エムの部屋に三人で突撃した時はまだミオの着替えの最中だった。しかもユーニがノックも何もせず勢いのまま扉を開けてしまった上に、部屋ではミオがスカートを履こうとしている瞬間だった。二人が視線をぶつけたまま固まる。ミオの悲鳴が響き渡るかと構えたが、冷静にスカートを履いた後にユーニを正座させて説教していた。普段は細かい気配りができるユーニにしてはなかなか珍しい光景である。
「……で、何かあった?」
「あー……私達、ミオちゃんの髪を整える為のハサミとか探しに来て……」
「切るんだね?」
「うん。トワちゃんが考えてくれてね」
ミオにも髪型の案を伝えると両手を合わせて喜んでくれた。髪留めに利用できる物はないか聞けば、小さな棚の引き出しを開いて幾つかの装飾品を提示された。その中から白い花を模した髪留めを選ぶ。ミオの雰囲気にも合うし変に目立つこともない。
それから暫くの時間は四人で協力しつつ髪を切り、鏡と睨み合いながら少しずつ調整していった。ミオとトワ二人の調髪が終わったと同時にマナナが呼びに来た。久方ぶりの皆での食事だ。
お待たせ、とノア達に顔を見せれば男性陣がその場でぴたりと静止した。それはもう打ち合わせでもしたのかと問いたいくらいに同じタイミングで。数刻置いて、戸惑いながらもノアがミオの髪の長さに言及する。いまいち意味のない言葉を並べていたが、最後には「ミオらしくて好きだ」と彼らしい感想を渡していた。
「トワは思い切ったも……」
「いっその事短くしようかなって」
「すまない、俺が一緒に斬ってしまったから……」
「謝らないで、気にしてないよ。こっちの方が動きやすそうだし、ミオさんの気持ち分かったかも」
「でしょ? 短いとやっぱり楽だよ。でもノアは切っちゃ駄目。私
「嬉しい……というか、なんというか……」
「ほら、飯食おうぜ。俺もう腹ぺっこぺこだよ」
軽く机を叩くランツに急かされ、立っていた他の皆が席につく。集まるのも、マナナの手料理も本当に久し振りだ。
小さな当たり前が一番嬉しかった。
就寝はミオが提案してくれた通りエムの部屋で取る。物を可能な限り端まで寄せたが、人間七人とノポン二人ではやはり狭いのは否めない。それでも精神的には牢獄とはまるで逆だった。何かに怯えずに大好きな仲間達と共にいるだけで幸せだ。
一人だけ柔らかいベッドで寝る権利があったのだが、当人を除いた全員がノアを押し込んだ。誰よりも精神的にすり減っていたし、両手も感情のままに格子を殴り続けた傷が痛々しく残っている。ノアは誰かに譲ろうとしたがそんなのは全員がお見通しだ。頑なに誰一人として譲らなかった為、最終的にノアが渋々折れた。
少しだけ会話を楽しむも、溜まっていた疲労には抗えずに皆静かに眠りへと落ちていった。この一ヶ月の中で最も安心できた眠りであった。
翌朝。出発の準備を粗方済ませ、ゴンドウ達も交えて次の目的地への計画を練る。
アグヌスの真の女王が眠っているのは"天空の砦"と呼ばれる場所だ。ゴンドウから渡された物がそこへと至る為の文字通り鍵である。そもそも鍵は真の女王がエムへと託し、エムからゴンドウへ、そしてゴンドウからウロボロス達の手へと渡り歩いてきた。エムは真の女王が身を隠し長い眠りにつく前に鍵を託されていた。
肝心の天空の砦の位置だがアエティア地方の北側にある。コロニー9やコロニーガンマの近くであり、旅立ちの場のすぐ後ろでアグヌスの女王は待っていた。砦の周囲は黒い霧が充満している地域であることに加え、砦自体も光学的に遮断されている。おかげで誰からも見つかることなく、この時まで女王は身を潜めてこられた。
この情報はミオがエムより受け継いだ記憶である。気が遠くなる程の長い時の間、エムは誰にも語らず、ただ独りで真の女王へ繋がる道を守り続けた。
ウロボロス達はミオの言葉に驚くばかりだったが、ゴンドウは表情を変えずに静かに頷くだけだ。聞けばゴンドウはエムの存在とエムが果たそうとする真の目的をずっと前から知っていた。
