神笛と永遠と   作:坂野

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 これでコロニーオメガの兵士達の保護と目覚めたエセルの件の両方が一段落した。スミミは自分の居住地に戻っていったし、ミヤビ達はこれから身体検査がある。

「ボクも行くね。時々シティーにも戻ってくるだろうから、今度はみんなで会いにくるよ」

 トワとしてもミヤビ達が無事にシティーに着き、身の安全が確保されたのを確認したからまたノア達と合流しなければならない。このままダラダラとシティーに残るわけにはいかない。

「トワちゃん、沢山ありがとう。ミオとセナにも宜しくね」

「ボクは特に何かした訳じゃないよ。一番動いたのはトラビスさんだし、エセルさんを助けてくれたのだってカムナビさんだったから」

「そんな事はない。お主がいてくれた、共に行動してくれた事はお主が思っている以上に心強いものだ。俺も感謝している」

 カムナビにまで感謝を告げられてトワは面食らった。その次に胸が少しむず痒い感覚になる。少しでも力になれたらと思って起こした行動ではあったが、根は本当にただやりたくてやっただけの自己満足だ。だが彼らがそう言ってくれるのであれば、素直に良かったと感じられる。

「——待った待った。良い雰囲気で終わろうとするな。外に行くったってシティーから出るにはアーモリー必須だぞ」

 トラビスが引き止めてきた。そういえばそうだった。シティーが大剣にあった時とは異なり、地面の裏にくっ付いている鉄巨神から外部に出るのは人の足では不可能だ。幸いトラビスは既に手配をしてくれていた。ついさっき小型のアーモリーを操縦してくれる者に連絡を入れたから、もうすぐにここへとやってくるとのことだ。

 

 そこへタイミング良く司令室の扉が開く。

「トラビスおじさま! 私の操縦が必要と聞きました!!」

「なんでカガリちゃんに依頼しちゃったの!!」

「人がいなかったんだよ……」

 火光(かぎろい)姉妹ことカガリとコウハである。つまりは彼女達……と言うか発言的にカガリが操縦者だ。

 二人を知らないミヤビとカムナビが彼女達の元気と勢いに困惑しているが、とりあえず協力してくれている人だから信頼して問題ないとだけ伝える。

「トワちゃーん! 無事で良かったわ! 成人の儀の時なんかもう私心配で心配で……。髪も短くなっちゃって。似合ってるわよ〜、可愛くて好き」

「何か策があるとは聞かされてましたが、それでも不安でしたよ。トワさんもウロボロス達も大きな怪我が無くて安心です」

「あ、ありがとうございます……。えっと、ボク、ノア達のところに……」

「大丈夫、聞いてるわ。アステル港から飛ぶから、歩きながらノアくんに連絡取って合流場所決めてね」

「それではトラビスおじさま、大切なトワさんをお預かりしていきます。私のアーモリー操縦にお任せください!」

 勢いは前に出会った時と全く変わらずだ。息ぴったりに次々と二人の発言が飛んできて、他の誰かが入る余地がなかなか無い。

「頼んだぞ……」

 閉まる扉の直前に見えたトラビスの一層眉を下げた表情がやけに印象に残った。

 

 エレベーターで上へ向かい、開いた扉からアステル港側へと向かう。その間コウハに言われたように"瞳"でノアに連絡を入れる。無事に天空の砦に辿り着けていれば、もう真のアグヌスの女王には会えている頃合いだろうか。話を聞いて次にすべき事まで決まっているかもしれない。

