充填されていたエーテルが一気に拡散する。強い風圧を感じて咄嗟に腕で顔を覆い、吹き飛ばされぬよう必死に二本の足で踏ん張る。すぐに身体の芯まで貫かんばかりの衝撃と爆発音が巻き起こった。
しかし多少の熱は伝わるも爆風そのものが襲いかかってくる感覚は無い。恐る恐る目を開けばウロボロス・ノアの背が目に入る。壁となりトワ、リクとマナナの三人を爆風から守ってくれたのだ。
インタリンクを解いたノアとミオの元へ他の四人も駆け寄る。短い間に笑顔を見せたり、互いに拳を触れ合わせてキャッスルの解放を一旦喜ぶ。
キャッスルに設置されている火時計からも、命の残量を示していた灯火が消える。火時計との繋がりが消えた反動で、アグヌス兵達が意識を保てずに倒れていく。コロニー4でのエセル達と同じだから身体そのものに害はない筈だ。
彼等の保護や救護をしたい気持ちはあるが、今は先にやるべきことがある。
指示を出すだけで何もしていなかったエックスを睨みつける。彼女が持ち歩いていた錫杖は能力の中核であるコアをミオの手により砕かれている。今更小細工したところで今のウロボロス達を倒すのは相当に困難である。
「勝ったつもり?」
困難である、筈だが。
足元が揺れ出す。アグヌスキャッスルは宙に浮く城であるから地面そのものとは全く繋がりがない。まさか敵味方問わずに立っているこの場ごと消し去るなどとは考えにくい。そうなると相当な大きさの何かが起動したか移動していると推測するのが妥当だ。
「ね〜え、最後っ屁って知ってる? 汚い言葉で趣味じゃないんだけど……」
——これがそれなんだよね。
エックスの背後、恐らくは今いる場のすぐ下からせり出してきた何かがエネルギーを集約している。黒い霧にも似た薄紫の光を一点に掻き集めて、それを一気に撃ち放とうとする"何か"は以前に聞いた覚えがある。
「
タイオンが叫んだ。ケヴェスキャッスルで破壊した悪魔の兵器がアグヌスキャッスルにもあったなんて。だが少し考えれば当たり前だ。アイオニオンの全てを射程圏内とする兵器をケヴェスキャッスルだけに設置するなど、メビウスがする訳がない。
足の下にある物体の正解を言い当てられたエックスは無邪気な子どものように笑っている。その機嫌の良さを崩さぬままに、殲滅兵器の標的を強引に"瞳"へと送り込んできた。
このキャッスルからも見えるあの大剣、その柄のすぐ近く——シティーだ。
シティーの場所は長い歴史の中でどんなメビウスも探し当てられなかった。唯一の安息の地として、決して広大な場ではなくとも人々が危険から守られながら生活していた場所だ。何故今になってこうも簡単に見つかってしまったのか。
「まさか……!」
声を上げたのはセナだったが、全員が全く同じ人物を想起して目で追っていた。視線の先、シティーを裏切る道を選んだ一人——シャナイアが狂ったような高笑いを響かせる。ロストナンバーズだけでなくシティーにいる人全ての命すら、彼女はメビウスに売ってしまった。
どうしてとセナが悲痛な声で問い詰めた。
シャナイアは感情を一切隠さずに答えをぶちまける。静かに生を全うしたいだとか、自然に還る命を守りたいなんてのは力ある者のみに許された特権だ。弱い者は道を選ぶ資格すらなく不安や劣等感に塗れながら、死ぬまでずっと生きろと強者から強いられる世界だ。
そんな
だから腹いせに、そんな世界への抵抗と復讐を殲滅兵器に乗せて放ってやるのだ。
きっとこれが、収容所でシャナイアが必死に抑えていた彼女の想いだった。あの時に少しでも見抜けていればと後悔するがすぐに首を横に振る。今は後ろを向いている場合ではない。
「タイオン! 殲滅兵器は壊せないの!?」
トワがタイオンへ振り向く。まだ砲撃は放たれていないのだから諦めては駄目だと、思考を必死に回し続ける。
