幻想郷に喫茶店を~東方喫茶亭   作:お茶会おじさん

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 みんな大好き萃香ちゃんです。


4.しかし此処はカフェである

 初日の営業が終了した店内、つまり魔理沙が店を去った後。千歳は明日に出すショートケーキの準備を始めていた。生クリームを泡立て、柔らかく仕上げたスポンジの上に塗っていく。その手つきは熟練した職人のそれであり、見るものを唸らせるものだった。それはいまだ、千歳に不信感をもつアグネテも例外ではなかった。

 

「はぁ~。すごいですね~。どこでそんな技術を身に着けたんですか?」

「まぁ昔に少しだけね。」

「案外器用なんですね。」

「案外、とは心外だね。」

「韻も踏めるんですね。」

「……長く生きてるとこうなるのさ。」

 

 そんな風な軽口を叩けるくらいには、互いに信頼していた。長い時間を生きている千歳にとっては、この時間さえも一瞬の記憶のうちなのだろうが、それでもアグネテはこの得体のしれない店主が心を開いてくれているようで、少し嬉しくなった。

 

 クリームを塗り終わったケーキの上にイチゴをのせ、ホイップクリームを円状に追加していく。最後にチョコレートソースをかけてホールケーキの完成である。

 この後に客から要望があればネームプレートなどを追加したりするのだ、と千歳はアグネテに言う。

 

 アグネテはその流れを五回繰り返したところで腕が痛くなり、休憩のためにカウンターに向かった。肩を回しながら椅子に座る。ここに来てからまだそんなに働いても、運動してもいないのに全身が疲れている。自分に体力がないのは知っていたけれど、まさかここまでとは思ってもいなかった。この調子だとあと二三人お客さんが来るだけで、倒れてしまいそうだ。

 

「はあ、明日からまた大変だな……。どこかに腕のいい整体師とかいないかな……。」

 と、独り言を言った時。

 

「ははは。あんた大変そうだね。私がその肩こりを直してやるよ。」

 

 バッと顔を上げると、知らない女の子が隣に座っていたのだった。

 

「ええと、あなたは誰ですか……?」

「やぁ、どうも。私は近くに住んでる、伊吹萃香っていう鬼だよ。そこらで呑んでたら、友人から『近くにカフェができた』って聞いてね。ふらーっと立ち寄ってみたわけだよ。カフェっていうのは、飲み物を出す場所のことであってるだろう? とりあえず……酒を三本持ってきておくれよ。」

「いや、ここはバーじゃないのでお酒は置いてないと思います……。っていうか、その状態を見るにふらーっていうより、ふらふら~、っていう感じですよ!?まさか、既に酔ってる状態なんですか?」

「何をバカなことを。わたしが酔ってるわけないじゃないか。この程度の酒でそんなことが起きるわけないだろ?」

 

 

 萃香は店の角にある観葉植物に話しかけていた。

 

 

「絶対に酔ってる……!」

 

 とりあえず千歳を呼びに行こうと考える。あの店主ならこの変な人とも知り合いかもしれない。

 

「おいおい、お前さん、酒はまだかい? もうそろそろで素面になっちゃうよ~。」

「そのほうが私個人としてはありがたいですね。……千歳さーん! お客さんです! けっこう酔ってる人で! 対応というか、知り合いですかー?」

 

 厨房からゆっくりと千歳が首をのぞかせる。そして萃香を見る。うげぇ、という顔をして引っ込んだ。そしてまたケーキを作り始めた。生クリームを泡立てながら、鍋にかけてあるチョコレートをボールに移していく――

 

 

「……って、なにをやってるんですか! お願いしますよ!」

 

 再び千歳は顔をのぞかせて、首を横にふる。そして手招きをしてアグネテを近くに来させる。

 

「いや……。あの鬼、萃香さんと僕は相性悪いんですよ。前に結構大変な思いをしたことがあって、苦手なんだよね……。悪いけどさ、地下倉庫の大きな棚に焼酎が十本あるから、一本ずつ渡して時間稼いでくれない? しばらくしたら僕も心の準備が、覚悟ができるからさ。」

 

 そういって千歳はいそいそと戻っていった。仕方がないのでアグネテは言われたとおりに地下への階段を降り、手前にある大きなから棚から、とりあえずの瓶を五つ取り出して、上に上がる。そして、カウンターに転がってあった栓切りで封を開け、小さなコップに注いでカウンター前で腕を伸ばしている萃香の前に置く。

 

