バスルームの騒動から一夜明けた朝8時。
3人で川の字になってベッドで寝たのはいいが竜司だけは完徹し目にクマができていた。
女性に挟まれて寝るなんて新しい拷問ではないかと一晩中般若心経を唱えていたためだ。
朝ご飯を食べていると、ヘリコプターのローター音がどんどんとこちらへと近づいてくる。
外に出ると
英里子から連絡を受けた世界遺物保護協会日本支部が、ローズの調査を行うべく屋敷の庭にあるヘリポートに着陸した。
ドラゴン博士と名高い戸倉と銃火器を装備している護衛者が8名降りてくる。
もう8名は人員輸送車でやってきたので合計16名の分隊となる。
「おはようございます! 七尾英里子さんお久しぶりですね。相変わらずお美しい!」
「どうもありがとう。戸倉さんは朝からテンションが高めね」
「そりゃ伝説のドラゴンですから! 今日の会議などを急遽キャンセルしましたからね!」
お互いローター音に負けぬよう大声で話しあう。
全員降りたのを確認したヘリのパイロットはふわりと上昇する。
本来ならドアガンとして12.7㎜重機関銃M2と5.56㎜機関銃MINIMIという重装備で空から警戒にあたっていくのだが、住宅街ということもあり取りやめた。
屋敷に入るとひときわ大柄で防弾チョッキからでも筋肉モリモリマッチョマンと分かる男性が自己紹介をする。
「私が部隊を取りまとめる亀萩軍曹だ。早速だが部隊を配置して警戒にあたらせてもらう」
ローズは大柄な人たちを初めて見たのか竜司の後ろに隠れて様子を伺う。
その様子を見ていた戸倉博士は軍曹に話しかける。
「それはこの部屋もですか?」
「当たり前だ」
「申し訳ありませんがローズが怖がっているようなので、廊下で待機していただけませんか?」
戸倉が懸念を訴えかけるも軍曹は引かない。
「我々の使命は貴方とドラゴンの少女の護衛。万が一ファングが襲来したらどう責任をとるおつもりかね?」
「ですがこのままだと正常な調査ができなくなる恐れがあるのです」
バチバチと火花が散るようにお互いにらみ合う。
「じゃあこうしましょう。この部屋はスイートルームにもなっているのでドアを開けたまま隣室で待機してもらうのはどうかしら?」
英理子が場を収めるよう両者をなだめると、軍曹は納得した様子を見せた。
ただし、窓には近づかず部屋の真ん中で調査をすることが絶対条件として約束してもらう。
軍曹は命じると部下は分かれβ隊は門前、γ隊は屋敷を囲む壁、そして庭にδ隊を4名ずつ配備し万全な守りを固めた。
「ではさっそく失礼。おぉ……」
戸倉はマスクと薄手のゴム手袋を装着し真剣な顔つきでローズを身長などを計測し、薔薇のような龍紋を実際に目にすると力強く頷く。
「間違いなく彼女は炎の化身であるレッド・ドラゴンに違いありません。それに身長から彼女は幼体でしょう。成体になれば皆さんが想像するドラゴンの姿になれますが、今は背中に羽が出る程度でしょうな」
「羽ですって!?」
英里子が驚きの声をあげたことに戸倉博士は眼鏡がキラリと光る。
「生まれてから10年前後経てば背中から羽を出せることができるみたいです。お二人の反応を見るにまだ羽は出ていないようですな」
「だってお風呂に入ったときはそんなのなかったのよ……てことで竜司くん、ローズの背中見てくれる?」
「いきなり何を言ってるんですか英里子さん!」
竜司は反発するが、周りに味方はおらず戸倉博士に至っては土下座でお願いしている。
ドラゴンとはいえ少女の背中を見るなんてできっこない。
「仕方ありませんね……では私がやりましょう」
土下座から勢いよく立ち上がりローズに近づいた途端、危険を察知したのかローズが戸倉博士の腹へトンファーキックをする。
「ぐはっ!」
あまりの威力に戸倉博士は後ろへもんどりを打って後ろへ1回転しソファーに激突した。
