―The 『Human』 of Eternity Sword―
永遠神剣になっちゃった
※属性:シリアス、ギャグ、ほのぼの※
……訓練所から少し離れた森の中……
そこでアオは一人、悔しそうな顔で俺を握って素振りをしている。
服に大量の汗が浸み込んでおり、服の裾から大量の汗が滴れ落ちていた。
プルプルと腕を痙攣させながら俺を鈍重に振り上げ ――
「……ぃ……やぁ……っ!」
―― そして、力果てたように俺を振り下ろす。
『……なあ、アオ……そろそろ止めないか?
これ以上やったら、本当に身体を壊すぞ?』
「……はぁ、はぁ……」
だが、アオは俺の言葉に耳を貸す気配がない。
なんで、こんな事になっちまったのか?
……なんて考えるまでも無い。
アオと一緒に訓練していたセリアの姉ちゃんが全部悪いのだ。
事の起こりは、今日の午後の訓練で行われた打ち込み稽古の時だった。
受け手だったセリアの姉ちゃんが、攻め手であるアオの違和感に気付いたのは早かった。
……いつもより、アオの動きが鈍い事……
……攻撃の威力も、より軽くなっている事……
……刀を振る速度も、より遅くなっている事……
『アオが手を抜いている』と判断したセリアの姉ちゃんは激怒した。
アオの反論を許さず、一方的に叱ったのだ。
「真面目にやらないと、貴方だけじゃなく私達の誰かが死ぬかもしれないのよッ!」
そんな呪いの言葉を残して、セリアの姉ちゃんは怒り任せに退場……
とても悔しそうにしているアオの表情を見たのは、初めての事だった。
………………
…………
……
『まあ、なんだ……間が悪かったんだよ……』
「…………」
アオは何も答えない。
まるで自分を罰するように、疲れ果てた身体で素振りを続ける。
『今度から、筋肉痛が酷くなった時点で誰かに相談しよう? ……なぁ?』
「………………」
アオは何も答えない。
意固地になったように、黙々と素振りを続けている。
アオが筋肉痛となったのは、キード・ギレの爺さんの忠告にある。
―― この調子じゃと、貴様が皆を殺す事になる ――
その言葉を重く受け止めたアオは、その日から自主訓練を行うようになった。
腕立て伏せ、腹筋、スクワット、反復横跳び、そして素振り……
寝る前に、それぞれ10分間、合計50分……
初めての自主トレである事を考慮しなかった俺も悪いのだろう……
数日間続けてたら、初めての筋肉痛に襲われたという話だ。
午前中は気になる程度だったが、午後になってから痛みが悪化した。
その状態でセリアの姉ちゃんに声を掛けられ、今に至るという訳だ。
『………………』
いや、回想なぞしてる場合ではない。
それよりも、アオを止める方法を考えるべきだ。
だが、俺の言葉は届かない。
俺が止めるように言っても、反発するようにアオは自主トレを続けている。
普通に言っても、優しく言ってもダメだった。
自分の保身を考えるのならば、それ以上の事はしたくない。
……アオの機嫌を大きく損ねれば、俺は簡単に捨てられてしまう。
自分で動く事も出来ず、俺の声が届く奴は限られている。
そんな状態で捨てられる事だけは避けたかった。
今までの生活を思い出す。
アオを
共に生活を続け、アオの事は見極めたつもりだ。
アオが笑って許してくれるライン……
不機嫌になるが謝れば許してくれるラインを……
だからこそ、それ以上踏み込むのが怖い。
ここで嘘をついてまで説得したとして……
いつか、その嘘がバレた時、果たしてアオは俺を許してくれるのだろうか?