「はい、どうぞ。」

「お、ありがとね……。って少ないね! まぁ、ゆっくり飲むからいいけどさ。」

 

 そして萃香はコップの中身を飲み干した。

 

「じゃあ次。」

「いや早すぎる! ゆっくり飲むって言ってませんでしたっけ!?」

「コップ一杯ずつゆっくり飲むってことだよ。……これでも頑張ってるんだよ?」

「頑張る方向が違う……」

 

 アグネテは再び酒を注ぐ。萃香が飲む。もう一回注ぐ。飲む。注ぐ。飲む。注ぐ。飲む。飲む、飲む、飲む――

 

「キリがない!?」

「まぁ、仕方ないね。これが鬼の飲み方だからさ。」

 

 思わずため息をつきそうになるが耐える。仮にもお客さんだ。ここでの対応を下手にすると、本来の営業に支障が出るかもしれない。ここは店員として丁寧に接客せねば。

 

「ええと、萃香さんでしたっけ。千歳さんとは、どこで知り合ったんですか? 千歳さんが、前にあなたと関わって大変な目にあったって言っていたんですけど……。」

 

「ああ、千歳ね。ええと、確か『別の友達から紹介されて、酒を飲ませまくってダウンさせた後に酒を断った千歳を袋叩きにしただけ』だよ。」

 

「思ってたより酷かった! というか千歳さんでも負けるときってあるんですね。」

 

「そりゃそうだよ。なんてったって私は、妖怪の山の四天王が一角、『小さな百鬼夜行』の伊吹萃香だからね!」

 

 萃香はそのままグラスを飲み干す。酒が回っているのか気分がどんどん上がっているのが分かる。

 

「自分で二つ名を名乗るやつって……」

 

 いつの間にか、準備を終えた千歳がカウンターに移動しており、ボソッとつぶやいていた。萃香は気にしていないように飲む。実際のところは聞こえていないだけかもしれないが。店内にも漂う酒の匂いが一般人二人の鼻をつく。思わずアグネテは顔を顰めるが萃香は構わない様子だ。

 

「うーん、一人で飲むのも味気ないからな。二人も一緒に飲まないかい?」

 

 その言葉に千歳はふいっと脇を見、そ知らぬふりをする。嫌な記憶がよみがえったのか、歯を噛んでもいた。そんな様子を見てアグネテは、どう返答するかを考える。さながら拳銃を突き付けられたウサギの様にどっちに逃げるのがより賢いのかを計算する。

 

 なかなかこない返答にしびれを切らした萃香は質問を変える。

「じゃあさ、あんたらが飲めるもんでもいいから、わたしの横に座っとくれよ。」

 

「ああ、それくらいなら……。」「僕は遠慮しとくよ。」

 

 それぞれの返事をし、二人は顔を見合わせる。アグネテは千歳に近づき、耳元でささやく。

 

 

「どうしてですか、かわいそうですよ。お酒じゃなくていいって言ってるんですから。」

 

「いやいや、それでもやだよ。なんか横に座ってるだけで殴られそうな気がするんだから。生物として危険から離れるのは当然的、必然的な本能だろう?」

 

 千歳は手を横に広げて答えた。その動作が海外ドラマの問題児キャラがやるような仕草に似ていてアグネテは少しイラっと来た。そしてアグネテは腰に手をあて言い返す。

 

「一回ボコボコにされたくらいで何言ってるんですか。千歳さんは何回でも復活できるようなもんだし、そんなこと言ってたら、他の女性の話題を出すだけでおやつ抜きにされてる私のお父さんはどうなるんですか?」

 

「君の家の事情は知らないし、例えが現状と離れすぎてるよ! 僕がボコボコにされたこととアイツがおやつ抜きにされたことなんて全然関係ないじゃないか! なんて言ったって嫌なものは嫌なんだ!」

 

 

 萃香はそんな二人の様子を見ながら、持っていた酒瓶を殻にする。残るは二本。そのうち一本はすこし古い酒のようだ。案外こだわってんな、とふと思う。日本酒の年代ものというのはなかなか見ないものだ。やはりここはバーとしても上手く繁盛するだろう。飲酒歴ウン千年の勘が言っている。先ほど千歳が飲んでいたらしき酒瓶もカウンターに置いてある。

 

(うん。なかなかいい店だ。ワイワイやるなら奥野田の店のほうが良いだろうが……。紫とかは好きそうだな。)

 

