寄り道-1
セインがその報を受けたのは、適当な携帯食を齧りながら工房で機械整備をしていた時だった。
当代ウロボロスとウロボロス候補生がゴンドウの救出に向かったのはおおよそ一週間前の話だ。セインにとって候補生が何かしらの結果を出すとかはどうでも良く、当代ウロボロス達がいればとりあえずゴンドウの救出
実力と運があったから生き残れた、そうでないから死んだ。その程度だ。当然セイン自身もロストナンバーズの端くれとして関わる以上、自分だけ都合良く助かれば良いなどとは考えていない。自分だって死ぬ時は死ぬ。呆気ないくらいに簡単に。
ウロボロス候補生に対してはセインも良い感情は抱いていなかった。ウロボロス・ストーンからウロボロスパワーを得られなかった事に対して文句ばかり垂れているのなんて、一周回って悪態をつく気にもなれない。
他にも理由はある。むしろ此方の方が本命かもしれない。
幼馴染である
姉のカガリは彼らの未熟さを認めつつも、まだ改善の余地があると諦めてはいないようだったが。
そうして吉報というか案の定というか、ロストナンバーズ関係者の全員へ、ゴンドウが無事に解放されて帰ってきたと連絡が入れられた。加えて収容所にいたほとんどの者もシティーへの帰還が叶った。それは単純にめでたい。
どうせもう少ししたら今後の計画も練られて新たな指示が飛んでくるだろうからと、セインはその時点では工房から離れるつもりは微塵もなかった。今行ったところでゴンドウの周りには彼女を迎える人で溢れかえっているだろう。
付け加えると別におかえりと言ってやる義務も無い。オーツ家とヴァンダム家は協力関係にあるから、互いに顔は知っているしそれなりの付き合いもある。だがそれくらいだ。セインから見たゴンドウは、正論は言うが口は悪い上に少し言葉は足りないし、すぐに拳で解決しようとするから微妙なところで頭が足りてない。本人の全てを否定はしないが、その点に関してセインはゴンドウを好きになれなかった。
——口の悪さはお互いだって? 知るかよ。
コウハあたりに指摘されそうだなと思いつつも、脳内イメージの彼女にデコピンをかまして幻影を消し去る。
そんなゴンドウの帰還を伝えた報の数分後に、もう一つとんでもない連絡が入ってくる。
触の日にウロボロスが処刑される。
そこでセインは工房を飛び出した。流石に工具を投げ捨てはしなかったが、普段より何倍も乱雑に置き整備途中の機械も放置して全速力で司令室へ走った。この数年の中で一番の速さだった自信がある。
エレベーターに乗り、到着するまでの時間すら惜しいと爪先を上下させて床を叩いた。司令室への扉が開くなりセインは声を荒げた。
「どういうことだよ! なんであいつらが殺されンだよ!!」
司令室にいたのはロストナンバーズ長官のモニカと副官のトラビス、そして救出作戦の目的であったゴンドウだ。
「落ち着けセイン。我々もただ黙って指をくわえて傍観するつもりはない」
「けどよ、モニカおばさん! 一ヶ月したら触だぞ!」
「ボスの言う通りに落ち着けって。慌てたら視界も思考も曇るってお前も知ってるだろ」
トラビスの言う通りだ。両の拳をきつく握りしめ、歯を食いしばって己の感情を律する。分かっている。ここでモニカやトラビスに当たったところで問題は何ら解決に進まないのだ。
そこでまた司令室の扉が勢いよく開いた。
「モニカおばさま、ウロボロス達が処刑ってどうしてですか!」
「ゴンドウちゃんもあの子達みんなも一緒に帰ってきたんじゃないの!?」
セインの背中側から一際喧しい声が二つ降りかかってきた。見ずとも分かる、カガリとコウハだ。
「あ〜駄目だ、もう抑えきれねえって……。ボス、三人には話しときましょう」
「そうだな、ウロボロス達と関わりがあるお前達には説明しておこう。ゴンドウ、お前からも頼む」
ゴンドウから話された一部始終はこうだ。本来であればアグヌスキャッスル城外での大規模演習を利用し、兵士の数が少なくなったタイミングで全員が収容所から脱出する予定だった。しかしその計画が全てキャッスル側へと流され、決行当日にはメビウスを二人加えた大量の衛兵に待ち構えられてしまった。
「シャナイアを中心として何人かが裏切りやがった」
元から世界を在るべき姿へと戻される目的自体が本人にとっては要らぬものであったと吐いたシャナイアは裏切りも理解できるが、他の者は何が理由なのか分からない。己の命惜しさなのか、メビウス側が正しいと思っているのか。
とにかく裏切り者の発生により、ウロボロスと一部の兵が脱出を遂げられなかった。
