ノアとミオがエヌと睨み合いを続ける。しかしエヌはとても戦える状態ではない。執念のみで意識を繋ぎ、失ってしまった己のミオを取り戻そうと、虚ろでありながら激情が渦巻く瞳で二人を見据えていた。
その睨み合いの最中、不意にアグヌスの女王が嵐が吹き荒れるかの如く叫びを上げた。
女王の玉座が変形し、特殊な形をした巨大なレウニスとなる。ケヴェス同様に機械部品で構成されているアグヌスの女王はあたかもレウニスのコアパーツだ。
「あんたら、ケヴェスでは全く歯が立たなかったんでしょ? 今度こそは逃げらんないよ。
執政官命令だ!
エックスの命令でアグヌス兵達の左目に不気味な赤の光が宿る。赤い光が灯るのに対し、今の今までこの状況に困惑していた兵士達から一切の迷いと意思が消える。
ウロボロス達は一瞬面食らったが、今までと何も変わらない。絶対に兵士を殺めずに戦闘不能に追い込むのみ。メビウスや卓越した戦闘能力を持つエセルやカムナビに比べれば、いくらアグヌスキャッスルの兵と言えども有象無象に等しい。
数は多いが兵士の数は有限だ。此方が少数でも一人ずつ確実に気絶か戦闘不能に追い込めば勝機はある。
厄介なのは女王の方だ。ケヴェスキャッスルと同じなら強力なガードを持っているか、躯体自体が頑丈で生半可な攻撃はまず通らない。
「いや、
ノアがヒドゥンソードから白銀の剣を引き抜いた。ラッキーセブンに特段変わった様子は見られないが、己の決めた道を往くと決めたノアの意思を受けて切先がより美しく輝いて見える。
ノアが跳び上がり、左腕の爪の一本を斬り付けた。それがあまりにも、玉座の材質が脆いのではないかと勘違いするほどに軽く剣が滑っていったので、ノア以外の全員が驚きを隠せない。
でも、これならばいける。
女王の相手をノアに任せ、他は兵士を往なしつつノアの援護に専念する。タイオンが戦略を組み立て、セナのアーツで複数人を吹き飛ばし、ユーニの射撃で気絶させつつ戦闘の中心から引き離す。ミオが大勢のターゲットをロックし、舞うかの如く相手の攻撃を避け続ける。ミオが対処しきれない兵士はランツが相手取って補う。
途中まではそれで上手くいっていたが、エックスが強引な指示を出した。ウロボロス六人にバランス良く兵を向けるのではなく、半分以上をノアただ一人へと向けた。当然ノアは持ち前の剣技で弾き飛ばし、アーツを使用して捩じ伏せているが数の暴力の前には厳しいものがある。もしこれが命を持たぬ存在であればラッキーセブンの刃を容赦無く振り翳したのだが、操られているだけのアグヌス兵にそんな行為はできない。峰での攻撃に切り替えもしたが、徐々に押されてノアは殆ど身動きが取れない状況まで追い詰められてしまった。
ノアが相手ではない女王は爪やエーテル砲で他の五人を蹂躙する。五人の
エックスはトワへまともに兵士を向けていない。無力に加えて、おくりの能力を利用する為に生け取りにする為だろう。メビウスの立場で考えれば、ウロボロスが敗北する光景を見せつけて絶望する姿を愉しもうとしている。
——ボクは、何をしている?
