──暗闇の中で茨を生やした分厚い手のひらがポラロイドカメラに叩きつけられる。
カメラから吐き出された写真には壮年の男と学生服の男の姿が写っている。
「…やはり…………俺の居場所を勘付いたな………来るか、このエジプトに……ジョセフと……ジョータロー……」
それからもう一度、手のひらはポラロイドカメラを叩きつけ現像されていく写真に映るのは短い黒髪の少女である。
「…………エコー、か」
呟きは暗闇の中に溶け込んで、あとに残されたのは二枚の写真だけだった。
ブンブンとどこかで虫の羽音がうるさくて目が覚めてしまった。キレそう。せっかく休んでいたってのにクソがうるせえなあ。
目を開けると座席の上をブンブンと虫が飛び回っている。飛行機の中で飛べる虫ってなに?
「か、カブト…いや……クワガタ虫だっ!」
「うう…座席の影に隠れたぞ…」
「機内に虫だと? 普通じゃあないな!」
空条先輩は立ち上がり、珍しく冷や汗をかいている。普段のクールさはどうしたんすか!
とりあえず虫ならば、と夜も更けて照明の落とされた機内にダンス・マカブラを網のように広げた。
空条先輩の頭の近くに姿を見せた大きなクワガタ虫へダンス・マカブラを近づける。一度姿を見せたならダンス・マカブラのスピードならどうとでも捕まえられる。
クワガタ虫の口からグジュグジュとさらに小さな口が伸びていく。クワガタってこんな虫だっけ?
「気持ち悪いな。だがここは俺に任せろ」
背もたれに寄りかかるよう振り返っていたため、そう言って通路に出た空条先輩と目が合った。私へ何かを伝えようとしているような…まあ気のせいかな……。
「『
クワガタ虫はスタープラチナの手刀を躱すと挑発するようにその周囲を飛んで回る。
弾丸をも掴めるらしいスピードと精密動作性を持つらしいスタープラチナを躱すとは…とアヴドゥルと花京院が慌て始める。
でもスタンドだとはっきりしたのは喜ばしい。それだけのスピードを持つスタンドであるなら、本体もそう遠いところにはいないはずである。
ならばいるのだろうな。本体が、この機内のどこかに。
「しまったッ!」
クワガタ虫から伸びた口針が空条先輩へと向かう。咄嗟に庇ったスタープラチナが手のひらに穴を作り、その歯でどうにかクワガタ虫の口針を止めた。
「歯で悪霊クワガタの口針を止めたはいいが…」
「承太郎のスタンドの舌を食いちぎろうとしたコイツはやはり奴だ…! 塔のカード! 破壊と災害…旅の中止の暗示を持つスタンド…『
そこで空条先輩の目配せの意味を理解した。
ダンス・マカブラを機内の影から
一切の光を吸収するダンス・マカブラの姿は一見して
人型だけの造作ならばそこまでのエネルギーを要しない。
あの時点でそう判断しちゃうとか、やっぱ空条先輩ってちょ〜クール……!
座席で眠る一人一人をダンス・マカブラが──真っ黒な人型が覗き込んでいく。能力のわからない未知のスタンドに、果たして見えないふりをしていられるのか。
「ひぃッ!!!?」
「ダンス・マカブラが
機内後部の座席に座った老人が小さく悲鳴をあげる。それに真っ先に動いたのは花京院だった。ハイエロファント・グリーンの触手もどうやらすでに機内全体へ巡らされていたようで老人はほんの一瞬で身体を拘束されていた。
ビュンビュンとスタープラチナの拳でも捕まらない速さで飛び回っていたクワガタ虫は老人と同じように動きを止めて機内の床へと転がった。
「ぐげげッ!! 貴様ッ花京院ッ!!」
「エコーさんのスタンドのことはDIOも知らないようだな…!」
「おのれぇえッッ!!!」
やだァ高校生組すっごぉい……。
JOJOとカキョーインの初めての共同作業♡ とでも言いたげなコンビネーションだった。いや私が挟まってるな?