仲間の命が掛かってるから、アオは必死に頑張ってる。
身体を酷使して、ぶっ倒れるまで頑張り続けるつもりでいる。
そんなアオが、仲間の命に関わる嘘をついた俺を許してくれるとは到底思えない。
自分の保身だけを考えるのであれば、これ以上は言わずに見守るべきだ。
ぶっ倒れるまで、好きに続けさせてやれば良い……
だが、アオの事を考えるのであれば……今すぐにでも辞めさせるべきだ。
もしかしたらアオの異変に気付いた他の誰かが止めてくれるかもしれない。
……だが、もしかしたら、誰も止めてくれないのかもしれない。
誰かが真摯にアオを止めてくれるまで、無謀な自主トレは毎日のように続くのだろう。
その時、アオの身体が手遅れになっていない保証は何処にもない。
『…………………』
踏み込むべきか、見守るべきか……
『……クソがよ……』
俺は悪態をつきながら腹を括る。
アオが無謀な自主トレを始めてから何時間経ったんだよ?
その光景を見ながら悩み続けて何時間経ったんだよ?
もう十分だろう、いい加減に覚悟を決めようぜ……?
自分で自分を鼓舞しながら、アオに話しかけるタイミングを伺う。
大丈夫、この一ヶ月間でアオの性格は把握している。
アオは優しくて良い奴だって事ぐらい、解ってる……
……大丈夫……
真摯に誠実であるならば、アオは必ず許してくれると信じてる。
俺は確かな覚悟を持って、恐る恐ると声を掛けた。
『なあ、アオ、聞いてくれ……お前に言わなきゃいけない事がある』
「……ぜぇ、ぜぇ……い、言いたい事……?」
『ああ……だから、休みながら俺の話を聞いてくれ……』
「う、うん……わかった……」
俺の言葉に従い、アオが苦しそうに呼吸を荒げながら腰を下ろす。
言葉には魂が宿る、とは誰が言ったのか……?
いままで俺の言葉に耳を貸さなかった事が嘘みたいな対応だった。
『まあ、なんだ……
ここまで頑張ったオマエには申し訳ないんだが……
非常に残念なお知らせがある』
「……残念な、お知らせって……?」
『今日はもう、どんなに頑張っても無駄なんだ。
オマエはもう、これ以上成長する事なんて出来やしない』
俺の言葉を聞いて、アオの目から涙が零れた。
「どうして、そんな事、言うの……?」
『まず、鍛え方が間違ってる。
正しい方法で鍛えないと、アオは強くなれないんだよ』
「間違ってるって……?
だって、雫が教えてくれたんだよ?
この方法で鍛えれば強くなれるって……」
『そうだよ、寝る前に50分、毎日続ければ誰でも強くなれるさ。
……でもよ、50分を超えたら意味が無いんだ。
50分を超えて必死に頑張った時間は、全部無駄になる』
「………………」
『いいか、大切な事だから、もう一度言うぞ?
今日はもう、どんなに頑張っても無駄なんだ。
オマエはもう、これ以上成長する事なんて出来やしない。
強くなりたいのなら、明日まで我慢するしかない。
明日の寝る前に、また50分間頑張れって事……」
「……どうして……どうして教えてくれなかったのさっ!?」
『俺は止めようぜって、ずっと言い続けてただろうがッ!!』
「―― 雫の馬鹿ッ! もう知らないッ!!」
アオは八つ当たりするように俺をぶん投げる。
そして、その泣き顔を腕で隠すように、その場に寝転がった。
『あ~、そういう事するんだ! そういう奴だったんだな、オメー!
人が腹括って喋ってやったのに、この仕打ちですか!?』
「知らない、知らないツ! 雫なんて大嫌いッッ!」
ふんっ……っと、俺達は決別するように押し黙った。
……夜の蟲の鳴き声だけが周囲に響く……
蟲が奏でる鳴き声というのは不思議な力があると思う。
その音色を聞いているだけで
自棄になった思考や怒りが、少しづつ治まっていく……
―― アオの機嫌を損ねたら、棄てられる ――
それを知ってたのに、ナニやってるんだろうね、俺は……
何も言わなければ良かったのに、なんで余計な口出しをしたんだろう?
今更ながら、本当に怖くなってきた。
……今の俺に自由なんて無い……
……自分独りでは動く事すら出来はしない……
これから俺、どうなるんだろう……?