結局今までと同じじゃないか。守られて、みんなの背を見てただ祈るだけ。想いを一つにするのは重要だけれど、結局逃げてきた。さっきだって下手に戦いに手を出せば逆に足手纏いだと、
僅かでも可能性を見出したくてセインから人工
幾ら願おうとも何も力を貸してくれなかった。もうこれ以上何をしたら良いのだろうか。
ちりん。
また、菅尻の飾りが鳴った。
思わず縋るように笛を握る。もうここにはシュルクはいない。自分を見守ってくれていた人はもうオリジンへと往ってしまった。
彼に何かのきっかけを貰いたくても、もう叶わない。
——この世界の全てで最も強い力は"人の意思"だ。
は、と目を開く。
笛にシュルクはいない。だがシュルクとセントムニアで出会った人達の想いはここにある。トワを信じてあんなに多くの想いを託してくれた。
あの空間では想いが全ての力の源だった。しかしシュルクはセントムニアに限らず、この世界の全てで人の意思は力になるのだとも伝えてくれた。
意思が力になる。それは偶然か必然か、REXの能力を引き出す条件と同じ。
いや、違う。REXの力を引き出すんじゃない。
REXは単なる媒体だ。意思という形の無いものを、この世界に能力という形に変換して出力する武器だ。だから幾ら願おうとも
最初から間違っていたのだ。信じるのはREXじゃない。
ボクは何を信じるのか。その答えはとっくに持っていたじゃないか。
「リク、マナナ、少し離れてて」
飛び火を防いでくれていた二人の背を少し押す。
REXのデータは今、首にある。エムが偶然——否、偶然なんかじゃない。ミオが二人だけの秘密を覚えていてくれたから探して、渡してくれた。
背中に右手をやりそのまま引き抜く。パワーアシストが無いから重みに耐えきれずに刀身を地面へとぶつけてしまうが、そんなのは些細な事だ。
「危ないデスも! あれに突っ込むなんて……」
「大丈夫」
「トワと言えど無茶通り越してアホすぎるも!
「ボクはここから動かない。動かないままみんなを助ける、戦ってみせる」
「も……!?」
考えろ。どうすれば彼らの力になれる?
ノアに更に強力な攻撃力を与える? 駄目だ、それだと兵士の命が奪われてしまう。
兵士を吹き飛ばす? それも難しい。加減が出来なければこれも死なせてしまうかもしれない。
力を与えられれば。
みんなの
REXのエーテルラインが発光する。水色の火花が散り、急速にエネルギーが流れ出すのを感じる。その流れの一部が自分とも繋がり、大きな循環を生み出している感覚さえする。
「おも、いっ、けど……ッ、やる、やってみせる……!」
両手で持ち上げエーテルの刃を顕現させる。視界に五人を捉えて、持つ武器をそれぞれ確認する。
強固な機械仕掛けの玉座を断てる力をみんなに。
空色だったエーテルの刃が菫色に変わり、刀身の穴に不思議な模様が浮かび上がる。
自分の想いを、こうしたいという意思を乗せて強く柄を握りしめ、右から左へとREXを思いっきり振り抜いた。
——みんなに、力を!
「
刃と同じ色をした光の波が扇状となり広がっていく。光が五人の
突然の事で僅かな硬直が発生する。その隙をついた女王がセナへと右の爪を振り下ろした。反射的に大彗槌を闇雲に振れば、玉座の装甲とぶつかって玉座側が砕けた。
「……え?」
呆気に取られたセナに今度は女王の左の爪が向けられる。爪のエネルギーが一つとなりセナの身体を貫こうと、巨体からは想像出来ぬ程の速度で襲いかかってくる。
ランツの防御もタイオンのモンドも間に合わない、それならば。
「セナ、走って!」
攻撃が速いのならばそれを超える速度で避けてしまえばいい。もう一度REXを握り直せば、再び刃の色が変わる。菫色から紺碧へと色が変わり、穴に浮かんだ模様もまた別の物に変化した。
「お願い……ッ、
地面に叩きつけるようにして紺碧のエネルギーを拡散させる。瞬く間に広がりセナの背中を追い風が押したかのようにして女王の攻撃を避けさせた。
「トワ、まさか……!」
「タイオン! ボクも……ボクも戦えるから、ボクも加えてもう一度タイオンの作戦を! 今度こそ、ボクもみんなの力になりたい!!」
「……ああ、任せろ!」
ノア以外も女王の装甲を砕く力を得て一気に脅威が増した。考えた通りにノアに向けられていた兵士が減り始め、五人にも兵士達が向くようになってきた。ノアの自由度が増し、徐々にラッキーセブンが本来の切れ味を女王へ向けられるようになってきた。
エックスはアグヌスキャッスルの戦力を総動員してでもウロボロスを排除すべく、アウリスやテストゥドといったレウニスまで稼働させ始めた。物理的な攻撃以外にもエーテルによる遠距離の射撃は地味に厄介だ。女王に攻撃が届く寸前だったのに、レウニスからの攻撃でそれを中断して回避へ行動を変更せざるを得ないタイミングも多々ある。一発一発が軽いのならば多少のダメージ覚悟で突っ込めるが、テストゥド級の砲撃は生身で喰らえば無事では済まない。
ミオが大きく跳躍し浮遊するビットの一機を叩こうとした。だがそこへテストゥドがミオへと照準を向け撃ち落とさんとしている。今のミオは兵士からのマークがフリーであり、ビットの片方を叩き落として女王の火力を削げる絶好のチャンスなのだ。しかし落とせたとしても直後にミオが砲撃を喰らってしまえば彼女の身が危ない。
だから、攻撃を軽減する。
「ミオさんっ!!」
「ええ!!」
危険を知らせる叫びでも、彼女が撃たれる未来を視た悲鳴でもない。これはただの合図、そのまま突っ込めという指示。
紺碧から山吹色へとエーテルの色が変わる。強固な鎧を纏わせるイメージで、力をミオへと届ける。
「届けェッ!
