セインが乗り込めと指したアーモリーは小型であったが、ここ最近よく見るシティーのとは少し違う。色合いや形も微妙に異なる。
「俺用なの。自分でカスタマイズしてメンテする方が性能良いしな、楽だし。向かいながら色々と説明してくれ」
セイン用アーモリーはカガリの操縦と比べ、あまりにも安定して穏やかな発進だった。いやこの穏やかな発進の方が大多数だろう、多分。
それにしてもこの短時間でシティーとカプトコルヌ山嶺を何度行き来しているだろうか。ちょっとだけ申し訳なくなった。
「——天空の砦って女王様ンとこかよ!?」
「セインさん知らなかったんですか?」
「いや……君達が真の女王のとこ行ったのは聞いてたけど、場所の名前までは覚えてなかった。マジか、それなら俺も砦の中までついてくわ」
折角なら真の女王を実際に見たい、とも言ったが本当の理由はまた別にあった。女の子二人と女王様一人を無防備な状態にするのはいくらなんでも無責任すぎるから、らしい。トワもミヤビも戦闘が不得意なのは自覚しているのだが、そういう話ではないとセインはぼやく。
「"男"として、いざという時に真っ先に壁になんなきゃいけないだろ」
よく分からない。二人で顔を見交わす。
性別の差は身体的な特徴くらいであって、戦場では力の有無で優劣が決まる。これはシティーだって同じではないだろうか。ロストナンバーズは男女共に戦闘員がいるし、任務だって最善の結果を出す為に得意不得意で人員を割り振るだろう。筋力があれば戦場で武器を振るう。知力があれば一歩引いて戦況を把握し戦略を立て、自軍を勝利へと導く。それが出来なくても採集科、調理科、整備科……おくりびとだってある。
仲間内だけ見ても防御役はランツとミオで、体型なんてまるで正反対だ。しかし得意とする点を最大限活かしているから、二人とも優秀な防御役として動いている。そこに性別の影響などない。ランツは身体が頑強であるから、ミオは回避に優れるから。それだけの話だ。
そう伝えればセインは一つだけ、しかし重たい溜め息を吐いた。
「……これも別に押し付けるモンではないんだけどな。変な性差がある方が面倒っちゃ面倒だし。俺がしたいからする、って事にしといてくれ」
不機嫌そうな顔に見えたが、少しだけ寂しそうにも思えた。
「あとそこそこ時間かかるから寝てもいいぞ。走り回って疲れてるだろ」
そして意外と優しい。
カガリの操縦より何倍もの時間をかけて天空の砦前に到着した。全員がアーモリーを出てから外部操作で欺瞞装置を起動する。これで砦に誰かが訪れているとは早々分からないだろう。
奉迎の台座から伸びる長い長い階段を上ったのだが。
「なっげぇ……、なんだよ、この階段……」
「天空の砦の中に入るだけでも、ふぅ……、私、疲れちゃって……」
「っ、はぁ……っ、はぁ……、REXに持久力増加とか、そういう拡張能力無いのかなあ……」
「理論上は可能だろうけど、君が発現、させてないなら、今んとこ無理だな……。あ〜、疲れた……」
案の定全員が息を切らして幽玄の間に辿り着いた。戦闘が苦手なおくりびと二人と機械整備員、誰も体力が無い。入り口に飾られている獣を
セインは幽玄の間の入り口で待つ。別に聞かれても不都合はないのだが、主に話すのは二人だから邪魔をしないようにとの配慮らしい。
女王ニアは南のテラスと思われる場からアイオニオンを眺めていた。女王様、と声をかければ思い切り目を見開いて驚かれた。どうやらつい先程にもノア達が再訪していたのだとか。
「何回も来てしまってすみません。どうしても女王様に確認したい事があって直接参りました」
オリジンの機能とミヤビの指摘した可能性を伝える。一通りを聞き終えたニアは数瞬目を泳がせた。可能性が否定される覚悟はしている。それでもどうか頷いてほしいと胸の内で必死に祈った。
「……少し時間を頂けますか。お恥ずかしい話ですが、私も即答が出来ません」
初めに聞いた話では女王二人が中心となりオリジンを創り出したのだと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
「オリジンを創り上げたのは二つの世界の素晴らしい技術者達です。私はあくまでも管理権限を付与されているに過ぎません。……本業ではないんです」
無礼かもしれないが、ミオ達には内緒にしてほしいと照れつつはにかむ女王を可愛いと思った。
