いから解放する。

 そう、信じている。

 

 

「滑稽だな」

 

 眼前、紫の閃光。

「必ず潰える希望を抱き信じる事は憐れだ。憐れで愚かしく、最高の糧となる」

 次に感じたのは鋭い風圧。

「も!?」

「ももーっ!!」

 後方へと飛ばされたリクとマナナを追おうと振り返るが、左手首を強く掴まれてつんのめる。

「希望が絶望へと移ろう瞬間、手の中にあった光を己の手で砕け散らせる時がメビウスにとって最高の食材となる」

 ケヴェスキャッスルにいた時は会話などほんの僅かしかなかった。その僅かな時も、感情の波も無く執政官としての業務をこなす彼にどこかずっと怯えていた。

「執政官長……。いや、エヌ……ッ!」

 今は違う。メビウスであると知った。兵士の命を軽々しく扱い弄ぶ者だと知ってしまったから、強く、はっきりとした拒絶を込めて彼を睨みつける。

「シティーにとって有用であるように、メビウスにとってもお前の能力は必要だ。逃げられるとでも思ったか、神奏の」

 

 ノアと同じ青い瞳。全く同じ色なのに酷く暗い。一切の光を映していない瞳は冷たさを通り越して痛みさえ感じさせる。

 それなのに泣きそうにも見えるのだ。今まで見てきたメビウスとは違う。他のメビウスはもっと楽しそうに、輝いた目をしていたのにエヌはその真逆だ。

 その点だけは、エヌはメビウスらしくない存在だった。

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