山吹色の薄い壁がミオを球状に包み込む。すぐに上空からミオのジェミニストライクがビットへと直撃し地へと落ちた。直後にテストゥドの砲撃が放たれるが、その殆どのダメージを球状のエーテルエネルギーが吸収した。着地したミオは脇腹を押さえてはいたが、しっかりと自身の足で立っている。そこへユーニが駆け寄りすぐさま回復を施してくれたおかげで、傷も即座に塞がり万全の状態へと戻る。
トワが強く願い、こうしたいと思えばREXは応えてくれる。今まで出来なかったのは意思の力が弱かったから。中途半端な想いではREXは何の反応も示さない。
やれるかどうかではなくやる、やるのではなくてやり切る、やり遂げる。そうしてやっとREXは意思を拡張能力として現実へと顕現させる。
人が斬れないのも同じだ。扱う者が本気で人を斬ると思う事、即ち人を殺す覚悟を抱かないとこの刃は人を通らない。
だからトワは人を斬らない。自分の手で命を奪うなんてしたくない。やり方は分かったが、絶対にこの
ノアも同じ理由で
でもREXは人を傷つける能力を引き出さなくても、味方を守れるだけの力が存在する。この
「ランツ! 構えて!!」
女王の玉座の下部にエネルギーが集まり始めた。強力な一撃を放とうとしている。ランツが
鎧では足りない。もっと一点に特化させた守りの物体を、皆を守ってくれる彼を守る物を。
「
刃の切先をランツのいる方へと向ける。鎧よりも明るい黄色が放たれ、ランツの前方に壁となり現れた。同時に玉座の下部からも殲滅兵器・閃光波が照射されるも、ランツは微かに衝撃で後ろへと押されたのみで本人の身体どころか
凄い。
思わず言葉が零れた。横にいるリクとマナナも全身で喜びを表現している。二人と同じく、本当に力になれているのが心底嬉しい。
それに浮かれていて気が付かなかったのだ。
背後からアグヌス兵が近寄っていたことに。
「え……、ぐ、うっ……!」
何が起きたのか分からなかった。地面が近い。顔も、腹も押しつけられて硬い感触がする。
「殺しちゃ駄目だよ。とりあえずこれ以上何も出来ないように押さえときな」
油断した。今の今まで警戒されていなかったから周囲への注意を怠っていた。考えれば当たり前だ。急にウロボロス達へのサポートをとんでもない勢いで始めれば、どんな馬鹿でも元凶を探して潰すに決まっている。
トワを押さえる二人の兵以外にも四人、リクとマナナに武器を向ける兵士が確認できる。リクとマナナをすぐに攻撃する様子ではないが、ノポン二人だけではこの数を相手取るには無理がある。
だが今更押さえたところで遅い。ウロボロス達が女王を倒すのはもう時間の問題だ。トワの事など気にせずに先に女王を倒せば……。
「離してもらおうか」
「ノ、ア……?」
どうして、と聞こうとしたがその必要は無かった。ウロボロスの全員がアグヌスの偽の女王を打ち倒し、この世界すらも断って命を縛る物を壊すと決意した。強い想いが揃っているのだから、七人目として記憶や情報の共有が起きていてもおかしくない。現にノアの後ろで女王や他のアグヌス兵を相手にしている五人は、ノアの行動に驚きも動揺もしていない。トワが押さえつけられた情報は六人全員に伝わっているし、その中でノアがここへ助けにきた。それもまたトワが認知すれば自動的に五人へと伝播するのだから、皆に何も言わずとも状況が全て共有される。分かった上で五人はノアを信じて戦っている。
「トワを離すんだ」
ノアはアグヌス兵に対して低い声で静かに云った。今の兵士はエックスの手で余計な感情や恐怖を持たぬように操作されている。当然ノアの言葉に応じたり動じる様子は微塵もない。ウロボロスの抹殺を行動の軸とし、あとはエックスの指示に従うのみ。
