神笛と永遠と   作:坂野

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 東西区間連絡通路を抜け、設置されている端末の操作をすると五重にも連なった重厚な扉が一気に開いた。扉の向こう側からは白い煙が足元へと流れてきている。

 この先だ。確信めいたものを感じ、自然と緊張の糸が改めて張られ背筋が伸びる。誰も言葉を交わしはしなかったが、きっと考えている事は同じだ。

 連なった扉を潜り、辿り着いたのは永劫の監獄。誰を捕える監獄かなど問うまでもない。視線を真っ直ぐに向ければ一際目を引く赤紫の光の中に人影がある。

 思わず走り出していた。光の下で立ち止まり顔を上げると人影がはっきりと目に映る。

 腰まで伸びた美しい淡藤色の髪、頭部には純白の羽。纏うのは純白の羽を引き立てるかのような純黒のドレス。機械で出来た偽物とはまるで違う妍麗(けんれい)(かんばせ)は、深い眠りに就いているかのようにその瞼を下ろしている。

 彼女がケヴェスの真の女王、メリア・エンシェントだ。

 メリアの身体には紐に似た何かが幾重にも絡められている。正にメビウスの呪縛と言ったところか。

 それに留まらず、光の周囲にあるオリジンの壁さえもメリアに手を伸ばそうとしているように見える。永劫を望む者達が女王の持つ権限を奪おうとしているのだろうか。

 

 今すぐにでも解放しよう。ノアがラッキーセブンを鞘から抜こうと柄に手をかけた瞬間、監獄内に一つ声が響いた。

「——待っていたぞ」

 ノアに似ていてノアとは違う声。深海の底に沈んだ瞳と同じく、淡い光も指先の微かな温かささえ感じさせないあまりにも冷たい声。

 ウロボロス達と女王の間に紫の光が集い、弾ける。現れたのはやはりエヌだった。

 最後にエヌの顔を直接見たのはアグヌスキャッスルでだった。あの時——成人の儀でエムを失い半狂乱で刀を向けてきた時はもっと怒りを剥き出しにして此方を殺そうとしていたのに、今の彼からは何の感情も読み取れない。弱い感情の波さえも立つことなく、正しく虚無としてそこにいる。

「酷い、顔だな。あの時の俺と同じだよ」

 白亜の牢獄で無力さと明日への絶望に嘆くばかりだった。ミオはもうすぐ永遠にこの世界から消えてしまうのに、何も出来ずに過ごすしかなかった。あまりにも長く、それでいて永遠ではない短すぎた一ヶ月。

 身も心も擦り切れて、世界の解放もメビウスの支配からの脱却も何も要らなくなって、ただミオさえこの先も隣にいてくれれば良かったと泣いた。

 その望みは決して叶わないと知っていたから、蹲り過去の思い出を反芻するしか出来なかった。

 

「己が女を手中にして満足か?」

「……これが満足に見えるのか?」

 ノアの顔は哀れみと悲しみ、そして微かな悔しさで満ちている。十人、否百人に聞いたとしても誰一人満足しているなどと答えないだろう。

 しかし、エヌだけはそうは見えない。

「そうでなければ何だと言うんだ? すぐ傍に自分の女がいて満足でないと? お前の方がメビウスよりも欲張りではないか。

 ()()さえあれば何も要らん。()()だけあれば俺は満たされる。ただ一つの光を手にしておきながらお前はまだ何かを欲するのか?」

 エヌの言葉にノアが口を開こうと唇を動かしたが、それよりも早くセナの叫び声が飛んできた。

「"それ"って何!? ミオちゃんはミオちゃんなんだよ! ミオちゃんも、エムだって物なんかじゃない!! 貴方は大事な人にそんな言い方をするの!? ……命なんだよ!!」