 無意識に友人のことを考える。最近誰かと呑んでばっかりだったから、誰かのことを考えやすくなってるのだろうか。自分にしては珍しい、そんな風に思う。

 

 

 もっと持ってきてほしいものだとも思ったが、このまま二人の末を見てみる。勢いが乗ってきたのか、アグネテは身体を前のめりにして、千歳はそれに対するように後ろにそらして話していた。性格の悪いことに、千歳は目線だけは見下していた。

 

「にげていても道は開かれませんよ。お母さんが言っていました、逃げてもいいのはゴキブリからだけだって。萃香さんをゴキブリだと思ってるんですか?」

 

「なら萃香もゴキブリも対して変わらないじゃないか! どこにいるか分からないうえに、実際はどこにでもいる! 伊吹いぶきもゴキブリも語感が似てると思わないか?」

 

「おい千歳殺すぞ」

 

「なんてことを言ってるんですか!? 仮にもお客さんですよ! それにこんなかわいい女の子に! やっぱり千歳さんって、ゲロみたいな匂いのぷんぷんする人間ですねッ!」

 

「それも言いすぎだと思うけどな。……それにしてもかわいいなんて、いつぶりだ……?」

 

 ツッコミを抑えられない萃香だが、突然のアグネテの言葉に不覚にも赤面する。

 

(まあ、そろそろ喧嘩を止めないとね。次のお酒も欲しいし。取ってきてもらわないと。)

 

「おふたりさーん、話は聞こえてるよ~。千歳もそんなに嫌だったなら言ってくれればよかっt」

 

「何とも傲慢な客だろう? 伊吹萃香という妖怪の正体はれっきとした『鬼』なんだ。源義経とかそんなんじゃない限り僕らに勝ち目はないんだ。酒がこれ以上まわって、万が一暴れられたときとこのまま帰ってもらうのを天秤にかけた時に、僕は立てたばかりのこの店を取るんだよ。分かるかい?」

 

「ええ、分かりますとも。でもですね、そんな強力な存在の機嫌の一つも取らずにこのまま帰したらどうなるかも考えてください。岩永姫の神話みたいにこの店も後々不利益をこうむりますよ。」

 

「やっぱり君は話している次元が違うじゃないか。大事なのはこのくそったれな鬼をいかに対処して切り抜けるかということなんだよ。分かるかい? 君の言っている話というのは確実でないうえに、準備をしておけば無傷とは言えないが、ある程度の少ない被害で逃げれるものなんだ。不可解で僕の知らないたとえ話を持ち出さないでいただきたい。」

 

「あ、あの~聞こえてるよ~?」

 

「千歳さん、あなたの考え方はこの幻想郷においては慣例に沿っていないものなんです。ただ今夜、萃香さんと仲良くやって家に帰す、それだけでこれ以上何も起こらない可能性のほうが高いです。ここで不満を持たせたまま帰らせるほうが響くと思いませんか?」

 

「ぐっ、だ、だが……。」

 

「だが、なんですか?」

 

「お二人さん、十分気持ちは伝わったからもう大丈夫だよ……? 私もまさかそこまで言い争うとは思わなかったし……」

 

 萃香の声はやはりヒートアップしている彼らに届かない。ふと萃香は店内に熱い酒の匂いが充満していることに気が付く。匂いの元を辿っていくと、カウンターに放置された酒瓶の口が開いているのが見えた。萃香は冷静に思案する。

 

(あれ? あの酒って前にも見た気が……。確かどこかの鬼が売ってたような……。それにあのラベル……、鬼人正邪ってやつだったか? なんでここに……?)

 

 萃香が考えている間、下を見ていた千歳が苦々しそうな顔でアグネテを見て再び話し始める。それに意識を引っ張られて萃香は記憶の湖から浮上する。

 千歳が言いたくなかった言葉をさらけ出すようにギリギリと歯を噛む。しかし溢れようとする言葉はなかなか抑えられない。ついに堰を切って流れ出した。

 

「だがね、ここは僕の店だ! 君がどう言葉を並べようと、怖いものは怖いし、イヤな客はイヤなんだ! わかったら店の前から閉店の札を取ってきて、そこにいる迷惑極まりない餓鬼に突き付けてやってくれ!」

 

「ハッ、そんなことでいちいち怖がってるんですか? 少しがっかりです。案外よさそうな店主さんだと思っていただけにねッ! もういいです。今からここで決着をつけましょう。魔理沙さんにやったような術でもなんでも使った来るがよいですよ。全部私の魔法でつぶしてあげますから!」

 

