エンジンの完成までは一週間程を要した。完成が近づいた辺りで作戦の会議等はあったが、それ以外の時間はかなり自由であった。休養を取る者、空き時間を鍛錬に費やす者、作戦の準備に関わる細々とした手伝いに走り回る者と様々ではあったが、一定の緊張感は保ちつつも誰の顔も何処となく晴れやかであった。希望を信じて、メビウスから世界を解放するのだと強い決意を漂わせていた。
既に解放されているコロニー4やコロニーラムダ、アグヌスキャッスルにはオリジン突入作戦で発生が想定される被害を伝えた。あのメビウスが黙ってウロボロスをオリジンへと到達させるなどとは考えられない。その為予めオリジン突入による迎撃の余波には備えが要る。対策の一つもしておかねば大量の命が散ってしまう。勿論多少の犠牲は覚悟しているし、死ぬ者は必ず出てしまうだろうが少ないに越したことはない。
また彼等からは近くのコロニーに連絡を取り、協力を仰げないか試すとの返事も貰うことができた。
ウロボロス達がメビウスを複数討伐したことで、各コロニーに配備されている執政官はあまり姿を見せていないらしい。ケヴェスとアグヌスの両キャッスルが解放されているのだから、メビウスとしては先にこの二つをどうにかしたいのかもしれない。
ウロボロスの噂と解放済みのコロニーの情報から、火時計から解放されていなくとも各軍全体として執政官への疑念は強まってきている。上手くいくかは動かなければ分からないが、もしかしたらもっとたくさんのコロニー同士が手を組めるかもしれない。数ヶ月前には予想だにしなかった事が一つの可能性となった。その希望がまた自分達の背中を押してくれる。
エンジンの積み込みが完了しサモンから召集がかかった。最終調整でもう少しだけ時間はかかるが、調整後すぐに作戦開始へと移れるようにウロボロス達はセントリッジ港の第三ドッグへ向かい、時間まで待機となった。
いよいよだと普段よりも数段緊張感のある空気の中で、ノアが神妙な面持ちで沈黙の空間に声の波を発生させた。
「メビウスって、何なんだろうな」
今まで遭遇してきたメビウスの大多数は命を刈り取り貪ってきた。それでいて死にたくないと命に縋り付いていた。時を停止させてまで、自身の命の為だけに他の何もかもを踏み躙っていた。
死にたくない、生きたいという想いは理解が出来ない訳ではない。寧ろ同意できる。しかし他者を利用し、犠牲にしてまでしがみ付きたいかと問われると違う話になる。
タイオンはミオにある質問を投げかけた。兵士は寿命が最大でも十年である、記憶は継承されない、成人しない等の限定条件は付随するが死んだら再生がなされる。メビウスはどうなのかと。
ミオからの答えは「死んだら復活出来ない」であった。本来在るべき姿の命と似ている。理屈はミオにも分からないが、メビウスとなった者は本質的にそれを知っている。故にどんなメビウスも基本的に死を恐れる。メビウスは自分自身で命を断つことができない。彼等が恐れているのは他者の刃のみだ。
ヨランやクリス、エムも当然知っていたのだろう。知っていて皆がそれぞれの道へ往った。だからこそ彼らが遺してくれたものを忘れてはいけない。忘れずに背負って、想いを重ねて、また誰かへと託して遺していく。それが自分達の得た命の繋ぎ方という答えだ。
アグヌスの女王ニアが話してくれた、自分達の持つ鍵とはヨランが最期に見せてくれた笑顔なのかもしれない。ゼットの支配からの解放、この世界の理を退けたもの、希望の力、未来を創る力——前向きで光に溢れるもの。
「そんなに難しく考えなくていいも。もっと単純でいいも」
リクの呆れを含んだ声にミオは笑った。もっと素直な気持ちで、自分達がこうしたいと願うままに進んで良いのかもしれない。その想いは"未来へと進みたい"だ。歪に停止してしまった"今"ではなく、本来在るべきであった"未来"へ。でもそれはこの歪な今を捨て去るのではない。この世界で生まれたものと共に、皆で未来を目指すのだ。
「……永遠って、何だろうな」
エヌが望んだもの、もう一人の自分が選んでしまった道の先にあるものが果たして何であったのか。
ノアの呟きに答える者はいなかった。
ドタバタと足の裏で鉄板を叩くサモンが第三ドッグに顔を出した。「ついに完成したも!」と感激の涙を流すサモンについていくと、バウンダリーをベースとした新たな船であるブレイブリーが堂々たる佇まいでそこにあった。