 ノアとミオはセナの叫びに動きを止めたが、彼女の大切な相棒であるランツは動じる事なくセナの隣へと一歩を踏み出した。

「お前にはミオも見えてないのか? お前を見てこんなに悲しそうな顔してんのに何にも思わねえのかよ!!」

 もしも、エヌにもう少しだけの余裕があれば何かに気がつけたのかもしれない。ミオの顔を見て、真っ暗な瞳に微かにでも光が灯ったのかもしれない。

 現実はミオの顔すら見ず、エヌは淡々と女王を渡さないと呟くだけ。自身の存在を懸けてウロボロス達だけには絶対に渡さないと。

 当然それに黙っているウロボロスではない。ケヴェスの者にとってはやっと出会えた自分達の真の女王だ。今の今まで話した事も顔を合わせた事さえなくとも、心のどこかに刻まれている。必ず取り戻すべき存在なのだ。

「君はノアの分身とも言える存在だ。出来る限り戦いたくはないが……」

 その先の言葉をタイオンは紡がない。態々言う必要もないとも取れるが、続きはタイオンの大切なパートナーが引き継ぎ繋いだ。

「アタシ達の大事な女王様だからね。世界の解放だってあるんだ、もう一人のノアだろうと顔面ぶん殴るって決めてきてるんだ」

 未来へ進む道を阻むのならば戦い、討ち倒す覚悟はとうに出来ている。

 

「なんで、女王を守るの?」

 緊張と恐怖で震える身体を強引に押さえつけて、それでも微かな声の震えは隠せていない。それでもトワには尋ねたい事があった。エヌが応えずに抜刀する可能性の方が高かったが、意外にもエヌはトワの問いに嘲りを含ませつつ返してきた。

「我らの世界に必要である以外に何がある? 世界がメビウスの手の中に収まり続ける為には、オリジンの要たる女王があらねばならない」

「今の貴方にとってこの世界が存在する意味はあるの?」

 エヌの眉がほんの少しだけ動く。

 

「エムさんのいない世界を守る理由は、本当にあるの?」

 

 エヌの歯軋りが聞こえてきそうな程に彼の口元が大きく歪んだ。それと同時、エヌの刀から斬撃が一つ放たれた。あまりにも一瞬で、避けることはおろか目を閉じることさえ間に合わなかったが、ノアもまた瞬時にラッキーセブンを抜きエヌの斬撃を防いだ。

「……あるさ。そこに()()のだからな! お前達を殺して、潰し、肉の一片すら残らぬ程に斬り刻みこの世界から全てを消し去った(のち)に! もう一度! この俺の横に置けば良い!! 再び初めから! 時を紡げば良いだけの話!! 

 俺のエム(ミオ)がいないのならば作り出してしまえばいい!! ノア(お前)から奪い取り、本来在るべき姿へと書き換えて!!」

 自身を虚無の果てに立つと称したエヌは、その果てに辿り着かぬノアでは己には勝てないと宣言した。数多の現実を越え、踏み躙って掴んだ"今"である自分には決して勝てない。

 しかしエヌの立つ地点を虚無とは呼ばないのだ。

「哀しみって言うんだよ、エヌ。虚無なんかじゃない、あんたが立っている場所は哀しみなんだ。

 だから来たんだ。あんたを哀しみから救い出す為に——エムの想いを遂げる為に!」

 ノアの言葉を聞きながらトワは理解した。

 エヌだけが持つ真実。エムに隠し抜いた千年前の記憶。

 エヌはずっと泣いていたのだ。許されたいと願いながら許されてはならないと自分を傷つけ、エムから差し伸べられた手すらも払って己の首を己で刎ね続けた。

 自分に救われる資格などないから。永遠に続く世界で永遠に苦しむのが己に与えられた罰だから。そう思い込んで。

 エムの存在しない世界など最早エヌにとっては価値など無い筈なのだ。エムとの時間が全てであったのだから彼女がいない世界などメビウスの手から解放されようとも、たとえ消滅してしまおうともどうでも良かった。

 それなのにエヌはまだここにいる。エムが消えてしまった世界でも、"彼"を殺した罪とエムのいない現実に身体中を刺し貫かれても消える道を選ばない、選べない。

 何もかもが彼の中で混ざり合いぐちゃぐちゃになってしまったからゼットの命令に思考を放棄したまま従い、目の前にいるミオを"ミオ"として認識も出来ずエムの代替品かのように言い放ってしまう。

 エヌの心は崩れ去る寸前どころか、メビウスとなってしまった瞬間にとっくに崩壊してしまっていたのかもしれない。

 だからこそノアの言った通りに、エムの想いのままに、エヌを哀しみと絶望の果てから救い上げ、己が手で刃を落とす断頭台に向かい続けるのを止めなければならない。

 

「救いだと……? そんなものに何の意味がある? 過ぎ去った今に何の価値がある? いつ、誰が、救ってくれなどと頼んだ!!

