アルシャードセイヴァー・リプレイ ノベル・レイアース+a 作:椎名真白
2013年12月6日金曜日午後0時30分――。
「なぜこうなった!?」
足元を掠める銃弾に悲鳴を上げ、
それを追う警官隊。現在樹理は指名手配犯、殺人鬼ヤマトノナデシコとして追われる身だった。
何故こうなったのか。帽子を目深に被り、物陰に隠れながら逃走を続ける。
時折魔術と思われる攻撃も飛んできており、警察の中に神秘関係者まで混じっているのは明白。厄介なことこの上ない。
たまに警官の方に銃弾が飛び、樹理の仕業にされている。見れば嘗て交戦経験もある死の商人――TANATOSの構成員と思わしき姿があった。
一体どれだけの規模に追われているのかは分からないが、目下警官から逃げるのを第一優先とする。
路地裏から飛び出せば、丁度そこに警察の姿。銃を構え樹理を狙う。
これはまずいと横を見れば、街中をうろつく子供の姿。
背に腹は代えられんと横へ飛んでその人物を人質に取る。
「そこをどかないとこの少年がどうなってもいいのか!」
それを遠目から見ていたのは、二人の人物……ドイツ支部のアーデルとハインツだ。
日本支部に救援を求めてきたはずが、支部員が人質を取っている。
「なんだあの状況?」
「むっ? あれは情報に聞いてた日本支部の……。追われているようだな。何が起きている?」
「知らん、とりあえずこっちに注目させよう」
突然の路地裏ライブ。この状況が分からないのかと合流した警官が保護に向かう。
未だ警戒が続く中、捕らえられている少年……と間違われた少女、ビリーは樹理の顔を見る。
「どったの? 偽の殺人姫さん」
人質にされている自覚がないようで、何で突然抱き着かれたんだろうと疑問に思う。
「その子を解放しろ!」
「おのれ殺人鬼め……」
「法の裁きを受けろ!」
「死ね!」
おい最後とツッコむ気力もなく、どうしたものかとしどろもどろになっていると、突然空に穴が開いた。
「ああああああああああーーーーーーー!?」
「ぷぎゃっ!?」
ビリーはするりと樹理の手をすり抜け脱出すると、そこへ空から降ってきたサーラが落下。樹理を下敷きにする。
あいたたたとお尻を撫でつつ立ち上がり、周りを見渡し状況判断。
「む……目撃者が多いですね…………とりあえず一旦ごまかしましょう」
ここがどこかは分からないが、神秘案件に巻き込まれたのは確実。
一般ピーポーには早々に立ち去って貰おうと魔術師の習性として取り合えず結界でごまかすを使う。
幸いにもこの場で樹理を追っている者の中に結界を認識できる者はいなかったようで、隔絶された世界に結界を張ったサーラ、追われている樹理、人質にしていたビリー、ドイツ支部のアーデルとハインツだけが残された。
「ふー、とりあえず状況確認っと……おや?」
下で潰されている樹理に気付いたサーラ。
樹理は結界に巻き込まれながら、どうしてこんなことにと数時間前のことを回想する。
※
午前8時――。
一仕事を終えた樹理はそろそろ朝食でも食べようかと休憩を挟もうとする。
そこへまた一本の電話がかかってきた。
「はいはい、もしもし?」
「
「日本語喋れ、馬鹿野郎」
「
「なんでだよ!」
やはり重要なことは日本語で話してくれないドイツ支部。
録音だけはしてあるものの、全く内容が理解できなかった。
※
「ひっ……く、来るな……」
樹理を追っていた警官隊の一人であり、魔術師でもある男は暗い路地裏で後退る。
仲間の無線に応答し合流しようとしたところ、迷子らしい少女を見つけた。
殺人鬼は人質を取っているというし、早く合流したいところだが、その少女はあろうことか不審な男に声をかけられ、そのままついていこうとしていた。
流石にこれは放置できないと不審な男に声をかければ逃亡。追いかけようとしたところ、その少女に声をかけられ思わず立ち止まってしまった。
大丈夫だよと、安心させようと声を出そうとしたが、出ない――喉にナイフが刺さっていた。
「ッ!?」
「あは」
慌てて魔術を放ち抵抗するも、
「あはは」
当たったはずの少女の笑い声が耳元からする。
