ロストナンバーズの増援も訪れ、アグヌス兵への手当てやキャッスルの今後に向けての対応が始まっていく。まだ意識が戻らずに気絶している兵士も多いが、目を覚ました者から順番に治療や現状の説明がなされていく。暫くの間はキャッスル内部も混乱するだろうが、後始末はロストナンバーズ側が受け持ってくれる。
ミオはエムがおくられた場所を静かに眺めていた。
ノアはあの時——エムの魂を持ったミオの身体が消える瞬間に、永遠に今が続けば良いと起きる筈のない事を願った。ミオが存在する今だけを願ってしまった。けれどそれはメビウスと同じであり、願いの果ての姿がエヌだ。
エムはそれを断ち切る為にミオへと成り代わり、ミオはエムに全力で成り代わった。
そんなエムを救えたのかノアは悩んでいたが、それは杞憂だった。
エムの言葉はミオの言葉、ミオの想いはエムの想い。だからありがとうの言葉は間違いなくエムの心からの想いでもあった。ノアであれば哀しみの果てに立ち、それを越えて哀しみを打ち破る力を持てると信じてエムは命を終えた。
ただ一つだけ、獄中でミオに成り代わっていたエムが零したある言葉だけが、ノアではなくエヌに向けたものだった。
「私のノアと二人で歩きたい」
エムはエヌがあんな姿になってしまっても、最後まで彼を想っていた。彼がほんの少しでもエムの本当の想いに気がついて、哀しみを乗り越えられたのならばエムはその道でも良かった。寧ろエムとしては叶うのならばそちらが理想だっただろう。
でも叶わないと知っていたから。もう無理だとエムもまた諦めてしまったから。本当に最後の最期にこの世界への足掻きがミオに全てを託すことであった。
命は消えても記憶と想いはミオの中で生きている。ナミの懐中時計をタイオンが持っているように、ミヤビの笛をミオが持って、今はノアに託されたように。形を変えて想いは生き続けている。
「だから見てほしいの。ノアにも、みんなにも。来てくれる?」
希望の丘、長い歴史の中で触の日にシティーの命が奪われていったあの場所。
ムルス発着場の西ゲートから出ると収容所が見える。そこを出たところで一ヶ月前にエヌの襲撃に遭ったのだった。左手へと進めばパトゥリア湾だが、もう少し奥にまた別の道がある。そこから希望の丘へと進める。
その道中でエムがおくられた直後の一瞬をノアが語ってくれた。エヌが刀を振り下ろす直前で、ミオがエムのメビウスとしての能力を行使してノアの精神に触れた。状態としてはノアを乗っ取っている。そのままノアの首を落としてしまえば、繋がっているエムの首も同じく斬られてしまう。だからあの寸前でエヌの刀を止めさせる事が出来た。エヌは絶対にエムの身体に傷をつけないから。
その一瞬に、ミオはエムの持っていたエヌの記憶をノアへと見せた。過去の自分が歩んだ道、幾度と無く繰り返してもミオと共に歩んだ道を。二人の子を成した道さえもあった。
そしてミオの為と言いながら自分の為に選び取ってしまったメビウスの道。
それを知った上でノアは進む事を決心した。エムが最期に見せたあの笑顔は優しく、あまりにも悲しかった。それに似た笑みをノアは既に知っている。ヨランやクリスも同じように笑っていた。あの笑みの理由が知りたくてノアはおくりびとを続けてきた。分からないままここまで来て、エムの笑顔でやっとその理由を知れた。
満足だった、と。
でもそんな最期しか選べないのはやはり哀しいものだった。だからそうさせているこの世界ごと斬る。
たとえ一人になってしまっても、ミオが隣にいなくても世界をぶち壊したい。エムやヨラン、クリスの想いを受け取って、本当の意味で彼らの為になる世界を切り拓きたい。
ミオはそんなノアの想いを聞いて確信した。エヌと同じ道を往く事はないと信じられた。だからもう一度、隣を一緒に歩こうと手を差し伸べた。
しかしミオはエムの記憶の全てをノアに見せてはいなかった。エムはノアに渡すか最後まで悩んでいた記憶が一つだけあった。それでもやはりミオはノアに伝えておきたいと願った。エヌの全てが詰まった場所だから。
それが希望の丘に残された記憶だった。
「ここはね、かつてシティーがあった場所なの」
