「やっぱり得意な感じの防御系で極めていった方がいいんですかね」
「ダンス・マカブラの吸収と放出という能力は類を見ないものだ。キミ次第でいくらでも化けるだろう、エコー」
偽船長が仕掛けていた爆弾でチャーター船が爆発し避難した救命ボートでのアヴドゥルとのやりとりである。
「スタンドは本体の精神次第だ」
「なるほど」
生まれつきのスタンド使いであるアヴドゥルに言われると説得力がある。
ダンス・マカブラを傘のように頭上へ広げて日陰を作りながらアヴドゥルの言葉に頷く。
日陰があるだけで涼しさというのは結構変わるものだ。ダンス・マカブラは日光も吸収しちゃうもんね。
日焼けも防げる。こういう戦闘とは関係ないところではとっても便利。だからやっぱ戦闘向きじゃあないのかもね。
「水を飲むといい…救助信号はうってあるから、もうじき助けは来るだろう…」
ジョースターさんがアンと名乗った女の子へ水筒を渡す。アンは水筒を受け取りながら、訝しげな視線を送ってきた。
「なにがなんだかわからないけど…あんたたち一体何者なの……?」
「キミと同じに旅を急ぐ者だよ。もっともキミが父さんに会いに…ワシは娘のためにだがね」
含んだ水を吐き出したアンの視線の先…目と鼻の先にいつのまにか巨大な貨物船があった。
側面に回り込めばすでにタラップが降りていた。空条先輩が誰も顔を覗かせないことに不信を見せたけど狭い救命ボートよりはと、とりあえず乗り込んだ。
そして船内のあまりの
計機や機械類は正常に動いているらしいのに、誰もいない。
「なんかメアリー・セレスト号みたいだね」
「なんです、それ」
「ほら十九世紀の船の都市伝説であるじゃん。ポルトガル沖で発見された漂流船で、発見されたとき船内には飲みかけのコーヒーだとか髭剃りの痕跡だとか、本当に直前まで人がいたかのような痕跡が残っているのに船員の姿だけがなかったっていうやつ」
「そんな都市伝説は初めて聞きましたよ」
「え〜、オカルト界隈では結構有名なやつだったと思うけど」
伝説自体に私もそこまで詳しいわけじゃあないし、この世界なら案外スタンド使いだとか吸血鬼だとかが関わっているかもしれない。
「全員ゲリ気味で便所に入ってんじゃあねえのかッ!」
「おいッ! 誰かいないのか!」
「みんな来てみて! こっちよ、こっちの船室!」
アンの声に足を進めた。
船室に入ってすぐ中央付近でオランウータンが檻に入れられていた。
「猿よ! 檻の中に猿がいるわ!」
「オランウータンだ…」
誰もいない船の中で猿だけが残されている。檻の中にいるオランウータンへ餌をやる人間がいなかったら死んでるよな。
直球で不穏だ。
やっぱりメアリー・セレスト号的な…?
「アン、あんまり近づいちゃダメだよ。オランウータンは握力が強いから人間の腕くらい簡単に折れる」
「う、うん」
「猿なんぞどうでもいい! コイツに餌をやってる奴を手分けして探そう!」
とりあえず見えている危険に対してアンへ注意をしておく。
踵を返し、甲板へと戻ろうとしたジョースターさんのあとを追おうとして甲板のそとでクレーンが動いているところが目に入った。
ゆらゆらとクレーンが揺れている。そのフックの先に水兵とアヴドゥルが立っている。
「アヴドゥル! その水兵が危ない!!」
フックの先が水兵の頭へ突き刺さる瞬間を見てしまい、思わず顔をしかめた。
そのままクレーンに引っかかり吊り上げられる水兵……とてもグロい。
「うっわ…」
「うおおおおッ??!」
「……やれやれ、こういう歓迎の挨拶は女の子にゃあキツすぎるぜ」
そんな空条先輩のセリフに振り返るとアンが水兵の死体を見ないよう手で隠してあげていた。
ほーん、と思っていると空条先輩と目が合う。
「……」
「……」
女嫌いの空条先輩も小さな女の子には意外と優しいのかもしれないな。少し見直した。
普段あれだけファンガールに囲まれて怒鳴りつけてるもんで…なんというか意外で驚いたのである。
誰も触れていないのにクレーンが動いたのだと慌て始める水兵たちに、これでスタンド使いがいるのだと確信を得ることができた。
罠だとわかっていれば、あとは対策すればいい。
「誰か今、スタンドをチラッとでも見たか?」
「いや……」
「クレーンの一番近くにいたのはわたしだが、感じさえしなかった…」
「……」
「よし! 僕のハイエロファント・グリーンを這わせて追ってみるッ!」
ハイエロファント・グリーンが船の隙間へ潜り込んでいく。
それを見送っているとアンが不安そうにこちらを見つめていることに気がついた。
「な、なにがなんだかわからないけど…やっぱりアンタたちがいるから悪いことが起こるんだわ……疫病神なの? 災いを呼ぶ人間がいて巻き込まれるから近づくなって……そうなの?」
スタンドと無関係の一般人から見たら、疫病神扱いも残当だろう。
とくにアンはすでにスタンド使いとの戦いに巻き込まれているし、そう思わせてしまっても仕方ない。
何も知らないまま巻き込まれるのは、そりゃあ怖いはずだ。ならさっさとその不安を払拭するために敵を見つけてしまった方がいいな!
