神笛と永遠と   作:坂野

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寄り道-3

 ミオの身体が輝く金の粒子となり天へと還っていった処刑場で、黄金の鎧を纏った黒髪のメビウス・エヌがノアへと近寄る。見ている者がまさか、と考える暇もない。エヌはそのまま刀を抜き、一つの光も宿さぬ瞳のまま迷いも躊躇も無く振り下ろした。

 カガリは反射的に瞼を強く閉じ、コウハは掌で目を塞ぎ甲高い悲鳴を上げた。

「……目、開けろ」

 セインは目を逸さなかった。ミオとエムの千年の時を重ねた覚悟を知った者として、全てをこの目で見る責任がある。

 ノアの首は落ちていない。

 彼の首筋に触れる寸前で何故かエヌの刀が止まった。恐らくはミオが何らかの手段を講じたのだが、生憎セインの目では具体的にどんな方法を実行したのかの確認は不可能だった。単に現実としてまだノアが生きているとしか認識出来ない。でもノアが死んでいないのならば、それだけで充分だ。

 そこからは怒涛の展開だった。聞かされた通りにエムと入れ替わっていたミオがノアを守り切り、その種をメビウスにも明かした。ウロボロス達はエヌと剣を交え、死闘の末にエヌを退けた。

 これで一安心と息を吐きたかったが、アグヌスキャッスルにはエヌとは別のメビウスがもう一人いた。そいつが何やら細工をし、偽りの女王を(けしか)けキャッスルの兵力全てをもってウロボロスを殺しにかかった。

 正直あのエヌを退けた彼らがあの程度の戦力に敗北するとは思えない。ウロボロスがキャッスルを制圧するのは時間の問題であり、実質的に消化試合だとセインは一足先に気を抜いていた。何なら今すぐ帰りたいとさえ思っていた。

 

 そこに全く予想だにしない出来事が発生した。

 それも百パーセント良い意味で。

 

 見覚えしかない赤き大剣が振るわれている。空色しか見せなかったエーテルの刃が紫や黄へと変化している。刀身の穴には見たことのない紋様が何種類も浮かび上がっている。

「あの子……!」

 武器(ブレイド)が抜けない子が、僅かな可能性を生み出したくて手を伸ばした彼女が、オーツ家始祖が残した設計図からセインが作り上げた武器(ブレイド)を。

 次々に顕現する能力に対して驚く顔も見せず、己の意思で能力を引き出して使いこなしている。

REX(レックス)の能力、出せたのか!!」

 ——REXを振るって戦っている。

 

 REXは使用者の意思に応じて無限にも等しい能力を顕すとされている。しかし何度セインが試そうとも成功しなかった。ああしたいだとか、こうしたいと念じながら剣を振ったがREXはエーテルの刃を出す以外全く反応無しだった。

 それを彼女が、トワが成し遂げた。

 自分の口角が上がるのを感じる。興奮で体温が上昇したのか指の先まで熱い。キャッスルでは未だ必死にウロボロスが戦っているのに、自然と笑い声すら溢れてきてしまう。

「はは……、あはははッ……!」

「あんた、緊張でおかしくなった?」

「おかしくなってもいいさ。物を作る人間として、それが誰かの力になれてんなら笑いも出てくるだろうよ」

「もしかしてトワさんが持ってるの、セインが作ってるって言ってた武器(ブレイド)……」

「そうだよ。……やっぱり"持ってない"奴は()()からこその"強さ"がある! 託して大正解だ!!」

 力を与え、仲間を守るREXの拡張能力は、仲間の力となって彼らを守りたいと言っていた彼女の想いそのものだ。脅すような言葉で少し強引に持たせてしまったのは悪いと思っている。でも今この瞬間に、彼女がREXを使って良かったと少しでも感じてくれているのならば、こんなに幸せなことはない。

 

「REXはもう君自身の武器(ブレイド)だ、トワ」

 借り物でも作り物でもない。REXは君が振るう為に生まれた武器だったんだ。

 

 REXの能力発動という展開こそ予想外ではあったが、結局セインの考えていた通りにアグヌスキャッスルはウロボロス達の手によって解放された。火時計を斬った瞬間は岬にいる者達がそれはもう大盛り上がりしていた。

