相変わらずウィリデ公園は賑やかな音が彼方此方で交差していた。いつ来ても楽しげであったり、幸せに溢れた声を聞くだけで此方もじんわりと胸が温かくなる。言葉の内容ははっきり聞き取れなくとも、音の色と人々の表情でここにある想いは感じられる。
必ず守り切る。メビウスからオリジンを解放してもシティーの人々やケヴェスとアグヌスの出会いの記録は消えない。でもただ世界が元に戻ってしまったのならば、今この場にあるものが今のまま残る訳でもない。だからオリジンを取り戻した後でもいいから、真の女王や他の人の知識を借りて何とか形あるものとして残せる道を探したい。
時を進ませるか、留まらせるかの二つしかないと思っていた道がひとつ増やせたのだ。ミヤビがアイオニオンでの出来事も記録されているかもしれないと気づかせてくれた。限られた選択肢に嘆くのではなく別の道を探す、探しても無いのなら新たに道を創ってしまえば良いと教えてくれたのだから。
記念堂の中には三人ほど人がいた。老人が一人と親子連れが一組だった。シティーでは子に歴史を教える場も担っていると以前に聞いたことがある。
ゆっくりと首を上げ、始祖像の顔ぶれを改めて眺める。今まではリイド家の始祖像ばかりが関心の割合のほとんどを占めていた。でも実際に出会ったからか、金属一色でしか表現されていない筈の像の全てが鮮やかに色付いて見える。
ヴァンダム家がマシュー、ドイル家がナエル、オーツ家がニコル、ローディス家がカギロイ、カシィ家がレックス。そしてリイド家がシュルク。厳密にはカシィ家とリイド家の始祖はレックスとシュルクの弟子になる。流石にあの短時間の邂逅の記憶では誰が該当するのか分からない。あの場にいた気もしてくるが単純に人数も多すぎて覚えてはいない。
前に訪れた時はぼんやりと始祖達の想いが今もここにある気がしたのだが、今となっては確信に変わった。アイオニオンでの生を終えてオリジンへと還った後でも、未来を信じて戦い続ける彼らの想いはずっと色濃く受け継がれてきた。シティーの人々が「見守っていてほしい」とか「始祖の意思を忘れない」と願って建てたのであろう像は、間違いなく始祖達の想いの通りに存在している。
自分が「本当に会った」と伝えても信じてはくれないだろうから無闇に話したりはしない。でも事実であったと知る者がここにいるのが重要だと、少しだけ調子に乗ってみたりする。
「トワではないか、戻っていたのか」
自身の名を呼ぶ声に気が付き記念堂入り口へ顔を向けた。そこにいたのはカムナビとエセルの二人だった。聞けば最近エセルが色々と知識を得たいと、カムナビにちょっと我儘を言っているそうだ。戦闘面の知識だけでなくシティーそのものの歴史等にも興味を示しており、何かないかとトラビスに相談したところ始祖像を勧められたという。
「役に立ちたいんだ。カムナビは力になっているのに、私では足手纏いになってしまうから……。ただ後ろで見ているだけしか出来ないんだ」
俯くエセルの気持ちはトワに痛い程覚えのあるものだった。
あれからカムナビはロストナンバーズに早速協力しており、鹵獲隊の護衛やモンスターを狩り食糧収集で力になっている。優れた戦闘能力は戦争で人の命を奪う以外の道を生み出せたのだ。
対してエセルは一期の幼年兵だ。邪魔にならない程度にロストナンバーズの訓練に参加したり見聞を深めたりはしている。しかしエセル本人は今すぐにでもシティーの、何よりカムナビの力になりたいと思っていた。せめて知識で補いたいと行動しているが、それがまた別の方面に影響を与えてもいる。
「私達の命の繰り返しを知ったんだ」
ケヴェスとアグヌスの兵士の命の輪廻。成人を迎えない限り、何度でもゆりかごから産まれ落ちて戦い続けるこの世界の理。
今のエセルには"何処かに行かねば"という焦燥感にも似た衝動がある。その答えこそが過去の己に起きた事柄に起因するのではないかと考えずにはいられない。記憶は無くとも——寧ろ記憶がないからこそ、この感情を抑えきれない。
偶然か必然か、エセルの求める答えをトワは持っている。エセルの全てでは無いにしろ、ケヴェスの者として持ち得るコロニー4の軍務長としての彼女と、カムナビと戦って生き抜いた戦人としての彼女の姿を知っている。
僅かばかり逡巡したが、知りたいと願うエセルが目の前にいるのだから伝えるべきだと判断した。おくりびととしてエセルの想いを彼女自身に届けようとこの間の騒動で決意したのだし、此方が勝手にあれこれ悩むよりもまずは渡してしまおう。そこからどう進むかは"今"のエセルが決めることだ。さすがに自死を選ぶようであれば全力で止めはするが。
「エセルさん。あなたの想いへの完璧な答えになるかは分かりませんが、ボクが教えられる事を伝えようと思います」
「過去の私を知っているのか……!?」
「はい。ほんの少しですが……。場所、変えませんか?
