神笛と永遠と   作:坂野

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 倒れたミヤビ達にワイは動揺していた。想いを音の形で語りかける程度でメビウスの呪縛からの解放などある訳がない、この世界において絶対であるゼットの理を超える力はウロボロスに無い筈だと狼狽えている。

 だが解放に手を貸したのはウロボロスの力ではない。

「まさか、終の剣が力を貸したとでも言うのですか。……そうですか、ならば……!」

 ——確かめねばなりませんねぇ!

 ワイの身体が紫の閃光を放つ。その風圧で一瞬息が詰まった。光が消えるのと交代するようにして現れたのは、メビウスの戦闘形態である異形の姿をしたワイだ。ミオの話していた通りに、コロニー4で戦ったケイよりも数倍の大きさをした巨体である。

「待ってたぜ!!」

 ランツとセナがワイの姿を確認するなり飛び出した。走りながらインタリンクし、ウロボロス・ランツがワイの躯体を地面へと押さえ付ける。一瞬ワイは慌てるが、視界の端にウロボロス・ミオを捉えてウロボロスの作戦を瞬時に理解した。

 ワイを斃してから火時計を斬るのではなく、先に火時計を破壊して兵士達を解放するつもりなのだと。

「なかなか賢いですが、ウロボロス如きの力で私を拘束など出来ませんよ!」

 ワイが強引にウロボロス・ランツを振り払い、ウロボロス・ミオを追いかけるように跳び上がった。巨体からは想像出来ない程の速度と跳躍力で即座にウロボロス・ミオの眼前へと現れ、その肩を鷲掴んだ。ウロボロス・ミオごと地面へと落下し、自分がされたように彼女を地へ押し付け拘束する。

 火時計を斬れる終の剣を持つのはノアのみ。そのノアを抑え込んでしまえば、ウロボロス達に火時計を破壊する術は無い。嘲るようにワイが笑い上げるが、ウロボロス・ミオは抵抗するどころか上手くいったと言わんばかりに鼻で笑った。

「私はね防御役(ディフェンダー)なの。その役割は本命から敵の注意を逸らすこと!!」

「まさか!!」

 ミオの言葉にワイが振り向くと、火時計の数メテリ上空に小さな人影があった。両脚に鮮やかな黄緑のオーラを纏わせ、刀身の穴に"翔"の模様が浮かんでいる赤き大剣を握りしめた——。

神剣(・・)のむッ……!?」

「逃さない!!」

 同時にウロボロス・ミオがワイの両腕を掴み、そのまま握り砕かんばかりの力で逆にワイを捕えてしまう。

「見誤ったな! 火時計を斬れるのは終の剣(おれたち)だけじゃない!!」

 アグヌスキャッスルでの戦いで女王の玉座にあった火時計に赤い針を刻んだのは、ウロボロス・ノアの終の剣と——。

 

「"(バスター)"!! いっけええぇぇぇ!!」

 トワが頭上で振り翳すREXだ。

 

 落下に身を任せ、火時計目掛けてREXを上から下へ振り下ろす。刃を火時計に突き刺し、滑り落ちながら叩き斬る。天から地へと紫色の針が刻まれて一瞬の間の後、暗紅色の光が炎のように吹き出した。

 炎と共に吹き出た紫の粒子が降ってくる。粒子がトワの頬へと触れて溶けるが、その感覚にぞっとする。

 何も、無い。

 死にたくない、生きたい——そんな当たり前の感情すら無い。命の粒子なのに全くの虚。ワイはこの火時計を最高傑作だと称していたが、到底理解出来ない。兵士の命を縛る火時計は忌むべき物だが、生きようとする気持ちすらない物など赤い火時計よりずっと価値が無い。

 こんな物は存在してはいけない。

 落下を受け止めてくれたウロボロス・タイオンのモンドの中で、紫の(いのち)を吹き出す火時計を睨みつけながらそう感じた。

 

 残るはワイを斃すのみだ。押さえつけられていたウロボロス・ミオがワイを投げ飛ばし、ウロボロス・ノアへ主導権を渡し剣を振るう。ワイはそれに応じるかと思いきや、攻撃を避けて火時計を破壊された事にさえ興味深そうに不気味な声で笑うのみ。ウロボロスの命の煌めきを称賛こそしているが、その煌めきはメビウスを照らす為の物だと言う。