現在のシティーよりも前の物である。今よりも遥かに繁栄し、人口も比べ物にならない程に多かった。メビウスにとってもとても大きな脅威であった。
エヌとエムもメビウスとなる前はそのシティーに協力し、ウロボロス・ストーンから力を得たウロボロスとして戦いを続けていた。その戦いの中で例外なく必ずミオは先に命を落とし、ノアを残して往った。繰り返す中でゼットというメビウスがノアにある取り引きを持ちかけた。
ミオとの永遠の時間と引き換えにシティーの人々の命を奪え。
ノア——エヌも最初から人の命を何とも思わぬ者ではなかった。寧ろウロボロスとして戦っていたのだから、今のノア達と同じであっただろう。
だがゼットは選べない選択をエヌに迫った。ミオの命か、シティーの命か。葛藤と苦しみの果てにエヌは選べない選択の答えを出してしまった。
メビウスとしてのエヌとエムの存続と引き換えに、エヌは自身の手でかつてのシティーを滅ぼした。
大切な物を両手に一つずつ持ったまま、どちらかを捨て去るという選択はあまりにも残酷だ。
「そんなの、選べる訳ないじゃないか……!」
ノアの言った通りだ。進みたくても進めない。進まなければ最愛のミオが消えてしまう。選ぶ前の直前を永遠に続けたい想いも痛いくらいに分かってしまう。
だからエヌもエムも後悔した。捨ててしまったシティーの未来を選べたかもしれない。選べる訳のない選択をしてしまえば、どちらを取っても必ず後悔として足枷になり己を苦しめる。そのとてつもなく重たく巨大な後悔が千の時を経て、今のノアとミオとして生まれ落ちた。
シティーに語り継がれるエヌの襲撃によるシティーの壊滅はこれを指す。ヴァンダムの始祖像にも記された通り、一度は散り散りになるもヴァンダム家の始祖が仲間を集めてエヌを退けた。ヴァンダムの始祖は髪を後ろで一つにまとめてオールバックの前髪をした、ノアに似た顔つきをしている人物で——。
「……あぁーーッ!!」
「な、なんだよトワ! いきなり叫ぶなって、びっくりするだろ!」
「あ、ランツ、ごめん……、ちょっと気がついた事があって……。ねえ、ボクも、少し話してもいい?」
全員は首を傾げたり、顔に疑問符を浮かべて固まったままだがミオが続きを促した。
ノアが過去の記憶を垣間見ている間、トワは精神を笛ごと死後の魂が辿り着く場に引き摺り込まれていた。そこで出会った不思議な人達は、過去にアイオニオンでメビウスへの抵抗を諦めずに生き抜いた者だった。
その姿はシティーの記念道にある始祖像と全く同じであることにやっと気がついた。シュルクだけに限らず、あの時に出会っていたのはシティーの始祖達だ。ノアに似たヴァンダム家始祖は、あの空間で最初に助けてくれたマシューだ。
「……え?」
「エムってそんな能力もあったのか……?」
「ないない! 私もそんなの知らないよ!?」
これにエムは関与していないだろう。エムが意識を乗っ取れるのは一人に限られていて、ノアにそれを行っていたのだから前提としてあり得ない。
オリジン内のセントムニア地方に引き摺り込まれた現象は、経験したトワも全てが理解できてはいない。ただ何か全く知らぬ大きな力がトワへと働きかけていたと思われる。沢山の情報の中で答えは出ていたのかもしれないが、あの精神状態でのことだからさすがに覚えていない。閑話休題。
セントムニア地方ではトワがこの先どう歩みたいかをシュルクから聞かれた。その答えが"弱き者も進む道を選べる世界を目指したい。そんな世界が生まれたのを伝えてあげたい"だ。
「ボク、シティーの始祖達や過去に戦った人の想いを預かったんだ。もしかしたらボクが見た変な夢かもしれないけど……。
でもね、ボクは本物だって信じたい。だからこの想いもみんなと分かち合って、過去の人達も笑顔になれる世界を作りたい」
「当たり前でしょ」
ミオが目を細めて笑う。
「俺の新しい目的もきっと同じだよ。……いいかな、みんな」
ミオの手を取ったノアも頷く。
「エヌのした行為は許せないが……」
「同情だってしたかねぇな」
タイオンとランツはエヌを受け入れはしない。
「だけど、もっと許せない奴がいるのもよーく分かった」
ユーニの怒りの声が滲む。
「ゼット……。選べないものを選ばせるなんて、酷すぎるし絶対に許せないよ」
セナが呟いたメビウスの名が、本当に斃すべき存在だ。