 ノアのいつもの穏やかな声での報告を期待しながら、開いた通信に声を発したがそれは裏切られることとなる。

「あ、ノア、こっちは終わったよ。今何処に……」

「——トワか!? すまないっ、ゆっくり話せる状況じゃないんだ! 女王に会おうと思ったら、ヨランとあのディーってメビウスが!! ぐッ——!?」

 そこでノアの声が途切れる。

「ノア!? ノア!!」

 何度彼の名を呼んでももう反応は無い。トワの焦った声に火光姉妹も只事ではない雰囲気を感じ取り、足を止めて問いかけてきた。

「トワちゃん、何か起きた?」

「ノアさん達に何かが……?」

「細かくは分からないけど、でも……多分、今ノア達はメビウスと戦ってるんだと思います。女王様に会いにいって、きっとそこで……」

「急ぎましょう。コウハはトワさんの手を引いて。トワさんは天空の砦の位置を私に送ってください」

 すれ違う人々に驚かれる勢いで走り出す。多少の視線を集めようともそんな事は気にしていられない。

 アステル港に到着し、停泊していた小さめのアーモリーに乗り込む。慣れた手つきでカガリがアーモリーを起動させ、ゆっくりと浮上しシティーの出口へと向きを回転させる。

「トワちゃん、しっかり捕まっててよ!! カガリちゃんの運転速いけどびっくりするくらい荒いから!!」

「荒くない!! 今まで一回も事故起こしてないから!!」

「荒いの!! 安全運転して!!」

「いつも安全運転してる!! でも今日は今までで一番飛ばしますから、トワさんも舌を噛まないように!!」

「は、はい……!」

「アーモリーで舌噛むってなに!? これレウニスじゃないんだけど!! 空中を飛ぶ乗り物なの!!」

「上下左右に振られる覚悟をしろってこと!!」

「駄目だー!! 私今日死ぬんだー!!」

「誰も死なせない!!」

「かっこいい台詞なのに全然かっこよく聞こえない!!」

 その言葉の直後のアーモリーの急発進で背中を軽く打ち付けたのはカガリに内緒である。

 

 天空の砦までの最短ルートは当然シティーと直線で結んだ道だ。しかしアイオニオンの中心にはあの巨大な渦がある。突き進めば間違いなくアーモリーごと粉々に砕かれて捩じ切られる。どれだけ急ぎたくとも渦の外周に沿って、アグヌスキャッスルを経由して西側に向かうしか道はない。

 コウハの忠告通りにカガリの操縦は荒かった。渦に巻き込まれないぎりぎりの距離を保ちつつ、とにかく攻めた位置取りでエンジン全開に飛ばしていく。それだけでも振動が物凄いのに、進路上の障害物を急ハンドルで次々に避けるものだからあっという間に目が回る。今まで無事故なのは奇跡かもしれない。

 胃の中から物が迫り上がってきた気がして思わず口を塞ぐ。そこに加えて頭痛までしてきた。カガリの運転の荒さかと考えたが頭痛の方はそうではなかった。

 

 声がする。少しずつここではない何かの景色も見えてくる。控えめながらも高貴な装飾で彩られた白い神殿のような場所で皆とメビウスが戦っている。ノア、ユーニ、ランツが戦いながら必死にヨランへと呼びかける声も、ディーが吐く悍ましい過去の所業も、ヨランが抱え続けた劣等感に塗れた本音も。情報と記憶と感情が一気にトワの中に流れ込んでくる。

 未だに慣れない暴力的な情報量だが拒絶したくとも出来ないし、これは拒んではいけないモノだとも知っている。

 この世界そのものであると言ったメビウスが何を思っているのかを知らなければならない。エヌがエムとの永遠を望んだように、かつては人だったメビウスがどうしてこの世界の存続を願うのかを知りたい。

 もしも彼等がメビウスの道を選ばずとも、得たい物を得られる世界であったならば。

 

 ——僕は翼が欲しいんだ!

 

 ヨランという"人間"が願ったのは、賞賛という名の風を受けて大空を飛ぶ翼だった。

 その姿はすぐ近くにいたノア達が既に手にしていた。戦いで優秀な成績を残して周囲から賞賛を受ける姿はヨランにとって憧れであると同時に、決して自分の手では届かない嫉ましいものでもあった。ノア達は鳥でヨランはミミズだった。

 それをメビウスになって叶えるどころか超えられたから、ヨランにとってこの世界は無くなっては困るものなのだ。

 しかしノアはそれはヨランの本当の気持ちではないと否定した。ノア達の記憶の中で、ヨランが語っていた"なりたい自分"とは執政官だった。メビウスとしての執政官ではない。努力して上に昇って、皆に認められたい。最初はそんな願いだった。メビウスとなって他者の命を貪る者ではなかったのだ。

 戦場という限られた世界で賞賛を得る手段は限られている。ノア達はこの世界では鳥として生まれたが、選んでその姿になったのではない。シティーで新たな可能性を知って、鳥以外の姿を望むようになった。人間が一つの姿しか選べない世界だから変えなくてはいけない。可能性が閉ざされた世界は壊さなくてはいけない。