「こ、これがドラゴンの蹴り……! フフフ……貴重な体験をした……」
下手すれば肋骨が折れてもおかしくはないはずなのに、むしろ喜びに震えている戸倉博士に竜司はドン引きする。
アドレナリンが脳内から出てハイになっているのだろうか。
ローズは竜司の後ろに隠れてしまいガルル、と威嚇している。
「ほら、竜司くんがやらないから!」
「分かりましたよ! 服の上から触りますからこれで勘弁してください! ローズ、ちょっと触るよ……」
服の上からそっとローズの背中に触れると、くすぐったいのか頬を紅潮させプルプルと体を震わせる。
「感触はどうですか?」
戸倉博士が尋ねると竜司は首をかしげる。
「うーん、肩よりすこし下に固い感触というか突起がありますが……」
「ふむ、肩甲骨あたりですか。いずれかは羽が出せるようになると思いますが、まだそこまで成長していないようですね。ふむ、手記の内容通りだ」
戸倉は激突したソファーに座りメモ帳を取り出して書き留めていく。
「手記? へぇー、誰がか記録したのがあるのね~?」
最後の小声を聞き逃さなかった英里子が戸倉博士に詰め寄る。
しまった、という表情を浮かべる戸倉博士だがはぐらかしたらボコボコにされそうな気配を感じ取ったのか観念するように口を開いた。
「ここからは独り言ですが、10年前にバルカン半島のとある国で発見されたものです。ドラゴン研究のほぼ90%はとある一人の男の手記によって成り立っているのが現状です。手記は最高機密扱いとなり上層部や私のような研究者などほんの一握りの方しか知らない内容となっています」
「なるほどー。その手記の内容教えてほしいなーっ!」
せがむ英里子に目をそらしながらまるで自白する犯人のように。
「彼は住まいの近くでダチョウの卵よりもはるかに大きい卵を拾い、孵化したドラゴンを1人で育て上げたようなんですよ」
「えぇっ、ドラゴンって卵生だったの!?」
英里子が仰天するとここから俺のターンだといわんばかりに張り切って語りだす。
「この手記をもとにバルカン半島へ何度も派遣しましたが、一向にドラゴンは見つかりませんでした。ですが彼の住まいを捜索すると紅い龍紋や毛髪などがいくつも見つかったことでドラゴンがいた形跡を見つけることができたのは収穫でした。これらは協会の最深部で手記と共に厳重に保管してあります」
10年前、バルカン半島、そして卵のキーワードを聞いた竜司は存在する記憶を思い出した。
「もしかしてその国はアルバニアですか?」
「え、うむ、そうだが……なぜ君が知っているんだい?」
ギョッとする博士に竜司は蘇った記憶を辿るように説明する。
「僕が5歳の頃、両親と一緒にアルバニアへ遺物調査のため連れていかれました。道中で両親とはぐれてさまよっていると卵を見つけ、巣から落ちそうだったので支えていると卵が割れて少女が出てきたところまで覚えています……」
「ほぅ……もしや両親の名前は如月かね?」
「えぇ、僕が長男の如月竜司です」
「なんと……世界的に名が知られているトレジャーハンター如月夫婦のご子息でしたか! 如月夫婦が協会に残した功績は図りきれないんだよ!」
「は、はぁ……」
遺物の為なら世界中を飛び回るほど放任主義の典型例なので、あまりいい思い出はなく苦笑いするしかなかった。
「それはそうとふ化の瞬間を見てしまったから、竜司くん卵が苦手になったのね」
「かもしれません……」
確かに普通卵から人が産まれるなんてそれこそファンタジーでしかあり得ない光景だ。
幼い時に目撃してしまったならトラウマになってしまうのも頷ける。
「ところでその首輪は彼女のものなのかい? にしてはずいぶんと装飾が豪華だが……」
戸倉博士は先ほどから気になっていた首輪の件を尋ねる。
拘束目的ならシンプルな首輪でいいはずなのに、宝石類がちりばめられているのはさすがにおかしいと思っていた。
