少年は必死に走っていた。
何故か?
彼に親はいない。
捨てたのか、死んだのか。それすらわからない。
物心ついた時から彼は独りだった。
彼は幸か不幸か、顔立ちは一般的に言うところの美男子であった。
少なくともこの薄汚れたスラム街では幸だったのだろう。
でなければ食うものに困り、死んでいくからだ。
徒党を組み、油断した大人から金や物を一緒に盗み分かちあった友人は何人もそれで命を落とした。
あるものは大人に気付かれ、散々殴り倒された後に衰弱死した。
あるものは物を盗めず、徒党を組めずに飢えて死んだ。
あるものはそもそも仲間を裏切り、全員からリンチを受けて死んだ。
それと比べて彼には多少腕力と脚力があり、悪知恵が働いた。
だからだろうか、食いつないでいけたのだ。
少なくとも不意を突かれて人攫いにさらわれ、男娼の娼館に飛ばされるまでは。
娼館に飛ばされてからは様々な客に様々な扱いを受けた。
ある客は加虐性癖を持ち、煙草を彼の幼い体に突きつけ、反応を味わった。
ある客は被虐性癖を持ち、鞭で彼は叩きたくもない大人を叩く羽目になった。
そんな数年間の日々は10歳ほどの少年の心を摩耗させるには十分だっただろう。
彼は大人が嫌いになった。
誰も彼も自分の欲を押し付けるだけだ。こちらのことなど何一つ考えてくれない。
次に世界が嫌いになった。
なぜ、自分を苦しめるの?なぜそんな世界にしたの?
最後に抗えない自分が嫌いになった。
なぜ、自分はこんな奴らに抗えないの?
だからこそ好機だったのだろう。
ある日、サイレンが鳴った。
客が逃げる。
従業員も逃げる。
彼は多くの男娼とともに何も知らされぬまま取り残された。
彼は「ここにいると危険なのだろう。」と判断し、大人がいなくなってからしばらくすると人が避難しているところから反対方向へまっすぐ逃げ出した。
結論から言うと街で放火事件が起き、彼はどさくさに紛れて逃げることができた。
まるで心が死にかけた彼を誰かが救うように。
だが彼は指名数ナンバーワンを頂くほどの人気があった。
そんな稼ぎ頭を娼館がみすみす逃がすとも思えない。
走る。
ただひたすらに走る。
道を走っては人に見つかるから森の中に逃げる。
ツタや木の幹が邪魔で足に傷がつく。
それでも逃げる。
どこか遠くへ、追手が来ないところまで。
喉が渇く。
構わない。
体全身が痛む。
それでも逃げる。
彼は走り続けた。
気が付くと、そこはまるで冬だった。
手と足が冷え、体が震える。
彼はこの頃はまだ知らないが、ここは北国、それも冬になりたての11月だ。
身一つで逃げてきた10歳の少年にとても耐えられる寒さではないだろう。
「はっ、はっ。」
必死に息をする。
自分はまだ生きていると宣言するように。
「はっ、はっ。」
もう限界だと体が叫ぶように。
息がうまく続かない。
ここまで逃げたのに、ここで終わるのだろうか?
「もう、終わってもいいのかな。」
もう散々な目に遭った。
もうこんな目には遭いたくない。
酷い目に遭うしかないのなら、いっそここで終わればもう苦しくなくなるのだろうか?
「違う。」
嫌だ。
諦めたくない。
まだ、何かをしたい。
誰かと一緒に笑いたい。
誰か、助けて。
そう願った時、
「おやおや、こんな寒い冬の夜に子供一人で倒れてどうしたのかね?」
彼は、「大人」に出会った。