ニアは何やら巨大な機械装置らしき前に立ち、水色のパネルを呼び出した。オリジンに関する情報を調べているらしい。ニアは約千年の眠りについていたが、その間の情報はこの場へと集まり続けていた。オリジン程ではないもののこの機械装置も相当に優秀なデバイスだと、調べ物をする手を止めぬままニアは説明してくれた。
石造りの天空の砦では雰囲気に合わない装置である。黄色のエーテルラインと沢山のパイプが目を引く。砦を制御する中枢も兼ねているのかもしれない。
砦の中を寒風が抜けていく。吐く息が白くなっては消えていく。
ニアの背中を黙って見つめながら、どちらからともなく手を繋いでいた。待つだけのたった数分は永遠かのように長く思える。ほんの一瞬が際限なく引き延ばされ、"その時"は見えぬ程遥か遠くに行ってしまったようだ。
しかし完璧な時の停止など無い。時間は進むもので必ずその時は訪れるのだ。ミオの成人の時が来たように、エムが一人で往ったように。この世界も結局は同じだ。
手に収まってしまうくらいにちっぽけで、世界すらも覆ってしまう大きな勇気を握りしめて、進むしかない。
「……されています! アイオニオンでもあらゆる"光"はオリジンへ記録されています!!」
そうして一歩を踏み出した者にしか見えない光がある。
ミヤビの推測は当たっていた。オリジンは完成した瞬間からいついかなる状態だろうと、全ての情報を記録し続ける作りになっていた。閉じられた世界で発生した
このままメビウスによって留められた時を解放し世界が元のままに再生されても、アイオニオンで起きた出来事が無かったことにはならない。
但し世界が再生された際にシティーの人々がどうなるかまではニアは明言しなかった。どちらかと言うと明言出来ないと表現する方が正しい。
想定されるオリジンの働きだけ考えるのであれば情報は保持されるが、今の状態のまま再構成された世界に生み出されるのか、記録だけされて別の肉体や物質の形を持って現れるかまでは流石に分からない。付け加えると即時の顕現なのか、遥か先の未来なのかも全く分からない。メビウスを斃した後に権限を握った者に左右される。
それでもこの事実は大きい。世界の再生の詳細についてはメビウスからオリジンを取り戻すまでの間に調査もできる。"進んで良い"と知れただけでも精神的な不安と重圧はかなり軽減されたのだ。
「ミヤビ、本当にありがとう……! ボク一人だったらきっと悩んだまま進めなかった」
「私はちょっと手伝っただけだよ。だってトワちゃんが『シティーの人がいなくなるかもしれない』って思わなかったら、誰も気が付かないままだったと思うもん。
時間が動き出す瞬間に気が付いても調べる余裕なんてないよ。もしも消えちゃう事になってたら、私達はシティーの命とここでの沢山の出会いを全部捨てていっちゃう。そんな未来、私は要らないな」
ミヤビの言葉にニアも頷いた。オリジンの力は強大な上に機能も多岐にわたる。言っていたように女王たるニアでさえも全てを把握するのは困難なのである。
「女王様もありがとうございました。お目覚めになったばかりでボクらが何度もお邪魔してしまって……」
「良いのですよ。私も未来を望む一人です。貴方達の力になれるのならば協力にかかる負担も喜んでお引き受けしましょう」
答えは出た。ノア達にも伝えて、勝手な行動を取ってしまったことを謝ろう。ニアにもう一度だけ頭を下げてから去ろうとすると、背後から足音が近づいてきた。
「話、終わったみたいだな」
入り口で待っていたセインだ。知りたかった答えを得て晴れやかな顔になったと、セインも緩やかに口角を上げた。
てっきりトワとミヤビの二人を迎えに来たのかと思ったが、セインはニアの前に片膝をつき
「ニア女王陛下、こうしてお目にかかりますことを大変光栄に存じます。
トワとミヤビは目を見開いた。態度も口も、お世辞にも良いとは言えない彼がいきなりこう言い出したのだから無理もない。物凄く失礼だが、目上の者への適切な振る舞いを知っていたのかとただ驚いた。
「無礼を重々承知で、私の身勝手極まりない要望をどうか陛下のお耳に入れていただけませんか」
「あ……えっと、その、そんなに固くならないでください。もっと肩の力を抜いて、貴方の素直な言葉で教えてくれませんか?」
ニアも慌てている。セインの雰囲気からして公的な場には向かないような人が完璧に作法をこなしているのだから、彼女の気持ちも分かる。これもセインに失礼だが。
