化け物と巨人——メビウスとウロボロスの戦いは続く。
今まではメビウスの身体に傷の一つもつけられぬ程にノアたちの攻撃は小さかったが、ウロボロスは拳一つでメビウスを吹き飛ばしている。力だけではなく素早さも段違いだ。吹き飛び宙にいるメビウスの背後を取り、頭部を叩きつけて地面へと堕とす。
確かに攻撃は通っているが、メビウスは未だ余裕の姿勢を崩さない。笑ったまま「賭けは負けでいい」などと誰かと会話しているように何かを一人で喋っている。
置き土産だけ残していく。
まだ何か攻撃を仕掛けてくるのかと思ったがそうではなかった。メビウスの目から赤い光が伸び、空に楕円を捻ったような形が浮かび上がる。その模様が何か動くわけではないし、そこから攻撃が飛び出してくる様子もない。
「これで『世界はお前らの敵』だ」
命の行く先を楽しみに観ている。メビウスはそう言い残し、紫の光となり消えてしまった。
メビウスが消えて数秒するとウロボロスの姿もまた消え、そこからノアとアグヌスのおくりびとが現れた。二人を心配して近寄る他の四人だが、改めて互いを認識すると再び臨戦態勢を取る。
待ってとトワが声を上げようとするが、先に男が声で再び戦いが始まるのを遮った。ふらつく足でノアたちの方へ向かうのを、非力ながらもトワとリクで支える。
「武器を収めろ。もう、敵同士じゃ、ない」
そこで男は
「そうだユーニ! この人に回復アーツを!」
「いいって嬢ちゃん、もう、手遅れだろうよ。でもよ、お前のおかげで、タイムリミットは伸びたみたいだぜ。ありがと、な」
「せめて、楽な体勢を……。ノア、この人輸送機の近くまで運ぶの手伝ってくれる?」
「分かった、トワは離れててくれ。俺で大丈夫だ」
「……私も手伝う」
ノアとアグヌスのおくりびとが男を運ぶ。墜落してしまった輸送機に背中を預けると、男は顔につけていたマスクを取り外した。
現れた顔は初めて見る姿形だった。シワがたくさん刻まれている顔など今まで見たことなどなかった。
男はこれを老化と称した。
「ま、それはどうでもいいさ。それよりも成功したみてえだな、嬢ちゃんのおかげだな」
「成功って何だよ、それにトワのおかげって……」
ユーニの困惑に対して男は言葉を続ける。
ノアたちだけではなく他の四人もまた「ウロボロス」となったらしい。瞳の火時計の形が変化したのがその証拠だ。単なる光の輪から尾を飲み込む大蛇に、ウロボロスの輪に変化している。
ただ一人、トワを除いて。
「嬢ちゃんは七人目になっちまったみたいだな。……完全なウロボロスではないが、火時計からの解放くらいは上手くいったか」
男が何かを探すように視線を巡らせる。
アグヌスのおくりびとの首にある刻印を見て、十期後半で成人まで三ヶ月ほどと判断すると寂しそうに息を吐いた。他は二年近くありそうだとも。
男は六十年生きてきたと呟いた。兵士たちの寿命の六倍であり、こうして命に影響する怪我などがなければ更に生きられる。
十年の寿命などではない。六十年もそれから先もまだ生きていける、これが人本来の姿。
「お前ら、もっと、生きたいか」
ここにいる者はもう戦わなくとも生きていける。火時計から解放されて命を奪取する義務からも解き放たれたからだ。
それでも身体そのものの寿命は別の問題であった。この肉体はどんなに生き延びようとも、十期の終わりで必ず金色の粒子となり消えていく。
その上メビウスたちはウロボロスとなった者を見逃さない。メビウスの敵として命を狙い続ける。もうノアたちにケヴェスやアグヌスといった括りは関係ない。運命共同体となってしまったのだから。
この状況でもまだ生きたいと願うのであれば。
「大剣の突き立つ大地、我らの希望。『シティー』を、目指せ」
本当の敵を倒すために。
命をたったの十年で終わらせないために。
男の体が光出す。少しずつ金色の粒子が昇り始める。
「あとな、嬢ちゃん」
「な、に……」
涙を溜め今にもそれを零しそうなトワの頭を男が優しく撫でる。
「
いつか、見つかるさ、お前だけの
そう静かに笑った男の身体全てが金色に包まれていく。肉体は粒子へと変わり果て、空へと昇っていく。粒子がトワの頬に触れる。そこにあった想いに負のものはなかった。託せて良かったと、希望を繋いだことへの安堵が流れ込んできた。
アグヌスの笛の音色がする。アグヌスのおくりびとが立ち上がり、彼女の旋律を奏で出していた。
そうだ、この人は戦いで何かを残し切った人だ。ならばおくりびとである自分はそれに演奏を通して敬意を示すべきだ。
すぐに行動へと移したこの人はボクよりもずっと立派なおくりびとだ。
トワもまた立ち上がり彼女の演奏に続く。少しばかり聞いたことのあるアグヌスの旋律の邪魔にならないように、彼女を主旋律としてそれを支えるような音を。
更に音が続く。それはノアの笛の音で、彼もまた男をおくってくれていた。
アグヌスのおくりびとは驚いたのか、演奏の手を止めてノアとトワを見た。けれどもノアは静かに頷き、トワもまた目を細めて笑った。
三つの音が重なる。男だけではなくこの戦場全てで命を落とした兵たちにも音色が伝わっていく。おくられる命に区別はない。所属も年齢も皆平等におくられていく。
白と金の粒子が混じり合う。アルフェト渓谷に残された枯れ木の花となるように光が広がっていく。人の命であったそれは悲しさと優しさの両方を持ち合わせていた。
何も知らずにただ謎の物体を破壊せよと命じられ、敵軍の攻撃により命を落とした兵士たち。戦いに勝ったはずなのにメビウスの手で抵抗も録に出来ずに命を狩られた者たち。来月で寿命を全うし成人を迎えられるはずだったムンバ。
この世界の命はあまりにも軽すぎる。
「ありがとう、一緒におくってくれて」
アグヌスのおくりびとがノアに礼を告げる。ノアは去っていく人の声を届けるのがおくりびとの役目だからと、普段の彼らしく返した。
「貴方もありがとう。私の音にとても気を遣ってくれてたの、伝わってきた」
彼女はトワにもまた感謝を伝えた。トワは口角を少し上げて穏やかな笑みで返した。溜めた涙を頬に伝わせながら。