神笛と永遠と   作:坂野

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 程なくしてシティーのアーモリーが一機現れた。降りてきたロストナンバーズに事情を伝える。まだ混乱も残ったままで怯えている者も多いから、武器(ブレイド)は抜かないようにと添えて。

 カムナビはその中でも一人落ち着いていた。彼は重要なのは今をどう生きるかであると理解している。きっとコロニーオメガにいた兵士達も直に気付くだろうから、とにかく彼等に危害だけは加えないでほしいとロストナンバーズに頭を下げていた。

 そしてカムナビ自身もこれからの己の道——戦道を見つけたいと強く静かに願っていた。

 

「あの、カムナビさんって高い所は大丈夫ですか? ミヤビさんも……」

「ふむ、どういう理由だ?」

「あんまり高いとちょっと怖いかな……」

「シティーの場所、びっくりするかもしれないから……」

 

 

 アーモリーに乗り込みシティーへ向けて飛び立つ。到着までの時間はアイオニオンでの基本的な情報が抜けていた兵士達の為に、ロストナンバーズの面々が説明をしてくれた。全てを教えると呑み込みきれないから、本当に最低限の情報だけだ。細かい点はシティーで落ち着いてからでも遅くはない。

 ミヤビはかつてミオとセナと生きた時間の記憶を取り戻していたから、説明は聞かずにトワの隣で静かに到着を待っていた。

「ねえトワちゃん。貴方のこと、いっぱい聞かせてほしいな」

「うん。ボクもミヤビさんのこと沢山知りたいんだけど……いいかな?」

「ミヤビでいいよ。……ううん、ミヤビって呼んでほしいな」

 ミヤビがトワの手を取る。細くて柔らかい手は確かにおくりびとらしいと言える。ミオに似た感触ではあるがそれよりももっと繊細だ。言葉を選ばないのであれば武器を握ってこなかった手だ。しかし彼女はそれで良い、そうでなければならない。ミヤビの役割はおくりびととして、戦場で散った命と想いを天へと届かせて弔う事だ。正負のどちらの想いにも寄り添って最期をおくり静かに眠らせる。それをする手は誰よりも優しくあるべきだろう。

「……嫌、かな」

 少しだけ不安に揺れる瞳で見つめられては断れる訳がない。何よりトワには断る理由だってない。頼まれた時点で答えは一つしかないのだ。

「そんな事ない、喜んで呼ばせてもらうよ。改めて宜しく、ミヤビ」

「えへへ……嬉しいな。私も宜しくね、トワちゃん」

 それからはお互いの事に限らず会話に花を咲かせた。相手が知らないミオやセナの情報の共有、ミヤビから見た二人の魅力、トワのおくりびととしての始まり、その始まりとなる手を引いてくれた師とも呼べる人の話、他愛無い細やかな話題なんかで色々と盛り上がった。

 一人の兵士として、おくりびととして、人間として。僅かな間でも戦場から切り離されて、戦いや明日の事を考えずに誰かとただ会話を楽しむのは初めてだったかもしれない。ノアやミオ達との会話も当然楽しんでいた。でもシティーに辿り着くまではシティーが本当に存在するのかの不安等、少なからず胸の内に重たい物は在った。辿り着いてからもゴンドウの救出作戦から成人の儀と、息つく間もないくらいに全員が必死に走り回っていた。

 ミヤビも少しでも楽しいと感じていれば嬉しい。一人だけ記憶が戻っていても、シティーという全く知らない場に向かうのは誰だって怖いものだろう。せめてシティーの空気を知り、馴染めるまではミヤビの心を支えたい。他の者達と立場は変わらないのだから、己が出来る事を全力で成し遂げたい。再度自分にそう言い聞かせる。

 

 シティーのアステル港にアーモリーが着陸する。現在のシティーはエルティア海の西側、三界景の岬の裏側に位置している。シティーの鉄巨神はしっかりと地面に固定されているから、そう易々と落下も崩壊もしない。コロニーオメガにいた兵士達も初めは驚いたが、反応としてはそれだけだ。