途方に暮れていると、アオのすすり泣く声が聞こえてきた。
顔を腕で隠して、声を押し殺しながらアオが泣いていた。
その声を押し殺したすすり泣く音と、夜の虫達が奏でる音色……
なんて素敵なメロディーなのだろう……
思わず舌打ちで賛美を送ってまう程だ。
……これだから、すぐに泣きが入るガキは嫌いなんだよ……
自身が感じる不安より、アオに対する罪悪感で胸一杯になる。
でも、どうすれば良かったというのだ?
アオを止める言葉が、アレしか思い浮かばなかったんだ。
もっと優しい言葉を選べば良かった……と、後悔しても遅い……
やっちまったもんは、やっちまったんだ、もう後戻りは出来ない。
今、アオが悔し涙を流しているのは、俺の最後の暴言だけが原因では無い。
過剰に訓練した時間が、全て無駄なのだと悟った事が大きいと思う。
確かに誤解を招く言い方……というか、嘘をついた事は自覚している。
過剰に訓練した分、その全てが無駄になる事は決して無い。
ただ、努力が身になる効率が非常に悪いという事だけ……
……だが、それをアオに伝えてどうなる?
今のアオには余裕が無い。
ほんの少しでも成長に繋がると解ったら、
再び無茶な自主トレに励む事は目に見えている。
そうなってしまえば本末転倒だ。
だから謝れない……
この件に関してだけは、嘘なんだと悟られてはいけない。
アオに余裕が出来るまで、この嘘は貫き通さなければいけない。
本当にどうしたもんかと悩んでいると、セリアの姉ちゃんの反応を捉えた。
すすり泣く声に誘われるように、心配そうな顔で近づいてくる。
やがて俺とアオの姿を捉えたセリアの姉ちゃんが、少しホッとした表情を見せた。
そして真っ直ぐと、セリアの姉ちゃんはアオに近づいていく……
アオはセリアの姉ちゃんの接近に気付かぬまま、すすり泣き続けていた。
「どうしたの、アオ……?」
セリアの姉ちゃんが話しかけた瞬間、腕で顔を隠し続けているアオの身体がビクっと跳ねる。
「……セリア、お姉ちゃん……どうして……?」
「夕飯の時間はとっくに過ぎてるのに、戻って来ないから……」
セリアの姉ちゃんの声は、ただただ優しい声色だった。
午後の訓練でアオを責め立てた苛烈さは何処にも無い。
「……お腹、減ってないから……いらない……」
その言葉の後に、アオの腹が空腹を知らせるように可愛く鳴る。
アオは顔を隠したままゴロンっと、恥ずかしそうに転がって背を向けた。
セリアの姉ちゃんは苦笑しながら、アオの近くにしゃがみ込む。
「アオの服、ものすごく濡れてるわ……
……あれからずっと、頑張ってたのね」
「わたし、全然……凄くなんて、無いもん……」
「……いいえ、十分に凄いわ……
私の言葉で此処まで必死に頑張ってくれるなんて……
正直、思わなかったから……」
「でも、私……強くなれて無いんだよ?
ぜんぜん、成長なんてしてないのに……」
「何を馬鹿な事を言ってるの……?
こんなに頑張っているアオが、成長していない筈が無いじゃない」
「でも、でもぉ……私は、もう成長出来ないって、雫がぁ……っ!」
瞬間、凄い怖い表情となったセリアの姉ちゃんに睨まれる。
『誤解を招く言い方は止めろぉ!!
"今日は"っつたろうが! "今日は"ッって!!』
「ヒミカが言ってた通り、碌でも無い嘘をつく神剣なのね」
だが、俺の弁明はセリアの姉ちゃんには聞こえない。
セリアの姉ちゃんは再び優しい表情でアオと向き合い、アオの頭を優しく撫でる。
「アオ、その神剣の言葉を真に受けてはダメよ……
その事は、アオが一番良く知ってる筈でしょ?」
「じゃあ、信じて良いの……? 私、本当に強くなれる……?」
「当たり前な事を聞かないで……
……さあ、今日はもう帰りましょう?」
セリアの姉ちゃんがアオの腕を掴み、アオを起き上がらせる ――
「いだっ、ぃ……」
―― その時、アオから苦悶の声が漏れた。
「アオ……? ちょっと、まさか怪我してるの!?」
セリアの姉ちゃんは慌てた様子で、アオの身体の色々な所を触り始める。
「いだっ、いだぃ?! セリアお姉ちゃん、止めっ、痛ッ!」
「骨は折れてない、外傷も無い……筋肉痛?