「楽しみにしていますよ、ウロボロス」

 そう言い残してワイは姿を消してしまった。

 ワイが消えるのと入れ替わりに倒れていた兵士達が目を覚ます。雨のように降ってくる紫の粒子を眺める目は困惑と不安を揺らめかせていた。

 ミオとセナはミヤビへと駆け寄り彼女を抱え起こす。幸いミヤビの身体には目立った外傷も無く、意識の混濁や精神的なダメージも見られない。柔らかく笑った彼女を見て、あの時のままだと二人は喜びの涙を流している。

「ミオ……ずっと、ずぅっと聞こえてたよ。ミオの奏でる調べ、あの日から、ずっと」

「うん……! ミヤビのおかげでね、私は沢山の人の想いを沢山の人に届けて来られた。これからも、まだまだ沢山届けていきたい……!」

「とっても素敵な調べだったよ。ミオと、君も」

 ミヤビが見つめたのはノアだ。初めまして、と少し緊張しながら挨拶するノアとは対照的に、ミヤビはそのままの雰囲気で微笑んだ。ノアの調べもまた素敵だった、と。

「"これ"のおかげさ。……元は、君のだから」

 祈神の笛。ミヤビからミオへ、ミオからノアへ。そして記憶を取り戻したミヤビがいるのであれば、とノアは笛を差し出しかけるも当のミヤビは首を横に振る。

「それはノア君が持っていて。今は"君の"笛だから」

「あ、ごめん。汚いよな、綺麗に洗って返すから……」

「馬鹿、そういうこと言ってるんじゃないの。ね、ミヤビ」

「ふふっ。うん、そうだね」

「馬鹿って……」

 想いは渡っていくものだから。ノアの本当の想いを果たすまではノアが持っていてほしい。果たし終えたら今度はまた別の誰かに渡して、同じように繋いでいけば良い。

 

「誰よりも素敵なおくりびとになれたね。ミオ」

「まだまだこれから。それに私やノアだけじゃないよ」

 ミオが振り返りトワの左手を優しく引っ張った。

「覚えてる? ケヴェスの成人の儀を一人で執り行ってるおくりびとの話」

「もしかして……君が、神奏の?」

「そんな大層な人間じゃないけど、一応そう呼ばれてた、かな。初めましてミヤビさん。トワと言います」

 ミオの話を聞いてからずっと会ってみたかった。自分の知る中で誰よりもおくりびとの役割を理解し、その責任を真っ直ぐに果たした人。ミオが話してくれた通りに笛の音もこうして話しかけてくれる声も、どんな人にも寄り添って手を握ってくれる温かさを持つ人だった。こうして会えたことが純粋に嬉しい。

「私も君に会ってみたかった。どんなおくりびとなんだろうって。……君もとっても素敵なおくりびとなんだね。ミオがこんなに嬉しそうに紹介してくれるんだもん」

「ボクもまだまだだよ。ボクらの想いを届けられてない人はこの世界に数え切れないくらいいる。ミオさんと、ノアと、これからも調べを通して進んでいきたい。

 ……ミヤビさんも、一緒に」

 右手を開きミヤビに差し出す。ミヤビはミオとセナの表情を交互に窺い、とびきりの笑顔で小さく首を縦に振った。

「ありがとう、トワちゃん。——ただいまミオ、セナ」

「おかえり、ミヤビ」

「おかえりなさい!」

 トワの手をミヤビが両手で包み、その上からミオとセナが各々の手を重ねる。氷点下のカプトコルヌ山嶺でどこよりも温かい空間であった。

 

 

 コロニーオメガの解放も終了した、と言いたいがまだ問題が残っている。ミヤビやカムナビ達をこのままにしてはおけない。彼等は自分の状況も分からず混乱している上に、元々所属していたコロニーへ戻ることは不可能だ。彼等は"死んだ"事になっている。カムナビやムンバ、ハクトといった者がそのまま戻ったとしたら死人が生き返ったとしか受け取られない。しかし彼等をこんな極寒の地に放り出しては遅かれ早かれまた命を落としてしまうだろう。

