神笛と永遠と   作:坂野

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 ワイを直接叩けないのなら、まずはカムナビ達をどうにかして無力化するしかない。常時と変わらず、ノアとセナを攻撃の中心に据え、ミオの素早さで注意を惹きつける。重たい攻撃にはランツが守りに入り、後衛からユーニが射撃と回復で援護する。

「トワ、君は僕の横に。君の武器(ブレイド)の能力は全体を俯瞰し、的確に皆をサポートすることで真価を発揮する」

「分かった。タイオンも何かあったら僕にこうしろって言って」

「勿論だ」

 戦術士としてタイオンは常に戦況を把握し、事細かく口頭だけでなく指やモンドの動きで最善の指示を出し続けている。そんな彼の近くで戦えば何よりの学びになるし、やっと手に入れた武器(ブレイド)の能力も絶対に無駄にならない。

 

 セナが大彗槌を思い切り地面へ振り下ろし、そのまま引き摺りながら大きく一回転する。巻き上がった雪が目隠しとなり相手の視界を塞ぐ。カムナビは迷わずに陽炎戟で左から右へと薙ぎ、一瞬にして雪煙を吹き飛ばした。

 その一瞬だけでも充分だ。シャドーアイで殺気を消したノアがカムナビの背後へと周り、ヒドゥンソードを素早く突き出しスラストエッジを放つ。

 しかしその間にハクトが割り込み、盾で剣の切先を防いでくる。そこまでは予測済みだ。即座にノアの背後からミオが跳躍しハクトの頭上を取る。

「ハクトごめん! 少しだけ大人しくしてて!」

 ミオが双月輪を巨大化させハクトへと投げつける体勢を取るが、その左からムンバの銃口がミオを狙っている。

「想定済みだ!」

 タイオンがミオの左側面にモンドを展開し壁を作る。これでムンバの銃撃はミオにまで届かない。展開されたモンドを目の動きのみで確認したミオは、狙いを定めてジェミニストライクを放とうとハクトへと視線を戻した。

「……いない!?」

 眼下にハクトの姿はなかった。

「ミオ! 上だ!!」

 ノアの叫びで咄嗟に顔を上へ向ける。そこには剣を振り上げ、今まさにミオを叩き落とそうとするハクトがいた。

 ミオの背筋に冷や汗が伝う。生存本能のみを宿して目の前の敵を排除しようとする瞳もそうだが、ミオの知るハクトはこんなに高く跳べなかったからだ。コロニーガンマにおいて、素早さとそれを生かした跳躍能力に関してはミオの右に出る者はまずいなかった。

「ミオさん、防御姿勢!! 間に合えぇっ!!」

 声を張ると同時に、トワはREXを右から左へ振り抜いて"(アーマー)"を発動させる。ハクトの剣が振り下ろされ、ミオは勢い良く雪面へと叩き落とされた。しかしミオは即座に立ち上がりハクトと再び距離を取る。

 "鎧"はあくまでもダメージの軽減でしかない。どれ程軽く出来たかはミオ自身にしか分からないが、見たところでは大きな傷も無く安堵の息を小さく吐く。

「気を抜くな。戦闘が終結しない限り戦場は状況を変え続ける」

 そう言いながらタイオンはユーニに回復の指示を出している。これならミオもすぐに万全の状態に戻るだろう。

「うん。……タイオンから見てこの状況はどう?」

「正直予測を超えている。何かがおかしい……」

 改めてREXを握り直して全体を見渡す。カムナビの実力はエセルとの件で痛感しているが、どうもそれだけではない。ハクトもムンバも、記憶にある彼らよりずっと実力がある気がしてならない。

 ハクトはミオ達がコロニーガンマで共に戦ってきた仲間だ。彼のことをよく知っている彼女達が困惑しているのならば、それは"そういう事"だ。今の彼は記憶の中のハクトの実力と一致しない。

