ゼットは一人浮かび上がり客席側へと身を移す。文字通り高みの見物を決め込むつもりだ。己の手で戦わない姿勢や舞台に手を出しておきながら未だに観客面を続けるのにはもどかしさも感じるが、対峙するメビウス・エックスは待ってはくれない。
「どこ見てんのさァッ!!」
得物である巨大な鎌を迷いなくノアの首目掛けて振り下ろしてきた。すかさずランツが防御に入りそれを食い止める。
「アタシだって忙しいのにさ。でも折角だ、一人一人順番にお前らの首刈り飛ばしてやるからかかって来なよ!!」
「私にも貴方達の命の輝きを、消えるその瞬間まで見せていただきたいものですね」
いきなりエックスの姿が消えたかと思えば、今度はワイの拳が飛んでくる。ランツが弾き飛ばされるが即座に体勢を立て直し、追撃する隙を見せることなく再び地に立つ。
純粋な力の強さで押してくるワイと、奇怪な動きと技でじわりじわりと追い詰めてくるエックスの動きが綺麗に噛み合う。互いの死角を補いつつ、ウロボロス達に反撃させる隙を見せる事なく次々に攻めてくる。悔しいがコンビネーションに関しては見事と称さざるを得ない。
「数が多いのは面倒だからね! サプライズバルーン!!」
エックスから無数の風船が生み出される。青と紫が混ざった膜は創造主であるエックスに似て、ゆらゆらと読みにくい動きをしながら浮かび上がっていく。それはある一点で一斉に弾け、モーブ色をした光の雨となり降り注いでくる。
光を浴びると同時に鋭い痛みが襲いかかる。血こそ実際に流れ出てはいないが、鋭利な刃物で身体を浅く切り裂かれたような痛みだ。直接の致命傷にはなり得ないが時間と共に体力は確実に削られていく。時間をかけて嬲り殺してやろうというエックスらしい意思が垣間見える。
そこへワイが腕を広げグロリアスタイフーンで全員を大きく吹き飛ばす。ランツやモニカが壁を張ってくれるおかげで大きなダメージには至らないが、全員でメビウス二人を相手取るのではジリ貧に追い込まれると判断したタイオンが指示を出す。
「二手に分かれるぞ! ランツはワイを、ミオはエックスの攻撃先を自分に固定してくれ!」
防御役の二人を基準としてワイにはランツ、セナ、タイオン、ゴンドウ、モニカが。エックスにはミオ、ノア、ユーニ、リクとマナナ、トワが相手取る。状況に合わせタイオンがその都度勝利への道筋の為に細かく調整をしていく。
二手に分かれた舞台を見てゼットは密かに笑みを浮かべ、乾いた指を鳴らした。
「身を焦がす程の熱き舞台と凍てつくような恐怖の舞台を」
ワイを中心として炎が、エックスを中心として冷気が巻き起こる。過去のシティーを燃やした炎、過去のノアとミオが命果てたどこかの雪山の猛吹雪がこの場に再現されていく。
ユーニがヒーリングサークルを発動し、タイオンがモンドで効果範囲を急速に拡張させる。傷を受け続けるのであれば此方は回復し続ける。
「お前は一番嫌いなんだよねぇ」
猛吹雪に屈さずにノアが放ったエアスラッシュを受け止めたエックスがつまらなそうに吐いた。
「奇遇だな。俺もあんたみたいなのは好きじゃない」
「アッハハ! ねぇ、覚えてる? "もう少しだミオ! あと少しで俺達の想いは叶う!"とか言ってた頃をさ!!」
オリジンに辿り着いた者は過去にも少数ながら存在した。ウロボロス・ストーンの力を得た者の中で更に限られた人がオリジンに乗り込み、そして必ず力尽きた。
その中に必ずノアとミオの姿があった。繰り返す者として記憶など受け継がれない筈なのに、毎回必ず二人揃ってやってきた。互いを想い人として十年の命に束縛されない未来を叶えようとして、ほんの少し届かない所で命を落とす。
「で? 叶ったの? ——叶うわけないよねぇ! 叶ってたら今ここにいる訳ないもんねェェエェ!! これからも絶対に叶いやしないのにさ!!」
シックルペインで今度はエックスがノアに仕掛ける。しかしその矛先はミオのグロウサークルでミオへと向けられ、容易に回避される。
「これから叶えるんだ! みんなで! 一緒に!!」
「無理無理!! この世界はアタシ達メビウスの物なんだから!!」
その隙にリクがエックスの足元にエナジーグレネードを撃ち込む。エックスのやり方同様に"じわじわ削るも!"と言わんばかりのノポンの小さな反撃だ。
