とある神狐録β   作:赤狐イナリ

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被験体28番

ボクは時々星月の元に話を聞きに行くことがある。

目的としてはただ彼女が話を聞いて欲しいだけだが、今回ばかりは勝手が違う。

 

三狐神「お邪魔しまーす...」

 

建物の中に一歩足を踏み入れれば試験管やシリンダー、見慣れない薬品が所狭しと並べられている。

最初こそびっくりしたものの、慣れればどうってことないのだ。

 

星月「『早く話してくれ』って顔してるね、どこから話そうか...」

 

彼女自体笑顔ではあるがやはり目は笑ってない。

彼女の過去を自分から話すのだ、気が進まないのもよく分かる。

 

星月「そうだね、まずは私が『人間だった頃』の話からかな。」

 

 

◯

 

 

 

 

 

『028番、出ろ。』

 

天井に設置されたスピーカーから無機質な声が響き渡る。

まず名前ではなく番号で呼ばれてたから人間としては見られてはいなかった。

無機質な声が響いたわずか数秒後にガチャンという重い音とともにドアが開く。

 

そのままドアを押して歩き出す。

無論嫌がればタダでは済むまい。

ここでは使い物にならないと判断されれば行く先は『廃棄』、つまり待っているのは『死』だ。

今まで生き延びてきたのだ、努力を水の泡にするわけにはいかない。

 

歩く先は毎回決まって全てが真っ白な部屋。

部屋の中には一本の鉛筆と消しゴム、そして紙のテスト。

席に着いてしばらくするとまたあの無機質な声。

 

『解答、始め。』

 

このテストが自分の今後を左右するのだ。

鉛筆を走らせる乾いた音が室内に響く。

確か内容は国語と数学がそれぞれ50点ずつ。

何点が合格のボーダーラインかは教えてもらえなかった。

 

『解答、止め。

鉛筆を置き、食堂へ向かえ。』

 

今回はどうだったろうか。

正直手応えはあった。

問題文を読み、理解し、答えを書くだけの作業の繰り返し。

問題の難易度は徐々に上がっていくものの、未だに分からない問題に出会ったことは無い。

...時々符号の間違いなどはあったりするが。

 

食堂に着けば他の被験体が既に席に着いて食事を摂っていた。

食事と言っても必要最低限の栄養しかないとても味気ない食事だ。

そして他の被験体たちの顔を見れば全員何かに怯えているように見える。

きっと私も同じような顔をしているんだろう、容易に想像がつく。

 

一時期は他の被験体と駄弁ることを楽しみにしていた時期もあった。

しかし、ある日を境に1人、また1人と消えてゆく。

そのことを研究者達に聞いても『お前には関係の無い話だ。』と言われ話をはぐらかされる。

何を言うか、お前らも同じ境遇に立ってみろ。

 

食事が終われば被験体にとっての地獄が始まる。

さっきのテストを行った部屋とは別の部屋だ。

そこで椅子に座れば研究者たちに拘束器具で身体の自由を奪われ、腕に注射をさせられる。

針が皮膚を貫通して自分の体の中に入って行く感覚と注射器の中のナニカが流し込まれる感覚。

今でもトラウマだ。

 

注射をしてから大抵は数分後に効果が現れ始めるが、効果が出ないということは滅多にない。

頭痛やめまいというのはまだ軽い方で、酷い時には幻覚、幻聴、一番酷かった時には丸2か月意識を失っていた。

今生きていること自体が不思議なくらいだ。

 

『あれ?効果が出てこない...まあいっか、拘束を解くから自室に戻るように。』

 

今日は相当運がいいらしい。

こう言う時は自力で自室に戻れるが、症状が重い時には運ばれて自室に戻される。

運ばれるとは言っても、ゴミを引きずるような感じで運ばれ、自室に投げ込まれる。

 

当然隣合った部屋の被験体とも話はする。

しかし、気が合ったかと思った次の日にはいなくなっていることが多い。

気がつけば他の被験体に話すことをやめていた。

 

いつしか心の底からは笑えなくなった。

『こんにちは』と『さようなら』はいつしか一緒になっていた。

 

それでもできるだけえがおでいようとした。

だってもういないひけんたいが『あなたのえがおがすき』っていってくれたから。

いつかまたあえるんじゃないかって。

他人から距離は置いていても笑顔であれば相手が不快になることはないんじゃないかって。

馬鹿馬鹿しい。

それだったら今頃社会はハッピーだろう、笑顔で埋め尽くされてるはずだ。

 

...脱走を計画したのはいつからだったか。

カレンダーも何も無い空間で時間を正確に把握している方がおかしいか。

兎に角来る日も来る日も、綿密に計画を立てた。

最初は乗り気でなかった被験体も、今の環境が変わるならということで反対はしなかった。

あいにく食堂は入り口に近かった。

全員が食堂に集まり、『廃棄』される被験体を見送る。

そしてドアが開いた瞬間、雪崩れるように全員がドア目掛けて突進して脱出した。

見張りは幸いにも居なかったので、『廃棄』される被験体を研究者の手からひったくるようにして取り、一直線に道を走る。

後ろから『追えっ!!』という声が聞こえたが研究者たちは全員の姿を見失ったのか、あえなく研究所に戻ることとなった。

 

星月「あの時施設にいた被験体は182人、急いで施設は新しい被験体を提供するように求めたらしいけど、誰が広めたか知らない悪事が世に出回って誰も被験体を寄越さないから結局潰れたらしいよ。」

三狐神「今も180人くらいの被験体さんたちは元気なの?」

星月「みんな元気よ、今でも時々私の所に来たりするわ。」

三狐神「じゃあ脱走したその後を聞かせてくれるかい?」

 

後から聞いた話ではあるもののどうやら『廃棄』される被験体は本来打たれる注射を居眠りしている研究者に打ったから『廃棄』される予定だったとのこと。

本人は脱走計画のことは知らなかったらしい。

 

そして研究所から脱走した後、しばらくして他の被験体たちと別れ、ただ細い道をゆっくりと歩いた。

 

結局は勉強しか取り柄がない被験体というのが私の正体。

いつものテストで満点を取っていたが、あの満点には何の意味もない。

少し前に被験体に言われた『人を信じろ』とはなんだったのだろうか?

結局策を提案しただけで私は何も出来ていないじゃないか。

 

『アンタは賢くて羨ましいよ〜』

 

全て人任せじゃないか、目の前の光景に何も行動できずただ怯え、結局自分の『賢さ』とやらをただドブに棄てただけではないか。

人をあまりにも信用し過ぎた。

クソが。

 

真面目であるが故にバカを見る。

こんな笑い話が何処にある?

 

「フフッ...」

 

もういっそのことぜんぶこわれてしまえばいいんだ。

 

「あはははははははははははははは!!」

 

なんだか喜怒哀楽がぐちゃぐちゃに混ざり合った感覚だ。

泣いているはずなのに笑っているのだ。なぜここまで私は愚かなんだろう。

人気のない夜空に虚しい笑い声が響くだけだった。

その笑い声が聞こえた人は誰もいない。

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