神笛と永遠と   作:坂野

66 / 98
6話
6-1


 黄金(こがね)の粒子が解けていく。

 光が散り現実が映し出される。取り押さえられながら俯くノア、ノアの首目掛けて刀を振り下ろさんとするエヌ。触が終わって陽の光が戻ってきた世界、アグヌスキャッスルの天還の処刑場に自分がいた事をやっと思い出した。

 そうしてアイオニオンも命の行き着く場所(セントムニア)も本来の時間の流れを取り戻し、同じ速度で歩み出す。

 

 悲鳴が耳に入る。セントムニア地方へ取り込まれる寸前の勢いのまま、トワの叫びが空気を震わせていた。

 流れ出した時間は引き延ばされる直前のままに、ノアの首へと刀が向かいそのままうなじから分断される——筈だった。

 風とは異なる空気の流れを感じたと同時にエヌの刀がぴたりと静止した。ノアの首筋に触れるか否かの距離で、エヌ自身が何かを察知して刀を停止させた。その行動にトワもウロボロス達もただ困惑するだけ。だってあのエヌが己の意思でウロボロスの処刑を中断するなど千分の一どころか、世界がひっくり返ったってあり得ない。

 

 そのエヌが冷め切った目を向けたのは、エムであった。

 

 エムはエヌの視線に背を向けて、ある物を拾い上げた。ミオが消えてしまい残された物、衣服と共に転がっていた祈神の笛。

 そのままトワの腕を拘束している二人の兵に目で指示を出し、腕を掴む手を離させた。

 エムが右の掌をトワに差し出す。手を取れの意だろうか。差し出された手からエムの顔へと視界を動かした。仮面をしたままのエムの表情は読みにくいが、彼女の口の端が緩やかに上がっていた。

 ——信じて良い。

 理屈では無かった。勘がそう告げている。だからエムの手に左手を乗せて、ゆっくりと握る。エムもトワの手を握り返すと、両手首のエーテルラインが弾けるようにして消えた。エムは踵を返して階段を降りていく。あまりにも突飛な行動でエックスもシャナイアもエムを目で追う事しか出来ない。

 

 エヌがエムの名を呟き一歩下がる。エヌもやはり彼女の行動の意図は理解していない。

 そのまま、何の妨害もなくノアの前へと足を運ぶ。ノアを取り押さえていた兵士も離れ、ノアは重力に従って両腕を地面へと接触させた。

「少しだけ、時間をちょうだい」

 エムが仮面を取り外してトワへと微笑んだ。繋いでいた手も離れたが、困惑はあれど不安は無かった。左手に残ったエムの温もりを逃したくなくて、右手で左手を包み込んだ。

 

 エムはノアの前に転がされた聖神の笛を拾って二本の笛を見つめる。そうしてエムがノアに差し出したのはアグヌスの白い祈神の笛——今のノア(・・・・)の笛だった。

 ケヴェスのおくりびとであるノアが白い笛を持つなど普通は考え付きもしない。それなのにエムは迷いなど微塵も無く祈神の笛をノアへと差し出した。

 それが示しているのは。

 

「ごめんね」

 

 エムと同じだけれど少しだけ高い声、自分達がいつも聞いていた声。

「髪、少し伸びちゃったけど……。一緒に、歩いてくれるかな?

 ——ノア」

 

 エムではない。

 

「ミ、オ……?」

 

 ノアの涙と一緒に溢れた言葉に、エム——ミオは頷いた。

 

 

 エヌが歪に震えながら後ずさる。理解してしまったと、理解したくないと、現実から目を背けようと。

 しかしミオがエヌに見せたのは、左目に浮かぶウロボロスの輪とメビウスの捩れが融合した新たな紋様であった。

 今のエムの身体にはミオがいる。どこかで二人は入れ替わった筈だが、それが可能だったタイミングは一箇所しかない。収容所を抜け出そうとした時にエムが能力を行使してウロボロスの意識を乗っ取っている時だけ。あの混乱に乗じて、あの瞬間から魂を逆転させていた。