「遺物っぽいんですよね。彼女を保護した時から首輪がつけられていて外そうと試みましたが……」
英里子が説明し戸倉博士はルーペを取り出し首輪の装飾を観察する。
「ふーむ、もしその首輪が拘束目的ではなく遺物なら身に着けているのも納得できます。ドラゴンは遺物を集める習性があるらしく、もしドラゴンの営巣地を発見できれば卵だけでなく未発見の遺物が見つかる可能性が高いんです。あ、これも極秘の情報でしたな……くれぐれも他言は無用でお願いします」
口を滑らした戸倉博士がこの件はご内密にとせがむ。
英里子は最高機密になっていた理由が分かった。
(協会がドラゴン探索に躍起になるのはこういうわけね。世界中の人間がローズだけでなくその仲間のドラゴンが狩りつくされて絶滅するかもしれないわね)
竜司も彼女の今後を考えてしまう。
生まれながらにして彼女は命を狙われ、生涯人間の私利私欲のために利用されるかもしれないことに気が重くなる。
「あ、すっかり忘れていましたがもう一人のハーフの方、ルリさんで間違いないですか?」
「えぇ、ルリは脱出しようとファングで銃に撃たれて入院しているわ。彼女も連れてこられたようでローズと一緒に港で保護したの」
本当は未来の日本、並行世界から来たのだが、混乱を防ぐためにファングのせいにすることにした。
「なるほど……ハーフとはいえドラゴンを傷つける銃器とは興味深いですね……遺物の可能性もあり得るし現場検証したいですが痕跡は消しているはずですし、なによりマスコミと警察の上層部、政界や財界の大物と癒着している噂もあるくらいですから……」
「私も黒い噂はちょこちょこ聞くわ。揉み消しや口封じ、賄賂はお手の物らしいわね」
道理でファングに関するニュースが流れないわけだと竜司は納得することができた。
「そんなに厄介な組織なんですねファングは」
「あぁ、ただ目的は遺物を盗むことだけ。単なる金儲けなら一部の人にしか分からない遺物を狙うのは非効率だ。それこそさっき言ったようにドラゴンは遺物を集める習性があると言ったね。ボスはドラゴンではないか?という推測をしていますが未だ確証たる証拠を掴めていないんだよね……」
戸倉博士はドラゴン専門のようでファングに関しては詳しく知らないようだ。
「ところで協会はドラゴンを人道的に保護するつもりよね? 面会はできるのかしら?」
「今すぐにとは言いませんし、私どもは強制はしません、強引なことをすればドラゴンにどんな悪影響を与えてしまうかまだ解明していないのであなたたちの意見、行動を尊重することを第一に考えています。面会の件については私の権限外なので保留とさせていただきます」
はぐらかすかのような回答に英里子は少し不信感をつもらせていた。
「……分かりました。結論はなるべく早めに出しますので今日はこれでお引き取りいただけますか。ローズも検査が続いて飽きているようなので」
肝心のローズはソファーでフリーダムにゴロゴロしながら遊んでいた。
「……わかりました、おっと電話だ。失礼します」
着信音が鳴り響き戸倉博士は誰かと電話越しで会話していく。
その隙に英里子と竜司は小声で話し合う。
「英里子さん、どうするんですか?」
「協会なら厳重なセキュリティに加え戦闘部隊もいくつか抱えているわ。取引で協会に引き渡さずこちらで保護する手も考えたけれど、もしファングが取り戻しにここへ押し寄せてきたら私たちだけで対処できないし、なにより近所の方々を巻き込んでしまう恐れがあるからね」
確かに銃火器で装備したファングが大人数で押し寄せてきたと想像するだけで恐ろしい。
「もう1つの問題はルリよ。この世界の人ではなく並行世界の日本から来た人だからドラゴンのハーフというだけで協会に引き渡すのは果たしていいことなのかしらね……それにおそらくどちらも社会から隔離される可能性は高い」