 お前も引き摺り込んでやる。虚無の果てに、絶望の底に!!」

 ——俺はここで生き(死に)続けなければならないんだ!

 本当の泣き声を、トワだけは聞き逃さなかった。

 

 

 一度刀を鞘に収め、エヌの指に力が入ったかと思えば視認も出来ぬ速度で引き抜き襲いかかってきた。それをノアが既に抜刀されているラッキーセブンで受け止め応戦する。

 エヌは息もつかせぬ程の密度の斬撃を放つ。そのほとんどはノアへと向けられ、他の人間はまるで眼中に無い。当然中途半端な技術では間に割り込む事も難しい。だからノア以外は全力で彼の支援へと手を回すことに決めた。

 ユーニがパワーサークルで火力の底上げと小まめな回復で常にノアが全力で剣を振るえるように背を押す。それが間に合わないと判断したら一時的にでもランツが傷を負う覚悟で割り込み、シールドブレードで壁を展開し数秒の時を稼ぐ。エヌの意識がランツの方へと微かに散った隙を突き、ミオがグロウサークルで自身へと視線を固定する。

「こっちを見て!!」

 敵の視線をロックする時のミオのお決まりの言葉だった。でも乗せられた想いは普段の比ではない。もう一人の自分であるエムの想いを届けようと、自分の口から伝えたいと言外に叫んでいる。

 だがまだ届かない。

 目には見えないターゲットロックで繋がれた紐を切るかのように、刀を左から右に振り上げミオを吹き飛ばして再びエヌの意識はノアへと注がれる。

 ノアはミオの心配をしかけるが、視界の端にタイオンのモンドを捉えてすぐにエヌに視線を戻す。タイオンならば必ずミオを受け止めてくれる。多少の傷を負ってもユーニに回復を任せられる。

 ミオを守るのは自分一人でやる事ではない。仲間を捨ててまでミオだけを守るのが正解ではないし、ミオだって易々と倒される程弱くない。

 今のノアはそれを理解している。

 

 ノアが今すべきなのはエヌと真正面から向き合い、何としても彼の手を掴んで深海の底から引き上げることだ。その為にもエヌに対して抱く疑問や彼のしてきた行動の真意を受け止めねばならない。

「何故その道を選んだ! どうしてシティーの人達をその手にかけたんだ!! あんたや、あんたの仲間の子ども達なんだろう!?」

 刃と刃が交錯する中でノアが問う。このまま力で捩じ伏せたとしても、それは本当の意味でエヌを斃して救う事には繋がらない。

「そんな()()はただの障害だ。我等(メビウス)が今を生きるのに不要な者どもでしかない。

 そもそもこの俺がいなければ生まれ落ちさえしなかった命、生殺与奪の権利はこの俺にある! 創造者たる、この俺に!!」

 思わず武器(ブレイド)を振るう手が止まる。ノアだけは何とか身体を動かしてはいたが、目を見開き驚愕と少しの怒りの色を宿していた。ミオはひたすら悲しげな表情のまま、エヌの言葉を聞いて思わず目を逸らした。

 確かに物凄い事を言い放っている。一切同情の余地など無く身も心も極悪人となってしまったかのように感じられるかもしれない。

 だけど違う、違うのだ。言葉の全てがエヌの本心ではない。周囲に自分が救いようの無い存在だと示そうとしているだけ。この期に及んでも自分と話そうとするノアを突き放して、見限らせようとしているだけ。

 そんなエヌの意思を知ってか知らずか、ノアは諦めずにエヌに問いかけを続ける。

「なら、共に在ったエムの……ミオの想いはどうなるんだ!」

 エム。エヌの傍にいたミオ。

「ミオ……ミオ、ミオ、ミオ、ミオォォッ!!」

 エヌの刀が一層激しさを増す。既に器から溢れていたエヌの感情は、辛うじて根幹の部分を堰き止めていた堤防とも言うべき物さえ遂に決壊してしまった。眼球が落ちるのではないかと思う程に見開かれた目はそれでもまだ光を映さない。真っ暗に澱んだ中でノアを——自分を見ていた。

