神笛と永遠と   作:坂野

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 シティーが大剣にあった時もそうだが、シティーの人々は単純に高さに慣れているのだろうか。内部にもこうして高低差がある場所が多い。外の世界と比べてしまうと決して広くはない鉄巨神の空間を最大限に利用する為の工夫なのだろうが、高所が苦手な人はどうしているのだろう。生まれた時からの環境だから得意不得意の話ではないのだろうか。

 トワはそんなことを考えながらゆっくりと、しかし確実に梯子に手と足をかけて登っていく。

「ミヤビ〜、カムナビさ〜ん、大丈夫?」

「ゆっくりなら……」

「泰然自若……従容不迫……」

「カムナビさんは駄目だ……」

 先に登り切ったトワが最後の一段を登るミヤビの手を引き上げる。それからは二人でカムナビが登ってくるのを只管待つ。変に声をかけてはカムナビが落下してしまいそうなので、焦りと心配で脈打つ心臓を押さえてぐっと堪える。

 常人であれば数十秒で軽々と登り切るところを、たっぷりと二分はかけてカムナビが上へ到達する。だがこれで終わりではない。また足跡が続いており、この高くて狭い通路を進んでいかねばならない。幸い、狭いと言っても人が余裕を持ってすれ違えるだけの幅はあるし、極端に滑りやすい材質でもない。よっぽどのことがない限りは落ちない。

「何で柵ないんだろう……」

 だがミヤビの嘆きは正論である。

「もうボクら三人で手繋いで縦になって進もうか……」

「うん……」

 兵士が三人、高所で身をすくませながら手を繋いでいる姿は滑稽に映るだろう。しかし形振(なりふ)りは構っていられないのだ。

 慎重に進み、いくつかの梯子で上がり下がりを繰り返す。壁沿いの道に沿ってシティーの南側へと足跡は伸びている。辿って辿って、着いたのは資材保管区であった。名前の通り、様々な物資が積まれている場所だ。真っ直ぐ進んでいた足跡が大きく左へと曲がっている。そろそろ犯人が近くにいるかもしれない。

 捜索開始から数十分。ついに足跡の果てにシティーを見下ろしている空色の毛並みをしたノポンを見つけた。

 

「こんにちは」

 ミヤビが優しく声をかける。声に反応したノポンは今にも泣き出しそうな顔のままゆっくりと振り向き、人が三人いるのを認識した途端羽で頭を抱えながら謝り出した。

「ごめんなさいも〜! メーワクかけるつもりはなかったも〜!!」

 まだ何も言ってないが空色のノポン——スミミは察しがついているようだった。

「スミミはただ、ガチのかくれんぼをタンノーしたかったも……」

「かくれんぼ……とは何だ?」

「いけない所にあえて隠れるキューキョクの遊びも」

 シティーでは初めて聞く単語も多い。遊びの中にも沢山の種類があって、トワが前に来た時は鬼ごっこと呼ばれるものを少しだけ見たことがある。

 遊びそのものが悪い行為ではないのだが、カムナビはスミミの発言の"いけない所"に引っかかったようだった。

「敢えて禁を犯しているというのか……?」

「ももぉー! 怖い顔しないでほしいも! "ガチ"のかくれんぼだからも! フツーのかくれんぼはいけない所には隠れないも!!」

 スミミ曰く、いつものかくれんぼでは刺激が足りなくなって更なるドキドキを求めてしまったも、だとか。スミミ自身もモジュール格納庫は軽率に足を踏み入れて良い場ではない事を理解していたし、中で悪さをするつもりもなかった。エセルのゆりかごも、パネルに乗ってしまったらそこが偶々開閉操作をする所だっただけらしい。

「ほんとにごめんなさいも〜!!」

 滝のように涙を流すスミミ。トワとミヤビはスミミの涙を拭きつつ、カムナビが目覚めてしまったエセルの行方を知らぬかと尋ねる。しかしスミミはゆりかごが開くなり怖くなって逃げてしまっていた。だからエセルがあの後どこへ去っていったかはさっぱりである。

「ね、一緒に探そう?」

 ミヤビがスミミの頭を撫でつつ言う。

「君は悪い事をしちゃったって思ってるだもんね。それならわざとじゃなくても起こしちゃった人に謝りにいこう」

「その後はどうなるも……。スミミ、ガチで怒られるも……!?」

「うーん……トラビスさんには報告しないとだけど」

「もー!!」

「ボクも一緒に行ってあげる。大事(おおごと)にはしないと思うけど、スミミは怒られたくないってだけで謝ってる訳じゃないよね?」

「も……。スミミがやったことで誰かに大メーワクがかかるかもしれないって思って、それがすっごく怖くて……。誰かが困っちゃうのはスミミも嫌だも」

「なら大丈夫だよ。ちゃんと反省して謝ろう」

「分かったも……」

 まだしょんぼりとしてはいるが、とりあえず落ち着いたスミミを連れていく。ここまで来た道をまた戻るのは精神的に厳しい為、資材保管区の南側の出口からロストナンバーズの兵舎側に出る。