当然ながら些細なダメージだろうとそれに気がつかないエックスではない。お返しだと再びサプライズバルーンで苦しめる為に新たな風船を生み出した。
「させるかぁッ!!」
トワのREXの刃が眩い黄色に染まる。後ろへと構えた剣を天へと掲げるようにして振り上げ、集約させたエーテルエネルギーを足元から一気に吹き上げる。
「"
エネルギーが上昇気流を巻き起こし螺旋状となって、風船も弾け飛んだ光も全て上空へと押し上げた。
「チィッ! 誰かと思えば役立たずの特別なケヴェスの神奏のおくりびと様じゃん!!」
エックスの放ったリーサルネックハントを"盾"で受ける。鎌とエーテルの盾のせめぎ合いの中、エックスは愉快なことを思い出したと明るく馬鹿にする声色で話し出す。
「ね〜え、考えたことなかった? ケヴェスがなんであんなに
「そんなの、滅多に現れないから……!」
「バアァァ〜カ!! アンタがここにいるってことはどれだけ長くても十年おきにアンタがゆりかごから生まれ直してんだよ!! その度に
振り切られた鎌の反動で盾が消えるがすぐに"鎧"を発動し、続くエックスのシックルペインのダメージを抑える。
「物好きなメビウスがいたんだよ!! そりゃあもう、五百年以上も恋人でも夫婦でもない人間一人に執着する気ッ色悪い奴がさ!!」
原初のメビウスはさておき、人からメビウスとなった者の為に用意される枠は二十二ある。その中から他殺、自殺を問わず、何かしらの理由で空きができた場合のみゼットの気まぐれによって新たなメビウスが枠へと収まる。エヌやエムのように千年以上もメビウスの名を冠し続ける者もいれば、短い間にロストナンバーズなどの勢力に打ち倒される者もいる。
例えばメビウス・シーの名を呼んでクリスのことを指すのは、彼がメビウスにされた四年前から今までの期間のみだ。彼がメビウス・シーとなる前には別の誰かがシーの名を冠していた。
「誰だったっけなぁ、エスって言ったっけ。訳分かんない面白い考えしててさ!
明確な根拠も無く、ただ数の少ない希少な存在なのだから特別に違いない。アイオニオンにおいては誰もがごく自然に発現させられる
メビウス・エスはその独自の思考に基づき、数えるのも億劫になる程の大量の兵士の中から
「千年くらい前にはもう一人いたんだけどさ、いつの間にかいなくなってたね。成人でもして消えたんだろうけど。つまりそいつが見つけるのは必然的にあんたしかいないって訳!」
エスがトワを見つけ出したのは約七百年前のことだった。
見つけ出してからはエス自身が管理するコロニーへと連れ出し、一種の象徴として取り扱っていたという。武器を持って戦うなんてせず、ただその場にいるだけ。"い"る事が重要で象徴に意志や言葉は必要ない。
我がコロニーには神の子がいるのだから負ける戦など有りはしない。敗北する事があれば信ずる心が足りぬから。神の子と大元である神の存在を信じていない——信仰心が足りぬと判断された兵士はエスの手によって命を奪われていった。
勝手に祀り上げられ、戦闘で勝利をもぎ取れなければコロニーの兵士はエスの手で刈り取られ、それなのに自分は
初めの内は過去のトワも抵抗したのだ。自分は何ら特別な存在ではない、自分を象徴などにしても何の意味も為さないとエスに言葉で訴えて戦おうとした。
しかし相手はメビウスである。その程度の訴えでトワが解放されていたのならば、そもそもエスはメビウスになどなりはしなかった。
「当然あんたの言う事は何にも聞き入られなかった! 逆に『自分は貴方をこんなにも愛しているのに』とか言って直接的な行動に移しまくってたね!!」
愛を伝えようと、言葉では足りないのならと行動をもってエスは神の子に手を伸ばした。
「毎晩毎晩愛されてたよ!! そりゃあもう大事にね!!」
その言葉が含む意味を兵士達は理解できない。戦争のみを義務付けられた兵士には欠落した知識と情報があまりにも多い。
だからこそ一人の子を持つ親であるモニカが、シティーの子として適切な教育を受けたゴンドウが、因果の外にいるノポンでありながら世界の因果とも繋がるリクが、内心で烈火の怒りでさえ生ぬるい程の感情が吹き上がったのは言うまでもなかった。
「んでさァ!! そんな生活に耐えきれなくなったあんたは限界迎えて毎回自分で死を選んだ!! そしてまた再生されてエスに見つかっておんなじ時間の繰り返し!!