とにかくハリオンに癒して貰わなきゃ……」
「い、要らない……このままで、良い……」
「どうして? このままじゃ痛みが続くし、動くのも辛いのよ?」
「だって、今日の朝、雫が言ってたんだもん……
この痛みは、私が成長してるから痛んでるんだって……
この痛みに耐え続けて訓練するほど、強くなれるんだって……」
「今日の、朝……ですって?」
「……うん……だから、このままで良いの……」
急にセリアの姉ちゃんの顔から血の気が引いていく。
あれは、やっちまった……と自分の行動に後悔する時の顔である。
きっと今日訓練でアオの動きが鈍かった真の理由に辿り着いたのだ。
クールを気取っているが、この姉ちゃんも感情が顔に出やすい。
そして恨めしそうな表情になり、俺を睨んでる……?
……え、なんで……??
疑問に思っていると、セリアの姉ちゃんが疲れたような溜息をついた。
「本当に嘘ばかりを重ねる神剣なのね……
ここまで徹底してると逆に感心するわ」
「『……え??』」
俺とアオの声が重なる。
「確かに筋肉痛は、アオの筋肉が成長してるからこそ出る痛み……
でも、その痛みに耐えてまで訓練をする必要性は何処にも無い。
むしろ痛みが悪化して長引くだけだし、余計な怪我をする恐れもある。
……だから、癒しの魔法で治療するのが一番なのよ」
『―― 嘘だっ?!』
だって俺、そう教えられてきたんだぞ?
筋肉痛の状態で更に動き続けてこそ、人は鍛えられるって……
その痛みに耐えて動き続けてこそ、根性も筋肉も鍛えられるって……
俺の師匠も、八極拳を教えてくれた先生も、みんな言ってたんだもん……
昭和世代の爺様ども、全員が筋肉痛での運動を推奨してたのに?
え? もしかして俺、騙されてたって事……??
俺が筋肉痛で
……冗談でしょ?……
「……雫、どういう事なの……?」
アオがジト目で睨んでくる。
声のトーンも低く、かなり御立腹である事がありありと理解出来た。
『いや、待って……アオ、待ってくれ……待って下さい……
違う、そんな筈は無い……
そ、そうだ! セリアの姉ちゃんは知らないだけなんだって!
中世人だから時代が遅れてるだけなんだよ絶対!
現代の知識が中世
「……ふ~ん……」
『なんなんだよ、その適当な返事は!?
信じてないな? 信じて無いだろ!?
いや、本当なんだって! 筋肉は裏切らないんだ、信じてくれ!』
「アオ……『雫』は、なんて言ってるの?」
「知らない、意味解らない事言って、なんか焦ってる」
「そう、噓がバレて焦ってるのね」
『ふざけんなっ!!』
俺に対する二人の評価がガクンと下がった気がした。
……やばい、ヤヴァイ……
二人に捨てられる未来が脳裏を過ぎり、背筋が寒くなる感覚に襲われる。
助けて、ネリガキ!!
もう頼れるの、本当にオマエしか居ないかもしれん!?
「とにかく、もう遅いから帰りましょう。
これからは、身体が痛くなったら必ず癒しの魔法を使える誰かに言うのよ?」
「は~い……ごめんね、セリアお姉ちゃん……」
「気にしないで、私こそ……その、ごめんなさい……
アオが辛かった事も知らずに、とても酷い事を言っちゃった」
「いいの、セリアお姉ちゃんは悪くない……
悪いのは全部、雫……雫の所為なんだから……」
「そうね、嘘を付いた『雫』が一番悪いのよね……」
『―― だから、ふざけんなってッ!!