魔術で回復しながらばっと振り返れば右目にナイフが突き刺さり、悲鳴を上げて魔術を連打。辺りの建物に傷がつくが、それどころではないと無我夢中で攻撃を放つ。
「ど……どうだ……!?」
背中に違和感。それは腹を突き破り、体から生えていた。
「ひっ……」
それが体から抜け、大量の血が溢れる。
それを魔術で回復しながら、ただひたすらに逃げた。
逃げて、逃げて、その先で。
気付けば男は追いつめられていた。
少女を無視して合流すればよかったものを、話しかけたが運の尽き。今宵の犠牲者は逃げた男から、この警官の魔術師に変わってしまった。
元々ただの警官の一人だった男は、ある日神秘に遭遇する。
それから、魔術、奈落、クエスター。この世界の神秘のことを知り、魔術連盟に加入した。
神秘の秘匿を重要視する連盟の一人として、警官に紛れ神秘事件があれば人知れず解決する。
時折事件捜査の中、普通人に気付かれないように魔術を使うこともあり、バレなきゃ問題内の精神で活動していた。
今回だって、樹理に他の普通人に気付かれないよう魔術を放ち、早々に蹴りをつける予定だった。
それなのに樹理は軽い身のこなしでそれらを躱し、逃走を続けている。
早く捕まえないと、被害が増えてしまう。
相手はもう、なりふり構っていないのか、子供すら人質に取っている。
早く……助けてあげないと。助けて……、
「た、たすけ……」
男の意識はそこで途切れた。
残されたのは、冷たい体になった肉の塊。
男を殺した少女は男の持ち物の漁ると身分証明書を見つけ出し記載された住所を確認する。
それから何度か頷いて、それが近場だと分かるとその足で男の家に向かう。
ピンポーン。
「ママだ!」
「パパかもしれないよ!」
インターホンの音が鳴り、リビングで寛いでいた二人の兄弟が玄関に向かう。
父親は仕事でいつも帰りが遅く、今日とてこの時間帯に帰って来ることはあり得ないだろう。
けれど少ない可能性であったとしても、最近遊んでいなかった父親に会いたいという気持ちは大きなもので。
どちらかと言えば買い物に出かけた母親の可能性が高いだろうと思いつつ、兄の方が玄関にある子供用の小さな脚立を登って玄関の覗き穴から外の様子を確認する。
そこには父親の顔があり、驚いた顔で誰かな、誰かなと言っている弟にそのことを教える。
「パパ!」
玄関の扉を開き、待ちに待った父親を迎え入れる。
片目から独特なオブジェクトを生やした父親の姿をおかしい、と思ったのは扉を開けてからのことだった。
何か変だ。そう思った時には既に、弟の首が飛んでいた。
「え?」
入ってきたのは自分と同じくらいの年頃の少女だった。
そういえば学校で見かけたことがある。
確か名前は――。
「こんにちは」
「え……あ……? こんにち……え?」
少女の隣に倒れる弟の体。その横に首が分離している。
元は笑顔だったろうその首は、穏やかな表情のまま死んでいた。
何が起きているのか理解が追い付かないまま、急な痛みに狼狽える。
気付けば右腹から出血している。
「あぁ……い、いだい……ッ! い、痛い――いたいよぉ!?」
何が起きている。何が起きている!?
「あなた――っ!?」
玄関先から母親の声が聞こえた。
買い物から帰って来たんだ。良かった、これで助かる。
何故そう思ったのか。助かる訳が無いのに。
玄関を開いた母親は、そこにいた少女と何か言い争っているようだったが、段々と意識が遠のき、何を言っているのか上手く聞き取れない。
「何なの! ひっ、ひと……」
「ま……ま……?」
さっきまで騒いでいた母親の声が止んだ。
どうしたのか。何があったのか。それよりも痛い。助けて。
ただひたすらに続く激痛の中、最期に残った兄もまた、家族の元へ召される。
騒ぎを聞きつけた近所の人がやって来た時には既に少女の姿はなく。
閑静な住宅街に、第一発見者の悲鳴が木霊した。
ぺたり、と。
血の惨劇に塗れた一家の玄関先に、一枚のシールが貼られている。
それは、百円ショップで売っていた八岐大蛇のデフォルメされた可愛らしいシールだった。