「ははは、あの戦いで僕が本気を出していたとでも思っていたのかい? 君のような世間知らずなお嬢様一人、一瞬だよ。一瞬。」

 

「よろしい、ならば戦争クリークです。」

 

 両者はお互いに獲物を取り出す。千歳は黒く光る鎖を、アグネテは大量の鏡を。お互いにし、迎え撃と決戦の始まりを感知し、先手を打とうと画策する。

 

 

 

 場の緊張が高まり、熱い酒の匂いが凝縮し――――

 

 

 

「うるさい! もううるさいよ! カフェで喧嘩してるんじゃあない! 酔いが覚めかけだよ!」

 

 ――――萃香の叫びと共に霧になって晴れた。伊吹萃香を四天王たらしめる能力、『密と疎を操る程度の能力』により行き詰った空気も、酒の辛く熱い匂いも、ほとばしる魔力もすべてが "疎”となりカフェ内は落ち着きを取り戻す。

 

 突然の大声に驚いた千歳とアグネテは目を丸くして萃香を見る。その間のおかげで『酔い』が醒めたのか、千歳は襟を正して萃香に向き合う。

 

「……あれ? 僕はなんでこんな奴にムキになっていたんだ? この小童……アグネテの言う通り大人しく帰ってもらったほうが良いって思っていたのに……。珍しいこともあるもんだな。」

 

「……ん? なぜ私はあんな言動を……。もっといい方もあっただろうに、なんでだろう……?」

 

「はぁ。ようやく収まったか。きっとあんたらがあんなにイラついてた理由はあれだよ。」

 

 そう言って萃香は親指で背後にあるカウンターを指さす。そこには先ほど千歳の飲んでいた酒瓶があり、そこからは微かだが白い煙のようなものが出ていた。ラベルには『情溢酒』と書いてあり、ひっくり返った鬼のマークが描かれていた。

 

「ああ、あの酒。お店を開くまえに人里に行って大量購入したうちの一つだよ。特に説明は受けなかったし、面白いデザインだったから、さっき飲んでみたんだよね。味は良かったけど、日本酒にしては辛すぎて、匂いに特化し過ぎてた気がしたなぁ。」

 

「う……。実は私もさっきちょっと飲んでみたんですよね……。一口でやめましたけど……。」

 

「これで明らかになったね。あんたらの喧嘩の原因は、そこにある鬼人正邪製の悪辣な酒だよ。奴は最近異変を起こした犯人で、異変後も下剋上をしようとしてたやつだよ。天邪鬼のくせにしたたかな奴で、霊夢も手を焼いてるんだ。気を付けたほうが良いね。」

 

「前に来たときはそんな奴の話は聞かなかったな。もっとも、前に聞いた話は巫女が魔界に行って堕天使と戦ったという話だったが。」

 

「それいつの話だい? まさか、あんたまだフロッピーディスク使ってるっていうんじゃないだろうね?」

 

「ふろっぴーディスクって何ですか? カエルみたいな名前ですけど、諏訪子さんの能力か何かですか?」

 

「?(アグネテ)...orz...(千歳)...orz...(萃香)」

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 萃香は正邪が作った情溢酒と残った二本の瓶を服の中にしまいながら言った。

 

「やれやれ。じゃあ原因がわかったところで私はお暇するとするかね。どうやら話を聞いてた限り、今のところここの店主は、私を迷惑な客だとしか思ってないみたいだしね。」

「実際そうだと思うよ。」

「あんた度胸があるのかないのかどっちなんだい……。」

 

 

「ま、いいさ。次はもっといい待遇を期待してるよ! じゃあね!」

 

 萃香は明るくなり始めた外に出る。その背中を、二人は半開きの目のまま見送る。太陽はまだ出ていないが、その背中は明るく見えた。完全に萃香が去ってから千歳はつぶやいた。

 

「あいつ、残ってた酒も持っていきやがった……。」

 

 アグネテもそれに追従する。

 

「ですね。それに喧嘩の原因は萃香さんであって、酒は火に油を注いだだけにすぎません。」

 

 二人は諦めて店内に引き返し、仮眠を取るのだった。

 




 一年以上ぶりの投稿になってしまいました。現在留学に来ている関係でなかなか時間がとれませんでした……。

 次回がいつになるかは分かりませんが、こんな作品でも読んでくださっている方がいると信じて必ず書きます!

 一応二十話ほどまでは書く予定です。

どっちの路線がいい?

  • 日常・恋愛系
  • 日常・戦闘系
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