「あと記憶のカケラってのも渡されたんだけど……。あの時は混乱してて分かんなかったけど、今ちょっとだけ視えたのがある」
エイが別れ際に何かをした。形のある物ではなかったが、今のトワの頭の中には自分では知り得ない誰かの記憶が存在している。それが記憶のカケラだろう。
「ミオさん、ノア。『ゴンドウ』って名前、知らない?」
トワと二人を除く者が困惑の声を上げた。覚えているも何もよく知っている。モニカの娘であるゴンドウはついさっきに再会できたばかりなのだから。
しかし指しているのは彼女ではない。
「エヌとエムの子どもの名前」
「会ったの……?」
「うん。老人の姿をしてたからきっと長く生きられたんだと思う。それにマシューさんとナエルさんって人から"お爺ちゃん"って呼ばれてたから、子どもとか……そういうのも出来たんじゃないかな」
「そっか……、そうなんだ……。うん、本当に良かった……」
「"父さん"に伝えてほしい、って伝言も預かってるんだけど……。これってノアじゃなくてエヌのこと、だよね?」
「そうだと思う。俺はミオとエムみたいに混ざり合ってないから、言うならきっとエヌだろうな。俺には無理して伝えなくてもいいよ」
「そうは言うけど気になってるんじゃない? 私も気になるし……」
「う……、まあそうだけど……。トワさえ良ければ教えてほしいけど、約束してたりしないか? 本人にだけ伝えてほしいとか」
「多分無い、かな。ボクも気にしてないし」
但し一つ疑問が残る。セントムニア地方で出会ったゴンドウがエヌとエムの子であるのは理解した。だが肝心の言葉の内容は今でもピンとは来ていない。
「"僕はこれで良かったんだよ"って」
ゴンドウはそう言っていた。トワが分からないのは自然なことだが、ノアとミオもまたゴンドウの言伝を理解していないようだった。エムが持ち、ミオとノアに渡したエヌの記憶は幼きゴンドウの姿のみだ。その後どのように成長したかなどエムが知る術は無い。二人がメビウスとなる前に命を終えてしまったのか、ただ会う事なく終わってしまったのか、エヌのシティー襲撃に巻き込まれて命を落としたのか。
エヌだけが持つ記憶には何かあるのかもしれないが、今の段階の記憶では真実は暗闇の中だ。エイが渡してくれた記憶のカケラの中に答えがあるかも不明である。
希望の丘からまたキャッスルへと戻る。天還の処刑場は目覚めたアグヌス兵も増え随分と騒がしくなっていた。騒がしいと言っても暴動などは起きておらず、兵士達は存外落ち着いている。やはりアグヌスの女王がただの機械であった事実から、実際は自分達が執政官に操られていただけだと嫌でも理解してしまったからだろう。
指示出しをしているゴンドウが此方に気がつき駆け寄ってきた。ウロボロス達の顔つきがすっきりしたと頷き、ミオに女王へ至る為の鍵を再び預けた。これからの目的はメビウスの親玉とも言えるゼットを斃す事ではあるが、まずはアグヌスの女王も探さねばならない。すぐに出発と行こうにも、一ヶ月牢屋に押し込められた上にエヌや女王との戦いの傷もまだ癒えてはいない。かと言ってただ黙っていては身体も鈍ってしまう。
「ならこっち手伝ってくれよ。お前らが暴れた後の片付けしなきゃなんねーんだ」
戦闘ではないから大きな負担にはならない。多少の運動にもなるし、片付けをロストナンバーズに任せきりなのも気が引けてしまうから丁度いい提案だった。
ゴンドウの指示の元、それぞれの能力に応じてキャッスルの復旧を行っていく。力があれば瓦礫の撤去、知識があれば散乱したレウニスから有用なパーツの回収、救急道具を持って兵士に簡単な手当て等々。
そうして夢中で作業をこなす内に、高かった太陽はすっかり傾いてしまった。さすがに出立は明日にしようと決まったのだが、問題は寝所だった。キャッスルの内部はアグヌス兵とロストナンバーズでごった返しており入る隙間が無い。収容所も同じらしいし、また牢屋の中と言うのも精神的に少し抵抗がある。
「
「アタシさんせー!」
「外で飯作って、寝るまではなんか話してようぜ〜。なんかずっと檻の中だったから空の下が気持ち良くってよ」
「マナナも久しぶりに皆さんにお料理振る舞いたいデスも!」
