神笛と永遠と   作:坂野

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「おいおい、そこで終わらせんじゃねぇよ」

 化け物が言葉を発した。少しくぐもってはいるが間違いなく人の言葉だ。

「とっとと続けろよ『殺し合い』。それがお前たちの存在意義だろぉ?」

 人の言葉を発して、面白い見せ物が中断されたから不満だと言いたげな声色で殺し合いを続けろと。俺の退屈を紛らわす為に()れ。

 何を、言って——。

 

「ああ、こいつらが気になって戦えねえってか。しゃーねぇな、んじゃ」

「待っ……!」

 それ以上声は出なかった。

 化け物が両腕を掲げる。力なく持ち上がるムンバとハクトと呼ばれたアグヌス兵の身体。

 ぐ、と力が入る。

 骨が軋む。ぎしりぎしりと音を立て、内へ。耐えきれなくなって、ひしゃげて。骨が砕けて、中身の柔らかいところも押しつぶされて。身体は命の器だ。そんなに器を押し込んだら溢れてしまう。中身が零れて、器も無くなってしまって、全部零れたら、もう命は。

 命は簡単に地に落ちてしまう。

 

 彼らの名を叫ぶノアたちの声もどこか遠くて。化け物が愉快そうに何かを語っているのに理解が出来ない。

 ノアたちが化け物に向かっていく、ムンバとハクトの仇だと。でもその剣は届かない。簡単に払われてしまう。

 逃げようと叫ぶ声も出せない。このままじゃみんなここで。

「させるかよォッ!」

 胸を貫かれたはずの男が、輸送機が変形したと思しき物に乗り込み化け物に一撃を喰らわせた。間違いなく頭部に当たったのだが化け物は全く意に介さない。機械の装甲を引き剥がし男を持ち上げる。ムンバたちと同じように握り潰してやろうと。

「やめろぉぉっ!!」

 叫びながら走り出したのはノアだった。化け物は腕を斬りつけられ手を開いた。男がそのまま地面に落ちる。

 ランツやアグヌス兵たちも続きそのまま六人と化け物の戦闘が開始された。

 

「トワ! 隠れるも! 危ないも!」

 足元でリクが叫んでいる。ボクはただ突っ立っているしか出来ない。無能で戦えもしない、命も守れない。

 ……いや、まだ、零れ落ちてない命がある。

 さっきの男はまだ生きている。血は流れていてもまだ命の粒子は溢れていない。あの人は自分たちに本当の敵を——それだけじゃない。自分たちにとってこの世界の重要な何かを伝えようとしていた。

 男は謎のエーテル源——化け物は石っころと呼んでいた——へと向かっていた。何かまだ残している。

「トワ! どこ行くも!」

「あの人! ボクだって簡単な手当くらいならできる!」

 走った。間違いなくトワ自身の意志だった。おくりびとだからとか成人の儀を執り行うからとかじゃない。今ここで自分がしなきゃいけないことだと心の奥底が叫んでいる。

 

 石に寄りかかるようにしている男の肩を揺らす。

「ねえ! これ、傷に! 少しだけど傷が塞がるかもしれない!」 

 腰に装備している小型のシリンダーを取り出し、男の傷口へとかける。そこには回復エーテルが詰められており、いざという時のトワの回復手段の一つだった。

「お前、何を……」

「いいから! 貴方を死なせちゃいけないって、そんな気がしてるから! 貴方が本当に悪い人なら後でなんとでもなる! でも命は零れたらもう戻って来ないんだ、零しちゃ駄目だ! ……駄目だ、これ飲んで!」

 もう一本取り出して男の口へと当てる。デッドラインまでの時間を少しでも引き延ばせれば、化け物をなんとかしたらユーニが回復アーツをかけてくれるかもしれないから。

「リク、傷口押さえられる物ない!? 布とかでもいいから!」

「そんな都合よく持ってる訳ないも!」

「あぁもう! そうだよね! ねえ、名前分かんないけど脱いで! その上着で縛って傷口押さえるから!」

 男から上着を奪い取るようにして傷に当てる。とにかく圧迫しなければ。

「……ぐ、お前、回復役(ヒーラー)じゃねえのか」

「……武器(ブレイド)、出しちゃいけない決まりなんだ」

「お前、ッ、それ、味方が死にかけの時どうするんだ、それでもそんなくだらない規律を守るってか!」

 トワの唇が震える。言えない、言える訳ない。ボクだって、仲間を死なせたくない。何より今目の前にいる貴方を死なせたくない。

「嬢ちゃん、お前まさか……」

「ボクの武器(ブレイド)はどうだっていいよ。……ねえ、他にやることないの、ボクが出来るなら手を貸せる」

 何か察した男だが、視線をゆっくりと石へと向けた。

「こいつを動かさなきゃならねえ。けど」

 男が石の上を叩き出す。

「動く条件がどうもはっきりしねえ、でもこいつを、今動かさねえと、あいつらが……!」

 軽く見てもスイッチの類の物はない。そもそも男が分からないならトワにだって分かるわけもない。

 