「むごぐごぐあ」
「……コイツの額にはDIOの肉の芽が埋め込まれていないようだが……!?」
「タワーオブグレーは元々旅行者を事故にみせかけて殺し金品を巻き上げる根っからの悪党スタンド使い…金で雇われ欲に目が眩んでそこをDIOに利用されたのだろうよ」
ジタバタと芋虫のように床をのたうつスタンド使いの老人へアヴドゥルが他の乗客から隠すよう毛布を被せながら言った。
老人の目が何やら助けを求めるように私を見上げている。
他から奪う者は他から奪われる覚悟をするもの悪党に慈悲なんていらないのだ。
くだらないものを見たと老人から目を逸らす。そのとき機体が大きく傾いた、ような気がした。
「……」
「む? 変じゃ…気のせいかさっきから機体が傾いて飛行しているぞ…ま、まさか…!!」
ジョースターさんが呟き機体前方へと駆け出した。何事かと深いことは考えずに、そのあとを追う。
「お客様、どちらへ? この先は
「知っておる!」
「お…お客様ぁ…ハッ」
コックピットへと駆け込んだジョースターさんに困惑を浮かべていたスチュワーデスたちが一緒になってあとを追っていた空条先輩に気がつきポポと頰を染めた。
「どけアマ」
「キャ!」
空条先輩は邪魔だとはっきり態度にだしながらコックピットへ入ってゆく。押しのけられたスチュワーデスたちを抱き止めるのは花京院である。
「おっと! 失礼……女性を邪険に扱うなんて許せん奴だが…今は緊急時なんです……ゆるしてやってください」
「はい♡」
「嘘だろ花京院」
「何がだエコー」
スチュワーデスにポッポと頰を染められる花京院へ思わずツッコンでしまった。眉間に皺を寄せてイケメン面をしていた花京院が私を振り向く。
「もしや……女性慣れしてる?」
「緊急時だと言っているでしょう、バカを言っていないで僕らもコックピットへ行きましょう」
「ああ〜うん、はいそうですね、ええ」
「全く……さっきの気の利いた動きはなんだったんです?」
なんて呆れの混じった花京院の呟きに空条先輩からの目配せのおかげです…とは言わないでおくことにした。
なんだ、そうか。花京院は空条先輩からの目配せに気づいていたわけじゃあなかったのか。
そして足を踏み入れたコックピットで舌を噛みちぎられ、死んでしまっているパイロットたちを見ることになった。
パイロットらをすでに始末していること、ジョースター一行を乗せたこの飛行機が墜落するしかないことを笑いながら勝ち誇る老人(スタンド使い)を花京院がすぐさまぶん殴り気絶させた。
あまりにも速い拳。スタープラチナも超えてたね。
「フン…おぞましいスタンドにはおぞましい本体がついているものだな」
花京院のそんな呟きは聞こえないふりをしておく。それ言っちゃったらさあ、ねえ?
私の元に戻り踊るように蠢くダンス・マカブラを撫でておいた。
それからジョースターさんの操縦でどうにか飛行機は香港沖の海上に不時着する──。
「パイロットたちに犠牲者を出してしまった…」
「また飛行機に乗れば同じようなことになる可能性があります。奴の言っていた通りこのまま飛行機でエジプトを目指すことは出来ませんよ」
「確かに! 我々はもう飛行機でエジプトへ行くのは不可能になった」
救助を待つヨットの上でエジプトへは海路か陸路で進むしかないと結論になった。
飛行機には逃げ場がないしなあ、やむを得ない決断ということだ。
ここに来て、私もようやく〝原作知識〟が必要なのではと転生者として思い始めていた。
関係のない人間を犠牲にしてしまうのは、なんというか座りが悪いのだ。
〝原作知識〟でその犠牲を防げるのならその方がよいのでは、と思った。
まあ詳しく覚えていないのは仕方のないことなのだけれども…ジョジョにハマることのなかった前世が少しだけ悔やまれる。
そのまま香港へ上陸し、ホテルでひとまず休息を取った。その間、とくに特筆すべきことはなかった。
「一人にしてスタンド使いに襲われない保証もないんでのう…同室ですまんな」
「別に構いませんよ、何かが起きるメンツじゃあないでしょ」
「……」
ついさっき襲われたばかりだから、ということで安全第一。祖父孫と私が3人で同室である。
ベッドは別だし、シャワールームにも鍵付きだ。孫も女に興味ないし、そもそもジョースターの血縁者がそんなことで何事かを起こすはずもない。
祖父の方も孫の前で婦女子になんとかなんてしないでしょうにねえ。
「それと身内の前での抑止力って奴ですね」
「いやいや承太郎も男の子じゃろ、目の前にイケてる女の子がおっていかんことあるゥ?」
「じゃあジョースターさんは空条先輩の前で女の人に声かけれるんですか?」
「おお、エコー。キミは知らんかもしれんが、ジョースター家の男が生涯愛する女性はただ一人きりなんじゃよ」
「へえほお」
「信じとらん顔〜!」
憮然と眉を吊り上げるジョースターさん。
でも確か4部の主人公ってジョースターさんの隠し子じゃあありませんでした?
時期的にもう生まれているのでは?
まあ言わねえけど。
「まあまあジョースターさんがそこまで仰るなら、そういうことにしといてやりますよ」
「んも〜〜ッ! 本当なんじゃってばァッ!!」
「……やかましい奴らと同室になっちまったぜ」
端のベッドを占領し、寝タバコをキメる空条先輩が呆れたっぷりにため息を吐き帽子を被り直した。
実際このメンツで何が起きるっつーんだよ。
塔戦
〜完〜