「陛下のお心遣い、感謝いたします。では失礼して……」
セインが膝を伸ばし、真っ直ぐ立ったままニアを見つめてもう一度話し出す。
「女王陛下、アグヌスキャッスルへと来てもらえませんか」
現在のアグヌスキャッスルはウロボロスの手により火時計の支配から解放されている。そこにロストナンバーズも来ており、キャッスル側と少しずつ協力関係を築き始めている。近い内にシティー以外でメビウスに抗する新たな拠点として本格的に活動を開始する予定だ。
「キャッスルは陛下の本来の居です。シティーも総力を上げて陛下の身をお守りすると約束いたします。どうか陛下の愛する兵士達を導いてはくれませんか」
ニアがアグヌスキャッスルへと戻れば、シティーとしても利がある。真の女王が手の届く場所にいるのは心強いし、有事の際に守りを展開するのも容易になる。
また未だに世界への不安を抱くアグヌスの兵士にとって大きな
「……貴方の想い、受け取りました。応えたいのは山々なのですが、私はどうしても"此処"を離れる訳にはいかないのです」
しかしニアはセインの提案を断った。何やら理由がありそうだが、セインは動じる事なくもう一度ニアに問いかけた。
「"此処"とは『アエティア地方のカプトコルヌ山嶺における現地点の座標』ですか。それとも『天空の砦』そのものですか」
これに対するニアの答えは"後者"だった。
「それでしたら天空の砦ごとキャッスルへと移動してしまえば良いと思います。砦は光学的に遮断が可能な機能も有していると聞いています。不都合があればキャッスル上空で砦の姿を消していただいても構いません」
セインの提案は完璧だった。ニアにとっても危険や不都合がなく、シティーにとってもこの先の戦いにおいて利点がある。
ニアも彼の想いの強さと、それを実行に移せるだけの手段の提案を認めた。
「分かりました。貴方の要望通りにアグヌスキャッスルへ向かいましょう。ありがとう、私をキャッスルへと帰らせてくれて」
セインはニアに深く頭を下げ、キャッスルまでの護衛をする準備の連絡をすぐに入れてくれた。会話の内容からして相手は長官であるモニカだ。ニアの承諾を既に得ている事と、必要な護衛艦の数を伝えて案外早く通信は終わった。
「数十分ほどでシティーから護衛の為のマーセナリーとアーモリーが五機到着します。シティーの長老であるモニカも参りますので、移動の詳細は彼女とお願いします。
色々と急で申し訳ありません。俺のアーモリーだと小型でお役には立てないので、後の事は信の置ける者に託します」
それから暫くしてモニカ達がやってきた。モニカもまたニアへと丁寧な挨拶をした後にキャッスルへと向かう打ち合わせを始めた。セインはモニカへ簡単に報告し、彼の仕事はそこで終わる。何かと勝手な行動が多い彼だが、今回の件はやはりお手柄だったらしい。
「……で、君達はどうすんの?」
砦から出て、奉迎の台座にてセインはトワとミヤビに問いかけた。
「さっきノア達に連絡したんですけど、みんなは船のエンジンの材料集めに飛び回ってるみたいで」
大海の渦さえも突破できる船は外側はほとんど出来上がっていた。但し肝心のエンジンが未完成のままだった。材料が貴重な金属な上に、見つかる場所はどれも危険すぎてサモンでは向かえない。それをノア達が合計で六つ集めてくる、といった流れらしい。
ノアから貰ったデータによると、このアエティア地方にも金属の反応が一つある。天空の砦からも大きく離れてはいないし、折角なら一つだけでも回収したい。
「要するに俺に足になれってことだな」
「そうです。ごめんなさい、ボクの我儘で……」
「別に責めてるわけじゃねぇよ。乗り掛かった船だ、最後まで付き合うよ。ミヤビも一緒に来い」
「はい。お役に立てるように頑張ります」
きゅ、と両手を握りしめたミヤビの額を、セインは弱い力で突いた。
「そんな背負わなくていいって。珍しい金属だラッキー! くらいでいいんだよ、貴重な経験して得くらいに考えとけ」
「えぇ……」
「セインさんってこういう人だから……」
「あと余ったら俺もそれ貰う」
「えぇ……」
「二人して同じ顔すんな」
とりあえず目指すのはここから一番距離が近い不治ヶ原だ。同じアエティア地方であるし、南西に向かってすぐだ。
「んじゃさっさと出発だ、乗れ乗れ〜」
「は〜い」
こうして一行は不治ヶ原へと飛び立っていった。