なんでいつも俺が悪者にされるんだよ!?』
納得いかないと吠えまくっても、この場で俺の声が聞こえるのはアオだけ……
肝心のアオは俺の叫びを知らんぷりしてるし、
セリアの姉ちゃんには、そもそも俺の声が聞こえていない。
二人は俺の声を無視するように立ち上がり、帰路に就く。
だが、アオの動きが非常に鈍い。
無茶な鍛錬を重ねて筋肉痛が悪化しているのだろう。
一歩踏み出そうとする毎に痛がって、なかなか歩を進められずに居る。
「仕方ないわね……ほら、乗りなさい……」
その痛々しい姿に耐えられなかったセリアの姉ちゃんは、アオに背を向ける形でしゃがみ込んだ。
「……いいの?」
「いいから、ほら……私の首に手を回しなさい」
アオが密着したのを確認したセリアの姉ちゃんは、アオを背負って立ち上がる。
そして軽蔑に近い眼差しで俺の方に近づいて、俺の柄を掴んで拾ってくれた。
その女神のような優しさに、全俺が泣いた……
『ヤバイ……アオ、どうしよう……?
俺、セリアの姉ちゃんに惚れたかもしれん』
「セリアお姉ちゃん、雫がね、セリアお姉ちゃんにホれたって……」
「嘘つきに惚れられても嬉しく無いわって伝えておいてくれる?」
「……だって、雫……」
速攻で振られて、全俺が泣いたのは言うまでもない。
でも諦めない、いつか好感度を上げて再チャレンジしてやる。
こんな極上の美人様に一度振られた程度で諦める野郎は存在しないと思う。
「それよりもアオ、雫の鞘はどうしたの?
流石に抜き身のままだと危ないから、鞘に収めたいんだけど……」
「……雫の、鞘??」
何処に置いたのか記憶が無いのだろう。
セリアの姉ちゃんに背負われながら、う~んと唸っている。
『セリアの姉ちゃんが切れ散らかしてた広間に置きっぱなしだった気がするぞ?』
「訓練所の広間に置いてるって……」
「……そう……片手で不安定になるけど、我慢してね……」
「うん、ありがとう、セリアお姉ちゃん……」
「気にしなくて良いのよ……
帰ったら一緒にお風呂でも入りましょうね、身体も洗ってあげる」
セリアの姉ちゃんの母性本能が爆発でもしたのだろうか?
今の二人は姉妹を超えて、もはや親子にしか見えなかった……
………………
…………
……
訓練所の入口まで近づいた時、不審な人物の反応を捉えた。
見たことが無い針金頭の青年が、第一詰め所の方角に向かっている。
『……誰だ、アイツ?』
反応を捉えたのは数秒だけ……
今はもう感知範囲外まで移動しており、その青年の詳細は掴めない。
「どうしたの、雫……?」
『いや、見覚えが無い兄ちゃんが第一詰め所に向かってるからさ……
あんな奴、居たかなぁって……?』
「どんな人?」
『針金頭が印象的だった……
アオは針金頭の兄ちゃんを見たことあるか?』
「ハリガネ、アタマ……??」
『……頭がトゲトゲしてる兄ちゃん……』
「知らない」
『だよなぁ……』
「……ねえ、アオ……」
「なあに、セリアお姉ちゃん?」
「その神剣と会話するのは構わないけど、
騙されないように、ちゃんと注意しなさいね」
『うるせえなぁ……』
いちいち注意されると腹が立ってくる。
顔は美人でも、この姉ちゃん少し苦手かもしれん……
俺達が訓練所の入口に入ると、ヘリオンのガキの反応を捉えた。
広間の片隅で、呆然とした表情で訓練所の入口を眺めてる。
……いや、呆然というよりは……
一目惚れをしてしまった、恋する乙女の表情に近いものを感じる。
……なにやってんだ、アイツ……?