 

 だってメビウスになっても、ヨランの望む"賞賛"は誰も与えてはくれなかったのだから。

 ヨランを含めたメビウスは誰も彼も自分が何より大切だった。そんなメビウス達が他者を心の底から褒め称え、賞賛などするだろうか。

 メビウスではない兵士達も執政官を尊敬するのではなく恐れ、怯えるばかりでヨランが真に望むものをくれた者はいなかった。「凄い」の一言さえ掛けてはくれなかった。

 

 世界を変えられたのならば、ヨランにだってもっと沢山の姿を選べるようになる。彼が本当に得意とする人形を彫る技術で賞賛を得て、誰かを笑顔にできる。ヨランの生み出したもので誰かが喜んで、ヨラン自身も本当の意味で笑顔になれる。

 

「……エヌと、おんなじだよ」

 アーモリーに揺られながら小声で呟いた。

 自分でメビウスの道を選んだのではなくて、ゼットによって誘導され選ばされたに過ぎない。本当の願いを見失い、自分さえも分からなくなってしまった。ヨランもこの世界の被害者だ。

 

 ノア達の言葉が少しずつヨランの心を揺らすが、メビウス・ディーが容赦無くそれを抑え込む。ディーがインタリンクを主導した状態で尚も戦闘が続く。

 ディーも己がためにメビウスのある世界を望むが、その性質は人であった頃から命を蹂躙し踏み躙るものだった。そんな奴がヨランを支配していることを許せないと、より鋭く強力になったノア達の攻撃がディーを襲う。ウロボロス側が優勢だが、その状況にディーは腹を立てている。思うような力を振るえないと苛立っている。ヨラン(ジェイ)が力を与えてくれないからウロボロス共を殺しきれない、と。

 

「てめぇから力が来なけりゃ勝てねぇだろうがよ」

 ——このお荷物がァッ!!

 

 お荷物。ヨランにとって最も忌むべき言葉であり、今のヨランに決意を固めさせる言葉だ。

 

「もう少しで天空の砦です!」

「トワちゃん吐いてない!? 大丈夫!? 聞こえてる!?」

 とても狭い選択肢の中で本当の自由を選んだ者の姿はどんなものだろう。

 その姿をボクはもう見ているんだ。

 エセルとカムナビ、そしてエムだ。制限された世界の中で必死に足掻き外へと手を伸ばして、掴み取れずとも最期に笑えた人達——満足して自分で決めた道へと往った者達だ。

 ヨランも同じだった。ランツの命を救って、大切な仲間の未来を守れた姿こそが、この酷い世界でヨランが勝ち得た何よりの自由だったのだ。

 だから彼はもう一度同じ道を往く。自分の何よりも大切な人の為に、自分の命を使って仲間達の道を創り出す。

 ヨランはディーから主導権を奪い返し、足をじりじりと砦の淵へと向かわせる。エネルギーを集約させ黒い霧を纏わせて、世界の先を託して。

 

「着きました!」

「早く行ってあげて!」

「は、い……っ、ありがとうございます!」

 見なければならない。たとえ自分がヨランと何も縁が無くても、想いを背負って決めた道を往く者の姿をこの目で。

 雪面を蹴る。天空の砦の最下層に禍々しい黒と紫の光をしたメビウスの姿が見える。あそこでヨランが戦っている。

 宙に浮かぶ天空の砦へと伸びる大階段に踏み入ろうとした瞬間、砦から落下する黒い塊が目に飛び込んできた。

 メビウスの口からはディーの叫びが溢れている。こんな所で消えたくないと喚いていて、音としてはディーの声しかしない筈なのにそれよりもずっと大きく、ヨランと幼かった頃のランツ達の声が響いてくる。

 

 もし、また逢えたら。

 次こそ、勝とうな。

 

 ——四人で、あの時の模擬戦で。

 

 雲の下までメビウスの身体が落ちていく。果ての無い奈落へ消え、距離があんなにあるにも関わらず白い閃光が見えた直後に、消滅現象特有の青緑色の光を放って大爆発を巻き起こした。少し遅れて衝撃が襲ってくるが何とか踏ん張れる。それさえも爆風でノア達が吹き飛ばされないようにとのヨランの思い遣りに感じられた。

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