 残るはエセル本人だけだが、唯一行方を知っていそうなスミミは何も分からない。とりあえず人通りも多く、目撃した人がいる可能性が高いセントル大通りで話を聞く事にする。

 

 大通りへ向かう道の間にスミミは遊びの楽しさを語ってくれた。スミミの中では遊びは何より胸のドキドキ、スリルが重要なのだとか。鬼ごっこもかくれんぼも、捕まえたり見つける役割である鬼から逃げるドキドキが堪らないらしい。

「私はそういうの怖いなぁ」

「俺もよく分からん。勝利を得るには作戦を立て、可能な限り堅実に成功への道筋を立てる物だ。犠牲を払うとしても、何の利益も得られないと分かりきっている危ない橋を意図的に選ぶのは理に適っておらぬだろう」

「違うも〜! スリル自体を楽しむんだも。逃げ切れたら嬉しい、捕まったら悔しくてどっちも楽しいんだも」

 その感覚がトワ含め、三人にはいまいちピンと来ないのだ。嬉しいのは理解できても、悔しいのは悔しいでしかなく楽しいとは結びつかない。

「やってみれば分かるも。今度スミミのおトモだちと一緒に遊ぶも!」

「でも本当に駄目な事はもうしないでね」

「それはとってもよく分かったも……。楽しむにはルールが大事だって知ってスミミは一つオトナになったも……」

 

 そんな会話をする内にセントル大通りに近づいてきた。元からシティー内では最もにぎやかな場ではあるが、いつにも増してどこか騒がしい気がする。子どもがとか、誰か呼んできてとかそんな心配の色を滲ませた声が聞こえてくる。そんな声を発している人の視線を追えば、アステル港へと向いている。しかもついさっき自分達が乗ってきたアーモリーではないか。

 そしてそのアーモリーをよじ登っている銀髪の子どもの背が目に入る。

「エセルさん!?」

 探していたエセルだ。彼女が何故アーモリーに登っているのか気になるがそれどころではない。操縦するつもりならば止めなければならないし、そもそもいつ落下してもおかしくない程に不安定だ。

 自身の名を呼ぶ声にエセルは一瞬振り向いたが、すぐにまた手を上へと伸ばした。それでバランスを崩してしまったのだろう。手が滑りエセルの身が宙へと放り出される。その光景に一瞬トワの身体が固まる。スミミは悲鳴を上げ、ミヤビは両の手で目を覆った。

 だがカムナビだけが迷わずに駆け出し、エセルの身をしっかりと抱き止めた。

「ふう……、随分と無茶をする。怪我はないか?」

 僅かに屈みカムナビがエセルの視線の高さに合わせる。エセルは起こった事態の理解が追いついていないのか、目を見開いたまま数秒固まったままだったが、カムナビの問いにはしっかりと頷いた。

 そんなエセルを見つめていたカムナビの左目が再び疼いた。心配するエセルに対してもやはり見えぬだけだと返し、カムナビは自身の名をエセルに名乗ろうとした。

「……カムナビ」

 しかし先にその名を呟いたのはエセルだった。疑問符をつけながらも紅蓮のカムナビと、彼の持つ二つ名も一緒に。

「エセルさん、分かるんですか?」

 ユーニが過去の記憶の一部を持ち、ミヤビが記憶を取り戻したように今のエセルも何かを得たまま生まれてきたのかと希望を抱いたのだが、そうではなかった。エセルは何処かに行かねばならぬと焦燥感に近い感情に突き動かされるまま格納庫を飛び出し、このシティーから外へ出る手段を求めて走り回っていただけだ。その何処かが一体何なのかも分からずにただ必死に、誰かが自分を待っている気がしたからがむしゃらに。

 

 カムナビは左目を代償として自由を得た。その影響が生まれ直した今でも見えないという形で現れている。

 ならばエセルはどうだろう。彼女はあの時コロニー4の火時計からは既に解放され、残り全ての命をカムナビとの戦いに費やしてそれを燃やし切った。そんな彼女が何処かへ行かねばと感じているのだとすれば、きっとそれはやはりコロニー4ではないだろうか。命の使い方に満足したつもりだったのかもしれないが、もしかしたらエセルにも無自覚の心残りはあったのかもしれない。大切なコロニー4の皆に何も伝えられずに往ってしまったから。

 実際は分からない。エセルが知らないならそれはもう誰も分からない。けれど無理に焦る必要は無い。

 トワがカムナビの横に立ち、エセルの両手を握る。

「エセルさん。ここは安全ですからゆっくり探しませんか。エセルさんのその何処かに行くという想いを」

 これもおくりびととして為すべき事だろう。エセルの想いを、エセル自身に届ける。カムナビの己の戦道を見つけるのときっと同じだ。

「私も一緒にいるよ。もちろんカムナビさんも」

「うむ。お主の道を俺も共に探そう」

「スミミも……その……」

 ミヤビの後ろからスミミが顔を出す。もじもじと羽同士を合わせている。急かさずにスミミが言い出すまでじっと待つ。

「えっと……ごめんなさいも、いきなり起こして、きっとびっくりしちゃったと思うも。だから、その、寂しくなったらスミミと一緒に遊ぼうも! 楽しい遊び、いーっぱい教えるも!」