(お前)はミオを守れなかった! 結果として無力だ! ()()()彼女はいない!! 何故だ! 無力なお前に何故エム(ミオ)がいる!! 失ったのに!! お前のミオはあの時天へと還った!! その身体はエム(ミオ)の物だ、俺の物だ!! どうして俺の元に来ない!! 戻ってこない!! 何故だァアアァァッ!!」

 エヌ()ノア(お前)がかき混ぜられる。ノアを責め立てるようでいて、しかし慟哭の全てはエヌ自身に向けられたどろどろと身に絡みつき、こびりついた己の力では元に戻せない腐敗物でしかなかった。

 ノアには理解ができなかった。どうしてそこまでして自分で自分に罰を与え続けているのか。

 エムとシティーの命を秤にかけて、苦しみ選んだ道が途中で誤りだと気がついて、それでももう後戻りすら出来なくて、独りで進むしかなくて、選んだ道が正解だったと言い聞かせて、それなのに間違いだからと己を罰している。

「あんたは後悔だ。過去に縋り付いて、あの時こうしていれば、あんな事さえなければって、誤った道を強いられて……。"俺達"なんかよりあんたの方が後悔そのものじゃないか!」

 エムは今のミオとノアをエムとエヌから生まれ落ちた後悔だと称した。別の道を選んでいればという後悔と可能性を持って、因果を超えてもう一度だけやり直す機会を得た特異な存在。

 しかし今となっては変わってしまった。何より後悔の塊だったのは過去を見ながら未来に背を向けて、今に立ち尽くすエヌであり、エムもまた同じだった。後悔など全く持たない筈のメビウスが誰よりも悔やんでいた。

「ならばお前はどうだというのだ! この俺と同じお前が!! 後悔以外の何かだとでもほざくのか!!」

 エヌが下から上へと薙ぎ払う。峰で大きなダメージは防ぐものの、ノアの足は僅かに地を離れてしまい無防備な状態を晒した。そこを見逃すエヌではない。追い討ちどころかそのまま左右に叩き割らんと振りかぶった。

 エヌの顔に影がかかる。視線だけで光を遮る何かを確認しようと、深海の瞳が捉えたのは武器(ブレイド)に赤いエネルギーを纏わせて飛びかかってきたセナである。

「セナ! そのまま地面を叩いて!!」

「任せて!!」

 セナの大彗槌が地に触れた瞬間、凄まじいエネルギーが衝撃波となりエヌを後ろへと大きく吹き飛ばした。近くにいたノアも同様ではあったが、感じた衝撃の割にダメージと思しきものはほとんど喰らっていない。

「"(スマッシュ)"、上手くいったねセナ!」

「うん!」

 大彗槌のエネルギーと同じ色に刃を染めたREXを握り、未だに余裕の無い表情を浮かべつつもトワが口角を上げた。(エンチャント)を与えるのでもなく(バスター)で傷を負わせるのでもない。可能な限りダメージを抑えつつ、とにかく"吹っ飛ばす"ことだけをREXに乗せて顕現させた。

 

 ノアとエヌの間に距離が生まれたことで一度体勢を立て直すだけの余裕が生まれる。先に動いたのはやはりエヌではあったが、意識を強引に変えさせる。ミオやランツが得意とするターゲットロックのように、それよりももっと強い力で、意思の力で。