少し考えて選んだのはモジュール格納庫だった。外より少しだけひんやりしている気がする。ここならば一般の人は早々入ってこないし、仮にロストナンバーズの誰かに見つかっても理由の説明はしやすいだろう。
「一つ確認だけしたいんですけど、カムナビさんは過去の自分を知りたくない気持ちを持っていたりしますか?」
「それは……これからお主が話す内容に俺も関係する、と?」
「はい。必ず」
「ふむ……。構わぬ、聞かせてくれ。俺の進む戦道にもきっと必要な物だろう。俺も過去の己を知りたくない気持ちが無い訳ではないからな」
カムナビの同意を得て、トワは知る限りの彼らの情報を一つずつ話し出した。
エセルがコロニー4の軍務長であり、皆からとても慕われていた心身共に強い人物であったこと。好敵手はコロニーデルタの軍務長を務めていたカムナビであり、命の刻限が来る前に勝負の決着を付けたいと願っていたこと。飛び抜けた戦闘能力をメビウスに利用され、ウロボロスの抹殺を命じられたこと。
そして最後はメビウスの支配を振り切り、己の信ずる道へと往ったこと。
トワが嘘を話していないことは二人も頭で理解してはいるのだろう。しかし表情でははっきりと信じられないと物語っている。今ではお互いを気にかけて助け合いシティーで生活を始めているのだから、まさか自分達が敵として戦っていたとは想像するのが難しいくらいだろう。
でも今の状況は決して不思議な話ではない。敵軍に属し、幾度となく
つまりは互いは互いにとって大切な存在であったのだと思う。それはきっと、今と変わらない。
二人に何か言われたり、問い詰められることがあればそれにも正面から向き合う覚悟はしたつもりだ。二人がこの話を受け入れるまで付き合うのが伝えた者として、おくりびととしての責任だからだ。
内心では何か責められるだろうかと怯えもしていたが、エセルが吐いた言葉は意外なものだった。
「私は……随分と誠意を欠いていたのだな」
誰に、と聞こうとして気がついた。カムナビと決着をつけるのを望んでいたのはエセルだけではなかった。コロニー4の皆の望みでもあったのだ。
結果的にその姿を見せる事なく、カムナビと共に往ってしまった。"この"エセルはそれが許せないようだった。
トワもエセルの何処かへ行かねばという想いはコロニー4の皆の所だと推測はしていた。今のエセルも同じ答えを導き出したのだからほとんど正解だろう。エセルも衝動の答えが得られて幾分か落ち着いた表情になった。
しかし本当の意味であの時のエセルの心情を知るのは、あの瞬間を生きていたエセルしかいない。エセルがウロボロスに託したものは己が決めた願いの道を生き抜いた姿と、自由に生きる者への憧れだった。そこにコロニー4の者への言伝は何もなかった。
たとえ"この"エセルが何を考えどんな感情を抱こうとも、記憶も想いも形あるものとして残っている訳ではない。ユーニが例外的に過去の自分の記憶の一部を持ったまま今を生きている。そんな彼女でも過去と今では戦闘での役割も人間関係も異なるのだから、本当に同じ自分と言えるだろうかと話していた。
過去は過去、今は今。何度輪廻を繰り返そうと、一挙手一投足同じ道を歩む者などいやしない。今を生きる己はこの瞬間にしか存在しないし、それ以外に存在は出来ないのだ。
同時に過去の己の情報は全てがオリジンへと記録されている。死んでしまったからといって何もかもが無くなりはしない。過去のエセルも、カムナビも、トワだって、自分さえ知らない自分がこの世界に生きていたのは事実だ。小さな事が沢山積み重なって、もしかしたら何処かへと繋がっているかもしれない。
酷い世界の中でも、微かな光はまだ見つけられる。
「エセルさんは、今のエセルさんにしか出来ない生き方があると思うんです」
今すぐに強くなって、カムナビと並んで戦えるようになりたいというエセルの想いを捨てるつもりはない。ただここまでの道のりで、文字通り並び立つ以外にも果たせる事があると知っている。
「エセルさんなら、カムナビさんのことをこれからの人に伝えられる。ボクよりも、ずっと」
「これからの、人……?」
