どれくらい泣いていただろう。あまりにもみっともない姿を仲間に晒していたが誰も咎めなかった。ノアはずっと背をさすってくれて、途中からはミオが頭を撫でてくれた。ただトワが泣き止むまで静かに皆が待っていた。
「……ありがとう、もう、大丈夫」
目は赤く腫れ、乱雑に涙を拭った頬には跡が残っているがずっとこうしている訳にもいかない。クリスの想いを無駄にしない為にまた歩み出し、世界を解放するという目的を必ず遂げるのだ。
解放した未来の先で、また彼と出会えることを願って。
「ねえ、オリジンの金属どこかな?」
セナが首を傾げた。地図上ではキャッスル内に反応があり、てっきりクリスがいたこの場所——玉座かと思っていたのだがそれらしい物は見当たらない。クリスが消えてしまった女王の間に残されているのは、破壊された機械の女王と玉座くらいだ。ランツとタイオンが女王の残骸に隠されていないか軽く調べてみる。機械とは言え死体の腹を切り開いているようで絵面は悍ましい。しかし機械の身体の中にもオリジンの金属は見つからない。
「もしかしたら執務室かも……。ついてきて、ボク場所知ってる」
玉座の後ろ側には今も大量のゆりかごがある。そのゆりかごの間には細い道が続いている。玉座の左と右のそれぞれから伸びているがすぐに一つとなり、中央塔連絡通路へと繋がっている。そのまま真っ直ぐ行けば奥にはエレベーターがあるが、そこまで行く必要はない。通路の中央付近で右手に扉が現れる。そこをゆっくりと開けば、他のコロニーより遥かに豪奢な執務室が広がっていた。
ついこの間まではエヌが、ミオの成人の儀後にはクリスが使っていたのであろう机の上に目的のそれはあった。
「これで、全部だ」
船のエンジンを作る為に必要なオリジンの金属は揃った。クリスがどこから情報を得ていたのかは分からない。偶々持っていたのか、メビウスの親玉であるゼットに命じられて探したのか。
でもこれは間違いなくクリスから託された
正門からオービルブス要塞へと出ると、兵士達はゆっくりと目覚め始めていた。眠りに落ちる前の記憶が曖昧なのか、不思議そうに周囲を見回して状況を把握しようとしている。
キャッスルの中だけではなく、ノア達がやってきた時のオービルブス要塞とガーディン防衛基地も静まり返っていた。ケヴェスキャッスルの何もかもが深い眠りにつかされていたらしい。
「……クリス、だな」
「うん。ノア達が来ても戦いにならないように、誰も傷つかないようにってクリスさんの優しさだったんだと思う」
恐らくクリスのメビウスとしての能力は他者を眠らせる事だろう。トワもあの時クリスの瞳を見て眠りに落ちたのだから十中八九は正解の筈だ。キャッスル丸ごとを静かに出来る程の強さからして、本当は瞳を合わせる必要さえもないのかもしれない。
「俺さ、戦う中でクリスから色々と伝えられたんだ。オリジンが正常に稼働しない可能性を考えないのかとか、弱い人達を置き去りにするつもりなのかとか」
言葉では、現実を知り世界は強者だけの物ではないと厳しく伝えられた。けれどクリスの旋律にはやはり彼の本当の想いが込められていた。
「ここに在るものを望むようになってほしいって伝えてくれたんだと思う。強い弱いに関わらず、全てがいての世界だって。命を選んではいけない、命を選ぶ権利なんて誰にもないって……そんな気がするんだ」
言葉と旋律と、命でノアに全てを託した。メビウスにされてしまった彼にはそれしか選べなかった。後悔はなくても、決して喜ばしい選択とは思えない。
「それって、哀しいよね」
同じおくりびととしてミオもまたそう感じていた。故に自分達は往かねばならない。どこまでも、立ち止まらずに未来を目指して、オリジンへと。
「私もクリスの
ミオがノアの左手を握った。
かつてクリスが持っていた笛はノアへ、そしてミオへ。いつかは更に先の誰かにもきっと繋がっていく。未来の為に今ここにあるものを大切にできる人であるように。
クリスとの戦闘の際に玉座に付いていた火時計は破壊された。それと直接繋がっているキャッスルの火時計本体も沈黙している。アグヌスキャッスル程丁寧な後処理は難しいが、これでケヴェスのキャッスルも一旦はメビウスの支配から解放された。執政官の正体や命の輪廻、世界の真実等を伝えるのはロストナンバーズへと連絡を取り、彼らに任せる方が上手くいくだろう。