以前にロストナンバーズの任務でフォーニス地方にいた際にエムと出会い、いずれ現れるノアやミオ達が最後の希望だと教えられた。情報の漏洩を防ぐ為にエムの素性を知っていたのはゴンドウやアギョウ、ウンギョウと僅かな者ではあったが、シティーの者にも力を貸してほしいと彼女は頭を下げて頼み込んできた。
そのエムの想いに応える為にゴンドウは敢えて収容所に居座り続けた。ウロボロス達がシティーと接触すれば収容所から出てこないゴンドウを助けに来るから、それまでひたすらに待ち続けた。ゴンドウの身が無事であったのも、処刑の対象に選出されなかったのもエムが手を回してくれていたのだろう。
何故ゴンドウだったのか、の疑問は無粋だろう。
「アタシの名前、ヴァンダムの英雄の名前から取られてんだよ。大事な名前だってのは分かってるけど、どう考えても男の名前なんだよなぁ……あんのクソ女……」
エヌとエムの間に生まれた子の名前も同じであった。エムが子の名前を忘れるはずなどない。きっと息子と同じ名を持ち、真っ直ぐに世界の解放を目指す彼女だからこそエムは彼女に接触した。
事実、シティーの壊滅を避け、ウロボロスも全員が生還しておりエムの役割は全うされている。ゴンドウはその名に恥じず命を命として扱い、厳しい言葉を人に放っても大切なものは違えなかった。
この一件において計画に折り込み済みだったエムを除けば、命を落としたのはシャナイアたった一人だ。
「正直、シャナイアの件はアタシにもちったぁ責はあんだよ。昔から知ってても結局何にもしてやれなかったしさ」
ただゴンドウの厳しい言葉——口の悪さはすれ違いも生んでしまった。ゴンドウがもう少しだけシャナイアに向ける言葉が丁寧であれば何かが変わっていたかもしれない。シャナイアが選ぶ道は別のものだったかもしれない。ゴンドウにも今回の騒動は後悔が残ってしまった。
裏切ったのはシャナイア一人でもないし、騒動の原因の全てが彼女にある訳でもない。シャナイアに同調したロストナンバーズ兵も幾人かいる。そういった者はゴンドウ達が姿を現したタイミングで一旦身柄を拘束され、シティーへと送り返されている。彼らはシティーの法に従い裁かれるから、ウロボロス達が心配する問題ではない。
「ドイル家の奴らが大騒ぎしてんだ。ロストナンバーズなんて無ければシティーが狙われることもなかった〜とか言いたい放題だよ」
シティーはシティーでこれからの問題も山積みらしい。
「……待てよ。ゴンドウがエムと協力してたってんなら、千の命が〜ってのは?」
ユーニがある疑問を抱いた。収容所でゴンドウと話した際に、作戦に失敗すれば収容所にある命の全てが消えてしまうと言っていたあの話だ。
「かっけーだろ、ああいうの」
つまりはったりである。
「何だよ……。とんだガッカリだぜ」
「無意味では無かったろ? てめぇらの覚悟を決めるには役立ったんだからよ。現に黒と白と金のおくりびと三人はアタシの言った意味、ちゃーんと理解してたんだしな」
準備が整い次第天空の砦へ真っ直ぐ向かうつもりだったが、ミオがどうしても行きたい場所があると切り出した。エムから想いを託されたばかりの彼女が"どうしても"と言うのだから、単なる寄り道ではないのは分かる。
目的地は"コロニーオメガ"。かつてミオとセナがガンマへ来る前に所属しミヤビと共に過ごしていた、メビウスのワイが支配する特殊なコロニーである。
エムの記憶にはコロニーオメガに関する物も存在し、今でもオメガが残り続けている上にミヤビがそこにいる。
「砦を最優先にしてくれてもいい。私の問題だから、ノアに任せる」
「そんな事言うなよ。俺はミオの想いを大切にしたい。……ミオがどうしてもって言うくらいなんだから、俺達にだってそれはやるべき事だよ」
ノアの言う通りだ。ノア以外も無言で頷いて肯定を示した。
「ちょっと不謹慎だけど……ボク、ミヤビさんに会えるの少し嬉しいかも」
「ミヤビもきっと喜んでくれると思う。ただ再生されてるから全部忘れてるだろうけど……」
「それでも、だよ。それに記憶が無くてもメビウスに良いように利用されてるなら急いで解放しなきゃ」
「うん。それじゃ、行きましょう」