そうなればノアが取る手段はもう一つしか残されていない。エヌにそうしたように、言葉で駄目なら力を持って。
「いいのぉ? その剣、随分と切れ味が良いみたいだけど、そのまんまやったらみんな死んじゃうんじゃない? それにちょーっとでもずれたら、あんたのお仲間も頭割られてお陀仏だよ」
エックスが煽ってくる。ノアに迷いを生じさせるつもりだろうがそうはいかないし、今のノアはその程度では揺らぎなどしない。そしてトワの考えもノアに筒抜けだから、敢えてこう叫ぶ。
「斬って! ボクごと全部!!」
エックスに微かでも揺さぶりをかけるだけに叫んだ。何も知らないリクとマナナには悪いがこうすれば必ずこの状況が動く。ノアが一つ頷き、ラッキーセブンを左の腰へと添えて抜刀する姿勢を取る。
見えている、聞こえている。
剣は持ち直して刃と峰を逆にしてある。一度の引き抜きで六人の兵士を全て吹き飛ばす。必ず、誰も殺さない。
「……タキオンスラッシュ!」
ラッキーセブンから空間すらも歪ませる斬撃が放たれる。一発目から四発目まではリクとマナナを囲んでいた四人を左右へと吹き飛ばした。どれも装甲の硬い部分に当たったから、衝撃はあれど中の身体には大きなダメージは入らない。五発目と六発目はトワを取り押さえている兵士の腕へと当たり拘束を解除させる。同時に斬撃による鋭い風も巻き起こりトワの後ろ髪が舞い上がる。そして七発目が二人の胴へと向かい、大きく後方へと飛ばされた。
トワの髪ごと斬り裂いて。
身体と後ろ髪の重さが無くなってすぐに立ち上がり、地面へ転がったREXへと手を伸ばした。再びREXを起動させ地に突き立ててエーテルエネルギーを噴出させる。深い紫が鎖の形を取り、吹き飛ばされた兵士達へ纏わりつく。
「今だけっ、ごめんなさい! 手を出さないで!!
鎖が兵士を縛り上げ、
「ッ、まずい! ノア! トワ!!」
「女王が!!」
仲間達の叫びの方向へ向くと、女王がアグヌス兵を蹴散らしながら迫ってくる。玉座の下部にはまた黄色のエーテルが集約されており、閃光波を射出しようとしている。
どうする? また盾で防ぐ? いや、恐らく二度目は上手くいかない可能性が高い。防げるのはあくまでも相手の特に強大なアーツだけで、脇から別のアーツを打たれてしまえば全く意味がない。ならば女王の動力源を叩くなりして動きを完全に止めてしまうしかない。それはどこにある? 考えろ、思考を止めるな、見るもの全てから情報を得て道を選べ。
中心。ケヴェスの青とアグヌスの黄の両方を灯した火時計。キャッスルと言えど、あれも兵士の命を縛る物に違いはない。
「ノア! ミオさんと!」
「ああ! ミオ、頼む!!」
既に走り出していたミオが女王すらも追い抜き、ノアの伸ばした手を掴みそのままインタリンクする。ウロボロス・ノアがすぐに跳び、胸の
トワもREXを構えて女王を見据える。斬るのは機械だけ、女王だけ、火時計だけ。ノアとミオは斬らない、人は絶対に傷つけない。
REXを握る手が熱い。力を込めているからだけじゃない。見えないけれど、未来を望む人達の想いが一緒に武器を握ってくれている。
『ずっと見てるよ』
貴方の声が聞こえてくる気がするから。
『僕は傍にいる。どこにいても、どんな姿になっても』
貴方のあの大きくて温かくて、少しだけ硬い手がボクの手を包んでくれている感覚が確かにあるから。
『頑張れ、トワ』
貴方の想いを背負って。
刃の光が増し、トワの想いを受けてエーテルの刃が伸びていく。ウロボロス・ノアが上から下へ終の剣を滑らせる。同時にトワは左から右へとREXを全ての力で振り抜いた。
「
刃はウロボロス体をすり抜け、火時計に真っ赤な針を刻み込んだ。