「あとは分かるだろ。ウロボロスを捕まえたあのメビウスが黙って収容所にぶち込んどく訳がねえ」
あんなに騒いで飛び込んできたのに話を聞き終わる頃には何も言えなくなっていた。コウハは口に手を当て、目からは今にも涙が溢れてしまいそうだし、カガリは平静を繕っているが彼女の瞳にも薄く涙の膜が張られて揺らいでいる。セインだって握られた拳は緩まるどころか爪が掌に食い込み、皮膚を破っていてもおかしくない程だ。
ウロボロスの処刑や一部の兵がまだ捕えられているのもそうだが、シャナイアの裏切りも心臓を握られるかのように苦しい事実だ。決してシャナイア自身と深い交流があった訳ではない。それでも姉のテイタニアと父の二人が亡くなってしまった後の彼女はすっかり変わってしまった。母親と上手くいっていないのも耳に入っていたし、シャナイアがずっと悩み苦しんでいたのは想像に難くない。
それがメビウス側につく程までだったと誰も気がつけなかったのが、ただ悔しくて仕方がない。
それから数週間は慌ただしかった。
キャッスルへの監視と警戒は最高レベルまで引き上げられ、昼も夜も問わず数名が交代で常に見張りを続けている。ロストナンバーズの上層部はどうにかして収容所に取り残された者を救出できないかと、様々な案を捻り出そうとしている。誰も命を落とさないか最小限の犠牲で済む方法は無いのかと、昼夜を問わず司令室で激しい議論が交わされた。そのどれもが不可能と判断されて捨てられていったが。
ある時、セインはゴンドウから直接連絡を受けた。アーモリーの整備を一機、完璧にしてほしいとの依頼だった。普段であればロストナンバーズの仕事として黙って動いたのだが、状況が状況である。あのゴンドウが直々に依頼を入れた上に"一機"を"完璧"にと言ってきたのは何かがある。直接行って詳細を聞き出してやろうと、指定されたアステル港へ早足で向かった。
港にいたゴンドウは数人の兵に口頭で指示を出していた。明らかに何かやらかす覚悟を決めた顔で、恐らくは独断で動いている。
「……何してんだ」
「来たか。頼みたいのはこれだ、どんな無茶な操縦にも耐えられるように——」
「何してんだって聞いてんだよ!!」
シティーの中心で大声を上げたから大勢の人が一斉にセインを見た。勿論セイン自身は理解しているし気にもしていない。
目の前のゴンドウは怯む事なくセインの乱暴な質問に答える。
「
「無謀と無茶を履き違えてねぇか。今のキャッスルは厳戒態勢だぞ、無理だ」
「救われた恩義は果たさなきゃなんねえだろ! 時間がねえんだ、冷血漢かよテメェは!!」
「だからお前は頭が足りてねぇんだ! 近づいただけでウロボロスも即座に殺されてお前らだって撃ち落とされてお陀仏だ! お前の行動で全員死ぬんだ、ちったぁ考えろや!!
感情のまま、恩義だなんだってそれらしい事振りかざして動けば許されると思うな!! 言ってたよな、大義名分を掲げてさえいれば何をしてもいいと勘違いした馬鹿は許せないって。今のお前はそれなんだよ!!」
「ンだと……!!」
「セインの言う通りだ。部隊を戻せ、ゴンドウ」
このままでは口だけでなく、どちらかが手を上げかねない勢いになったところでモニカがやってきた。
ロストナンバーズはゴンドウ救出作戦の際に、最も重要な目的の為には命を捨てることさえ作戦の内だと決めていた。その立場がウロボロスとひっくり返っただけだ。真の女王を探し出してロストナンバーズの本来の目的を果たす為に、ノア達ウロボロスは自身の命を犠牲にする道を選んだ。微かな望みを途絶えさせない為に女王へ至る鍵をゴンドウへと託したのだ。そのゴンドウがノア達を助けに向かい、結果命を落としてしまったら託した想いすら全てが無駄になってしまう。
そこまでモニカに諭されて、ようやっとゴンドウは悔しさを溢れさせながらも口を結んだ。
モニカの言葉からセインは嫌でも理解した。長老としてこれ以上の被害を出さない為に、憎まれ役を買ってでもモニカはウロボロスの処刑を受け入れる判断を下すつもりなのだ。
子どもが戦場に行かなくても良い日が来てほしい、兵士達が武器を握る必要なんてない、若い人が簡単に命を落とす世界を変える。常にそう言っているからこそ、ウロボロスの処刑を受け入れるのが最も苦しいのはモニカなのだ。
「……クソがよ」
モニカやゴンドウに向けた言葉ではなかった。このどうしようもない状況に対して、そして何より誰の力にもなれないセイン自身へ吐き捨てたものだった。
