神笛と永遠と   作:坂野

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 道が柔らかい雪の結晶に覆われて、踏みしめる土が徐々に白に染められていく。白が増えるにつれて肌に触れる空気の温度は下降する。地図と現在地を照らし合わせれば、既にアエティア地方のカプトコルヌ山嶺を示している。アルフェト渓谷から始まった旅もすっかりアイオニオン一周のものとなってしまった。

 

「クッソ寒い」

 一面の雪景色にユーニがぼやいた。何もユーニだけが寒がっている訳ではない。ケヴェス組は腕を組んだり身体を縮こめたりと、各々のやり方で何とか寒さを誤魔化そうとしている。

 ミオは平気そうにしている。暑さに弱い代わりに寒さには強いのかもしれない。セナも動いていれば暖まると気にしていない。

 ——一番肌の露出が多いのに!?

 ケヴェス四名が驚愕に満ちた瞳でセナを凝視したが、セナはにこにこと笑ったままで全く気が付いていない。

 タイオンも寒いと呟いてはいるがそこまで深刻なトーンではない。橙色のマフラーを整えたくらいだ。

 ケヴェスとアグヌスの身体の作りの差なのだろうか。単純な力の強さも基本的にはアグヌスが上である。ケヴェスのパワーアシストは、生身そのままではアグヌスの人間に勝てないから開発されたと言われているのだ。アグヌスの身体は元からケヴェスの人間よりもあらゆる面で頑丈なのかもしれない。

 あとは大きな毛玉とも言えるノポン二人は見ているだけで暖かそうだった。少し羨ましい。

 

 カプトコルヌの峠道を下る。ただでさえ慣れない雪と氷の道で滑りやすいのに、下り坂の条件が重なれば言わずもがなだ。アグヌス組も寒さには強くても、実際に雪の上を歩くのは初めてなのだ。雪道に慣れるまでは全員が情けない悲鳴を上げてひっくり返りながらも進んでいく。

「雪道を歩くには足を地面と垂直になるように下ろし、杭を打つイメージで進むと良いっ……」

「タイオーン!!」

「あーもうやってらんねぇ!! 誰か火炎放射器持ってこい!! アタシが雪全部溶かしてやる!!」

「それは雪崩が起きるからやめよう!」

「いや、雪崩が来ても俺がラッキーセブン(これ)で斬る! 俺がみんなを守り切ってみせる!」

「駄目だ、ノアも寒さでおかしくなりやがった」

「キャッスルから雪山装備奪ってくれば良かったね……」

「言い方言い方」

 命の気配が希薄な氷の世界で誰よりも生命力に満ち溢れている集団である。

 

 かつてのノア達はコロニー9からカプトコルヌ山嶺をよく見上げていた。アイオニオンで雪が降るのはこの辺りしかないから、どんな場所なのかと興味を膨らませていた。しかし実際に訪れてみると想像以上に過酷な環境である。単に気温が低いだけでも体力があっという間に削られる気がする。環境に対応した装備や入念な準備をせずに来ては簡単に死んでしまうだろう。正直今の服装ではかなり厳しい。天気が晴れか穏やかな雪であるのが唯一の救いだ。吹雪いてしまえば寒さに強い人間でも流石に死ぬ。

 コロニーオメガはカプトコルヌ山嶺にあるが、それは今現在に限った話だ。過去にミオとセナ、ミヤビが所属していた時は別の地方に鉄巨神が存在していた。少なくともこんなに寒い地域ではなかった。

 

 雪道を進むと明らかに自然物ではない鉄の塊が目につく。身の半分は埋まっているが、それでも人間一人分の身長は優に超える。その一つを物悲しげな表情をしたミオが触れている。エムの残した記憶からして現在のコロニーオメガによる物だと判断出来る。

 コロニーオメガに関しては、所属していたミオとセナを除いて誰も情報は持ち合わせていない。歩む足は止めずにミオが経験とエムの記憶を合わせて、過去のコロニーオメガについて語り出す。

 その内容はモルクナ大森林でミオがトワに語ってくれた内容と大差はない。得体の知れない実験とその事故でミヤビは命を落とした。

 過去の出来事をいくら後悔してもやり直せはしない。起きてしまった過去は変えられない。しかし今の自分であれば、あの事故からミヤビもコロニーの中に残されてしまった他の兵士達も救えたかもしれない。分かっていてもそう考えてしまう時がある。

 それはミオとセナだけが感じる思いではない。ランツがヨランに救われた時も、タイオンがナミに想いを託された時も同じだ。

 やり直せる機会はまず起こり得ない。けれど今はそれが手の中にある。今度こそミヤビを助けてみせる。それが今のミオの決意だ。

 