「つまりローズとルリさんは一生の別れになると……?」
近いうちに面会もできると思っていたのに、心臓の鼓動が大きくなる。
「ただでさえ希少なドラゴンに加えハーフもいる。協会は何が何でも手放したくないでしょうね」
どちらの選択が最良なのか天秤をかける中、門前には学生と隊員がやり取りをしていた。
「申し訳ありません。ただいま取り込み中なので」
「はうぅ……」
竜司の幼馴染でもありクラスメイトである
だが勇気を出して責任者らしい人に尋ねるも門前払いをくらってしまう。
どうしようかとウロウロしていると黒塗りの高級車が止まり、後部座席からドアが開けられるとモデルのような青年が降りてくる。
身なりからマフィアかと江藤は思ったが、彼はこちらに目を向けると優しく微笑み会釈した。
「ここが姫のいる屋敷か……ほぉ、七尾家とは懐かしい」
片方にイヤリングをつけている青年は表札を見て何かを懐かしむかのように呟く。
「あの、申し訳ないのですが取り込み中ですので……」
隊員の忠告に関係ないという風に青年はズカズカと壁に向かい右手をかざすと手のひらから黒い霧が出現し、壁がズブズブと溶けて丸い穴が開く。
あまりの非現実的な光景にβ隊の隊員と江藤は呆然とする。
我に返りβ隊はMP5を構えるが、射線上に民間人がいることに気づき分隊長が声を荒らげる。
「ダメだ撃つな! 銃を降ろせ!」
「ですがあいつ、普通の一般人ではありませんよね!?」
「おいおい、あいつ呼びとは……虫けらのくせに頭が高いぞ」
彼の地雷を踏んでしまったのか、背中から2m近い大きさの黒い翼が現れると正体が判明する。
「ど、ドラゴンか!」
『こちらβ隊、ドラゴンと接触! γ隊とδ隊、門前へ支援求む。なお民間人がそばにいるため今は射撃できない』
β隊の分隊長が無線を行うも、彼から放たれる殺気に気圧された部下が恐怖心からかMP5を乱射する。
「待てっ! 射撃中止! 交戦規定違反だぞ!」
「ですがっ!」
だが発砲した瞬間ドラゴンの青年は背中から黒翼を展開し左翼で彼女を覆うように守護り、右翼で自分自身を覆う。
遺物ではないただの9mm×19mmパラベラム弾では翼を傷つけることはできず、虚しく弾かれ地面に落ちるだけだった。
呆れた彼は翼を動かすと突風が吹き荒れβ隊と応援に駆け付けたγ隊とδ隊、人員輸送車をおもちゃのように軽々しく吹き飛ばしてしまう。
「やれやれ、隣にお嬢さんがいるのに構わず発砲するとは……ずいぶんと野蛮な組織なんだな。甲斐、事が終わるまでお嬢さんを安全な場所へ」
「かしこまりました」
あんぐりと口を開けている江藤はただただ甲斐の言うことをおとなしく聞き安全な場所へ避難する。
これで邪魔者がいなくなったドラゴンの青年は我が物顔で庭へと乗り込んだ。
発砲音と窓ガラスが割れる音が聞こえ、隣の部屋で待機していたα隊が一斉に4人を守護るように展開する。
「誰でもいい、応答せよ! ……だめか。ファングではなくドラゴンが襲来するとは」
ドラゴンというキーワードが出た戸倉はその正体を目で確かめたかったが、軍曹に止められがっくりと肩を落とす。
「急いでセーフティールームへ逃げるわよ」
英理子の提案に軍曹はどこにあるのかと問う。
「廊下を出て階段を下りた地下室にあるわ」
「なら俺達が殿を務める。お前たち、時間稼ぎするぞ」
部下たちは頷くとMP5のセレクターを安全から全自動射撃に切り替える。
室内にきた場合に備え
防護盾と
ローズが何かを感じ取り声を出そうとしたが一歩遅かった。
2人は見えない何かに吹き飛ばされ窓を割り屋外へ放り出されてしまい気絶する。
ぽっかりと大きな穴が開いた壁には外が見え、ドラゴンと思われる青年がにやりと見ていた。
「あ、あれがドラゴンですか!」
戸倉が好物を見つけた子供のように目を輝かせて感嘆をあげる。