操縦はバウンダリーに引き続きリクが担う。完成の余韻に浸るサモンが操作方法や機能の詳細を男のロマンと共に送ろうとしたが、ランツはすぐにでも中に入ろうと急かしてくる。船の解説くらいさせろと眉間に皺を寄せてはいるが、正直サモンの話はあまり分からない。それこそリクくらいしか理解できないのではないか。リクが情報を持っていれば安心もできるし、間違いもない。
客観的に見ても事実なのだが、ウロボロス達のそんな反応にサモンはがっくりと肩を落とした。一応欺瞞装置の作動等のサポートはノアが行うが、ノアも最低限の内容だけを求めたので結局サモンの言う船の魅力や男のロマンは語られずに終わった。
「とりあえず大海の渦に向かう最適ルートも割り出しておいたも。サモンにここまでやらせたんだから、ゼッタイに帰ってくるも」
勿論だ。全員が強く頷き返した。
ブレイブリーの内装はバウンダリーと大差無い。空間が広いとか何やら便利な機能があるとかそんな物は無い。
「発進するも!」
しかしリクの声を合図として、ブレイブリーが進み出してすぐにバウンダリーとの違いを全員がはっきりと感じ取った。
「速ぇ〜!!」
「こんなに速いのに全然揺れてないよ!」
進む速度がとにかく速いのだ。体感的にバウンダリーの二倍から三倍はある。オリジンへ向かうポイントは三界景の岬の少し南に位置している。大剣からそこまでは一時間を切るくらいかと考えていたのだが、それが大幅に縮まった。
ポイントに近づきシティーのアーモリー八機と合流する。護衛するようにブレイブリーの周囲に配備され、同じ速度で渦へと進む。通信が開かれ一機に乗り込んでいるゴンドウとも状況を共有する。
「これから中央大海に入るも」
欺瞞装置を作動させオリジンからメビウスが観測できないようにする。アグヌスキャッスルに近づく際もこれで乗り切れたから、恐らくは問題ない筈だ。
「……近づいた途端迎撃されたりしない?」
「セナ! そういうことは言うなって!!」
「う〜! でもユーニだって怖いでしょ!」
「
可能性があるとすれば半分がメビウスのミオだ。天空の砦でもそうして待ち伏せされてしまった苦い記憶が蘇る。
場の空気が重くなりかけたが、リクが普段と変わらないあっけらかんとした声で気にするなと発する。
「そん時はそん時も。運が向いてなかっただけも」
「リク、お前なぁ!」
「ま、ちっさいから弾なんて滅多なことじゃ当たらないと思うも」
加えていざという時はゴンドウ達が引きつける作戦となっている。大船に乗ったつもりでいろとゴンドウの頼もしい声が飛んでくるも、セナは船はそんなに大きくないと不安なままだった。
「んじゃ、行くも! エンジン全開!」
リクの言葉で腹に力を入れる。
「ちょーっと堕ちるけどしっかり掴まっとくも!」
——え?
「お、堕ちる!?」
「ちょ、それは聞いてないデスも!!」
「言ってなかったからも」
「リク、俺も聞いてない!!」
「この船飛べないの!?」
「そんな機能はないも」
「やだぁあああ! 死にたくないーッ!!」
大絶叫と共にブレイブリーが中央大海へと飛び出していった。
「死ぬかと思った……」
「アタシもう半分死んでんだけど……」
「カガリさんの運転よりはマシだった」
「みんな、怪我はないか?」
「とりあえずは……。ノアも大丈夫?」
「ああ。下にもちゃんと水があって助かったよ」
かなりの高さを落下したが、どこまでも続く奈落ではなくしっかりと海が続いていた。気を取り直して再び渦へと近づく。
渦に近づくにつれ、徐々に海の様子がおかしくなり出す。海だけではない。空気の流れもうねり出し、紫の電撃も渦に走るのが視認できる。流石のブレイブリーも激しい振動に襲われ、簡単に吹き飛ばされるのではないかという程だ。
それでも諦めずにブレイブリーはうねりの中を突き進む。雲なのか水飛沫なのかも分からない中進めば、向こう側に何か巨大な物体の影が見え隠れしだした。
「沢山のメビウスを感じるわ……。きっと、あれが」
段々と見えてくるあまりにも巨大な何か。優にキャッスルの十倍を超えるかというそれこそが"オリジン"だ。
この世界の始まりであり、全ての魂がいずれ還る場所。
「まずいも! もっかいしっかり掴まり直すも!」
何がまずいのかと聞く間もなく、オリジンが一瞬明るい紫の閃光を放った。同時に大量のレーザー砲が全方位に乱射される。ブレイブリーの横を通り過ぎ、ロストナンバーズのアーモリーが一機撃ち落とされたがそれに留まらない。オリジンに近づく自分達だけでなく、アイオニオン全土のコロニーの鉄巨神やレウニスまでもが巻き込まれ破壊されていく。未だに解放されていない、メビウスの手中にあるコロニーさえもお構いなしだ。ウロボロスやシティーの者だけを殲滅対象とすると予想していたのに、これでは世界そのものを灼いて消し去るのと変わらない。メビウスが何を考えているのか全く分からない。
