それは、ナービィ広場での一時。
俺は芝生の上に、ビャッコを枕に寝転がりながら空をぼーっと眺めていたときだった。
「どうした蒼井」
隣で同じく寝転がって目を閉じる蒼井が唐突に話しかけてきた。
「こんな毎日が、ずっと続くといいね」
ずっと……か。
俺達は兵士だ。
明日死んでもおかしくない。
だからこれは、願掛け。
明日も明後日も明々後日も1週間後も1ヶ月後も、またこうして過ごそうという俺達の言葉に出さない『約束』。
「……そうだな」
簡潔に、それでいて残酷な嘘を吐き続ける。
「ヴァウウ…」
きっと、ビャッコは気付いてる。
だから、俺に寄り添うんだ。
「本当に、ずっと続けばいいのにな」
小さく口の中に閉じ込めた言葉は音にならずに消える。
明日は作戦当日。
それでも、この細やかな幸せを、今は噛み締めよう。
クソッ……やらかした…な。
まさか腹に穴があくとは…。
「いや、いやですリン君。大丈夫です!まだ諦めちゃいけません!だから、お願い、目を閉じないで……あなたまで失ったら私、私…!」
蒼井が必死に俺の腹に手をおいて止血しようとする。
だが、どう見ても致命傷だ。
間もなく俺は死ぬ。
何度も経験してきてるんだ。
「は…は…。あんまり…困ら…せない…でくれ、よ」
周囲にはセラフが地面に刺さっている。
同胞の物だ。
けど、それも青い軌跡を残して消えていく。
「いや、いやだよ…!」
仲間を眼の前で食われて、身体が冷たくなっていくのを感じながら看取る蒼井は、俺が死んで、心を壊さないだろうか?
「大…丈…夫さ。何たって俺は…不死身なんだ…ぜ?」
きっと、心優しい蒼井は自分を責めるだろう。
「もう、喋らないで……お願い、だから」
どうせ最後なんだ。
言いたいことくらい言わせろよ。
「だから…さ、最…期じゃ、ねぇ…よ。……けど…まぁ…、暫く…お別れ、だから、…伝えたい、ことが、あるんだよ…蒼井」
そんなに泣くなよ。
最後だけど、最後じゃねぇから。
「だから…喋っちゃ……!」
もう感覚のない手を最後の力で蒼井に伸ばし、その頬を触る。
「お前、達…と、過ごした…かけがえ…の、ない、この日々は…いつも…楽しかったぜ…。本当に、ありがとう…蒼井」
そのまま、涙を拭う。
……ははっ。
涙拭こうとして、俺の血付けちゃ世話ないな。
「蒼井も…蒼井もです!でも、これからだって、作れます…!だから、だから……!!……リン君…?リン君…!リン君!!」
蒼井が頬に添えた俺の手を握る。
感覚がないせいで、分からないけど。
きっと、温かいのだろう。
そろそろ時間だな。
……この言葉は、蒼井にとって『呪い』となるかもしれないけど。
それでも。
「…………………………生き…ろ……よ……ま、たな」
手がずり落ち、
「いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
蒼井の悲鳴を背後に俺の意識は途切れる。
ことはない。
視界が真っ暗で、まるで深海を漂っているかのように揺蕩っている。
ああ…この感覚。
また死ねなかった。
何回目だ?
確かもう■■■■は超えたはずだ。
死んで、生き返って、また死ぬ。
まるで亡霊だ。
何処でリスポーンするんだろうな…。
次の生は、どうか…『安寧な記憶を』
目が覚める。
木々が風に踊られ、心地よい音が鼓膜を震わせる。
身体を起こす。
肌を撫でる風が今が冬でないことを知らせる。
良かった。
冬じゃない。
これで、凍死は免れる。
セラフは…
「■―■■―■――■■■―■■」
大丈夫だ。
呼び出せる。
これなら、狩りが出来る。
まずは衣服だ。
鹿でも何でもいい。
剥げば防寒具位にはなるし、食料も得られる。
熊とかだといいんだけど…。
まぁ、高望みはしない。
……トランスポートは、出来ないか。
それもそうか。
デフレクタは基地じゃないと補給出来ないからな。
そろそろ動くか。
俺にとって―忌々しいことに―時間は無限だが、この『生』は有限。
まずはキャンサー跋扈するこの世界を一人で生き残る。
そして、基地に行く。
……先にくたばってんなよ、蒼井。
今から、会いに行くから。
さあ、何千、何万、何億、何兆回目の『人生』を始めよう。
この『生』が終わる場所を探して。
一緒にご飯を食べた。
一緒に遊んだ。
一緒に昼寝をした。
一緒にショッピングをした。
一緒に…戦った。
戦って、戦って、戦って。
その果てはとても残酷な記憶で、忘れたいのに忘れられない自分の体質が…今は、とても恨めしい。
冷めていく身体。
流れ続ける命の象徴たる液体。
どうしようもない程覚えている。
人の生命の終わる瞬間。
もう一度会いたい。
お話がしたい。
買い物もしたい。
昼寝もしたい。
時々変なことを言う君と、もう一度……。
無愛想だけど、笑うと少年のようなその笑顔が、もう一度…見たい。
忘れられない。
幸せで、残酷で、楽しい、辛い、そんな記憶が脳裏にフラッシュバックする。
もう……いいかな?
君の所に、逝ってもいいかな?
そう思う度に、あの言葉が私を縛る。
『生きろ』
その一言に、私は今も縛られている。
心が軋んで、涙が溢れて、それでも君は優しい目で私を宥めるんだ。
『生きろ』と。
ああ…もう、どうして…どうして……!
だから、私は今も生きている。
神様という存在が居るのなら、どうか、どうか。
安寧な記憶を私に下さい。