 しかしメビウスは余裕の姿勢を崩さなかった。キャッスル下部から巨大な砲台らしき物が現れ、黒い霧を取り込んでエネルギーを充填し始めたところで再びどよめきが起こる。

「あれが殲滅兵器(アナイアレイター)ってヤツかよ……」

 ミオが話してくれたシティーを消し去れる兵器とはあれだろう。確かに何も知らずに大剣でこれを見ていたら絶望どころの話ではなかった。

「シティーの奴等ずっと見てんでしょ? 今からお前達全員跡形も無く消し飛ばしてやるよォッ!!」

 そう嘲笑ったメビウスが姿を消すのを合図として、殲滅兵器から光が放たれる。数秒の後、今朝までシティーがあった部分だけが綺麗に吹き飛んだ。まるで初めからそこには何もなかったかのように、寸分の狂いもなくシティーが在った場所のみがくり抜かれた。

「ひぇ〜……。本当に一歩間違えてたら俺ら全員死んでたな……」

「セイン、貴方全部知ってましたね?」

「俺は一歩先を行ってるからな、色々と権限がデカいんだ。……っでぇ!!」

 カガリが涼しい顔のまま再び腕を抓ってきた。

「嘘つかない」

「……偶々知っちまっただけだよ。一番頑張ったのは間違いなくミオだ」

 今朝のシティーの大移動の意味を全員が理解しただろう。何度目かの沈黙が場を支配した。

「あ、ゴンドウちゃんだ」

 その後はすぐにゴンドウ達がウロボロスの前に現れ無事を知らせていたし、これでやっと一安心できそうだ。

「あの映像、キャッスルのどこから出力してるんでしょう。……あら、切れましたね」

「ゴンドウ達も上手くやったんだろ。裏切り者も全員とっ捕まえて映像も終わらせたんじゃねぇの」

 シティーはシティーでこれからの方が厄介だ。ドイル家を始めとして保守派がロストナンバーズへ本格的に文句をつけてくる。これまでは活動に対して中立や肯定的だった者達が、この一件をきっかけとして否定派に傾くのも想像に難くない。実に面倒臭い事になる。あと家の片付け。

 

 

 アグヌスキャッスルの解放が正式な報告として提出され、ウロボロスの処刑とシティー全滅の二つの危機はやっと終わりを迎えた。大人達はシティー内部のゴタゴタに追われていたが、子ども達は数日もすれば普段通り遊び回っている。

 

 セインはというと。

「あたまいてぇ〜……」

 気圧差にやられていた。

 シティーは長い間大剣の上層部に在った。それがいきなり地面の下にまで高度を下げたのだから、急激な環境の変化に適応しきれずに体調を崩すのも無理はない。セインに限らずかなりの者が頭痛や身体の怠さといった不調に陥っているらしい。医療施設にも薬を求めて人が押し寄せており、ホレイスも大きく嘆いていた。中立のローディス家である彼は、流石に今回の件は少し強引だったかもしれないとモニカを批判していた。モニカのシティーを守りたい想いも、ホレイスの人々の体調を考慮してほしいという嘆きも理解できるからまた面倒だ。

 ロストナンバーズは鹵獲任務や外部での情報収集に出る隊に所属していると、高度による気圧差には慣れっこなので彼らはピンピンしている。セインは基本的にシティー内部での整備が主な仕事だから、滅多な事では外に出ない。時たまセントリッジ港まで降りるくらいだった。おかげで今苦しんでいるのだが。

「早く帰りなさいよ」

「何でコウハは平気なんだよ……」

「普段から健康的な生活してるからよ。あんたみたいに機械いじりに夢中になって夜が明けてるなんてことしてないわ」

「それとこれは話が違わねぇか」

 現在のセインは火光姉妹の部屋のソファに仰向けで寝転がっている。医療施設で薬を貰ったはいいが弱っている姿を弟に見られたくないという兄の意地から、二人の部屋で休ませてもらっている。

「今回は大目に見ます。ゴンドウちゃんから『珍しく役に立った』って聞いたので。私達の知らないところでセインも頑張ったんでしょう」

「うげぇ、あいつに褒められると吐きそうになるな」

「やっぱり帰します」

「大変喜ばしく感じております」

 現在のロストナンバーズはそこそこの人数がアグヌスキャッスルで活動している。偽りとはいえ指導者であった女王を突然失い、何をすべきか分からない兵士達には道を示してやらねばならない。火時計からの解放も済んでいるし、このままシティーへの協力に取り付けられれば大きな進展だ。そこらのコロニー一つを解放したのとは次元が違う。キャッスル内部には育成モジュールも大量に保管されていたし、メビウスの糧となってしまう命もかなり削げた筈だ。