「オリジンがあれば命はいくらでも再生できる。敵味方問わず、命自体がメビウスの糧なのかもしれない。私達の行動を好機として、メビウスは最期の命の光を楽しみ尽くそうとしているのかも」
ミオがメビウスとしての情報と感覚からこの攻撃の意味を汲み取る。エムは何度も親玉たるゼットと顔を合わせているから、全てではないにしろゼットがどのような思考で行動を起こすのかくらいは予測がつく。
「……そしてまた最初から始めるつもりなの。"私達"のいない世界で、今度こそ好きなように」
止まない砲撃を掻い潜り着実にオリジンへと近づいていく。このまま長引けば本当にアイオニオンが焦土と化すだろう。躊躇も容赦もない砲撃を見て、ノアは一つの推察を立てた。
「もしかしたらメビウスに殺すという概念は無いのかもしれない」
オリジンがある限り命は再生される。兵士やシティーの人間、メビウスでさえも命を終えたら必ずオリジンへと情報が送られる。オリジンの鍵を握るゼットがその気にさえなれば、再生されないとされる命も簡単に復活させてしまえる可能性が高い。
人が息を吸って吐くように、自然の摂理だから気にもしないくらいの軽い気持ちで世界を灼き尽くしているのかもしれない。
でも何度も言うように諦めるつもりはない。そんな世界を変えたくてここまで来たのだ。何があろうとオリジンへ乗り込み、メビウスの支配から世界を解放するのだ。
ゴンドウ達が援護に回り、操舵をリクからノアへと移す。渦の外縁部まで残り三百メテリのタイミングで防護シールドの出力を最大にまで上げ、エンジンも段階的に出力を上げていく。渦に触れたと同時にエンジンを最大にし、流れを利用して一気に登り切る。真っ白な渦で上下左右も分からない時間が十数秒続いたかと思えば、一気に青空が目に飛び込んでくる。その眼下にはオリジンの中心が此方を見据えていた。あれを穿ちオリジン内部へと突入する。
「リク! 船首
「リョーカイも!」
ブレイブリーの船首に黄色いエネルギーを纏った固定武装が現れる。そのまま大きく舵を切り落下するようにして外装を貫いた。何層もの金属の壁を破り、真っ逆さまにブレイブリーが内へ内へと強引に侵入する。
当たり前だが船内は揺れるわぶつかるわの大騒ぎのままだ。ついさっき半分死んだとか言っていたばかりなのに、また半分死ぬのかと誰かの悲鳴にも思わず同意する。
「半分が二回繰り返されたのだからそれはもう単純に死なのでは!?」
「誰だ正論言った奴は!! アタシが後で殴ってやる!!」
因みに正論を放ったのはタイオンである。
「ねえトワちゃん! さっき言ってたカガリさんの運転とどっちがマシなの!?」
「どっこいどっこい!!」
「これとどっこいっておかしいよー!!」
「後ろうるさいもー!!」
ずっと続くのではないかと錯覚する衝撃も必ず終焉はやってくる。分厚い壁を何枚か抜いた辺りで速度が低下し、特に強固であろう大きな壁を貫いたところで宙へと放り出される。微かな浮遊感の直後に重力に引っ張られて落下し、水面らしき地点に落ち着いた。
「オリジンって……水、あんだな……」
「ランツ、結構余裕だね……」
「ミオも意外としっかりしてんじゃねえか……。流石だぜ」
「えへへ……」
全員が荒い息を整えていると、外にいるゴンドウから送られてきた映像が映し出された。どうやら突入の際に渦を発生させていた力場発生器も一緒に破壊したらしい。はっきりとオリジンの全貌が見えている。
紫の光が走る外殻が独特な回転を繰り返しており、黄金と白銀に分かれた女性の顔らしき部位が目を引く。明らかに人間の顔なのだがミオは鉄巨神の顔を思い出していた。もしかしたらこのオリジンの顔が鉄巨神の始まりになっているのかもしれない。つまり原初の鉄巨神とも言える存在だ。
「同じ……」
トワの微かな声は誰にも拾われなかった。
目の前に映し出されているオリジンの外観は、記憶のカケラの中にあったシュルクやレックスが見上げていた球体と全く同じ姿をしていた。オリジンは過去には空に浮いていたのだ。それが今アイオニオンの中心にある。
かつてはここにも地面があった。大海の渦と成り果てて何人たりとも寄せ付けぬメビウスの居城には、本来セントムニア地方と呼ばれた今はもう無き場所が確かに存在した。
未来を求める者が立った地をメビウスの支配するオリジンが吹き飛ばし、そのオリジンに再び別の未来を求める者が降り立った。
不思議な偶然を噛み締めて、強く拳を握った。