それが何年、何十、何百なんて続いたら覚えてなくてもあんたは最初っから擦り減って抵抗の意志さえ示さなくなった!! それでもエスはあんたにご執心だったね! 気色悪いったらありゃしない!!
あ〜、でもあんたがズタボロにされてるのは面白かったね! だってあんたが汚れれば汚れる程依代の神剣は……ッ!!」
立て板に水の如く甲高い笑い声と共に喋り続けるエックスの言葉が途切れた。一瞬の空気の流れと殺気を感じ取り、エックスが一歩引いた瞬間に巨大化したミオの双月輪が眼前を通過したからだ。
「それ以上口を開くな!!」
攻撃元を認識したエックスはすぐに明るく不快な笑い声を上げ、鎌の矛先をミオへと変えた。エックスが振り下ろした鎌をミオは交差させた双月輪で受け止め、額に青筋を張らせる程の形相でエックスを睨みつける。
「や〜だね!! ……ああそっか、十年くらい前にエスを
おおよそ十年前、些細なことからエムはエスのコロニーの内情を知ってしまった。
執政官の独断や気まぐれで兵士達の命が刈られるのが日常茶飯事な世界で、エムはずっと正気を保っていたからこその行動だった。千年の時を漂う中で片手で数えられる程しかない激情を抱き、エヌのことや形式的なゼットへの報告さえも何もなしに感情のままエスのコアを砕いた。幸いにもエヌの耳に入ることはなく、ゼットも面白い一幕を鑑賞できたと不問に付した。
エスのコロニーにいた兵士達はケヴェスキャッスルへと対応を頼み、エムは身も心も擦り切れる寸前のトワを抱えて密かにアグヌスキャッスルの自室で保護した。世界の前提としてメビウスの糧は兵士の命である為、意図的に兵士を成人まで生かすメビウスはいない。繰り返せば繰り返す程に自身の命を削ることに直結するからだ。
だがエムはそれを実行しようとした。これまでの境遇と
その結果は言うまでもない。トワが現在進行形でこの場に立っている——失敗したのだ。
第三者の介入等で殺害されたのではなかった。エムの手によって解放された時には既に全てが手遅れでしかなかったのだ。
焦点の合わない瞳はただぼんやりと虚空を見つめるばかりで、人としての最低限の生きたいという想いさえも存在しなかった。生きていたくないと、苦しみから逃れたいと力の無い存在が出来た唯一の抵抗は全てを投げ捨てることのみだった。
保護して数日。エムが何度目かの様子を見に来た時には少女だった肉体が横たわって黒ずんだ骸となり、そこからは赤い粒子が立ち昇っていた。
エムが運んできていた食事には一切の手がつけられていなかった。生物としての生理的欲求すらも捨て去られた結末だった。
そして今生。成人の儀までエムの振りをしていたミオはある枷を少女に課した。
「貴方には己の手で命を断つ事を禁じます。自害に繋がる行動を起こせばそれが強制的に貴方の動きを停止させます」
エムの持っていた苦い後悔の記憶の一つがミオの背を押した。何も知らぬその時のトワは生きてミオの成人を見届けろと、自身を苦しめさせる為のものだと考えていた。けれどその実態は、絶食により再び命を落としてしまわぬように嵌められた命を守る為の枷だった。
「要するにだ! アンタは今まで散々な輪廻を繰り返してきたんだよ!! そんな奴が未来で幸せになれる保証がどこにある!!」
