エスケープ・フロム・アーク ~情報屋は世紀末を生きる~ 作:うかた
屋上階へ続くエレベーターに乗り込み、バッグから取り出したカードキーを操作パネルにかざす。ポーン、という気の抜けた電子音とともに、どこからともなく電力が供給され、箱が重々しい駆動音を立てて上昇を始めた。
「……照明もついてない廃ビルなのに、なんでエレベーターだけ動くんだろ。地下から電力でも引っ張ってきてるのかな……」
この『エルファス市街地跡』には地下層が存在し、そこは地上とは打って変わって上級者向けの高難易度エリアとして知られている。もしかすると、あちらの設備と電源が繋がっている仕様なのかもしれない。今度余裕がある時にでも検証してみようと思いつつ、ノアはカードをインベントリへと仕舞った。
このカードキー自体も、そこそこのレアアイテムだ。ビル内部に配置された四十体近いNPCのうち、誰か一体だけがランダムでドロップする。一度手に入れれば何度でも使い回せるという利点はあるものの、所持している個体を引き当てるまでの殲滅作業はなかなかに骨が折れるのだ。
やがて、窓のないエレベーター内のパネルが、目的の階への到着を告げた。再びポーンという音が鳴り、ゆっくりと正面のドアが開く。待ち受けていたのは、ひび割れた大きな窓ガラスに囲まれた、やけに豪奢な空間だった。
大理石製らしき四角いテーブルや、かつてはふかふかだったであろう上質なソファ。それらすべてが分厚い埃と瓦礫にまみれており、かつてこの場所が選ばれたVIPのための高級ラウンジであったことの面影を、ひっそりと伝えてきている。
エレベーターから降りるなり、ノアはすぐさま近くの遮蔽物へ滑り込み、息を潜めてフロア内にいるボス集団の位置を探った。
ここは実質的なボス戦用のアリーナだ。身を隠せるような大きな遮蔽物はなく、規則的に並んだ分厚い大理石の柱か、ひっくり返った高級家具くらいしか身を守る盾が存在しない。
おまけにここはエルファス市街地で最も高いビルの屋上であるため、別の建物から狙撃で数を減らすような小細工も不可能。完全な正面戦闘を余儀なくされる。システム的にエイム力も体力もプレイヤーより高く設定されている彼らを、この遮蔽の少ない空間で正面から撃破することは、アークにおいて『中級者への登竜門』として扱われていた。
長い年月で窓という窓が割れ、雨風の吹き曝しとなっている最上階の奥。かつては豪奢なバーだったであろうカウンターの跡地に、ターゲットであるボスと、二体の取り巻きが陣取っているのを視認した。恐らく談笑している設定なのだろう。彼らは索敵範囲に入るか攻撃を加えない限り動かず、毎回必ずプレイヤー側に初手を取らせてくれる。このアドバンテージをどう活かすかが、攻略における最大の腕の見せ所だ。
一度戦闘状態へ入ったボス達の実力は十二分な脅威だ。初手で十分なダメージを与えられなければ、圧倒的な戦闘力で蹂躙されることになる。
ノアはひび割れた大理石の丸テーブルの陰に身を屈めたまま、腰にマウントしていたグレネードを静かに手に取る。
安全ピンを抜き、彼らのど真ん中へ投げ込んだ。