「……ヘリオン?」
「本当だ、ヘリオンちゃ~ん!」
アオが嬉しそうに、セリアの姉ちゃんの背中から呼び掛ける。
……が、ヘリオンのガキは反応しない……
真正面にアオとセリアの姉ちゃんが居るのに、気づいた素振りが無い。
恋する乙女の表情のまま、入口の方角をずっと眺めてる。
「「……??」」
アオとセリアの姉ちゃんは、共に首を傾げている。
「アオ、ちょっと降りて貰って良いかしら?」
「うん……痛ッ……?!」
着地と同時に、アオが苦悶の声を上げる。
セリアの姉ちゃんは申し訳なさそうにアオを
ヘリオンの肩を掴んで揺さぶり始めた。
「ヘリオンっ! ヘリオンッ!?」
「―― ハッ?! セ、セリアさん……?」
正気に戻ったヘリオンは、慌てたように周囲を見渡した。
「ア、アオさんまで……? 一体、どうしたんですか??」
「それはコッチの台詞よ、ヘリオン……
ぼ~っとしてたみたいだけど、何があったの?」
セリアの姉ちゃんからの質問を受けた瞬間、ヘリオンの体が石造のように硬直する。
そして数秒後、ガチガチと緊張するように震えだした。
「……わ、わわ、私……は、話しちゃったんです……!
誰かが訓練してるなって思ったら……
え、えとエト、エトランジェ様で、わわわた、わたし ――
―― な、なな、名前を喋るの忘れちゃいました?!」
『可哀想に……ヘリオンの奴、とうとう壊れたみたいだな……』
……まだ若いのに、とても残念です……
「ヘリオンちゃん、落ち着いて……
そういう時は深呼吸すれば良いって、雫が言ってたよ?」
アオの助言に従い、ヘリオンのガキは深呼吸を繰り返す。
落ち着きを取り戻したヘリオンのガキは、何が起こったのかを説明し始めた。
「夕食の後、『雲散霧消の太刀』という型の練習をしてたんです。
そろそろ帰ろうと思ったら、誰かが模擬戦をしてる音が聞こえたんです」
ヘリオンは、怪談話をしてるかのような暗いテンションで話を進める。
「挨拶もしないで帰るのは失礼だと思って、音がする方に向かったんです。
そしたら、アセリアさんとエトランジェ様が訓練してたんですよぉ!」
……アセリア・ブルースピリット……
第1詰め所に所属する、ラキオス王国内で一番強いスピリットだ。
俺達は、そのスピリットと直接話す機会は無かったが、
1ヶ月も過ごしていれば、訓練所で何回か見かける機会はあった。
印象を述べるとしたら、常に鎧を装着してる点だが……
何よりも衝撃的だったのは、永遠神剣の形状が異質である点だろう。
一般的な青スピリットが扱う永遠神剣の形状はブロードソード型……
だが、彼女の永遠神剣は、柄の長さも刃渡りの長さも桁違いに長い。
大太刀を模した西洋剣、といった表現が一番近いと思う。
その全長が槍よりも長い時点で頭オカシイと思った俺は悪くない。
何よりも頭オカシイと感じたのは、
そんな異質な西洋剣を器用にブンブンと自由自在に振り回すのだ。
リーチは長いほうが絶対有利……
加えて、腕前も達人級とくれば一番強いのは当たり前である。
「へえ、アセリアとエトランジェ様が……興味あるわね」
「せ、セリアさん?!」
興味があると口にしたセリアの姉ちゃんを見て、ヘリオンのガキは激しく動揺している。
……アレは間違いなく恋をしてますねぇ、絶対……
入口を見て恍惚としてた事といい、たぶん間違い無い。
……ってなれば、あの時に感知した針金頭の兄ちゃん……
奴が噂のエトランジェ様である可能性は高い。
「……ねえ、ヘリオン……?
貴方から見たエトランジェ様は、どんな感じだったのかしら?