「今更だがミオ、オメガというコロニーの名を僕は今まで聞いたことがない。どういったコロニーなんだ?」

ケヴェス(おれたち)も聞いたことねぇな」

「確かアグヌスのコロニーって23基で、アルファからプシーまでだったよね?」

 アグヌス所属であったタイオンですらオメガの存在を把握していない。またユーニが補足したようにアグヌス側のコロニーは23基とされている為、オメガは存在する筈のないアグヌス24基目のコロニーとなる。

「コロニーオメガはどこにも属さないコロニーなの。戦闘は行わない」

 ミオ達がいた時はアグヌス兵ばかりだったが、エムの記憶にはケヴェス兵を集めていた時期もあったらしい。名前や外見はアグヌスの物を使用しているが、メビウス・ワイによる独断で管理と運営がされている。メビウスでもその実態と詳細を知る者はほとんどいない。ただ兵士達を使って何らかの実験をしていた事だけは確かだが、エムは詳細を知る側のメビウスではなかった。

 ミオ達がコロニーオメガを離れて暫くした後に、ワイは再びコロニーを興した。きっと実験の続きをする為に。

 ミオが覚えているのは紫色の命の火時計だけだ。

「あ……」

 セナが顔を上げる。

「ミオちゃん、紫の火時計……似てない? エセルやカムナビの乗ってた鉄巨神のと。……違うかな?」

 エンダド峠での出来事だ。二人の為に製造された鉄巨神の胸部には確かに火時計があった。その時はただ何となく怪しい色をしていると認識した程度だったが、過去のコロニーオメガでの記憶と合わせると途端に意味のある物に見えてくる。

「ううん、そんな事ない! 全然気が付かなかった、流石だよセナ! ありがとう」

「本当!? えへへ、嬉しい」

 エセルとカムナビはメビウスの手で命を奪われた。コロニーオメガでの事故も見方を変えれば命を奪われたと言える。もしもあの紫の火時計がワイの手にかかっている証拠なのだとしたら、兵士の命に関わる実験をずっと繰り返していたのではないか。そんなコロニーオメガが再興したのならば、また兵士達の命が利用されて奪われていくとしか考えられない。

 

「ミオさん、メビウスのワイってどんな見た目をしてた?」

 ミオ達の話を黙って聞き、右手で顎を支えながら考え事をしていたトワが口を開いた。

「え? うーん……素顔は見てないけど体付きはかなり大きかったよ。コロニー4で戦ったメビウス——ケイって言うんだけど、ケイよりも大きいと思うな。……何か過去にあった?」

「別のメビウスかもしれないけど……」

 トワがキャッスルにいた頃の話だ。おくりびととして歩み出して少し経った頃に、あまり見かけない執政官からある話を持ちかけられた事がある。

 共に来ないか、と。

 おくりびと以外でも役立てる道を提供できると誘われた。その言葉は当時のトワにとってとても魅力的ではあったが、教官であったクリスが執政官からの話を断った。

 彼女はおくりびとでなければならない。何よりまだ幼くおくりびととしても始まったばかりで、他の選択肢に切り替えるには判断が早すぎる。そんな理由を連ねてクリスは執政官を退けていた。

 あの時は単純にどうしてと疑問と悲しみを抱いた。武器(ブレイド)が出せない自分が皆の役に立てるのならばその道を選んでも良いのではないか。

 今ならばクリスの行動の理由が理解できる。クリスがメビウスの存在を知っていたとは考えられないが、執政官の提案をどことなく疑わしく感じたのだろう。メビウスの魔の手が伸びる水際でトワを守ってくれていたのは想像に難くない。

 この話を聞いたミオは「ワイの可能性は充分にある」と答えた。時期的にまだミオ達はオメガへと移る前であったから、ケヴェスの兵士を集めて実験をしようとしていたとしても辻褄は合う。又はオメガとは違うコロニーや実験施設を持っていたとしても不思議ではない。

 トワは武器(ブレイド)を出せない特異体質だ。命の実験でなかったとしても、ワイがトワという個人に興味を持つ理由として不足はない。

 

 随分と歩いた筈だ。そろそろコロニーオメガが見えてくるか、と思った瞬間複数の兵士が飛びかかってきた。各々が武器(ブレイド)を抜き命を奪わずに即座に戦闘不能へと追い込んだが、倒れた兵士達の顔触れには黒と白が混ざり合っている。

 つまりケヴェスとアグヌスの混成部隊だ。あり得ないとユーニが困惑するが目の前で起こっているのが事実で、それ以上でもそれ以下でもない。

「……急ぎましょう。コロニーの本陣はもうすぐ見えてくるはず!」

 走り出すミオに続く。二、三度、混成部隊に襲撃されたが実力としては高くない。流れるように襲撃を(さば)きながら駆ける内にコロニーオメガの鉄巨神が見えてくる。その前にはやはり兵士が待ち構えていた。同じようにすぐに気絶させようと放ったユーニの射撃が、一人のケヴェス兵とアグヌス兵の頭部に命中する。装備していた防具が足元へと落ち、衝撃が雪に吸収されて軽い音を立てた。