「くそっ……おい、急いでセーフティールームへ行け! 博士も……」
「いえ、私はここで見届けます!」
「死んでも知らんぞ?」
軍曹が親切心で警告するが戸倉は鼻息を荒くして訴える。
「ドラゴンと相まみえて死ぬなら研究者冥利につきます」
「そ、そうか……」
戸倉の熱量に押された軍曹はそれ以上の説得は無意味だと判断し、3人に避難を促す。
3人がセーフティールームへ向かうを確認し隊長らが銃を構えトリガーに指をかけたが、それよりも早く突風が吹き荒れ戸倉博士諸々引き飛ばし、屋敷も半壊する。
竜司は屈強な人がこんな簡単に倒され、屋敷が軽々しく吹き飛ばされたことが信じられず呆然とする。
英里子が遺物であるステッキで状況を打開しようとしたが、察知した彼は一気に詰め寄り英里子の口に手をかざすと膝から崩れ落ちた。
「英里子さん……!」
死んでしまったのかと思い駆け寄ると、呼吸はしていたので眠ってしまっただけだと分かり安堵する。
「おぉ、さすが七尾家だな。Bランクの遺物も所持しているとは」
英里子のそばに落ちたステッキを手に取りまじまじと見つめる。
心臓がキュッとなるほどの存在感と重圧に首を垂れ屈服しそうになる。
「さぁ姫。迎えにきたよ」
「姫? ローズ、彼を知っているのか?」
ローズは首を横に振り竜司の後ろに隠れる。
「つれないね。その首飾りはブラック・ドラゴン代々に受け継がれているものでな。婚約者の証でもある」
首輪にそんな意味があったとは!
急いで首輪に手をかけ力をこめるがやはりびくともしない。
「馬鹿だなぁ。人間がドラゴンの首輪を外せるわけないだろ」
呆れた彼は鈍器と化したステッキで竜司の顎を撃ち抜いて蹴り飛ばす。
竜司は脳震盪を起こし廊下の壁に激突してしまう。
「リュウジ!」
ローズは慌てて駆け寄り、蹴りを放った彼をキッとにらみつける。
「そんなに怒るなよ姫。これでも手加減したんだからな、優しいだろ?」
これが手加減だと? ヘヴィ級格闘家よりも正確で重い一撃でグロッキーとなっているのに。
目の前にいる青年が何重にも見え横隔膜がせり上がって呼吸もしにくい。
「お前は……いったい何者なんだ……?」
「自己紹介が遅れたな。俺の名はオニキス。ファングの創造者でもありブラック・ドラゴンだ。姫は頂くぞ。あ、それと弱い反応だがもう一人ドラゴンがいるな? ついでに彼女も頂こうか」
ルリのことだとすぐに分かったが、いったいどうやって分かったのだろうか。
どちらも連れ去ろうとするオニキスに竜司はせめての抵抗でコンクリートの小さい破片を彼に向けて弱々しく投げつける。
「ちっ、人間より弱い虫けらのくせに一丁前に抵抗しやがって……殺すか」
放たれたドス黒い殺気に僕はここで死ぬんだと覚悟をしたが、ローズは腕を大きく広げ竜司を庇うように立つ。
連れて行かせまいと立ち上がりたいが、脳震盪のせいで叶わない願いだ。
「さすが姫。分かっているじゃないか」
ローズは竜司を心配させまいと金色の髪を揺らしながら振り向いて儚く微笑むと、オニキスの手を取り一緒に歩き出す。
ただ黙ってローズが連れ去られるのを薄れゆく意識で見るしかなかった。
ルリはいつもどおり寝相が悪くベッドから落ちそうになっていた。
「あっぶね……今何時だ?」
目が覚めスマホの画面を開くと朝9時を回っており、そろそろ看護師がきて検温と朝食を食べる時間帯なのに一向に来ていない。
それに病室は4人部屋の個室なのだが誰もいない貸し切り状態なのはいいとして、廊下、いやこの病院から人の気配がパタリと止んでいる。
邪悪な気配が窓から感じられ一瞬幽霊の類かと思ったがこの気配は間違いなく、あの少女と同じドラゴンだ。
すると空気がピン、と変わり病院に結界っぽいのが張られたように感じる。
仕切りカーテンをそっと開けると朝焼けの青空がまるで