 ムンバはノア達がよく知っている。トワもあの数日だけ彼を観察したが、確かにここまで積極的に攻めてくる戦い方ではなかった。

 ムンバが成人間近まで生き延びられたのは、そもそも彼が戦いにおいて強いからではない。勿論戦闘における実力もそれなりに有しているが、彼の強みは生き延びる為に下す判断がとにかく的確で素早い点だ。悪い表現をすれば逃げ出す判断が上手い。聞こえは良くないがムンバが得る結果は必ずプラスだった。下手に攻め入って命を落とし味方の兵力を減らすとなれば、結果的にコロニー全体として不利益になる。ムンバは攻め入るよりも退いた方が最終的に有利になるラインを見極めるのが上手い兵士であった。

 そんな彼が感情のない瞳で敵の心臓を撃ち抜こうと見据えている。少ない弾数で防御役の姿勢を崩し、好機とあらば激しい弾幕で一気に攻め立ててくる。赤銅どころか白銀ランク並みの実力と言っても過大評価ではない。トワですら今のムンバに恐怖を感じているのだから、長く過ごしてきたノア達は尚更であろう。

 

「なあタイオン、ムンバ達こんなに強かったっけ?」

 一旦大きく下がってきたユーニが息を整えつつ問う。やはり彼女もムンバ達の違和感を感じていた。

「カムナビもだ。以前は鉄巨神に搭乗していたが、あの時よりも気迫めいたものを強く感じる……」

「だとしてもよ、身体能力まで明らかに強化されてんぞ。ランツだってムンバに押されるなんて今までなかった」

 強いのなら必ず理由と原因がある。視覚だけに頼らず、他の感覚でも場の情報を掻き集める。カプトコルヌ山嶺の厳しい寒さ、紫色の火時計、土とは違う雪の柔らかさ、ずっと響いている笛の音——。

 

 笛の音。

 

 そうだ。ずっと笛の音が聞こえている。戦場でこの音が響くのは戦いが終結した後だ。戦っている最中に途切れる事なく鳴り響くなど、何か特殊な事情がなければあり得ない。それに戦闘が不得意であるミヤビがこの場にいる事自体おかしい。ワイは何か明確な目的があってミヤビを蘇らせた筈だ。

「……ミヤビちゃんの調べはこんなに哀しい音じゃない」

 セナが呟いた。ミオと一緒に過ごしてきたセナもミヤビの調べをよく知る一人だ。

「ミヤビちゃんの調べはもっと優しくて、温かくて、みんなに寄り添ってくれる音だよ。意志も感情もないからこんなに哀しくて冷たいんだ……!」

 セナからすれば温かさが無いから冷たいと感じるのだろう。それはかつてのミヤビを知るからこその感覚である。対してトワとノアはミヤビの多くを知らないが、"おくりびと"としての感覚で聞いても決して心地の良い音ではないのは分かる。そこに込められているのは温度や感情の種類で表現できる類の物ではない。

 そもそもとして、今の調べにミヤビの"何か"は存在しない。

 

「空っぽなんだ。こんな音初めて聞いた」

「俺もだ。ミオの記憶にいた彼女から出る調べだとは思えない」

 

 人が奏でる音だけでなく、自然の中の細やかな音でさえ人は意味を見出せる。風の音を一つ取り上げても穏やかに耳元を過ぎれば内緒話をされているかのようだし、嵐の如く吹き荒れていれば凄まじい怒りの声にも聞こえてくる。

 それなのに人が奏でているミヤビの笛の音から何も感じられない。同じ楽譜でも細かな息遣いの違いでおくりびとの個性が表れるのに、聞こえてくる音は本当に"ただ在る"だけ。

 今のミヤビの調べがそうであるように、武器を振るうムンバ達の動きや技は威力と的確な戦略こそあれど機械的だ。人としての意志は全く感じられない。

 

「あれはムンバ達の姿をしているだけでムンバ達じゃない。記憶の有無とかじゃない、人がその人らしく生きる為の根底の部分が抜け落ちてるんだ」

 

