おくりの演奏を終えて数秒の沈黙が場を支配したが、ランツがそれを終わらせた。帰るぞ、と。
生き延びた者には状況報告の義務がある。たくさんの仲間を失ったことを伝えなくてはならない。それはケヴェスもアグヌスも全く同じだ。
同じだからこそ、敵対心に再び火が灯りかける。改めてこの場で決着をつけかねない彼らをノアは意味がないと止めた。
ノアとアグヌスのおくりびと——仲間からはミオと呼ばれている。そのミオとノアはウロボロスとなった時に互いの記憶の断片を垣間見たらしい。連続性はなく全ては理解できないが、二人とも相手の大きな悲しみに触れていた。
自分も相手も同じ「人間」なのだと、今になってやっと気づけたのだ。
「とりあえず戻ろう? 戦いはもう、いいよ」
「トワの言う通りも。こんな所でまた始めたら、せっかく夜が明けたのにま〜た夜になるも」
「そーデスも! 時間の無駄デスも!」
今までどこにいたのか。ミオたちアグヌスにもお付きのノポンがいたようだ。橙色の毛並みに金のバッジがついた白い帽子をかぶったメスのノポンである。瞳は描いたかのようにキラキラしている。
「あ、ノポンだ……。赤毛、可愛いね」
「トワ! そんなこと言ってる場合じゃないも」
「あはは……ごめん」
結局彼らはお互いのコロニーへと戻ることになった。武器を抜かずとも去り際の言葉は棘が剥き出しで、相手を傷つける悪意に溢れていた。
霧の立ち込める道を戻っていく。夜は明けても霧のせいで薄暗いままだ。視界は悪いし心身ともに疲労も凄まじい。風呂に入りたいとリクが呟きユーニが文句を言う。
そうしていればいつの間にやらアルフェト渓谷の入り口だ。イザナ平原に出ればコロニー9はもう遠くない。
だが、もう近づけなかった。
霧の中からコロニー9の兵士が向かってくるのが見える。ランツが声を上げるが、彼らの答えは銃撃だった。慌てて身を隠し、改めて大声で名乗るが彼らには届いていない。
ノアは応戦するしかないと覚悟を決めた。ただ、当然殺さずに。
「駄目だと思う」
トワがノアの袖を引っ張った。身を隠す直前に兵士たちの右目が不気味な赤に染まっていたのを見ていたからだ。あんな瞳の色は見たことがない。明らかに異常事態だ。
メビウスの言葉が頭の中でこだまする。世界はお前たちの敵だ、と。
「逃げよう、さっきの所まで。……もしかしたらアグヌスも、ミオさんたちも同じかもしれない」
戦わないトワにとって、おくりをする以外に鍛えられたものがあった。戦わないからこその観察眼と思考能力。本来は万が一おくりびとを降ろされた時に、何でもいいから役に立つものをと己の生存の為に教本等で身につけたものではあったが。
「戻ってどうすんだよ」
「このまま戦って、味方と戦って……。自分たちが死んだり、相手を殺すよりはずっとマシだと思う。どうするのかはあそこに着いてから、また考える。
今は逃げよう」
「……あー、分かったよ! そうだよな、ケヴェスみんなの大事なおくりびとに怪我させらんねぇしな」
「ありがと、ランツ」
もう三度目となるアルフェト渓谷入口とグラ・フラバ低地の間の道を彼らは駆け抜けていくのだった。
グラ・フラバ低地にて腰を下ろす。空は晴れて天気だけなら気持ちが良い。しかし場の雰囲気は一触即発であった。
トワの予想通り、低地に戻って少ししたらミオたちもこの場にやってきた。彼女らもまた所属コロニーの兵士に追われてきたらしい。
ただその先に会話はない。ノアとミオはかなり落ち着いていたが、他の四人はそうはいかなかった。敵軍である認識はそう簡単に変えられるものではない。どちらかが口を開けば、もう片方がそれに悪意を持って返す。武器こそ持っていなくとも、場としては戦場と大差ない。
陽は真上にまで上がっていた。着いてから考えればいいと言ったトワも良案は浮かばなかった。場を良くする話もできないし、間を取り持つのも無理だろう。
出来ることがあるのなら。
「シティーを目指せ……」
あの男に伝えられた言葉を思わず口に出していた。周りの視線が一斉にトワに向けられる。
「あ、えっと……うんと……。生き延びたかったら、そこを目指せって、言われたよなって……」
尻すぼみに声が小さくなる。懐疑を含んだ視線で見つめられては普通に怖いものだ。
「いや、トワの言うとおりかもしれない」
ノアが立ち上がった。彼もまたずっと考えていた。
メビウスが言っていた言葉はおそらく真実だ。黒縁眼鏡をかけたアグヌス兵の一人、タイオンはコロニーの兵士たちの瞳が赤いのを確認していた。それはメビウスと同じものであることまで確信を得ていた。彼の推測では今のノアたちはその瞳を通して、敵として見えているかもしれないとのこと。そう考えれば辻褄としては合う。
逃げ続けるにしても、何か目標があったほうがいい。
「成人の儀をしてくれてるトワの目の前で言うの悪いんだけどさ、仮に成人まで生きられて何が残る?」
ノアという人間はおくりびとでありながら、成人の儀に対して違和感を抱き続けていた。成人の儀だけではない、この世界に対する沢山の違和感がシティーに行くことで解けるかもしれない。本当の敵の意味が見えるかもしれない。
ノアの言葉を皮切りに場がゆっくり動き出す。それぞれの考えはあれど、今はシティーを目指すのが最善に思えた。
「よし、じゃあ自己紹介しておこうかな」
ノアがコンテナの上に乗って名乗り出す。これから長くいるのなら必要だろうと。次いで、ミオ、ユーニ、青髪のアグヌス兵セナ、タイオン、リク、赤毛のノポンのマナナ、ランツ。そして。
「ほーら、トワも恥ずかしがってないでやれよ」
ユーニがにやにやとしながら言ってくる。成人の儀以外で視線が集中するのはどうも得意ではなかった。
「う……。トワ、と言います。キャッスルで成人の儀の演奏を担当しています」
「もしかして、『神奏の』?」
ミオが聞いてくる。アグヌス軍にもトワのことは伝わっているようだった。ケヴェスには稀代のおくりびとがいて、どうやら成人の儀を一人で担っているとおくりびとの間では割と有名な話らしい。
「そ、アタシたちのすげーおくりびと」
「ユーニ! ボクそんなんじゃないよ。それと、みんなにどうしても言っておかなきゃいけないことがあって……」
長くいるのならいずれバレることだ。何を言われたとしても隠しておくより、今明かしてしまった方がきっと良い。喉に蓋をしたかのように苦しいが吐き出さなければならない。言わないと。後から隠していた事を含めて責められる方がずっと怖い。
「