「あれ……なんで」

 ふと腰に違和感を感じた。何かが震えているような感覚がする。震えている、というか何かに反応している。手を伸ばし、それを取り出す。

「……笛?」

 トワのおくりの笛。今までこんな反応など無かった。何故ここで、どうして今。水色のラインが脈打つように光っている。生き物かのように。

「嬢ちゃん、何やってんだ!」

「わ、ごめんなさい、なんかこれがっ……」

 

 かつん。

 笛の端が石に当たる。

 途端に青緑に光っていた石の外殻が開いた。あまりに突然でトワも男も思わず尻餅をつく。

 まるで花が開くように開いた外殻。その中心には螺旋状に編まれたような何かが鎮座している。

「は、はは……、面白いな、おくりびとの小僧の武器(ブレイド)もそうだったが、まさか嬢ちゃんもとはな。なら、やるしかねえよな」

 男がトワの右手を取り、石の中心へと押し当てる。

「な、なに」

「いいか、思いっきり押し込め。これがあいつらの力になる。あいつらを死なせたくないなら、やれ」

「ほんと、に」

「ここで嘘つく奴がいるか! 嬢ちゃん、お前の今の想いはなんだ!? 逃げたいか!? 何もかも諦めて死にたいか!?」

 違う。そんなこと考えてない。今はただ、この人を助けて、みんなが死なないでいてくれて、もう、誰の命も零したくなくて。

 実際に戦場に立って知った。周りの兵士が次々に命を落としていく。死が着実に自分に迫ってきて足首を掴み転ばせ、地面の中へと引き摺り込もうとする。恐怖で気が狂いそうだった。ノアたちだけじゃない。敵であるアグヌス兵だって戦場にいるなら同じの筈だ。

 大体、ボクらは何故この二つの国が争っているのかすら知らない。

 死に怯えるという恐怖なんてない方がいいに決まっている。ケヴェスもアグヌスも戦わなくてよくなれば誰の命だって失わない。死の恐怖に怯え、明日を束縛される必要もない。

「この『ウロボロス・ストーン』はお前の想いに反応したんだ! こいつはよく出来ててな、邪な感情や弱っちい奴の気持ちには反応したりしねえんだ。いいか、今お前が感じてるその想い。それを込めて、思いっきり押せ!!」

 何も出来ないボクが出来ること。今ボクが動くことで、みんなを助けられるなら。それだけで力になれるなら。

 

 手に力を入れる。共に握った笛の脈打ちも強くなっている気がする。リクを見た。力強く頷いてくれた。

「もう、誰も死んでほしくない。ケヴェスも、アグヌスも関係ない。敵でも、味方でも零れていい命なんてない。

 命が零れるところなんてもう見たくない!!」

 全体重をかけてそれを押し込む。

 ウロボロス・ストーンと同じ色の光が溢れ出す。まるで自分の魂だけ押し出されるような感覚がトワを、男を襲った。光が広がっていきノアたちも同じように光に包まれていく。

 瞳の火時計が勝手に起動する。命の残量を表すメーターだったもの、それが割れるようにして消えてしまった。

 

「なに……いや、それよりも……ノア! みんな!!」

 化け物と戦っているはずのノアたちを見る。そこにはまだ化け物がいて、ランツとユーニと、アグヌス兵が二人と……。

「……え」

 吹き飛ばされた化け物、それを吹き飛ばしただろう紺色の身体の巨人がいた。

「上手く、いったな」

 男がほくそ笑む。トワは理解できないし、ノアたちも何も理解できていないようだ。

 

「や〜っぱりインタリンクしやがった」

 化け物が立ち上がり、饒舌に語り出す。

 紺色の巨人の名はウロボロス、そしてあの化け物の名はメビウス。ウロボロスはケヴェスとアグヌスの二人が一つとなって生まれた姿で、一つなったことで漸くメビウスと同じような存在となる。

「んまァ要するに、俺たちゃ敵同士ってことさ」

 ウロボロスとメビウスは敵同士。ケヴェスとアグヌスの両方にとっての敵。では男が伝えようとしていた敵というのは。

 

「んじゃ、仕切り直していくか」

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