アグヌスキャッスルを出発し、輪廻の古道を進んでアエティア地方方面へと向かう。何人かの集まりを作りつつ他愛もない会話に花を咲かせている。
その中でトワはノアとリクのすぐ近くで二人の話を聞きながら歩いていた。ノアは顕現させたヒドゥンソード——というよりその中心部であるラッキーセブンを気にしている。成人の儀の騒動の中でノアはどうやら真の意味でラッキーセブンを抜けたらしいが、彼は剣も鞘も姿は何も変わっていないことを不思議がっていた。
それに対して、真っ直ぐ前を見たままリクが淡々と答える。ラッキーセブンはきっかけにすぎない。人もウロボロスも形は何も変わらない。最初からラッキーセブンにメビウスの力は効いていないのだから、剣の持つ強さはそのままだ。
「本当に大事なのは……」
「抜く者の想い、だろ?」
「分かってるなら聞くなも」
変わったのはノア自身だ。ノアにとって大事な存在を改めて理解し、失ったとしても進み続ける道を選び取る覚悟を掴んだ。そして彼は何も失わせないとも決意した。
「リクって、何者?」
「見たまんま。フツーのノポンも」
「フツーのノポンが
「だーかーらー、シショーから預かっただけも」
「ボクもノアに同意。なんか嘘くさいんだよね」
「トワまで何言うも。嘘ついたとこでリクにはなーんの得にもならないも」
じっとりした視線を向けてくるリクに小さく笑いを零す。トワの笑い声を聞いて、リクは視線を更に湿り気の増したものにしたが気にせずにトワは笛を取り出す。
「ならさ、リクはこの笛どこで手に入れたの?」
ノアのラッキーセブンと同じように、トワの笛もまたリクから渡された物だ。しかしラッキーセブンとは異なりリクの手に渡った経緯は全く知らない。
「拾ったも」
ノアと二人で思わず蹴
「十年くらい前に拾ったも。ころころ〜ってリクの目の前に転がってきて、綺麗だし初めて見る塗装の笛だったからとりあえず取っておいたも」
シショーから預かった以上に嘘くさいエピソードが飛び出してきた。
「嘘だぁ……。だってここに人の魂入ってたんだよ」
「人の……!?」
「ノアも信じられないよね。ボクだって言われても信じないよ。でも会っちゃったからさ。いたんだ、ボクが会いたかった人」
「……俺も今物凄くリクが信用できなくなった」
「二人して何言うも! 笛に人の魂が宿ってるなんて知ってたら恐ろしくてすぐに捨ててるも!!」
「……そういうことにしとくよ」
「うん。ボクもそうしとく」
「もも〜!? 何かモヤモヤするも」
もうこれ以上追求してもあまり意味はないだろう。リクの話が仮に全て真実だったとしても、それはそれで衝撃が大きい。
「ま、いっか。ねえノア、一つわがまま言ってもいい?」
「内容によるけど……どんな事?」
「ラッキーセブン、触ってみてもいい?」
セントムニア地方からアイオニオンへ戻ってくる間際、シュルクは「ラッキーセブンによろしく」と言っていた。発言の意図するところは不明なままだが、彼もこの剣を知っていた。きっとその事自体に意味があるのだろう。
「いいよ。お安いご用だ」
すっと、滑らせるようにしてノアがラッキーセブンを引き抜く。縦に構えたまま少しだけ腕をトワの方へと近寄せてくる。
トワも手を伸ばし、剣の柄に指先で軽く触れる。見た目の通り金属の特徴のままにひんやりとしていて気持ち良い。
「今まで沢山助けられてたのに何にも伝えてなかったね。……ありがとう、これからも宜しく」
笛も剣へと寄せ、菅尻を柄と触れ合わせる。
もうここにシュルクの魂はない。その代わりにシュルクと多くの人達の未来を望む想いがある。
メビウスの力を受け付けないどころかその力をも超えていく不思議な武器同士、未来への道を切り拓くと願って。自分達の想いが果たされる時まで一緒に。
「……もしかして、これにも人の魂入ってたりしないよな?」
「ありそう。ノア、大事にするんだよ。『雑に扱っただろ!』とか言われたら終わりだよ」
「それは勿論なんだけど……。なあ、リク」
「知らないも!! リクはな〜んにも知らないも!!」