神笛と永遠と   作:坂野

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 朽ちたグランデル城塞を過ぎ坂道を下る。下り切った地点から右へと曲がると、崖下には青白い葉をつけた巨大な植物が点々と生えている景色が目に入る。一際目を引くのは何かが落下してきたかのように円形に窪んだ部分だ。大規模な崖の崩落でもあんな風にはならない。例えばコロニーの鉄巨神でも爆発しないとああはならないだろう。

 

 増えてきた同行者の顔ぶれを改めて確認してみた。マシューが爺ちゃんと呼んだ者を除いて、全員が兵士とそう変わらない雰囲気である。シティーにいれば若者に分類されるだろうか。

 エイはこのセントムニア地方へ辿り着く者は死後に強く未来を望んだ者達だと説明した。それならば彼女を含めた者は既に命を落としている。兵士であろうニコルとカギロイはさておき、エイもマシューやナエルもこの若さで死んでしまったという事だ。命の枷に縛られておらず、長く生きていられた筈なのに。

「ねえ、もしかしてぼく達の年齢気にしてる?」

 横を駆けながら話しかけてきたのはニコルだった。蜂蜜色の髪と緑の目はやはりセインとそっくりだ。目つきと口もあまり良くなかったセインと比較すると、表情も柔らかくて優しい印象を受ける。あとセインは性格も悪かった。

「はい……。皆さん、メビウスと戦って早いうちに死んでしまったんだな、と」

「そういう人もいるね。でもぼく達は違うんだ」

 転ばぬようにニコルは視線を前へと向けたが、そのまま話し続ける。

 この空間では生前の年齢の内で任意の姿を取れる。こうなりたい、こうでありたいと強く願えば、活動しやすい姿を選んでセントムニア地方へと降り立てる。

「マシューもナエルも子孫を残してるから長生きした方だよ。僕だって七十期……八十歳までは生きられたし、カギロイなんてもっと生きたでしょ」

「私は母親の情報が濃いんだもの。千年前にあとちょっとで成人だのなんだの言ってたのが自分でも信じられないわ」

 ——どういう事?

 兵士は火時計から解放されようとも身体における十年の枷からは逃れられない。いくら怪我も病気もなく過ごしたとしても十年きっかりで身体は粒子となり崩れ去る。つい先程ミオでそれを見たばかりだ。

 ニコルとカギロイは実は兵士ではないのだろうか。

 

 また基本的には身体能力を踏まえて若い年代を選ぶのだが、自身が最も幸せだった時など意図的に他の姿を取る者もいる。

「マシューとナエルのお爺さんは正にそれだね。二人は子どもの頃の姿を取ってるしやりやすいんじゃないかな。ね、ゴンドウさん」

 ニコルの発言にマシューの祖父——ゴンドウは静かな笑顔で頷き返した。

 ゴンドウの名を聞いてトワは少なからず驚いた。モニカの娘である彼女と同じ名前の者がいるなんて。単なる偶然か理由があるのか。興味を抱いたからどうせなら聞いてみようかとしたが、先に口を開いたのはカギロイだった。

「確か今ってその名前、ヴァンダムの娘さんについてなかったっけ?」

 ニコルといいカギロイといいどうも此方の思考を先読みしているかのような発言が次々と飛んでくる。死者はそんな事も出来るのだろうか。戸惑いつつもとりあえず首肯する。

「ヴァンダム家にとって大事な名前だけど、女の子につけるのは思い切ってるよね……」

 苦笑したのはナエルだった。彼女に合わせるようにしてゴンドウも困りながら笑っていたが、どちらかというと嬉しそうにも見える。

「いいんじゃないか。現代のゴンドウはマシューが女だったらという可能性の権化だろう。ヴァンダムに生まれた者として重要な所をしっかりと引き継いでいるよ」

「おうエイさんよ、微妙に嬉しくないな。俺はあんなに口悪くないぜ」

「言葉遣いは枝葉の部分だ。根幹の中身としては大差はないだろう」

「な〜んか上手く言いくるめられた気がする」

「褒めているんだ」

 

 皆の会話を聞いていても半分どころかほとんどがトワには理解できない。単語自体は聞き覚えもあるし意味だって把握できるのに、文章となると飲み込むのさえ追いつかなくなってしまう。

 エイは全てを理解しきる必要はないと言っていた。トワにとって大切な情報はまだ先に存在するから、と。

 それを疑うつもりはないのだが、彼らが現在進行形で話している内容も聞き逃してはいけないと直感が告げている。彼らはアイオニオンの根底に繋がる何かを沢山握っている——気がする。

 

 途中、ディアブラーダ断崖を右に曲がった。角には何人かシティーの者と思しき人間が二名ほど立っていた。マシュー達の彼らへの挨拶から監視か何かだろう。セントムニア地方に現れる敵はオリジンのモンスターだろうから、それがこの先に侵入してこない為の見張りと考えられる。

「もう少しでボクらの拠点だ。まだ走れるか?」

「なんとか……」

この空間(セントムニア)において全ての力の源は"人の意思"だ。君が目的地まで必ず辿り着くと思い続けていれば足は動き続けてくれる」

 セントムニア地方に連れ込まれて最初にいた紅い森から随分と遠いところまで来ている。いつもなら体力の無いトワは早々にバテている筈が、多少の疲労は感じれどもまだ走り続けている。エイの言った通り"人の意思"が力というのも不思議と納得できる気がする。