 意外にも一番厄介だったのはカムナビである。どうやら彼は高所が苦手らしい。アーモリーに揺られながら必死に己を律する言葉を繰り返していた。鉄巨神を乗りこなしていたのだから平気なのでは? と考えたが、地面から繋がっていない状態に弱いのかもしれない。シティーの地を踏んでやっと一息つけた姿を見て、思わずトワとミヤビも肩の力を抜いた。

 

「お、一人いた! おーい!」

 声の方へ顔を向けると、トラビスが慌ただしく走ってきた。

「ミヤビ、この人がロストナンバーズの副官のトラビスさん。これからお世話になると思うよ」

「初めまして。コロニーオメガにいたミヤビです」

「おう、宜しくな。お前達も大変だったな〜……、ってそれどころじゃないんだ、厄介な事が起きてさ。あ、モニカ(ボス)には内密にな。俺の減給がかかってる……」

 厄介な事? と二人揃って首を傾げた。その光景を見てトラビスは「姉妹みたいだな」と一瞬表情を緩めるが、首を横に勢いよく振り厄介事の内容について話し出す。何とも忙しい人である。

「ゆりかごの一つが何者かによって開けられた」

 緊張が走る。ロストナンバーズの活動として両軍からのゆりかごの奪取はミヤビもついさっき知ったばかりだから、彼女も頬に一つ冷たい汗をかいた。

 侵入者の類かと思ったが今のところそのような形跡はない。開かれたゆりかごから目覚めた兵士もどこかに消えてしまったのが更に厄介である。その目覚めた兵士というのが——。

「あー、アレだ。ほら、トワなら分かるだろ、ケヴェスキャッスルから奪ったモジュールにいた銀髪の女の子で……」

「エセルさん、ですか?」

「そう! その子!」

 コロニーオメガの件で連絡が来たかと思えば、今度はエセルの目覚めと脱走。次から次へと予想だにしない事件が起こる事に対してトラビスは眉間を押さえて呻いている。

「そういう事情であれば、俺も手を貸そう」

 トワとミヤビの背後からカムナビが話に入ってきた。揃って面食らったが、カムナビは「自分もゆりかごから出たばかりなのだからこれも何かの縁なのだろう」と話す。エセルもゆりかごから出たばかりで右も左も分からず途方に暮れているかもしれない。

 つまり困っているかもしれないエセルの力になりたい。似た境遇である彼女の手助けをすべきだとカムナビは感じている。

「それにお主……トラビスと言ったか」

「ん? そうだけど」

「やけにくたびれている。あまり無理をしない方が良い。ここは俺に任せてくれ」

「おうおう若さ自慢か!? 泣くぞ!」

 老いの概念を知らない故の発言である。確かにトラビスは皺を差し引いても少し疲れている顔をしてはいるが。

「と、とりあえず! ボクもゆりかごを開けた犯人とエセルさんを探しますから、トラビスさんはコロニーオメガのみんなをお願いします!」

「了解了解。そこの嬢ちゃんも身体に異常ないか一旦検査して……」

「私も手伝います。私は戦ってないから怪我もないし他の人より元気です。きっと探す人は多い方がいいと思う」

「あ〜……、うん、分かった……。でも全部終わったら嬢ちゃんもそこの若者も検査は受けてくれよ」

「皆を宜しく頼む」

「任せとけ〜。俺は作戦司令室にいるから進展があれば連絡くれよ」

 

 来た時よりも更にくたびれたようなトラビスを見送る。コロニーオメガの兵士達もロストナンバーズに連れられ何処かへと向かっていった。まずは身体に異常が無いかの検査をし、その後は経過観察含めてシティーでの預かりとなる。彼等に関しては一旦は良いだろう。

「まずは二人にシティーの全体図を送るね。カムナビさんは"瞳"は使えますか?」

「問題ない。"瞳"の情報は皆と同じように見られる」

 まずはゆりかごのあったモジュール格納庫へと向かうことにする。エセルか犯人の形跡があるかもしれない。その後は得た情報に合わせて地道に捜索だ。シティーの出入りには必ず確認が入るから、少なくともエセルはシティーの外には出ていないだろう。