エックスが鎌を振り抜きミオを弾き飛ばす。そのまま嘲笑いながら再びトワに襲いかかる。
徹頭徹尾腹の底から愉快で仕方がないと言わんばかりの様子で語り続けたエックスと、その場から一歩も動けずに立ち尽くしていたトワ。己の過去を知り、絶望に囚われ戦う気すら失せた中で首を刎ねてやろうと鎌が迫る。あまりの速さにミオもノア達も割り込むことはおろか、アーツの支援すら間に合わないのは明白だった。
捕らえた。そう確信したエックスが凶悪な面を更に醜悪に歪ませて得物を振り切った——。
「——そうだね、お前の言う通りだ」
——振り切った、筈だった。
がきん、と硬い物同士が衝突する音が響き、劇場が一瞬静まり返る。
エックスの鎌は黄色の堅固なエーテルの盾によって、鋭く重たい一撃の衝撃全てを防がれていた。
「たとえメビウスから解放された世界でも、ただ待つだけだったら何も変わらない。地面を見て弱いから仕方がないって泣くだけの弱いボクのままだろうね」
REXを握る手に力を入れれば、応じるように"盾"が拡張しその勢いでエックスごと攻撃を弾き飛ばす。
「ボクが幸せになるのなら、変わるのなら、顔を上げて手を伸ばさないと駄目なんだ。どれだけ倒れてもまた立ち上がることを諦めるのだけは、誰よりもボクが許しちゃいけない。
ボクは過去を見たまま後ろ向きで進まない。過去は過去として受け止めて、未来の為に今を大切に生きる」
過去がどんな自分であろうとも、今を生きる自分は今しか存在しない。同時に過去にいた自分は過去でしかない。
ケヴェスとアグヌスの当たり前から解放され、多くの人の生きる道を知り、その果てにあるものを考え感じてきた。何が大切であるのかなんて、とっくにその答えを手にしている。
「幸せは誰かに保証されるものじゃない。だけど不幸だって誰かが押し付けて良いものじゃない」
"
「ボクはボクの中にある先に進む恐怖を、メビウスの存在を認める。——でもそれを越えていけるのもまた事実だ!」
"
アイオニオンから先を求めようとして、一度は閉じられた世界で生まれたものが失われる可能性にぶつかった。不確定な未来が恐ろしくなって、現在を保ったままこの世界を続けようと迷ってしまった。
しかし事実を知る恐怖を抱えて踏み出した一歩には希望があった。ただ怯えていたのならば決して知り得なかった、何もかもが消えはしないという確かな事実を掴んだ。
人は誰もがありとあらゆる分岐で選択を迫られる。安定した今、輝かしい過去、不安定で先の見えない未来。どれを選び取るかは様々でありながら、誰でも未来を選び取れる可能性を秘めている。
その可能性が自分ではない存在に潰されたり、誘導され自分の意志無く他の道を手に取らされることがあってはならない。一人の未来は一人の未来だ。大多数の意思によって強制されるものではない。
「ボク達はボク達の力で
REXに黄緑の光が集い新たな紋様が穴に浮かび上がる。
「誰かに用意された場なんて要らない! 自分のいるべき場所くらい自分で決められる!! "
跳躍し、落下の勢いも合わせて舞台へと思い切り叩きつける。拡散した光が触れた部分からゼットの展開した炎と氷のフィールドが一気に消滅していく。
「アアアァァ!! ムカつくムカつくムカつく!!
