同室のグラスワンダーの様子がおかしいデス。
いつもなら部屋に戻ってきてすぐに机に向かって宿題に取り掛かり、夕食を終えてからは、自分の趣味の時間やストレッチに時間を充てるグラスワンダーだったが、今日はいつもより少し寮に戻ってくるのが遅く、どこか上の空な様子で夕食を済ませ、自室に戻ってからも、自分のベッドの上で国語の教科書を胸に抱いたまま座り込み、ブツブツと独り言を呟いている有様だ。
単刀直入に言って不気味デス。
尻尾は絶えずゆらゆらと揺れ、耳は忙しなく回っているあたり、様々な感情がグルグルと駆け巡っているのだろうということは想像できる。
独り言の端々に「あの人は」と聞き取れるあたり彼女のトレーナーと何かあったのだろう。
彼女が自分の担当トレーナーに恋心を抱いていることは、同期の仲の良いメンバーなら誰しも知っていることだ。
もしや、彼女の恋に進展があったのだろうか。
そう考えると、俄然興味が湧いて来マス。
「グラス~? トレーナーさんと何かあったデスか?」
ずいっと彼女に寄り声をかける。
すると、グラスワンダーは一瞬両耳をこちらに向け、体勢を変えないまま一瞥し
「あら、エル……戻ってきたのですか? 今日の宿題ならご自分で片づけてくださいね~」
「なっ?!」
これは酷い、夕食も一緒に食べ、さっきからずっと同じ部屋にいたというのにこの言い草である。
「グーラースー? ちょっとエルを無視しすぎじゃないデスか~? 愛しのトレーナーさんとチュウでもしたデスか?」
「ええ……」
「ケ?! ほ、ホントにチュウしちゃったですか?!」
「ええ……」
「どどどどんな感じデスか? やっぱり初めてはレモンの味なんデスか?!」
「ええ……」
「グラス?」
「ええ……」
あ、これ全然話聞いてくれてないやつデスね。
「グラス、やっぱり宿題見せてほしいデース」
「ええ……」
「グラス、アルファベットの一番初めの文字ってなんデス?」
「ええ……」
「グラスー? 私たちの世代で最強は、このエルコンドルパサーということを認めマスか?!」
「……ええ」
これは、ちょっとやそっとの事ではこっちに意識が戻ってくることはなさそうデース……
もうちょっと派手にイタズラしましょう!
「馬場チョップならぬエルチョップデェェェェス!!!」
全力で叩くのはさすがに気が引けたので、少し力を抜いた脳天唐竹割りをお見舞いする。
ゴッという音と共にグラスの頭が勢いのままに下に傾くが、当のグラスは相変わらずぶつぶつと独り言を呟いたままこちらに意識を向ける様子はない。
「ならばもう一発! 逆水平チョップデェェェェェス!!!!」
今度は胸元にお見舞いする、グラスワンダーの柔らかく、しかし自分には劣る二つの膨らみの感触がを受けて、勝利が見えてくる。
「ふっふっふ……バストサイズはやはりエルの圧勝デース。しかしこれだけやっても何も反応がないなら、もっと派手な固め技も試して、ついでに動画も一緒に撮るデース。」
イマイチ頭の上がらない友人で遊んでいる優越感と彼女に背を向けて、試す固め技を悩む私は、背後で湧き上がる青い炎に気づかなかった。
ブワっと何かが広がる音と共に視界が真っ白になり、何事かと声を上げる間もなく私の意識はナニカに刈り取られた。
〇
翌朝、久々の梅雨の晴れ間の朝日を受けて、白く輝く大きなてるてる坊主が、美浦寮の軒先に吊るされているのが見つかり、中から気絶したエルコンドルパサーが発見され、寮長のヒシアマゾンは監督不行き届きとしてエアグルーヴに絞られたのであった。