 ——こういうのタイオンやノアはもっと迷いなく、効率良く動くんだろうなあ。

 頼れる存在がいないのを痛感するが、嘆いた所で事態は好転しない。手探りでも進むしかないし、今のトワは一人ではない。三人もいるならきっと上手くいく。

「よーし、頑張るぞー!」

 右腕を天へ突き上げてトワが声を張る。

「おー!」

「お、おう……?」

 ミヤビは同じように右腕を上げ、カムナビは戸惑いつつも同じ動きで合わせてくれる。エセルとゆりかご解放の犯人探し開始だ。

 

 アステル港からセントル大通りを経由してモジュール格納庫へ。すれ違う中で以前のように兵士だからと怯えや好機の目を向ける者がいなかった訳ではないが、数は随分と減ったように感じる。シティーの人もウロボロスが来た事で外部からの人間に慣れたのか、はたまた別の理由なのか。トワは実際の理由など知る由もないが、あの胸が刺される感覚が少ないに越したことはない。ミヤビやカムナビ達はあんな思いをする必要など無いのだから。

 モジュール格納庫の扉を開きゆりかごの状況を確認する。間違いなく、トラビスの話していた通りにゆりかごが一つ開いている。正確に記憶してはいないが、確かにあの辺りのゆりかごにエセルが眠っていた。他のゆりかごは無事のようでエセル以外に目覚めてしまった者はいない。

 犯人は何故ゆりかごを開いたのだろう。例えばシティーを混乱させたいのであれば一つと言わずもっと沢山、何なら全てを開けてしまえばいい。他にもエセルを何らかの目的の為に利用したいのであれば、そもそもこんな雑な方法を取らずに発覚をもっと遅らせた方が良いだろうに。

「トワちゃん、これ足跡じゃないかな?」

 ミヤビが指したのは床に残された犯人と思しき痕跡だ。あちこちに点在する足跡を見るに相当慌てていたのだろうか。

「……あ、これノポンだ」

「凄い! 分かるんだね」

「偶然だよ。ボク、ノポン好きだから分かっただけ」

 人間——若者や老人の物にしては小さいが、シティーには更に小さい人間である子どもがいる。しかしノポンは更に足が小さい。形としてもノポンの物と見て間違いない。

 この足跡を瞳にマーキングし追跡しやすいようにする。格納庫内でかなり走り回ってはいたが、最終的に足跡は扉の外へと伸びているのでこれを追う。

「それにしても汚れた履き物で歩き回るとは……無礼な奴だ」

 カムナビの意外な怒りの点に思わず困惑の笑いが漏れる。

「怒るところそこなんですね……」

「アグヌスって中に入る時に履き物を脱ぐ作りのコロニーもあるんだ。もしかしたら、そういうのが無意識に残ってるのかも……」

「へぇ〜。ケヴェスは寝台以外は靴履いてるんだよ。脱ぐのは寝る時だけだし、敵軍に襲われる可能性があるなら履いたまま寝る……のは流石に同じかな」

「そうだね。でも私のいたコロニーは寝る時は普通に脱いでたなぁ」

 変な所で話題が生まれてしまった。気を取り直して足跡を追う事に戻る。

 

 足跡は格納庫からプラエタリアの丘の方角へ伸びていた。その道中も右へ左へと大きく曲がりくねっており、真っ直ぐ走れてはいなかった。

 犯人と接触してしまったのか愚痴を零す女性が丘の付近にいた。ぶつかってきた上に謝りもしないで逃げてしまったらしい。話を聞いてみたが姿は目にしていなかった。ノポンなら背も低く、止まることなく走り去られてるのならば視認は難しいので仕方がない。

 そうして辿り着いたのは一つの梯子だった。足跡は一旦ここで途切れている。

「登ったよね、多分」

 見上げるとなかなかの長さのある梯子だ。十メテリは超えているだろうか。トワもミヤビも恐怖はあるがまだ何とかなる高さだ。最も心配なのはカムナビである。

「カムナビさん、登れますか……?」

「……行こう。俺から首を突っ込んだのだ、やり抜かねばなるまい」

「無理はしないでくださいね……」

 正直少し不安である。

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