「——よく気づきましたね」

 ワイが嬉々として語り出す。コロニーオメガで再生された兵士達には、本来ゆりかごの中で済まされる基礎教育が施されていない。故に精神状態は不安定なままだ。

 それを補うのがミヤビが奏でている調べだ。

 おくりびとは兵士達に安らぎを与え、希望を見出させてきた。ワイはそこに着目し実践してしまった。結果として精神の不安定さは解消され、生きるという本能のままに行動できる兵士が産み出された。意志や記憶は本能の前では障害でしかないというのがワイの論理だ。

「更にミヤビ(かのじょ)本来の能力もまた素晴らしき物でした」

 ミヤビは戦いも苦手であり、実戦経験も全くと言っていいほどに無い。しかしアイオニオンで生きる存在である以上、彼女自身の武器(ブレイド)は確かに存在する。人が初めに顕現させる武器(ブレイド)は基本的に本人の最も得意な能力である事が多い。

 ミヤビの能力は兵士達の行動速度を上げるものだ。単なる身体的な速度ではなく、アーツを放つまでの時間を短縮する事に特化している。強力なアーツは一度放つと次の発動まで時間がかかる。体内のエーテル状態を整えたり、武器(ブレイド)そのものが空中のエーテルを集約するのにどうしても時間を要する。ミヤビの武器(ブレイド)はそれに干渉してしまう。

「この笛は武器(ブレイド)です。おくりびとの持つ単なる笛ではなく、彼女が産み出した武器(ブレイド)の一つ」

 本能を引き出すだけでなく、ミヤビの能力で強化までされているのだからかつての彼らより強くて当たり前だったのだ。

「許せない……! ミヤビを、私達おくりびとの調べをこんな事に利用するなんて……!

 ……ミヤビ! 思い出して! 私も、セナもここにいるんだよ!! お願い、私の声は届いてるはず!!」

 しかしながらミオの叫びに対してミヤビは何の反応も示さない。哀しげな目をしてワイの言われるままに笛を奏でるだけ。

 

「……そうだ。ミオ! 言葉じゃない、俺達には別の方法がある!」

 ノアが差し出したのはおくりびとの象徴、おくりの笛だ。

俺達(おくりびと)がこれまでやってきた事、"想い"を乗せて奏でるだけでいい。彼女はミオが誰よりも尊敬するおくりびとだ。なら、必ず届く!」

「——そう、だね。うん、これまで通りの私達の調べで!」

 ミオも武器(ブレイド)を納めて聖神の笛を取り出す。ミオの「先に出る」との言葉に頷き、ノアもまたヒドゥンソードを雪面に突き刺し祈神の笛を構える。

「ノア、ミオ、何を!?」

「分かってねえなぁタイオン」

「え?」

「二人が粋なことしようとしてんだ。なら、アタシ達はそれに付き合ってやらねえとな!」

「ああ。守りは俺達に任せな!」

「うん! トワちゃんもおくりびとでしょ、ミオちゃん達に合わせてあげて」

「……いや、ボクはやらない。ボクも二人を守る」

 これはミヤビとミオの大切な関係だ。当人であるミオは勿論として、ミヤビからミオへ、そしてノアへと渡った祈神の笛を持っている彼だけで良い。そこに余計な自分(モノ)は必要無い。

 

 ミオとノアが奏で出したと同時にカムナビ達が地を蹴った。先程と変わらずに容赦の無い攻めが次々に繰り出される。

 ランツを守りの中心に据えてセナがとにかく攻め込んでいく。ユーニも回復より攻撃に重きを置き、サポートはとにかくタイオンに預ける。だがミヤビ本来の能力のせいでどうしても此方が押され気味になってしまう。