 ここに存在するのは"ノア"のパートナである"ミオ"だ。

 ならば、今、成人の儀で(ちり)となり、二度とアイオニオンに再生されない道を往ったのは。

 

 エヌの叫喚が上がる。

 狂ったように、血でも吐いているかと錯覚するほどに、髪も刀も振り乱して。

 エヌは見ていなかった。エヌにとっての最愛の"ミオ"の最期の瞬間を、あの笑顔を見ていなかった。

 旅立ってしまった跡をいくら掻き抱こうとも、もう彼女は戻ってこない。彼女の残り香が微かにあるだけ。そしてそれもいずれ薄れ、忘れ去られて消えていく。

 そこにエムは、"もう一人のミオ"はいない。

 

 ミオは何度も繰り返してきた過去の自分の記憶をエムの手で渡された。どの記憶にも必ずノアが傍にいて、必ずミオが先に旅立っていった。

 そのどこかでメビウスとなり、千年を超えてアイオニオンに存在し続けている。しかしメビウスとなってからも積もり続けた二人の後悔の結晶が、今のノアとミオだとエムは語った。メビウスとならずに往きたかった道、二人だけではなくて仲間の全てと未来を目指したかった。

 しかしエヌにとってはエムのみが存在の全てだった。その為だけにメビウスとして人の命を貪る。メビウスである以上、そうしなければ存在できないから。命をただ貪り削り取って、滅びの時を延ばして現実から目を背けているだけ。

 エムはそんな世界の理に耐えられなかった。

 だから自身が世界から消える事で、エムの想いの一欠片でもエヌに届けば良いと願った。エムが消えた後はエムの想いを受け継いだミオとノアが、仲間達が歩んでくれる。本来はエムとエヌが往きたかった道を、間違わずにきっと。

 

 エヌとエムはもう一人のノアとミオである。

 当人達にしか会話の全ては理解できない。今のエヌは最愛の人を奪われたと怒り、ミオはエムの想いをそんなエヌに必死に届けようとし、ノアは自分だからこそエヌが取った選択が分からなかった。それくらいしか周囲には察せない。

 しかしエヌはエムの想いを正しく汲み取れていないのは分かる。エム——"俺のミオ"がいなくなったのならば、ノアから奪ってしまえばいい。エムとミオが同一なのだから、ノアから奪い返してまた傍に置いて永遠を始めれば良いと笑い上げている。

 言葉だけでは狂ってしまったエヌには届かない。

 

「私は彼女(エム)の想いを必ず遂げる。ノアと」

 ミオがノアの手を握る。

「彼女と」

 もう片方の手でトワの肩をそっと抱き寄せる。

「仲間達と。誰一人捨てたりしない、みんなで未来を掴み取る」

 ウロボロス達の手枷が弾ける。

「……エヌ(あなた)もなんだよ! 同じ"ノア"なんだから……、私の、エムの想いだって届く筈なの!」

 

 拘束が解かれたウロボロス達が背後にいるアグヌス兵を一段下へと突き落とし、ノアとミオの元に全員が駆けてくる。真っ先にセナがミオへ抱きついた。しゃくり上げながらも、本当にミオ本人である事をただ単純に、心の底から喜んでいた。

 タイオンはエヌから注意を逸らさずに、ミオに強い信頼の笑みで深く頷いた。それだけでも彼の喜びは周囲に溢れるほどに伝わる。

「感動の再会はそれくらいにしとくんだな」

 ランツがそう睨んだのはエヌである。刀を鞘へ納め、居合いの姿勢を取っている。刀など抜かなくとも視線そのものが鋭い刃のようにウロボロス達、特にノアを睨みつけている。

 言葉が届かないのならば、選ぶ道は一つしかない。

 

 ノアとミオの体が青白い光となり解け、融合する。エックスの能力の影響下にあるにも関わらずに。

 慌てたエックスが錫杖を向けて力を強めようとしたが、ウロボロス・ミオがエックスの眼前へと一瞬で移動する。地を這うかの如く、ミオの本気の怒りを滲ませた声と共に錫杖の核がエックスの情け無い悲鳴ごと握り潰された。