教えてくれると助かるのだけれど……?」
「とっても、仲間想いで……とっっても、お優しくて……
……とぉぉっっっても、素敵な御方でしたッ!!」
「そうなの……じゃあ実力の方は、どうだったのかしら……?」
「……ぅ゛……」
その問いを聞いて、ヘリオンが急に渋い顔になった。
「……そ、そのぉ……
私はアセリアさん相手に健闘した方だと思うんですがぁ……
沢山怪我をなされても、諦める事無く立ち向かう姿が素敵でぇ……
必死に頑張ってアセリアさんに挑み続けた事は、凄いなぁって……」
「……ヘリオン……?」
怒気を含んだセリアの姉ちゃんの声が発せられる。
その圧に観念したヘリオンのガキは、沈んだ口調で語り始めた。
「……その、アセリアさんが容赦無くて、一方的な戦いでした……
エトランジェ様は、戦いに不慣れな御様子、だったかなぁって……」
「ヘリオンが不慣れと評価する時点で、戦力として絶望的じゃない……」
セリアの姉ちゃんが盛大に失望したような溜息をついた。
「でもでも、本当に、ほんっとうにッ、素敵な御方だったんですよ!?
妹様と、仲間を守りたいって……
誰かを傷付ける為に強くなりたいんじゃないって……
自分が守りたいものを守るために強くなりたいって……」
「実力が伴っていないのに綺麗事だけは一人前……
そのエトランジェ様が信頼に足るとは到底思えないのだけれど……」
「そんな事ありませんッ!
セリアさんも直接お話すれば、きっと解りますッ!」
弱気なヘリオンのガキが感情的になってる姿も珍しいが……
セリアの姉ちゃんが、ここまで
見ず知らずの他人を、そこまで口悪く言うなんて……
……いや、見ず知らずの他人だからこそ
いまのセリアの姉ちゃんの姿は、初対面恐怖症であるニムガキの姿と似ている気がした。
「そうよね、ヘリオンの言う通り……
信頼に足る人物かどうかなんて直接話せば解る事よ。
だから、この話はもう御終いにしましょう」
「……はい……」
同意したヘリオンのガキだが、その表情は納得していなかった。
「それよりもヘリオン、アオの鞘を見なかったかしら?」
「アオさんの鞘……?
えっと、どこかに立て掛けてあった筈 ――」
「―― セリアお姉ちゃん、見つけたよ~」
いつの間にか、鞘を持ったアオが離れた場所に居た。
『あれ……? おまえ、いつの間に鞘を取りに行ってたの……?』
「セリアお姉ちゃんとヘリオンちゃんが話している間だけど?」
『……そう、だったんだ……』
俺が二人の話に集中していたとはいえ、
アオが離れた事に気付かなかったのが不思議だった。
常に周囲の状況がリアルタイムで感じられる状態の筈なのに……
意識を外せば気づかなくなるのは、目視で認識する時と同じらしい。
……どうでも良い知見が、また一つ広がった……
「……って、アオさん?
歩き方が変ですけど、もしかして怪我でもしたんですか!?」
ヘリオンのガキは慌てた様子でアオに駆け寄り、身体の色々な所を触り始める。
「いだっ、いだぃ?! ヘリオンちゃん、痛ッ?!」
ヘリオンの奴、セリアの姉ちゃんと同じ事してる……
「打撲? 捻挫?? いえ、肌は青くなっていませんし ――」
「―― ヘリオン、筋肉痛だからアオに触らないであげて!」
「そ、そうだったんですか?!
アオさん、すみません、痛くしちゃいましたか……?」
「大丈夫だけど、もう止めてね……」
「……はい、ごめんなさいでした……」
意気消沈して落ち込むヘリオンのガキ……
その姿を見たセリアの姉ちゃんは、微笑ましく苦笑した。
「ねえ、ヘリオン……?」
「……はい、なんでしょう……?」
「帰ったらアオとお風呂に入る予定なんだけど、貴方も来る?」
「あ、良いですね、ぜひ御一緒させて頂きますっ!」
「じゃあ、みんなで帰りましょうか?」
セリアの姉ちゃんはアオから鞘を受け取って、俺を収める。
そして再びアオを背負って、ヘリオンのガキと共に歩き始めた。
まるで家族みたいに、3人は仲良く帰路に就くのだった。