もう何も揺らぎはしない。だって
REXの柄を両手で強く強く握り、"封"の出力をもっと上げる。
「ぐ、ぅっ! 何故ッ! 何故、私を抑え込める程の力を!! 人工の
エックスと共に拘束されているワイも焦りの声を出し始める。メビウス一とも言える程の巨体と膂力を持つワイでさえ、"封"の鎖を引きちぎるどころか僅かな弛みを作り出すことさえ出来ない。
「……
——この世界の全てで最も強い力は"人の意思"だ。
不確定な未来を恐れた人々の"想い"が集い形を成したのがメビウスだ。弱き者でも一箇所に集約されて密度を高められたのならば、強者に匹敵する力となる。故に原初のメビウスを中心としてアイオニオンではメビウスの力が強大である。
だがそれを超えられる意思の強さを持つことは可能なのだ。未来を恐れた存在に対して抗うのであれば、己が内にあるメビウスさえも認めた上で恐怖を乗り越えてしまえば良いだけだ。
想いが集ったが故に強大ではあるが、その内の一つ一つは未来への恐怖から逃げた存在であることに変わりはない。そんな想いは真っ直ぐ未来へ向かう想いを防ぎきれはしない。
「……勿論ボク一人じゃ無理だよ。仲間がいたから、過去からずっと抗ってきた沢山の人の想いもあるから」
ヨランに救われてから自分の死に場所を求めるように無茶をしていたランツは彼の想いも全て抱えて生きると決意した。仲間を守り切って自分も生き抜いてみせると、幼きあの日から止まった光景が動き出した。
憧れの人になるのではない。強くて輝かしい誰かを全て模倣するのでもない。憧れた人とは全く異なる自分を認めて、目の前に来た好機を己が手で掴み取る。本当の自分としてセナは胸を張り、憧れのミオの隣にいる事を選んだ。
かつての生で何を経験していようと、メビウス・ディーに右目を貫かれたのが事実だったとしても今のユーニは今のユーニでしかない。今の仲間と巡り会えた幸運を噛み締めて、どんな絶望の壁の前に立とうと諦めることだけはしない。それが"今"のユーニが導き出した答えだ。
己の作戦で師を亡くし、もう一人の師の心までも深く傷つけた。その償いは自死などではない。ナミの想いが乗せられた懐中時計と共に、二度と過ちを犯さぬ為に最善を尽くし続ける。辿り着いた先でタイオンも笑っていることが、きっとナミとイスルギへの償いであり恩返しだ。
愛する人を喪ってしまったとしても立ち止まる訳にはいかない。愛する人の、仲間の、出会ってきた皆の、過去の自分自身の想いを背負っているから。どれだけ泣き喚いても良い、情けなくみっともない姿だって良い。過去を見て未来に背を向けて今に留まり続けることだけはしない。這いつくばってでも進んでやる。ノアはもう立ち止まらない。
命は永遠ではない。誰かを犠牲にして肉体の時を歪に止めてまで得る永遠に価値はない。過去から繋がれてきた想いが途切れさえしなければ自分の一部は世界の中で永遠で在れる。そしてその想いは何人たりとも奪う権利など持たない。だから負けられない——否、望まない永遠を知ったミオはもう負けない。
「弱いボクらが今を越えて未来へ歩き出せたんだ!! だからっ!! メビウスだって!! 今に留まろうとしてる沢山の人達だって、同じようにこの恐怖を乗り越えていける!!