 現れた顔はノアやミオ達にとってよく知るものだった。アルフェト渓谷のグラ・フラバ低地でメビウスに握りつぶされて死んだ兵士——ムンバとハクトだ。

「再生されてたのか……」

「いや、それなら年少兵だろ!? ついこないだのムンバじゃん!」

 ユーニの叫んだ通りに、アルフェト渓谷の一件から数ヶ月しか経っていないのだ。それなのに目の前にいるムンバ達は記憶の中にある姿と全く変わらない。ランツがムンバの名を呼ぶも、ムンバは一切の迷いもなく此方へと攻撃を仕掛けてきた。咄嗟にランツは防壁を展開して再びムンバに呼びかけるが、その声は戸惑いしか含んでいなかった。

 その横から赤橙に燃える炎が飛んでくる。

 タイオンがモンドの壁で防ぐも、モンドはあっという間に燃え尽きて散ってしまう。並大抵の火力ではない。

 そんな実力を持つ者はアイオニオンに何人もいない。嫌な感覚が背筋を伝い、それは当たることとなる。

 アグヌスきっての武人、放った攻撃と同じく頭部の先が燃えるような色をしている兵士——カムナビまでもが現れた。

 

 そして響き渡る笛の音。

 

 知っている。ミオがずっと隣で聞いてきた大切な調べ。トワへと託された彼女の生きた証。

 カムナビ達の後ろで虚ろな目のまま、あの時と変わらない音符の並びを紡ぐミヤビがそこにいた。

「ミヤビちゃん! 私だよ、セナ! 助けに来たの、もう戦わなくていいんだよ!」

 セナの必死な声にもミヤビは反応を示さない。機械的に音を奏で続けている。そんなミヤビの代わりに答えたのは、虚空から姿を見せたメビウス——ワイだ。

「無駄ですよ。再生体に記憶も感情もない。あるのは"生きる"という闘争本能のみ」

 本来であれば兵士はゆりかごの中で知識や感情といった基礎教育を受けてからアイオニオンに生まれ落ちる。それは自分達が何より知っている。生まれてから何も言われずとも自分の名を知っていたし、言葉や武器(ブレイド)の出し方も理解していた。そこからは訓練を積み、配属されたコロニーへの勝利で明日への命を繋ぎ、成人までの十年を戦い抜く世界だと誰かに教わりもしていないのに行動していた。この世界はそういうシステムだからだ。

 ワイは今のミヤビ達はかつてのウロボロス達と同じだと称した。"生きる為に戦う"ことに何ら変わりはない、と。

「同じなもんか! 記憶や感情が今の俺達をどう生きるかを決めるんだ。それを奪っておいて……!」

 ノアの反論をワイは幻想だと切り捨てた。ワイにとって記憶や感情とは本能に後付けされた情報に過ぎない認識でしかない。ウロボロス達は単なる情報に必死に意味を見出そうとして誤魔化しているとワイは吐き捨てた。

 ワイは本能を重要視し、ウロボロス達は記憶や感情といった人の想いを大切にしている。抱く主張が全くの逆だ。

 

 ワイの目的はゼットの望みの「メビウスがより良く生きる」を実現させる事である。

 ゼットがこの世界(アイオニオン)での理である故に、ゼットの分身とされるメビウスは超常の力を行使できる。ワイの持つ能力は命の火時計の創造だ。ケヴェスもアグヌスも、全てのコロニーに必ず在る火時計はワイの生み出した物であり、兵士の命は実質的にワイの手の内だ。

 エセルとカムナビの火時計もやはりワイの創りし火時計であった。最高傑作の一つであり興奮しなかったかと問うてくるワイ自身が何より昂っている。

 あの紫の火時計を通してワイは気がついた。灯火も人も最後にこそ最も強く輝き煌めきを放つ。それこそがメビウスにとって最高の糧であると。

 コロニーオメガの火時計は兵士の最後の一年を生み出す。命が最も輝く刹那を生み出す意味を持った輝煌(きこう)の名を冠する火時計だ。だからこのオメガにいる兵士達は皆が成人に近い状態で再生されている。

 

「さあ、殺し合いなさい! 本能の赴くまま! いくらでも再生してあげましょう。そして輝かしい瞬間を何度でも!! メビウスの為に!!」

 

 もう、我慢ならなかった。

 全員が一斉にワイへと飛びかかった。しかしワイに喰らわされる筈であった一撃はカムナビが受け止めた。

「絶対に殺すもんか!! 俺達の命はお前達の糧なんかじゃない。命は俺達自身のものだ!!」

「ミヤビ達の命をお前に好き勝手されてたまるかァァッ!!」

 ノアとミオの咆哮に応じるように、他の皆も武器(ブレイド)を強く強く振り抜いた。

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