カムナビは成人が近い十期の身体であるのに対して、エセルは産まれたばかりの一期だ。この先、カムナビが命の刻限を迎える瞬間は必ずやって来る。カムナビの選んだ戦道を実際に目にした人はその瞬間以降には絶対に発生しない。
けれど、エセルがそれを伝える事は出来る。
言葉で語るのに限らない。成長したエセルがカムナビの残した想いを背負って戦い、その姿に誰かが感銘を受けたのならば、充分にカムナビの想いは繋がる。トワだって七期なのだから成人まで生き延びられたとしても、今のエセルより先に命を終える。だから今のエセルにしか出来ないのだ。
「勿論、エセルさんがどうしても戦いたいのならばボクに止める権利はありません。それなら戦う方法を探す方向に切り替えます」
「……いや、何か、少し分かった気がする。私は武器を持って戦場に立つ事ばかりが戦う事だと思っていた。でも……そうだ、皆生きる為に戦っている姿を私は見ている」
「少し良いか、エセル」
「カムナビ……?」
今まで聞きに徹していたカムナビがエセルの頭を掌で優しく撫でた。
「エセルは俺の目となってくれている。それはお主が俺と共に戦ってくれている証拠ではないか。お主がいなければシティーの中で何度物にぶつかり傷を負っていたか」
シティーの外でカムナビが万全な状態で戦えるのはエセルの支えもあってこそだ。エセルはカムナビの身を守り外へと送り出す。カムナビはエセルのおかげで不要な傷を負う事なく戦って、ロストナンバーズの力になれる。エセルがカムナビにしている事は、しっかりと戦いに繋がっている。
「お主はお主の戦いを既に始めている。単なる武力だけが力ではないと、今のお主が教えてくれた。ありがとう、エセル」
きょとんとしたエセルが、カムナビのお礼の言葉を理解し満面の笑みへと移り変わる。誰よりもカムナビの力になりたいと頑張っていたエセルが、カムナビ本人からその努力と行動を肯定された。やっと役に立てていたのだとはっきり自覚ができた。
「もう少し、このままやってみようと思う。カムナビの一番傍にいて、どんな者よりもカムナビの力になってみせる」
「頼もしいな。何も無理して危険な戦場に立たずとも良い。お主には穏やかに生活する道だってあるのだから」
「む……。でも私も成長したらカムナビのように戦うのが目標なのは変わらないぞ」
ふとトラビスがカムナビに対して「エセルの子育てが出来るのか」と確認していたのを思い出した。トワはまだまだ人本来の姿を理解しきってはいない。それでも今のエセルとカムナビは"親子"という姿に近いように感じた。ウィリデ公園で何度も見かけた、早く成長したいと言う子どもと我が子の無事を何より願う親の姿と重なった気がした。微笑ましくて胸の奥が温かくなる、そんな光景。
「よし、次はカムナビの戦道を見つけるぞ! その為には多くの知識を得ねばな。ほら、行くぞ!」
「お、おぉ……。引っ張るな引っ張るな、ちゃんと付いていく」
エセルがカムナビの手を引いて格納庫の外へと向かい出した。カムナビの力になれていると知って、更に役に立ちたいという想いが抑えきれなくなったのだろう。
「トワ、ありがとう! 私は今の私の道を進む。カムナビの戦道を私が引き継いで、今度は私がシティーの力になりたい!」
「まだ見つかっていないだろうに……。俺からも礼を言う。また助けられたな、ありがとう」
トワが返事する間もなく、二人は格納庫から出て何処かへと行ってしまった。中途半端に上げた右手が胸の辺りで所在なさげに留まっている。
——ボクは、ただ過去の話をしただけなのにな。
一歩を踏み出したのはエセルの意志だ。過去を知って何を思っても、今の自分を見つめて未来を見て進み出した。けれど、おくりびととして少しでも背中を押せたのならば光栄だ。
何処かへ行かねばという衝動は偶々引き継がれてしまった過去のエセルの想いだったのだろう。それが一つの答えとして今の彼女に届いた。それを受け取って、今度は今のエセルが本当に行きたいと願った道へ進んでいく。
きっとカムナビの戦道もすぐに見つかるだろう。根拠は無いが確信に近いものがある。
——もしかしたら、エセルさんへの"子育て"がそれだったりして。
案外、カムナビもとっくに見つけているのかもしれない。格納庫を飛び出した時の幸せそうな二人の顔を思い出して、思わず密やかな笑いが零れた。