 ウロボロス達もあの騒動の翌日にはキャッスルを発ち、真のアグヌスの女王の元へと向かったという。セインとしてはトワからREXについて色々と聞きたかったのだが、彼女を縛る権利など当然持たない。どうせ今後何かしらの進展があればシティーにもまた来るだろうし、その時にでも聞けば良いだろう。

 

 ——これからどうすっかな。

 ここ数年の大きな目標はREXを誰かに託し、可能であればその性能を開花させる事だった。それがいきなり達成されてしまったから、整備の仕事を除けば手持ち無沙汰だ。

 仮にもロストナンバーズに所属する身としては何かしら世界の解放に繋がる事がしたいのだが、仕事がそうと言えばそうなのだ。REXはトワに渡ったから改めて自分用の人工武器(ブレイド)を作ってもいい。他に始祖が残した設計図がないか探して、面白そうならまた作り上げるのもアリかもしれない。

 案外探せば簡単に見つかりそうだ。少しの間は適当に仕事をこなしつつ、時間をダラダラ過ごしてもいいだろう。何か起こればどうせモニカやトラビスから無茶振りが飛んでくるのだ。休暇の前借りってことでゆっくりさせてほしい。

 

「二人はどうすんだよ。ウロボロスもだいぶ力ついてきたろ」

「普通に研究続けるわよ。ウロボロスの全部が解明された訳じゃないもの」

「今の課題はヴァンダム家の始祖が形にしたウロボロスの実態です。初めから今のインタリンクの形だったとは考えにくいですから、初めはどうだったのかとか、いつの時代から二人一組のペアが三つの形になったのかとか、案外判明してませんよ」

「……それ、多分俺協力出来るわ」

「はぁ!? 初耳なんだけど!」

「オーツ本家にしか伝わってない事ってのもあんだよ……」

 オーツ家の始祖が実は武器(ブレイド)が出せない体質だったとか、その影響で今でも"瞳"に機能不全を起こす人間が生まれやすいとか色々と情報が残っている。その中にはウロボロス研究に関する事も実はある。

 始祖像ではインタリンクに関する功績はヴァンダム家始祖が全て成し遂げたような記述がされているが、あれはあくまでも歴史上で初めてのインタリンクに限った話だ。今のように安定した形でエネルギーを取り出せるようになったのは、オーツ家始祖と七人目の始祖の共同研究があったからだ。但し七人目の始祖は意図的に己の存在をシティーの歴史から消し去っており、どんな人物であったのか今では全く知る術はない。

 つまりは今のインタリンクの形を作り出したのはオーツ家始祖と七人目の始祖なのだ。

 世間やヴァンダム家はヴァンダム家始祖がウロボロスの全ての源流だと思っている。別にセインはそれに対して腹立たしいとかそういう感情を抱いてはいない。長い歴史の中で事実が歪んだり消失して伝わる事などよくある話だ。でも今のオーツ家がヴァンダム家と協力関係にある理由は、ウロボロス・ストーン絡みで過去から深い繋がりがあったからである。決して楽して良い思いをしたい訳ではないし、ヴァンダム家の子分的な存在でもない。互いに手を取り合い、協力をする対等な立場なのだ。

 

 周囲からどう思われようとも己のやるべき事をやり通す。偏見を持たずに使えるモノは何でも使え。

 

 オーツ家に受け継がれてきた家訓は全て始祖の経験と想いに基づいている。長い歴史の中で捻じ曲がってしまった事実も、せめてオーツ家の人間だけは受け継いでいきたい。そんな想いが確かにある。

 真実を今更言いふらさないのは、軽率な発言のせいで固定化されてしまった歴史を掻き回しては余計な争いを生んでしまうからだ。争いを好まない性質も始祖譲りらしい。

 

 ——とりあえず今は言わんどこ。

 セインも本調子ではないし、彼女達の研究に使うのなら記憶との相違がないか等の確認も要る。あと情報提供して良いかの話を当主である祖母に通すのが筋だ。セインの独断で動いていい案件ではない。

「んじゃ、その内連絡するわ。だいぶ楽になったし帰る」

「情報提供出来る時期決まったら教えてくださいね。お菓子と紅茶用意して待ってます。何が良いですか、クッキーですか、お団子もお饅頭もゼリーもプリンもいけますよ」

「態度が露骨ゥ……。ケーキで」

「あんたもちゃっかりしてるじゃない」

 何だか暫くは退屈せずに済みそうだ。帰路に着きながらひっそりと笑った。

 

 

 ——そしてまさか真のアグヌスの女王と出会うなんて大イベントが待ち構えているなど、この時の俺は毛ほども想像していないのであった。

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