「ミオもエムの鎧着替えた方がいいんじゃないか? そのままだと他の人に驚かれるよ。トワも動きにくいだろ、夕飯前にいつもの服に着替えておいで」
「
「はーい!」
「任せとけ〜」
衛兵の詰所を借りてマナナが夕飯の用意をしていく。トワはエムの部屋に残されていた自身の服に着替え、急ぎ足で詰所へと戻ってくる。赤い上着を腕に抱えたまま詰所に顔を出すと同時にユーニ達が驚嘆の声を上げた。
「えーっ!? 髪切ってほしいって?」
「こんなに綺麗なのに勿体無いよ!」
「髪はオンナの命デスも。簡単にチョッキンしていいモノじゃないデスも!」
「なになに、どうしたの?」
「トワちゃん! 聞いてよ、ミオちゃんがね、髪切るって言うの!」
「そうじゃなくて迷ってるの、切るべきか切らざるべきか……」
因みにユーニは好きにすれば良い派、セナとマナナは切らないでほしい派である。
神妙な顔つきでミオが話す。エムが託してくれた身体だから決定権は本来ならエムにある。それをミオの独断でどうこうして良いのか悩んでいるのだ。それならばミオは切らない判断をしそうなものだが、悩むだけの理由がある。
「すっごく洗うのめんどくさい!」
「え?」
一同、気の抜けた声を出した。
「エムはこんなに長い髪何で平気だったの!? 洗うのめんどくさいし朝はバッサバサになるしトイレだって大変だったんだよ!? 一ヶ月それやっただけでも何回暴れたくなったと思う!? 同じ私でもそこだけは分かんない!!」
「メビウスもトイレ行くんだ……」
「セナ、突っ込むのそこかよ」
「メビウスってトイレ行かなそうなイメージあるでしょ」
「それは否定しねぇけど……」
ミオは見た目に反して——と言うと失礼かもしれないが——案外大雑把だ。寝る時も仰向けで大の字の寝相であったり、本気で怒った時には
「尚更好きにすりゃいーじゃん……。いっその事ノアに決めてもらえよ」
「ノアは関係ない! これは私の問題なの!」
「私、ノアに好きな方聞いてこようか?」
「駄目ー! それだけは絶対に駄目!!」
頬を赤く染めたミオが勢いよく首を横に振る。長い銀白の髪も動きに合わせて揺れている。
「あー、分かった分かった。アタシ達で決めてやるけど、後で文句無しな?」
「うん! 言わない!」
「それじゃアタシ達ここで話し合いしてるからさ、ミオも着替えてこいよ。戻るまでになんとか決めとく」
「ありがとう! 宜しくね」
エムの部屋へ向かうミオに手を振り、改めてお互いに向き直る。セナとマナナはやはり切らない方が良いと主張し、ユーニは面倒なら切った方がストレスも少ないし楽だと主張する。トワもどちらかというとユーニと同じ意見なのだが、やはりエムの想いも大切にしたい。命をもって託したのだから元のミオと全く同じにしては、何となく寂しさが残ってしまう。
「あ、こんなのはどう?」
元のミオと同じにするから寂しいのなら、いっそのこと少しアレンジしてしまえば良い。最終的な髪の長さは元のミオと同じままに、後ろ髪の量を多めに残してハーフアップにまとめるのだ。
「エムさんの部屋探したら髪留めになるものもあるんじゃないかな。エムさんの身体とミオさんの魂で新しいミオさんっての、どうかな?」
場に沈黙が訪れる。微妙な案だっただろうか。自分と同じ髪型じゃないかと突っ込まれるだろうか。
「……採用!」
びしり、と音が聞こえそうな動作でユーニが指差してきた。一度
「トワちゃんも髪どうする? 随分短くなっちゃったよね」
「そういえばそうだった……」
右手で髪を撫でる。ノアが放ったタキオンスラッシュに巻き込まれ、トワの髪は肩に少しかかる程度まで短くなってしまった。このままでも前と比べれば圧倒的に短いのだが、何となく落ち着かない。中途半端な長さなのかトワの好みではないのか、どうもこの姿では居心地が悪い。
「ボクも切ろうかな。もう少し短くして動きやすくしたいな」
「なんか二人とも短いとそれはそれでちょっと寂しいね。長い髪も素敵なのに……無い物ねだりかな?」
「髪解いたらノアも長いから触らせてもらえよ」
「それは……なんか違う……」
「セナが今まで見た事ねぇ顔してる……」
「とりあえずエムさんの部屋行く? ハサミあるかも」
「だな〜。マナナ、料理頼むぜ」
「お任せデスも!」