「は……?! なんで帳が……」
リアルな帳を目の前にしてルリはそっと仕切りカーテンを閉じ、もう一度開けたが光景は変わらず頭が混乱しそうだった。
ドラゴンの気配が強くなりどんな奴が来るのかと身構えると、窓が黒い霧に覆われまるで腐食したかのように溶け、きれいさっぱり無くなる。
窓から入室してきたのは見た目は18歳くらいのモデル雑誌のような青年なのに、背中から生えてる漆黒の翼で否応なしにドラゴンだということがはっきりとわかる。
だけど1回だけドラゴンの、いやお父さんの翼を人里離れた森奥の神社で見たことがある。
なんなら背中に乗って空を飛んだりしたのであれよりはだいぶ迫力が劣るなぁと。
「へぇ……気配を探ってみたけどここにもドラゴンがいるとは。初めまして日本のご息女。俺の名はオニキス。通り名だけれど以後お見知りおきを」
「あ、ど、どうも。私は青木ルリです……」
互いに自己紹介を終えるとオニキスはルリをまじまじと見つめる。
角は生えており瞳孔はドラゴンらしいものなのだが、どうも何かが引っかかるため問うことにした。
「お前、もしかしてドラゴンと人間のハーフなのか?」
「えっ、そ、そうですがなにか……?」
「へぇ、ハーフなんだ。面白いな……ではルリ、素晴らしい提案をしよう。お前、俺の婚約者にならないか?」
いきなり婚約者になれと
「いえ、婚約者にはなりません」
「そうか……婚約者にならないなら連れ去るまで」
「はぁっ!? 誘拐するの!?」
「そうだ。俺たちブラック・ドラゴンは強い雄がなんでも手に入れられるし、ハーレムを作る権利があるからな。ありがたい話だと思え」
(思ったよりやばいやつが出てきたな。どうすんだこれ)
心の中でドン引きするが逃げる隙を見つけるため会話を続けていく。
「遠くにいるからわかりにくいけど……もう一人ドラゴンがいますよね?」
「うん? ローズのことか? 彼女はレッド・ドラゴンの姫であり俺の婚約者でもあるからな。つい先ほど屋敷に匿っているところを襲撃し奪還したばかりなんだ」
「まさか……英里子さんの屋敷を?!」
「たしかそんな名前だったな。お前の反応を見ると世話になったようだね」
「よくもっ……」
頭に血がカッと昇り体温も上がってくる。
口内が熱くなりこの感じは火炎放射だと直感したが、ここで出したら部屋が火事になってしまうため一旦冷静になる。
臆しない様子におもしれー女だと感じ取ったオニキスはこいつも手に入れたいと思う。
嫌な予感を感じ取ったルリはナースコールのボタンを押そうとしたがオニキスは鼻で笑う。
「無駄だよ。この辺にいる人間は一時的だが眠ってもらった。俺だって手荒な真似はしたくない」
「その言葉そっくりそのままお返ししますよ……」
啖呵を切ったルリだが膝はガクガクと震えているし、内心は何やってんだとポカポカ頭を叩いている。
この状況を切る抜けるにはどうすればいいのか脳内フル回転で考えている。
火炎放射はダメとなると残りは電撃しかないが、病院内の設備がお釈迦になる可能性が高い。
というか自宅で電撃を使うなとお母さんから怒られたっけな。
スマホをちらりと見たがなぜか圏外になっているので外部からの助けも呼べない。
「少し強めに結界を張らせてもらった。電波を遮断できるし、一般人にとってこの病院は認識されなくなっている。まぁ、遺物使いなら違和感に気づくことはできるかもしれんが、世界の人口70億人のうち1000人ほどしかいない。さらにドラゴンと渡り合えるであろう高レベルの遺物使いはほんの数十名。確率でいえばほぼ0%だ」
じりじりと距離を詰めるオニキスの右手には黒い霧がオーラのように出ている。
「つまり、
あの霧を喰らったらやばいと本能的に感じるも、ルリは冷静になりとある仮説を立てる。
(ドラゴンが張った結界なら、ハーフである私も破れるのでは?)