自然と俯き地面を見つめていた視界の端に紫の光が映る。何事かと顔を上げれば、紫の光がゆっくりと集い一人の人物が現れた。真っ直ぐに伸びた銀白の髪に、白銀の鎧と仮面を身に纏った女性——エヌと同じく千年を超えて存在し、アグヌスキャッスルの管理を任されているメビウス・エムだ。
「……嘘だろ、おい!」
セインの"瞳"には致命的な不具合がある。
背筋が冷える。いざとなれば、身代わりにでもなって長老のモニカと重要人物であるゴンドウは守り切らねばならない。一瞬でそこまで考え覚悟を決めたが、ゴンドウがあまりにも意外な反応を見せた。
「安心しろ。
「ハァ!?」
セインだけでなくモニカも驚愕している。メビウスが味方なんて寝ぼけでもしないと言えない。
「とりあえず目立つからアーモリーの中で話そうぜ、いいか?」
気の知れた仲と言わんばかりの声音で話すゴンドウと、無表情ではあるが慣れた様子で首肯するエムに促されて、セインとモニカもアーモリーの中へととりあえず乗り込んだ。
——異様すぎんだろ。
心の中でセインは独り言ちた。シティーの人間が三人とメビウスが同じ空間に戦いもせずにただ共にいる。しかも内二人は何故か妙に緊張も警戒も敵対心も感じられない。
「わざわざシティーまで来たってことは何か起きたんだろ? エム」
「はい。二点、伝えたくてここに来ました」
「……ゴンドウ、まず私達にも分かるように説明してくれ」
二人で会話を始めようとするゴンドウとエムの間にモニカが割って入る。エムというメビウスを前にしてモニカは精神を張り詰めたまま、混乱しつつも必死に現状を把握しようとしてはいるが流石に無理がある。
まず最初にエムとゴンドウは以前から協力関係にあった。エムはある目的の為にメビウスでありながら、ゴンドウに協力を持ちかけてメビウスが支配するこの世界に抗おうとしている。収容所でゴンドウの身が無事だったのもエムのおかげだ。
それだけではどうも信用に足らないが、決定的な証拠としてゴンドウが首からかけている鍵がある。エムから託された物であり、エムは元々この鍵をアグヌスの真の女王から預かっている。
「細かいとこ
「そこら辺は頭足りてんだな、クソセイン」
「蹴るぞ。俺は常にお前より頭足りてんだよ」
「あの……」
「……すまないエム。伝えたい二点に入ってくれるか」
「はい……」
一点目。シャナイアがメビウスにシティーの居場所を教えてしまった。これでメビウスはいつでもシティーそのものに攻撃が仕掛けられるが、恐らくすぐには動かない。アグヌスキャッスルには
「エヌは触の日に執り行う成人の儀と処刑を余興と称していました。ウロボロスが殺されるのをシティーに見せつけた後に、殲滅兵器で吹き飛ばすつもりでしょう」
成人の儀は触の日の正午に開始される。それまでに何とかしてこの場から逃げ出してほしい。居住する場など先々の心配も沢山あるだろうが、命があってこそだ。死んでしまっては意味がない。
「それに関しては安心してくれ。シティーはこれごと移動が可能だ。……伝えてくれて感謝する」
セインは初耳であったが、モニカとゴンドウはシティーが移動可能である鉄巨神である事を知っていた。明らかに機密事項だからごく一部の者だけしか知らぬのも無理はないが。
「喋んなよ」
「頭足りてる奴がンなことすっかよ。俺の賢さ把握してる奴だったら喋るなすら言わねえわ、アホ」
「殴るぞ」
「エム」
「はい。二点目なんですが」
モニカとエムはもうセインとゴンドウを放り出して話を進め出した。
二点目は今のエムの状態である。
収容所脱出における戦闘で、本来のエムとミオの魂が入れ替わった。これはエムがゴンドウにも明かしていなかった作戦である。
「つまり今の君は、ウロボロスのあの白い髪した……?」
「はい。成人の儀において、これを利用して私の大切な仲間全員を必ず助けます」
「じゃあアタシ達はミオって呼んだ方がいいか?」
「いえ、全て終わるまではエムと。私もそれまではエムとして振る舞います」
ミオが生き残る代わりに今のミオの身体と、その中に在るエムの魂だけが消える。当然エムはそれも織り込み済みでミオに全てを託している。エムも救おうとして下手な動きをしては、先程のゴンドウが起こそうとした行動と何も変わらない。
「
エムにとってシティーそのものも何より大切なものであり、その子孫である今のシティーに生きる者も当然同じである。千年前にエヌがシティーを滅ぼしかけた悲劇を繰り返さぬようにこうして警告へと来てくれた。
「どうか"私"の想いだけでも、貴方達に届けさせてください」
深々と頭を下げる彼女を突っぱねる気など毛頭ない。シティーも、ウロボロス達も必ず守り抜く。それは間違いなく最善で理想であるのだから。