エスケープ・フロム・アーク ~情報屋は世紀末を生きる~   作:うかた

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出待ち

雨上がりの濡れた道を走り、ノアはビルとビルの隙間を縫うようにして脱出ポイントを目指していた。このマップには東西南北の四方に脱出口が用意されているため、現在地から最も近い場所へ向かうのが定石だ。

灰色の戦闘服に身を包んだ小柄なアバターは、ただでさえ薄暗い廃墟の景色に溶け込みやすい。一般のプレイヤーが決して通らないような入り組んだビル内や地下ルートを駆使し、無駄な接敵を避けながら、ノアは出口の直前まで迫っていた。複雑な内部構造を持つビルを抜け、大通りを見下ろせる窓際へとにじり寄る。この通りさえ抜ければ、出口は目と鼻の先だ。

いつものように、通りを見張っている固定湧きのスカベンジャーを処理しようと、ノアは物陰から慎重に外を覗き込む。しかし定位置にいるはずのNPCの姿が、どこにも見当たらなかった。 代わりに道のど真ん中に転がっていたのは、一体の死体だ。ここを定位置とするNPCは、あんな装備をしていない。大した価値のなさそうな初期装備を身につけたまま倒れているところを見るに、運悪く狩られた初心者プレイヤーの死体だろう。さらによく観察すれば、向かいのビルの屋上に配置されているはずのスナイパーNPCすら不在だった。

誰かが直前にここを通った。そう考えるのが自然だが、ノアの中で何かが強く引っかかっていた。 不自然なのは、初心者の装備が一切手付かずで放置されていることと、大通りのNPCもスナイパーもリポップしていないという点だ。

初心者の安い装備を漁らないのはまだ分かる。インベントリに余裕がないか、あるいは今のノアのように一刻も早く脱出を急いでいたなら放置するだろう。しかし、NPCのスカベンジャーたちは倒されてもそれなりのペースでリポップする仕様のはずだ。それなのに湧き直していないのはなぜか。

 

このゲームにおいて、エネミーが湧き直さない条件の一つ。 それは、『プレイヤーの視界内に、そのリスポーン地点が収まっていること』だ。

 

 

断言するほどの可能性ではない。しかし、危険であるのならば当然警戒するべきだ。

先ほどボスの取り巻きから奪い取ったばかりの高倍率スコープを、自身の武器へと手早くマウントした。仮説が正しければ、大通りに面している四棟のビルのうち、どこかの窓が意図的に割られているはずだ。ガラス越しに狙撃を行えば、弾道が不規則に逸れてしまうから。

ノアはビルの陰に身を隠したまま、スコープ越しに一階ずつ慎重に窓枠を索敵していく。やがて、向かいのビルの屋上にほど近い高層階で、不自然に二枚の窓ガラスが割られている部屋を発見した。

さらにスコープの倍率を最大まで引き上げると、暗い室内の奥に、黒い棒のようなものがうっすらと突き出ているのが視認できる。間違いない。スナイパーライフルの銃身に取り付けられたサプレッサーだ。

 ノアは小さく眉をひそめた。出待ち(エキストラクト・キャンプ)だ。 戦利品を大量に抱えたプレイヤーが帰還する直前を狙い、脱出口のそばでひたすら待ち伏せるやり口だ。戦術としては悪くないが、やられた側からすればたまったものではない。長時間のレイドを乗り切って出口直前で、安全に待ち続けた敵に狩られるのは相当理不尽に感じるものだ。

 

このタイミングでそんな輩に出くわすこと自体は不運だが、気づかれる前に存在に気づけたのだから、いくらでも打つ手はある。

ここから北の出口へ向かうには、どうしてもあの大通りを横断しなければならない。一応、地下を通って迂回するルートも二本存在してはいる。だが、片方は脱出までに時間がかかる上に、NPCとの会敵リスクが非常に高い。もう一つは、現状では一部の熟練者しか知らないであろう隠された抜け道だ。つまり、マップの構造を熟知していない初心者や中級者がここから脱出するには、危険を承知でこの大通りを通らざるを得ない。スナイパーはそこに目を付けたのだろう。出口が目前に迫り、安堵で隙だらけになったプレイヤーを安全圏から一方的に狩るには、まさに絶好の猟場というわけだ。

 

大通りに転がっていたあの初心者らしき死体も、間違いなく狙撃手達の仕業だろう。あえて死体を漁らずに放置することで、それに釣られてノコノコと近づいてきた次の獲物を狙うための撒き餌にしているのだ。

このまま誰にも知られていない裏道を使って、安全に脱出へ向かってしまってもいい。だが、あのふざけた狙撃手にこのまま大きな顔で居座られ続けるのは、一人のプレイヤーとしてどうにも不愉快だった。

幸いなことに、アサルトライフルの残弾には十分な余裕がある。加えて、先ほどボスから奪ったばかりの複数のグレネードをはじめ、この盤面をひっくり返すための手段なら揃っていた。

ノアは敵のスコープに捕捉されないよう、慎重な足取りで窓際から後退する。そして一切の衣擦れや足音を発さないまま、狙撃手の潜む向かいのビルへと静かに移動を開始した。

 

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