「トワ! 君の武器(ブレイド)で、せめて能力の強化だけでも対処することはできないか!」

 REXが今まで発現させた能力は守りや武器(ブレイド)の強化、回避能力の底上げでタイオンの望む物は存在していない。しかしこの武器(ブレイド)の本質は扱う者の意思だ。

「やれる! ミヤビさん達は傷つけないで能力だけを斬る……いや、喰い尽くして無くせれば……!」

 REXを後ろに引き、ミヤビ達を視界に捉える。範囲が広いから刃で斬ったり振り払うのは難しい。REXを中心として大きなエーテル波で一帯を覆い尽くすイメージを持つ。広がったエーテルが能力を上げる効果だけを次々に喰っていくアーツを、今この場で新しく生み出す。

 REXの刃の色が紫黒に染まる。刀身の穴に浮かんだ模様は今まで見た事がない物になっていた。

 

「砕け散れぇっ!! "(イーター)"!!」

 

 溜め込んだエネルギーを解き放つようにREXを前方へと突き出した。紫黒が一気に広がるがすぐに色は霧散して見えなくなってしまう。不発にも見えるが不安は全くなかった。

 すぐに効果は前方で戦うランツ達が実感した。カムナビ達のアーツは放たれるまでの間隔が明らかに長くなっている。おかげで対処もしやすくなった。あっという間に劣勢から五分にまで持ち直せるくらいにまで押し返した。

 ノアとミオが演奏だけに集中できるように、二人の信頼を裏切らない為に、どんなに攻撃が激しくて重たかろうと武器の切先も、指先の一本も、火の粉一つでさえも絶対に触れさせない。

 ミヤビがたたらを踏む。彼女の空虚な調べが揺らぐが、ワイが何かを囁きすぐにミヤビは元の通りに演奏を続ける。

 諦めるものか。二人の想いが届くまで、此方も絶対に引かない。

 

 ムンバとハクトがランツの防壁を跳躍で避け、ミオとノアを直接叩こうと迫る。

「やらせない! "(アーマー)"!!」

 トワが二人の前に飛び出し、本来球状に展開される守りのエーテルをドーム状にして壁を作り出す。REXを地面に突き立て強く握りしめたまま、歯を食い縛ってアーツの発動を続ける。

「絶対に……っ、割らせない!!」

 そこから壁を一段階拡張し、勢いでムンバとハクトを吹き飛ばす。二人はすぐに立ちあがろうとしたが、頭を押さえ苦しげに蹲った。それはランツ達が対応しているカムナビも同様であった。

 

 ミオとノアの調べがゆっくりとワイの呪縛を取り払おうとしている。ミヤビの調べとミオとノアの調べの二つが響いていた筈の戦場は、いつしかミヤビの音が消えてしまっていた。代わりにミヤビの瞳から涙が零れていく。

 それは彼女の想いだった。

 ——助けて。

 

 おくりびとの調べは単なる音符の羅列ではない。奏でる者と奏でられる者との想いが形となったものだ。

 いつしかクリスが教えてくれた。大切なのは楽譜通りに弾くことでも、自分だけの旋律を見つけることでもない。大切なのは調べに乗せる想いだ。想いを乗せれば届く。たとえそれが死者だろうと、必ず。

 調べに乗せたミオの想いは聞く者の全てに伝わっている。

 たった一人、ワイを除いて。

 おくりびとの務めを教えてくれた日からずっと奏でてきた。ミヤビとの音を、ミヤビに託された命と想いを。今度は自分が助ける番だから、もう少しだから、待っていて。

 

 突如、黄金色の光が広がる。笛の音が光の形を取ったのかと錯覚するが、発生の元はノアのヒドゥンソード——その中心にあるラッキーセブンだ。

 ラッキーセブンを中心とした光輪が拡散してムンバに、ハクトに、カムナビに、そしてミヤビに触れる。彼らは身体の力を失い、重力に引かれるままに地に臥した。その直前、ミヤビはミオを見て確かに微笑んだ。

 

 メビウスの支配の象徴である赤い瞳を振り払って。

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