あまりオービルブス要塞に長居はせず、ガーディン防衛基地を抜けて大剣側へ出る。回収した金属をサモンへと届ける為にこのまま大剣へと向かう。
ケヴェスキャッスルから大剣へ至る道を歩くのは二度目だ。あの時は女王が機械だと判明したり、シティーの主力レウニスのマーセナリーが突っ込んできてゆりかごを奪取したりと怒涛の出来事の直後だったから精神的に余裕はなかった。そもそもシティーというものが本当に存在するかも分からなくて、全員が心のどこかに不安を抱えての道のりだった。
たった数ヶ月前の事を懐かしみながら歩けばあっという間に大剣の麓へと辿り着いた。自分達以外に人の目がない事を確認して入り口を開き、素早く中へと入る。そのまま中を進みセントリッジ港の管理室から第三ドッグへ。エンジン部分は未完成とは言え他は既に完成している。ここまで作り上げるのに五年は要したらしく、サモンが男のロマンとやらを求めていなければ洒落にならないレベルの足止めを喰らうところだった。心底感謝である。
「サモンさん、最後の金属持ってきた、よ……」
ノアがサモンに声をかけようと第三ドッグへ足を踏み入れ、固まった。
「何で俺が手伝わされてんだ!」
「サモンだけじゃ追いつかないも。腕の良いメカニックがいた方が素早く、ミス無く終わるも」
「煽てようたってそうはいかねぇぞ! 俺が今やってるのは整備でも何でもねぇ! 雑用だ!!」
「いいから手を動かすも。サモンは端末から金属の動きを見守るのに忙しいも」
「ンなのどうでもいい!! これはサモンさんの船だろうが!!」
「どうでもよくないも!! 超ジューヨーな仕事だも!!」
「納得がいかねえ!! 別途手当て寄越せー!!」
何やら騒がしい。見ればセインがサモンにこき使われている。恐らく不治ヶ原で回収した金属を届けてそのまま捕まったのだろう。
「あの……サモンさん……」
もう一度戸惑いながらノアが呼ぶと、そこでやっとサモンが此方に気がつき身体を向けた。
「も? おお! オマエ達! よくやったも、すごいも!!」
羽を大きく広げてサモンが喜びを表現している。これでエンジンを作れるようになり、念願だった究極の船が完成する。広げた羽で今度は胸の辺りを軽く叩き、出番が来たと胸を張った。
「ここからはサモンに任せるも」
「あんた今何もしてねーだろ! ……って、お前達か。肉体労働ご苦労。その顔は……考え無しに突っ走った事をあの金髪おくりびとメビウスに説教されてきたってところだな。気付くのが遅いんだよ、やっぱり頭足りねえな」
トワ以外は目の前にいる蜂蜜色の髪をした男性が誰なのか思い出すのに数瞬時間を要した。記憶を掘り起こした後はノアを筆頭に何とも複雑そうな顔をそれぞれが浮かべた。彼らにはいきなり司令室に入ってきた態度も性格も悪い物凄く失礼な奴、ついさっきはクリスのごたごたを連絡してきた奴くらいの認識で止まっているので無理もない。更にこの場でまた腹の立つ事を言われたので印象はまた悪化した。
「なんで分かるんだ……」
「賢いという点では素直に認めるが、態度と性格は別だな。僕は好きじゃない」
ノアとタイオンは疲れた顔でセインを見つめていた。
「今頭足りねえっつったか! 今度こそ殴ってやる!」
「ユーニに同じく!」
「ストップストップ! こんな所で喧嘩しても何もいいことないよ!」
「二人とも落ち着いてー!」
ユーニとランツが今にも殴り掛かりそうなのをミオとセナが必死に止めていた。
そんな中でセインはトワに近寄り、トワにとってはすっかり見慣れた、不機嫌そうではない彼本来の表情をして一言零した。
「……平気か?」
何について、と言わずとも理解できる。あの場の状況と、クリスの残した粒子からセインもまたクリスに協力していたと分かるから。
「今は、もう大丈夫です」
そしてセインもその言葉だけで充分だった。
「なんでトワにはあんなに優しいんだろうな」
「アタシが聞きてぇよ」
「実は似てるところがある、とかだろうか」
「どこがだよ! 真逆だろ!!」
「あの人とトワちゃんを似てるって言ったら私が殴る」
「セナ怖い」
こそこそと話す声は当人達には届いていない。
船の完成にはしばらく時間がかかる。そこから更にロストナンバーズの面々にも連絡を取り、オリジン突入への作戦を練らねばならない。明日明後日とすぐにオリジンへ向かうのは少々厳しい。一旦シティーへと戻り休息と各々の準備をするようにとサモンから勧められた為、それに従うことにする。