「駄目だ、ケヴェスの時は支えを破壊して落下させただけだ! ウロボロスと言えど殲滅兵器その物の破壊は容易じゃない!」
「……いや、今の俺達なら出来る。
ノアとミオが視線を合わせ、インタリンクして飛び出そうとする。
「本当にいいの? そんなことして?」
エックスは余裕の表情を崩さない。
「ここの殲滅兵器はね、主砲以外のエネルギーはキャッスルの動力から直接得てるの。すぐ後ろ、ま、つまりこの足元にあるんだけどぉ……。そんな所で殲滅兵器をぶっ壊したらどうなると思う?」
二人の足が止まる。
終の剣であれば間違いなく殲滅兵器は一刀両断出来る。しかし破壊による爆炎は防げない。炎がキャッスルの動力へと引火すれば膨大なエネルギーと共に大爆発を起こす。
「あんた達もキャッスルの兵士もみーんなまとめてドッカーン! だよ。運良く爆発で死ななくてもキャッスルは落下。地面に叩きつけられて、収容所に残った奴等も押し潰して結局全員死んじゃうね」
シティーを守るために自分達とここにいる者の命を犠牲にするか、シティーを犠牲にして兵士と収容所にいる者の命を守るか。
「……あーあ、時間になっちゃった。シティーの奴等ずっと見てんでしょ? 今からお前達全員跡形も無く消し飛ばしてやるよォッ!!
エックスが姿を消すと同時、紫と白の光が目の前を覆い尽くす。黒い霧を集約したエネルギーがついに解き放たれる。光が収束して一拍、シティーがある場所——つい数瞬前まで間違いなくシティーがあった場所にぽっかりと空虚な穴が生まれた。
シティーが、モニカが、ゴンドウが、ロストナンバーズの皆が、やっとシティーに帰れた人々も、カガリとコウハも、セインさえも、あの時触れた小さくて温かい命だって。
誰も悲鳴さえ上げられない。トワは震える膝を折った。地面に座り込んでも、膝どころか身体の震えが止まない。守るどころか何もかもが消えてしまった。隠れ住むしか出来ないシティーの今を壊すと誓ったのに、今どころか未来すら奪われてしまった。
両腕で自身の身体を抱きしめるが震えは収まらない。収まるどころか涙と謝罪の音が零れ出してくる。
「——大丈夫」
屈んだミオがトワの両肩に手を置き、そのまま少しだけ抱き寄せる。
「顔、上げて」
涙で視界がぼやけたまま、ミオと同じ方へ向く。ミオだけは動揺も不安も無くシャナイアよりも後ろの空を真っ直ぐに見つめている。ノア達も藁にもすがる思いでミオの視線を追いかける。
微かだった音が徐々に近づいてくる。それがブースターの音だと理解する頃にはシティーのアーモリーが三機、姿を現していた。
「おおーい! お前らー!」
聞こえてきたのはあの時脱出させたゴンドウの声だった。
アーモリーからはゴンドウやロストナンバーズ兵だけでなく、収容所に残されていたアギョウやウンギョウも降りてきた。収容所に取り残された者達も全員が救出されている。
ゴンドウ達が無事だったのはミオの立ち回りのおかげだった。エムと入れ替わっていたこの一ヶ月の間に「シャナイアがメビウスへシティーの位置を教えてしまった」という情報をゴンドウ達へ伝えていた。メビウスの移動能力の範囲は、メビウスである本人が知る地点に限られる。エムではなくミオだからこそシティーへと赴き、迫る危機を伝えられた。
シティーの現在位置は地面の裏側だ。シティーはそれ自体が巨大な鉄巨神であり、アイオニオンの何処へだって移動が可能である。ケヴェスやアグヌスもコロニーの要である鉄巨神は移動が出来た。それが更に巨大になっただけだ。
シティーが巨大な鉄巨神である事実はゴンドウやモニカ等、極々僅かな限られた者のみ。六氏族の本家だろうと、何なら当主でも必ず知らされるとは限らない。いつ裏切り者が出るかは分からないのだから、リスクは最小限に留めなければならない。