 REXの刀身の穴に浮かぶ紋様が変化する。

「ボクを見ろ! "(レイジ)"!!」

 トワとエヌの視線がかち合う。エヌは即座に弱者であるトワであれば潰すのも容易いと判断し、トワの挑発(レイジ)に乗っかってきた。

「貴様などそんな何も斬れぬ(なまくら)を手にしたところで無力なままだ!!」

「ボクは誰も傷つけない!! 誰も殺さないで仲間を守り切れる鈍がこの武器(ブレイド)だ!!」

 鼻先でエヌの刀が静止する。"鎧"が生み出した黄色のエーテルの壁が攻撃の威力を吸収する。エヌがどれだけ押し込もうとも、壁は真反対の力で押し返す。

 負けてなるか、守り抜いてみせる。エヌの意思が強いのは確かだが、それに負けるつもりは微塵もない。

 エヌには伝えるべき想いがある。ゴンドウから託された言葉を伝えるのがトワがこの場で果たすべき役割だ。その為にも絶対に斬られる訳にはいかない。

 この世界で最も強いのは、膂力でも武器を扱う技能でもエーテル能力でもない。想う心、意思の力だと知っているから。魂をもって教えてくれた人がいるから。

「ノアは後悔なんかじゃない! 過去も今も受け止めて進もうとしてる!! ボクから見たみんなは光そのものだ!!」

 (レイジ)を解除し、再び(スマッシュ)を発動させてREXを横に振り抜く。エヌが大きく後退したところにノアがラッキーセブンの峰で横から追撃をかける。

「俺は——俺達は希望だ!」

「はっ、傲岸不遜も甚だしい!! 己を希望と言い切るか!! 思い上がりもいいものだな……、ッ!?」

 嘲るエヌの眼前を巨大化した双月輪が横切り、風圧で前髪を揺らした。

 

「貴方が一番大切にしていた人の言葉よ!」

 

 ようやく、エヌがミオを"視た"。

 何度目かの生で子を授かった時に子を、ゴンドウを抱えて微笑んだ彼女(エム)の言葉。エムにとっては我が子が間違いなく何よりの光であり、同時に仲間達の紡いだ新たな命もそうであった。シティーの存在、自分達より後に生まれてくる命達全てが希望になり得ると陽の光の中でエムは微笑んでいた。

 

 エヌの攻撃が止む。今のミオを見て、そこにもエム(ミオ)がいるのかと唇を震わせる。

 エムの心も後悔に塗れていた。しかしエヌと異なっていたのは、降り積もりすぎた後悔の中でも未来への希望を手放さなかったことだった。自身が消えてしまっても今のミオが引き継ぎ、繋いでくれると理解し信じていた。

 今となってはエムに限らない。ヨランやクリスもノア達に希望を見出し、自分の手の中にあった小さな希望の光を全て託してくれた。何人もの未来への希望を託され、背負い戦っているから輝いていて光となっている。

「希望など……光などあるものか。この世界にあるのは虚無だけだ! その果てに辿り着きもしないから戯言が言える!! 辿り着けば、虚無の果てに立ち尽くせば必ず絶望する!!」

 あと少しなのに、もう指の先にあるのに。

 光は見えていて、手を伸ばしさえすればエヌだって触れられるのに未だに拒んでいる。光の中にいる資格がないと思い込んで地面を見つめ、底のない地の中へ自ら沈んでいる。

 自分を斃してほしいと願いながらもノアを虚無の果てに引き摺り込もうとする。どれだけ切り離そうとも、違うと言い張ろうとも。エヌはノアで、ノアはエヌなのだ。自分だから自分が光だと認められない。片割れが、己が救われてはいけない。

 

 刀が鞘へと収まる。空気さえも集約されていくようで、気持ちの良くない風が頬を撫で付ける。

「地に、還れェエエエェェエエェッ!!」

 エヌの見た永遠の時間、久遠光陰。

 きっとメビウスの中では誰よりも強い想いだ。生半可な意思では傷どころか、彼に触れることさえ許さない。

 ——自分自身以外は。

「だからっ、それは……っ! 哀しみだって言ってるじゃないかァァッ!!」

 白銀の剣が舞う。エヌの攻撃を、想いを受け止めた上で更に先へとノアを進ませる。

 

 ——彼らの未来に貴方も要るの! 貴方も居ないと駄目なの!! ううん、欠けていい命なんて一つもない!!

 みんな未来なんだよ。私達の大切な、未来を作り出せる子どもなんだよ!!

 

 聞いたことのない女の人の声がした、気がした。

 トワが自分の耳を疑うよりも速く、ノアの渾身の一撃がエヌの斬撃も、刀も、鞘をも弾き飛ばし、とうとうエヌはその場に膝を付いたのだった。

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