 これでインタリンクが可能、武器(ブレイド)も抜ける。ウロボロス・ランツとウロボロス・ユーニも姿を現し、ウロボロス・ノアがその間へと着地する。

「エヌっ、こ、こいつらを消し去れ! 二度と再生できないよう魂ごと!! アグヌス兵(おまえら)も黙って突っ立ってんじゃないよ!! 全員でウロボロスを……」

「手を出すな! 貴様の命令など受けん。メビウスこそ世界そのもの——世界に在るべきノア(おれ)はただ一人のみだ!!」

 

 エヌが刀を抜いた。速度は収容所で戦った時と同等か、それを凌駕している。あの時は碌な攻撃も当てられずにウロボロスの四肢が斬り刻まれて、全員が地を舐めた。

 でも、もう違う。

 強い決意でエヌにエムの想いを届けると覚悟したミオを先頭とし、誰もが敗北など全く考えていない。エヌの一挙一動に食らいつき、エヌからの攻撃はランツを中心とした硬い守りを広げ、ほんの僅かな隙をタイオンが見出してそこをミオの速さで突き、ノアの攻撃で傷を付けていく。

 リクとマナナが攻撃の余波を防いでくれているおかげで、近くでもトワにダメージは行かない。守られるだけの悔しさはやはりあるが、ウロボロス達の戦いに軽率に手を出しては本当に足手纏いになるだけだ。

 だから祈る。強く、両の手を握りしめて、自分の想いが彼らの力になると信じて。

 笛の菅尻から垂れる飾りが揺れて、鈴に似た音を僅かに鳴らした。

 

 激しい攻防の最中(さなか)、ウロボロス・ノアが胸にある核に両手を添えた。苦しみを含みつつも、未来を切り拓く意思が込められた叫びと共にウロボロスの核から巨大な剣を引き抜いた。

 形はどこかラッキーセブンに似ている。エヌはその剣を見て(オリジン)の剣と呟いた。

 オリジン。全ての始まりであり全ての命が還る場所と同じ名前だ。

 終の剣を何よりの脅威と判断したのか、エヌが真っ直ぐにウロボロス・ノアへと攻撃を仕掛ける。

 ノア達は世界が命を縛るなら世界ごと断ってみせると宣言した。それは即ち、自身を世界そのものだと言ったメビウスを斬る。

 だがエヌはそれを否定した。自分には往けなかった道だから、ノアになど到底不可能な話だと。ノアは逆にそれを否定する。エヌは往けなかったのではなく逃げた。道を選ぶのでは無く、背を向けて立ち止まった。

 進もうとしなかったエヌに命の何が分かるのか。

 たとえ独りになろうとも進み続けると決めたノアの想いは、エヌの刀を弾いて砕き、鎧の一部に埋め込まれたエヌの核にも深い傷を残した。

 

 膝を付いたエヌに対して、ミオは未だに諦めずにエムの想いを届けようと言葉を繋いでいる。何故彼女の想いが理解できないのか嘆いている。

 でもきっと、今のエヌにはどうやったって伝わらない。

 エヌが間違っているのは確かだ。しかし成人の儀でミオの身体に宿っていたエムをおくった時に、彼女の粒子に触れたトワには何となく分かることがあった。あの瞬間はノアが処刑される事で気が動転していたから思考が其方に割けなかったが、状況を少し理解した現在なら分かる。

 エヌは逃げた。同時にエムも逃げていた。

 思い詰める要因となったこの世界もあるが、エムは自身が消える事で想いを伝える選択をしてしまった。エム自身の言葉で伝えようとはしていなかった。

 多分、怖かったのだと思う。エヌを壊してしまうかもしれない、もっと彼を追い詰めて本当に戻れない道へと進ませてしまうかもしれない。だから一方的に押し付けて残りは他の者に任せてしまった。

 それが悪いとは言わない。でもその選択の結果、現時点ではどうやってもエヌには届かないのが事実だった。

 悲しい選択だった。その選択しか存在しなかったこの世界があまりにも残酷だった。

 エムが歩めた道はそれしか無かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。