エスケープ・フロム・アーク ~情報屋は世紀末を生きる~ 作:うかた
一方、眼下の大通りを見張っている狙撃手達にとって、今日の稼ぎはひどく楽な部類に入った。
マップの脱出口へと続くメインストリートに射線を敷き、ノコノコと歩いてきたプレイヤーの頭を撃ち抜くだけの簡単な作業。二人一組で長時間の待ち伏せを行っているものの、完全に「狩る側」である彼らの意識はひどく弛緩していた。無理もない。今日会敵した相手達は、だれもかれも安全圏を目前にして完全に油断しきった獲物ばかりなのだ。中にはセオリー通りに警戒を怠らない賢いプレイヤーもいたが、そもそも「そこに狙撃手が待ち構えている」とあらかじめ知っていなければ、この完璧な配置に気づくことなど不可能に近い。
仮に位置がバレて、向かってくるような命知らずがいたとしても関係ない。ビルの入り口にはいくつものトラップを念入りに仕掛けてある。万が一にも、自分達に気づかれずこの屋上にまで辿り着けるプレイヤーなどいるはずがないと、彼らは完全に高を括っていた。
ほんの五分前に仕留めた初心者らしきプレイヤーもそうだった。索敵の動き自体は悪くなかったが、結局はこちらの存在に気づくこともなく、あっけなく頭を撃ち抜かれて転がった。「もしかしたら良いレアアイテムでも溜め込んでいるかもしれないな。大した装備でもないくせに生意気なことだ」――その程度の軽い気持ちで引き金を引いたのだ。
彼らの意識は、これから大通りにやって来る次の獲物にのみ向けられている。 背後の警戒はトラップ任せで、足元への注意は完全に疎かになっていた。
だから、彼らが気づけないのは必然だった。
窓の外のスコープを覗き続け、緩んだ笑いを浮かべているその無防備な背中に――複雑な階層を迂回し、音もなく背後まで到達したノアが、冷たいアサルトライフルの銃口を突きつけるまで。
残り、あと十秒。
決着は、ほんの数秒でついた。
狙撃手としての彼らの腕自体は、確かに良かったのかもしれない。だが、完全に無防備な背中からフルオートで蜂の巣にされては、どんな熟練者であっても勝ち目はない。彼らが自信を持っていたであろう侵入経路のトラップも、初めから「ある」と想定して足元を警戒しているノアが引っかかるような代物ではなかった。
物言わぬ死体となった二人の出待ちから、ノアはそれぞれのスナイパーライフルを奪い取る。そして高値で取引されるサプレッサーと高倍率スコープだけを手早くむしり取り、重い銃本体はそのまま無造作に床へ投げ捨てた。
手元に残ったパーツを確認すると、どうやら彼らは武器のカスタムには相当な金をかけていたらしい。どれもかなり質の良いパーツばかりだ。楽をして他人の戦利品を奪おうとした彼らにとって、この高額装備の全ロストは、なかなかに痛い出費となることだろう。
これで少しは痛い目を見て反省してくれればいいが、出待ちという人種が同じことを繰り返す習性を持っていることを、ノアは経験上よく知っている。最初から彼らの改心など期待していなかった。
二人のバックパックを漁ってみるが、中から出てきたのは少量の回復アイテムと、長時間の張り込みを想定した飲食物だけだった。見事なまでに出待ち行為のためだけに特化した装備構成だ。後で獲物から奪い取った戦利品を詰め込むスペースを確保するため、あらかじめ自分たちの持ち込みアイテムを極限まで削っているのだ。どうやら、この手のハイエナ行為には相当手慣れた連中らしい。
この効率的な出待ち装備の構成を脳内へメモしつつ、ノアは最後に、死体の腕に巻かれたアームバンドを確認した。 そこに描かれていたのは、ひび割れた髑髏と奈落を組み合わせたような不吉なデザイン。それは、彼らの所属するチームが『アビサル・ゾーン』であることを示していた。
このゲームでは、勝者は死体から回収する『ドッグタグ』によって相手のプレイヤー名を判別でき、逆に敗者は、死亡後のリザルト画面で自分をキルした相手の名前を知ることができる仕様になっている。
この過酷な世界において、一度や二度の殺し合いなど、ノアからしてみれば単なる日常であり、どうでもいいことだ。だが、つまらないプライドを折られた相手から逆恨みされ、執拗に狙われるような事態になれば、ひどく面倒でつまらない。 特に、あの『アビサル・ゾーン』というクランが、仲間の仇討ちなどと称して徒党を組んでくるような組織であれば厄介だ。
そんな先のことを頭の片隅で考えながら、ノアは暗がりへと続く下り階段へ足を踏み出す。