裏切り者——シャナイアへとゴンドウが距離を詰める。シャナイアは階段の上、ゴンドウは下にいるのにも関わらず、シャナイアはまるで自分が地の底にいるかのような顔のまま拳をきつく握っている。
シャナイアが裏切った理由をゴンドウは聞かない。だがミオがいなければシティーは全滅の道を辿っていた。その落とし前はきっちりと本人につけてもらわねばならない。
「——決めた」
泣きそうな顔から一変し、歪んだ笑みを携えたシャナイアが
自身のこめかみへ。
ゴンドウは慌てて落とし前の付け方が違うと否定するも、シャナイアはその上から更に否定する。
終わりなどではない、ただ死ぬのではない。シティーへの落とし前とやらでもない。これは全て自分の為。
見開かれた緑の目から涙が零れる。
「始まりなんだよぉぉっ!!」
銃声さえもシャナイアの悲鳴のようだった。
すぐさま駆け寄り応急処置は施したが全く意味を為さなかった。脳を真っ直ぐに撃ち抜いたのだから無事な訳もない。頭部から流れる血液と立ち昇る赤い粒子が明確に彼女の死を証明していた。
シャナイアはシティーの人間であるから、命を落とすと金の粒子が昇るはずだ。トワはそれを疑問に思ったが、どうやらノア達が獄中にいる間に火時計側に取り込まれていたのだという。シャナイアは自分の意志で繰り返しの道を選択し、元から成人の儀の後に殺してもらう段取りであった。
「……これはシャナイアが選んだ道だ」
ノアがシャナイアから離れようとしないセナの隣でしゃがみ、静かに声をかけた。セナはシャナイアに対して近しいモノを感じていただけに、仲間の中では一等彼女への気持ちが強かった。でもこれ以上セナが出来ることは何も無い。いくらセナがシャナイアの繰り返しの選択を取り消したくても、シャナイアは次の自分の道を歩むしか出来ない。
ミオに手を貸されて、一つ頷いたセナはやっと立ち上がった。
「……記憶が消えるって分かってたのかな」
トワの呟きに全員が振り向く。
「やり直せるけど、前の記憶は全部消える。彼女がゆりかごから出てきた時に何にも覚えてなかったら、ゴンドウさんを超えるって想いも、何も残ってないよ」
あるのは戦い続けるだけの日々。自分が何をやりたかったのかも忘れて、メビウスに刈り取られ続けるだけの命に成り果ててしまう。
モニカが兵士の再生の説明をした際にシャナイアもその場にいたのだから、それを知らないのはまずあり得ない。ゴンドウを超えたい想いが先走りすぎて抜け落ちてしまったのか、メビウスにお前は特別だとか何かしらの手を回すとか都合良く吹き込まれていたのかは本人しか分からない。
しかしあのメビウスがその通りにシャナイアの記憶を継承させるとは思えない。ただ兵士の数が一人増えて、糧となる命が増えて新たな遊びが出来るようになったと使い潰すのが目に見えている。
故にトワは迷っていた。シャナイアの選んだ輪廻の道を尊重すべきか、メビウスの遊び道具として利用されない為におくるべきか。トワ自身はおくりたい。今まで苦しんできた彼女が別の苦しみに溢れる世界に行くのは嫌だった。でもその想いはトワのものであってシャナイアのではない。シャナイアにとっては、兵士として生きる道の方がずっとマシなのかもしれない。
それを聞こうにも死人に口はない。
「今は、そのままにしといてやれ」
ゴンドウが告げた。シャナイアと付き合いの長い彼女がそう言うのなら拒否するつもりはない。
せめてもと笛ごと両手を握り音ではなく祈りを捧げる。
シャナイアも弱い者だと言うのならば、彼女も道を選べる世界にしなければならない。選ぶ資格が無いのなら資格を持てる世界か、資格すら必要のない世界にしなければ彼女は心の底から笑ってはくれない。あんな歪み切った哀しい笑顔なんてもう見たくない。
この想いが届くかは分からないけれど、やれるだけはやりたい。いつかまた出会えた時に、胸を張って手を差し出せるように。