 この状況をまだまだ受け入れ切れてはない。しかしノア達がまだ死んでいないと言うならば、ついていけば助けられる方法があるかもしれない。彼らがどんな者達なのか知りたい。そしてこの先から呼ばれている気がする。それを確かめたい。微かな希望だとか好奇心から、このまま連れていかれる場所へと辿り着きたいと思っているのは確かに事実ではあった。

 

 少しばかり入り組んだ道を進み、ブラナダ・シークと呼ばれる地点を堺として豊かな草地が眼前に広がる。草の背が膝付近まであり先程よりは進むのに気を使う。そんなトワの様子を見たエイが走るのを一旦止め、歩くことに切り替えた。悠長にはしていられないがまだ時間に多少の余裕はあるらしい。

 ここは山懐にいだかれた地でモンスターに限らず敵と総称する相手には見つかりにくいと言える。フライアやキャピル、バニット等も生息しているが、どれも基本的には此方から手を出さなければ襲われる事もない。

 少し進むとすぐにテフラ坂という左右にくねった坂道となる。坂道から見下ろすようにして広がっているのは、湖に浮かぶコロニーのような場所だった。居住用の建物は植物で随分と覆われており建物が森のように広がっている。

 

「あれが目的地でありボクらの拠点、"コロニー9"だ」

 

 ケヴェスにも全く同じ名を持つコロニーがある。それこそノア達が所属していたのがコロニー9だ。しかしここはノア達と出会ったアエティア地方でもないし、コロニーの要となる鉄巨神も見えない。

「ケヴェスのコロニーじゃないわよ。あれが本来のコロニー9なの」

「なんでカギロイが得意げなんだよ。本物の本物、見たことないだろ」

「それ言いたかっただけだよね」

「マシューもニコルも余計な事言わないでよね!」

 本来のコロニー9。カギロイの言った内容は理解できないが、ただなんとなく、本当になんとなくあの場所を懐かしいと感じた。風の温もりが、水の音が、草木の香りが胸の奥底を叩いてくる。

 テフラ坂を下ればすぐにコロニー9の正面口だ。武器を持った見張りが二人と更にもう二人女性が立っている。彼女達は此方を確認すると、褐色で黒髪を首の後ろで二つに縛っている方の女性が大きく手を振り声を上げた。

「待ちくたびれたよー! 十年ぶりに師匠と話せるんだからもっとちゃっちゃと来る! あー、早く師匠と話したい!!」

「パナセア、少し落ち着いて。ちょうど先生が準備を済ませてくれました。過去にブロロが居座っていた物資保管庫の奥です、指令所の裏から向かいましょう」

 褐色の女性はパナセアと言うらしい。そんなパナセアを落ち着かせたのは青緑の髪を頭の上で二つのシニヨンにした女性だ。眼鏡のレンズ越しに見える(みどり)色をした目が陽の光を受けて煌めいているのが美しい。

「サンキュー、リンカ。他の人達はどうなってる?」

「この後に備えて戦える人はその準備を、そうでない人は身を守る行動を指示してあります。恐らく変に人が集まる事はない筈です」

 

 マシューとリンカがやり取りしている横で、パナセアがトワに近寄り顔をまじまじと見つめてくる。真剣な顔をしているから何か問題点でもあるのかと不安になるが、パナセアはすぐに口角を上げた。

「やっぱり似てるね。それに随分と綺麗に成長しちゃって」

「似てる、って誰と……」

「今は内緒。ほら、行くよ」

 正面口から橋を渡り湖に浮かぶ島、コロニー9へ足を踏み入れる。人々は何やら慌ただしくしており、リンカの言った通りに皆それぞれが何らかの準備をしている。変に人目を浴びはしないが結構な大所帯が同じ方向へと歩いているからか、すれ違いざまにマシューやナエル達に挨拶を交わす者はいる。服装の雰囲気からほとんどの人間はシティーにいた者と似ている。時々見覚えのある軍服が通り過ぎていくから、ケヴェスやアグヌス兵もいるにはいる。

 

 ここは死後の魂が辿り着く場でメビウスに抗する者達の終着点で、自然に還った命がある。シティーの人は当然だが、兵士達がここにいるのは彼等は成人を迎えていることを示している。

「あ……、ミオさん……! ミオさんはいないんですか……! えっと、白い髪で頭の上に耳があって、ナエルさんに少し似ていて……」

 トワはやっと気がついた。自分の手でおくり、二度とゆりかごから再生されない道を往かせてしまったミオはセントムニアに来る条件を全て満たしている。もしかしたらいるかもしれない。いるなら会って——会って、何を話すのだろう。

 彼女を完全に殺してしまったことへの謝罪、約束を果たしたつもりだがミオの本当の気持ちの確認——分からない。咄嗟に会いたいと願ったが、彼女に今更何を伝えられる? 伝えて、許しでも得ようというのか。そんなのあまりにも自分勝手すぎる。

 

「彼女はいない」

 

 エイの淡々とした声が告げる。その言葉を理解しきる前にエイは更に言葉を繋ぐ。

「ここに"君の知るミオ"は来ない」

 それは幸運なのか不運なのか。

 だがやはり一番に来るのは"理解が出来ない"であった。

 

「今は考えなくていい。君が今向き合うべきは"彼"だ」

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