「セイン、オマエが送ってやるも」
「俺は何しに来たんだよ」
「エンジンはサモンじゃないと作れないも。オマエはさっさと帰って他のレウニスのメンテナンスに取り掛かるも」
「さっきと言ってる事真逆だぞジジィ!!」
そういう訳でセイン操縦のアーモリーでシティーへと戻ることになった。
「俺含めて人間八人とノポン二人は俺のアーモリーじゃ普通に定員オーバーだ。ジジィ、もう一人操縦する奴連れてこい」
「年上に向かってなんて態度だも!」
「お前が送ってけっつったんだろうが! そんくらいは責任取ってもらうぞ!! 俺もミヤビと一緒に戻りゃよかったわ!! おら! ジジィ働け!!」
「もー!! 蹴り飛ばすなもー!!」
——不安だ。
幸い何事も無くシティーに到着した。アーモリーから降りたところでセントル大通りから偶然歩いてきたミヤビと鉢合わせた。
「ミオ、セナ! 良かった、おかえりなさい!」
ぱぁっと花が咲くように笑い、駆け寄ってきて二人の手を取った。かつてからおくりびととして後方で守られていたミヤビはいつもこうして仲間の帰りを待っていたのだろう。戦場ではいつ誰が死ぬか分からない。向かった仲間達が骸とならずに戻ってきた時は、毎度のように心の底からの笑顔で迎えていたのだと自然と推測できる。
そんな彼女にはいつもとは一つ違う点があった。赤い組み紐で出来た髪飾りが今の彼女には着けられていない。
「ミヤビ、これ……」
トワが彼女に近寄り左手を差し出して、その手をゆっくりと開いた。トワが連れていかれるだけでは不公平だと、ミヤビもまた覚悟の一つとしてクリスに渡していた髪飾りだ。ミオの三つ編み部分に編み込まれている赤い紐と同じで、ミヤビとミオにとっては笛に次いで大切な互いを想い合う証拠の一つだった。
「ミヤビの大切な物、ちゃんと持って帰ってきたよ」
「……クリスさん、トワちゃんの知ってるクリスさんのままだった?」
笑顔のままながらも、眉を僅かに下げたミヤビの表情はどこか切なげだ。
「うん……。何も変わってなかった。メビウスになっても、ノアとボクの背中を押して送り出してくれた。だけど、ボク、ありがとうも何も言えなくて……」
「きっとクリスさんはそれも分かってたよ。私の想像だけど、メビウスになってからもずっとトワちゃんの事を見てたんだよ。頑張るトワちゃんの姿がクリスさんにとって一番のお礼になったと思うんだ」
「……ん、うん……っ」
あんなに泣いた後なのにまた涙が溢れてくる。クリスの想いや残してくれたものを考えるだけでどうしても涙となって表に出てきてしまう。本当は笑って、彼の最期をおくりたかったから。
サモンから連絡が来るまでは特にやる事はない。大方オリジン突入に向けての準備だろうと思っていたが、意外と皆がバラバラの目的を口にした。
タイオンは司令室でモニカ達と共にオリジン突入作戦の打ち合わせに協力する。ロストナンバーズも総出で援護に当たるから、ウロボロス側からも人員が必要である。
ミオ、セナ、ユーニはミヤビと共にセントル大通りの店を見て回りたいのだという。クリスが託した想いにはここに在るものを望むようになってほしい願いがあった。改めてシティーで生きる人達の姿を見ておきたい。シティーの中でそれを見て自分達も楽しみ、捨て去る命などないと心に刻んでおきたい。またオリジンに向かう前からずっと張り詰めたままではすぐに疲れてしまうから、精神的にも休息になる。
ランツはノアを誘ってミチバ食堂で食事を摂った後に、二人で作戦の立案以外の部分でロストナンバーズに協力するようだ。その後に時間が空けば各々の
マナナはシティーの人達から"カテイの味"とやらの取材をしたいらしい。食堂で出される料理とは違い、カテイ——家庭という小さな括りでしか表現されない味付けの差がある。新たなレシピの開発に活かす為にも時間は惜しんでいられないデスも! とカエルム居住区へ全速力で走っていった。
リクは意外にもセインに彼の工房への案内を頼んでいた。どうやらREXの設計図が見たいらしい。セインにもリクは優秀なメカニックだと教えれば、同業者なら良いと快諾してくれた。
トワは特に何かどうしてもやりたいという事は無かった。ただぼんやりと記念堂に顔を出しておきたい気持ちだけはある。彼らの想いを託された者として挨拶という程ではないが、オリジンへ向かう前にあの場所には行っておかねばならない気がした。