試してみる価値はあるがまずはこの状況から逃げなければならない。
普通に逃げてはあっという間に追いつかれてしまうだろうし、ドラゴンの能力を解放しスピードで逃げ切るしかない。
雷は多くの漫画で速さの象徴として描かれていたことを思い出す。
某海賊王漫画の
確か足の筋肉繊維、骨、血管の隅々まで意識するんだっけ。
彼の呼吸はやったことがないけど、今は結界の近くまで逃げて破り助けを呼ぶほかない。
見よう見まねだけど深呼吸し、大量に酸素を肺に取り込む。
これを何回か繰り返すと、帯電していき髪の毛が逆立ち周囲の空気がビリビリと震えだす。
初めて放電したあの感じが思い浮かぶ。
「お、おい……それはまさか……」
オニキスが目を開いて驚愕している今がチャンスだ。
「雷の呼吸、壱の型、霹靂一閃」
直後、雷鳴が部屋に響き渡り建物を揺らした。
「ぐおっ……!?」
突然の雷鳴にオニキスの鼓膜が揺さぶられ平衡感覚もおかしくなったせいでルリを見失ってしまう。
だが腐ってもドラゴンである。
すぐに回復し部屋を見回すが本当に消えていた。
まぎれもなくあれは雷だ。
幼馴染の皇国で古い文献を見たことがあるが、日本の南九州には火雷大神と呼ばれる伝説の神もとい龍がいたらしい。
「へぇ、ますますおもしれー女じゃん」
まさか伝説をお目にかかるとは思いもせず、なにがなんでも手に入れたいと思い舌なめずりをする。
ルリは腐食で無くなっていた窓から勢いよく飛び出したのはいいが、ここは7階だったことを思い出す。
幸い眼下に芝生が見えたので樹木があるところで落下の勢いを殺し、足から着地し体をひねりながら倒れこんだ。
患者衣が土まみれになったがそうはいってられない。
(ぶ、ぶっつけ本番で雷の呼吸と五点着地やってみたけど、なんとかなった……)
あとはオニキスが張ったであろう結界を破るだけだ。
(まだ電気は残っているから、雷を落としてみよう)
両手を空にかざすと、冷たい風と共に雨が降り雲も渦のように集まり、髪の毛がさらに逆立ってくるのでスーパーサイヤ人みたいになっている。
目もバチバチと光り口の中が変な味してきたので、そろそろ限界が近づいてきたのだろう。
ルリは両手をえいっと降ろすと、強烈な発光とともに雷鳴が爆音のように轟き、結界がガラスのようにパリンと割れ太陽の光が入ってくる。
「やった……!」
放電しきりルリの目が十字架からいつもの瞳孔に戻り、逆立っていた髪もぼさぼさだが元に戻る。
安心したのもつかの間、突然ルリの口が手で塞がれ黒い霧が口を包み込む。
(しまっ……この隙を狙ってたのか)
抵抗を試みたがどんどんと眠くなっていく。
重くなっていくまぶたにあらがえずルリは深い眠りについた。
「こりゃ驚いた……俺の結界を天候操作と雷で破るとは。本当にハーフなのかこいつ?」
オニキスはお姫様抱っこで優しくルリを抱き上げると、秘書の
ファングのトップによる襲撃で屋敷が吹っ飛んだだけでなくローズを奪われた一同は対応に追われていた。
なんとか回復した英里子は協会へ電話をかけようと携帯電話を取り出すと、病院からの電話が何本も入っていた。
嫌な予感が頭によぎったが意を決して電話をかけなおす。
「……はっ? 分かりました。あとでかけ直すので少しお待ちください」
携帯電話を切ると大声で戸倉博士を呼びつける。
「博士、ルリが行方不明になった……あいつに奪われた可能性が高いわ」
「ばかな……ルリさんが入院しているのは私と英里子さんたちしか知りえない情報なのにほんの数十分で病院を襲撃するとは……内通者がいる? それとも……」
「考察するのはあと! さっさと助けを呼んで!」
英里子が怒鳴り散らし歯ぎしりをする。やすやすと目の前でさらわれるなんて七尾家として末代の恥だ。