「私は特に寂しくはないのだが……」

「ももぉー! スミミ、フラれてしまったも!?」

「フラれ……?」

「あはは……。スミミはエセルさんが困ってたら助けてたいって事だから、もし何かあったら話しかけてあげてください。きっと仲良くしてくれると思います」

「それは別に問題ないが……」

 

 これで問題としては解決だろう。残っているのはスミミとエセルが見つかった事をトラビスに報告するくらいだ。

 エセルの今後に関してはやはりシティーで匿うしかないのだが、カムナビが彼女を任せてほしいと頼んできた。まだ何がしたいかも分からないエセルが道行きを決められるまで、彼女には自由にいてほしいとカムナビは思っていた。偶然なのか必然なのか。過去に好敵手であった二人が再び出会って、今度は手を取り合おうとしている。

 戦い以外の環境に置かれていれば、こんな道だって選べる。あの瞬間に戦い以外の道は無く、それでいて自分でその道をしっかりと選んだ二人だけれど、こんな可能性だって絶対に存在して良い。記憶はなくとも、今のトワはそれを見られただけで心の底から嬉しかった。

 

 

「そういう訳でエセルさんはカムナビさんにお願いしようと思います。スミミも反省してるのであまり怒らないであげてください」

「俺抜きで話を進めないでくれよ〜!」

 司令室にてトラビスに一部始終を報告した直後の彼の叫びがこれである。

「とりあえず事情は分かったけど、カムナビ(あんた)に子育てが出来るのか?」

「……コソダテ?」

「あ〜そうだった、分かんないもんな。要するにこの嬢ちゃんを責任持って育てられんのかって事だ」

「む……。ジョーチャンではない、私の名前はエセルだ」

「ははは……。心折れそ〜」

 カムナビの言葉を借りるなら今のトラビスは更にくたびれている。カムナビもそんなトラビスの事は気にかけており、エセルの面倒を見るのを承諾してくれればシティーの力になると提案した。まだ出会ってごく短いがコロニーオメガの皆に向き合い、安全を保障してくれた恩を返したい彼の想いである。

「私も手伝う」

 そこへエセルも手を挙げた。彼女はゆりかごから生まれたばかりで兵士としては一期である。エセルは一つ前の命で、三期にも関わらずコロニーを白銀へと押し上げた程の戦闘能力を有している。その潜在能力は今の彼女にもあるだろうが、流石に何の訓練も受けていない状態で戦うのは難しい。

「私がカムナビの左目になる。お前が見えない物は私が見よう。戦い以外でもきっと力になれる」

 困った奴だとカムナビとトラビスの両名が肩を下げる。それぞれの"困った"は微妙に違う事を指すが。

 

 トラビスの権限では二人の処遇を判断出来ない。もっと上——つまりはモニカに話すべきなのだろうが、モニカの名を出した途端にトラビスはこれまでで一番の慌てっぷりを見せた。

「こうしよう! カムナビには戦力面で協力してもらって、それが出来る間はエセルをカムナビに任せる! エセルは戦い以外でカムナビの目になってやってくれ! それでどうだ!? な!」

 トラビスの慌てようにミヤビも驚いていた。ロストナンバーズの長官であるモニカという人はそんなに怖いのかと。

「怖い」

 即答である。

「けど、そういう理由で隠そうとしてるんじゃないぞ。あとボスは普段は頼れる肝っ玉母ちゃんだよ。嬢ちゃん達みたいな子どもが無茶しすぎなきゃ変に怒ったりしないさ、安心してくれ」

 あまり事を大きくしたくないのもトラビスなりの気遣いであった。モニカはロストナンバーズの長官としても、シティーの長老としても多くの物を背負っている。だからこそモニカが背負う物は少しでも軽くしてあげたい。増やすなんてもってのほかだ。いずれモニカの耳に入る事にはなるだろうが、それまでに状態を落ち着かせるかきっちり解決させておきたい。その際に相談しなかった事を咎められたとて大した問題ではない。バレないのが一番ではあるのだが。

「スミミもな。大人達が駄目って言う事には理由があるの、分かったろ」

「よ〜くわかったも……。スミミもいい子になってたくさんキョーリョクするも」

「いい子にしてるだけで充分助かってるよ。もし友達に駄目な事しそうになってる奴がいたら止めてくれ。何かしたいってんならそれが俺は一番嬉しいから」

「任せるも!」

「トラビスの戦道は険しいのだな。その心配りは決して忘れぬ。コロニーオメガの皆もエセルの事も、両の恩を必ず返すと誓おう」

 トラビスのモニカへのそんな想いはカムナビの胸に響いたようだった。元からの性質として気高い武人であるカムナビは改めてシティーへの協力を惜しまない姿勢を見せてくれた。

「有難いねぇ! どうせなら百倍にして返してくれよ」

「がめついぞ、トラビス」

「呼び捨てかよ……」

 生真面目なエセルにはトラビスの冗談は通じなかったようだ。当人達を除き思わず笑い声が漏れる。その笑いが生み出した雰囲気で、ずっと困り顔だったトラビスも僅かながら笑ってくれた。

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