その可能性の芽を摘む権利なんて誰にも無い!! 誰かに摘まれることも、自分で摘むこともあっちゃいけない!!」
——みんな、お願い!!」
何を、誰に対して。そんな説明は必要なかった。
ほんの一瞬の出来事。インタリンクしたウロボロス・ランツとウロボロス・タイオンが連携を取り、バリアで身を包むゼットを叩きバリアごと舞台へ強引に引き摺り戻す。もう観賞者面などさせない。
ウロボロス・ノアはコアから終の剣を引き抜き、一箇所に固められたエックスとワイを彼らのコアごと一刀両断する。無念の叫びかコアを破壊された痛みへの悲鳴なのか、両者はゼットの名を喉が張り裂けん程の絶叫を上げて白い粒子となり虚無へと溶けていった。
エックスとワイの消失に一瞬気を取られたゼットを見逃さずリクとマナナ、ゴンドウ、モニカがタイミングをぴたりと合わせ、ゼットを覆うバリアの一点へ同時に武器を突き立てる。ゼットはインタリンクの力も持たぬ輩など脅威ではないとほくそ笑み強引に吹き飛ばそうとするが、一点へと集中された武器へと乗せられた想いはそれよりも速く、強くバリアを砕いた。
「こんな紛い物!!」
インタリンクを解いたノアが大きく跳躍し、ラッキーセブンの切先を下へと向けて舞台の中央へと突き刺す。直後にメビウスの色をした紫のヒビが網目のように走り渡っていく。それは舞台上に留まることなく床から壁、天井へと広がり円環の劇場全てを覆い尽くす。
ヒビから溢れ出す紫の炎と人の声と称して良いか不明な低く生々しい鈍い音。それは劇場の底から際限なく発生し観客席にいた大量のメビウス達や劇場そのもの、果てにはゼットさえも飲み込んでいく。
殻が砕けるかのように劇場がどんどんと崩れていく。人工物と呼べるものはとっくに視界から消えてしまった。闇とも炎とも取れる何かが場を支配する中で、ゼットが立っていた所から漆黒の波が此方へと襲いかかる。顔面で強風を感じ取り反射的に目を閉じつつも、必死に両の脚と腹腔に力を入れて踏み留まる。
——が、らっ。
「……え」
ここがつい数刻前までの劇場だったのならば何でもない音だっただろう。しかし今は固形なのか液体かはたまた気体か、質量さえあるのか分からない謎の場に立っている中でのその音はあまりにも場違いであった。
音の発生源——トワの足元に全員の視線が集まった時には既にそこは崩落を始めていた。
「ッ、トワ!」
「手伸ばして!!」
ノアとミオが迷わずに手を差し伸べたが、もう身が宙に投げ出されているトワが一番理解していた。
間に合わない。
皆と離れ離れになる、自分が消える事で仲間の心に要らない揺さぶりをかけてしまう。そんなのは駄目だ。自分のせいでゼットに敗北するなんてことはあってはならない。
ならば今の自分に出来ることはなんだ、こんな一瞬でも成せることは。
「——未来を、お願い!!」
想いを託す事以外にない。
過去の人がそうしてきたように、これからの人もそうしていくように。
仲間達の姿が遠ざかっていく。自身がどうなるのかなんて勿論分からない。エネルギーの奔流に飲み込まれて消えてしまうかもしれないのに、妙に心は穏やかで確かな充足感がある。
今ならば理解出来そうな気がする。エムが、ヨランが、クリスが笑顔で信じられる人に己の全てを託した時の本当の気持ちが。やり切れたと、果たすべき役割を完遂出来たと満足したような気になる。
だがここで死ぬつもりなんてない。自分を犠牲にしてしまえば皆が悲しんでしまう。死に往く人の想いは消えないが、同時に残される人々の想いも在り続ける。ここでただ勝手に自己満足で消えてしまうのだけはやってはならない。
だから思い切り叫ぶのだ。
「ボクも行くから!! みんなのところに絶対に帰るからぁっ!!」
生きる。大切な人と共に生きる。こんなメビウス達の力に呑まれて消失するなんて絶対に嫌だ。
自分にはその意思と形に顕せるだけの
「
効果範囲はごく僅か、仲間ではなく自分だけに限ってエネルギーの全てで対象を守り切る。自己中心的な行為だと言われたっていい。今この瞬間だけは命を捨てて死に往くことの方がずっと自己中心的ではないか。
大量の紫の光が襲いかかってくる。握りしめていたREXを両腕で抱きかかえて強く目を閉じた。
絶対に、生きるんだ。
——僕はトワの傍にいる。どこにいても、どんな姿になっても。
世界の理不尽な暴力から守るのが"僕"という存在だ。