「それに関してだが、先程トラビスに連絡を入れておいた」

 タイオンがシティーのトラビスにカムナビ達の状況を簡易的に説明していた。シティーで保護が出来ればかつての仲間達に会う心配もなく、メビウスも容易に手出しはできない。消去法としてシティーに向かってもらうしかない。

 現在は近くに鹵獲任務に当たる隊がおり、彼等がここへと来てくれる。数十分もすれば到着する見込みだ。

「じゃあミヤビちゃん達をシティーに送ってから、天空の砦かな?」

「そうなるな。さすがにただロストナンバーズに任せきりでは負担も大きい。カムナビ達だけではシティーの存在が味方かどうかの判断も難しいだろう」

 セナとタイオンが話す通り、一度全員でシティーへ戻ろうと意見が纏まりかける。

「ねえ、それボクに任せてくれないかな」

 そこへトワが手を挙げた。

「ここまで来たんだからみんなは天空の砦へ向かって。説明はボク一人いれば充分だよ」

「でも……」

「ミオさん、エムさんの想いを早く叶えたいと思うんだ。大丈夫、一人くらい減ったって女王様は変に思わないよ。……何よりボクがやりたいんだ。放っておけないから」

 右も左も分からぬままにコロニーの外へ投げ出された彼等に少しでも寄り添いたい。まずは安全な場所で自分達が明日に怯えないような状況を整えてあげたい。彼等はもう自由かもしれないけれど、目の前にどんな道があるのかまでに意識を向ける余裕はないだろうから。落ち着いてから顔を上げて、己の意思で好きな道を選んで歩んでほしい。

 それが自分の願いでもあるから。

「……分かった。ミヤビをよろしくね」

「うん。もし早く終わったら連絡するよ。タイミングが合えば女王様の話聞きに行くね」

 

 ノア達六人とリクとマナナの背に手を振る。

「さて、と。シティーの人が来るまでカムナビさん達に説明出来るかな……」

「トワちゃん、それは私に任せて。顔くらいは覚えてると思うから、これから安全なところに連れてってくれるって話してみる」

 ミヤビがカムナビに歩み寄る。カムナビは一瞬身構えたが、ミヤビの顔を確認し警戒を解いた。感情や意思は無くとも同じコロニーにいた者の顔はやはり覚えていたようだ。

「カムナビさん、ミヤビと言います。笛を吹いてたんですが、分かりますか?」

「笛……、そうかお主が。俺に何用だ」

「私達のこれからのことで……」

 ミヤビがゆっくりと、自分の言葉で伝えていく。ミヤビの持つ情報で不足があればトワが補う。何よりも分かってほしいのはこれから来る者達が敵ではない事と、コロニーオメガにいた兵士達を安全な場へと連れていきたい事だ。

 抵抗や拒絶される事態も想定していたが思いの外、呆気なくと言って良いほどにカムナビはミヤビの言葉に納得した。納得させられるだけの情報であったというより、ミヤビの語りかける姿勢がそうさせたのだろう。

 カムナビを始めとして、成人に近い状態で再生された兵士達は基礎的な情報がすっぽりと抜け落ちていた。ケヴェスとアグヌスという二つの国があるのも、本来であればどちらかに所属する兵士であることも彼等は一切知らなかった。単純にこの世界で生き延びていく術になる情報さえも何も持たされていない。ワイは本当に本能以外の情報を与えてはいなかったのだ。その事実に改めて怒りの火が灯りそうになる。

 

「もう私達は自由なんです。火時計に縛られる必要はないんです」

「これからは自分で道を選べます。貴方はきっと何より自由を求める人だと思うから」

 エセルと戦い抜く道を選び取った姿はその象徴だった。誰からの束縛も受けずカムナビ自身の戦道を歩み抜いた事実は、今の彼の記憶に無くとも確かに存在する。

「自由……。っ……!」

 カムナビが左目を押さえた。戦闘の傷が残っていたのかと焦るがそうではなかった。少し疼いただけで問題は無い。ただ一つ、見えぬ点を除いて。

 自由を勝ち得た代償なのかもしれない。

 メビウスのピーとオーからの支配から逃れる為に、カムナビは左目を自分の手で潰した。痛みと恐怖を乗り越えて、彼は世界(メビウス)の力を振り払った。肉体が再生されようとも視力だけは戻らなかった。

 やはり記憶は持たぬとも、彼の本質は正しく"自由"なのかもしれない。

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