「よし、二組に分かれて敵を見つけ出すのだ。夜になるまでに…暗くなったら圧倒的に不利になるぞ」
アヴドゥルの元へ行き、指示に従ってとりあえず船内を見て回った。
だがどこにも敵らしき人影すら見当たらない。
「考えられぬ…隅々までハイエロファント・グリーンを這わせてみたが人の気配はどこにもない……パイプの中にもあらゆる隙間にもどこにもない…」
日が沈みかけたころ、探索を終えて花京院が呟いた。目視でもハイエロファントの探索でも見つからないとなると…何か仕掛けがあるということでは?
うーんなんだろう。意識の裏をつくみたいな、そういういじわるクイズみたいな仕掛けがありそう。
「アンの様子見てきます」
「ああ」
思考を一旦切り替えるため、さっきは船室で水兵たちと一緒にいたアンの様子を見にいくことにする。
屈強な水兵に囲まれているとはいえ女の子一人じゃあ、さぞ不安もひとしおだろう。ジョースターさんたちに声をかけてから船室へ足を運んだ。
アンの姿を探して船室を歩く。水兵たちはどうやら通信機器を使って他の船と連絡が取れないかを試しているらしい。
しかしそこにアンの姿はない。
「すみません、アンを見ませんでしたか?」
「ああ…あの女の子か。さっきまではそこにいたんだが」
「トイレじゃあねえか?」
「トイレにしちゃあ長すぎんぜ、おめーじゃねえんだからよ」
「品がなくてすまんな、とにかく船室のどこかにはいるだろうよ」
「はあ…そうですか……」
明らかに異常事態なんだから小さな女の子のことくらい、ちゃんと見てて欲しいよな。
いい年した大人が何人いるんだよっての……水兵たちに呆れかえりながら、また廊下へと──。
廊下の先の曲がり角に茶色い毛むくじゃらの指がわずかに覗いた。
誘うように指が動き、そっと曲がり角の向こうへ消えていく。
茶色の毛むくじゃらの指……あのオランウータンでは〜〜〜〜ッ???
パッと思いつく危険にダンス・マカブラを身体にまとって、曲がり角まで一気に駆けた。
「……」
曲がり角の先は突き当たりとなっていて、オランウータンの姿はどこにもない。
もしや敵のスタンドに何かされて…?
警戒しながらゆっくり、と突き当たりへと足を進める。
突き当たりの壁に触れて確かめてみるも当然、抜け道もない。ただの壁だ。
「ぐあは」
「あ?」
背後からの笑い声に振り返るとニタニタといやな笑いを浮かべるオランウータンが廊下を塞ぐように立っている。
眉間に皺ができていくのがわかる。背中側が突き当たり──唯一の道はオランウータンが塞いでいる。
「なるほど、袋小路ってわけ」
「ギャバギャバッ」
「おいおい……このクソ猿…」
オランウータンが笑い声を上げ、指で私の体を上から順になぞっていった。オランウータンからねっとりとした視線を感じる。
その目には覚えがある。
たとえば二回り以上歳の離れた生徒に対して下心を抱いたスケベ教師のような、そんな下品で気色の悪い目付きである。
私が世界で、この世でいッちばんッ嫌いな目だ。
「まさか発情してんのかよッ!? アァ!? 猿がテメエッッ人間さまにッ!!!」
目を見開き、睨みつけながら全身をダンス・マカブラを覆い怒り任せにオランウータンへと一歩近づいた。
「私に指一本でも触れてみな!! その瞬間にぶっ殺してやるッ!!」
「ぅを…ゥゥ…」
気圧されたのか知らねえがオランウータンの姿が
アイツが……スタンド使いだ。
私への危機はひとまず去った。とはいえ、この船に乗っている女の子はもう一人いるッ!!
アンが危ないッ!
今度こそアンを見つけるために廊下を駆け出した。
──キャアアアア!
遠くから女の子の悲鳴が聞こえた。壁の中を行き来できるっつーならそりゃあ移動も速え〜よな!
声のした方へと急ぐ。
走りながら、手のひらをグーパーと動かして殴り殺せるように慣れ親しんだ
たどり着いた先は、シャワー室。必要最低限の設備だけ用意された狭苦しいシャワールームに何故か服を身につけたクソ猿とともにタオルで体を隠したアンに、それからパイプでスタープラチナごと体を拘束された空条先輩がいた。
裸である。シャワー室であることを考えればクソ猿が人間の一番無防備になるシャワー中を狙ったのだと推測できるし。そもそもどこぞのスケベ親父もびっくりなクソ猿である。
「この…クソ…猿…がァ……」
「ワギャッ!!?」
「エコーさん!!?」
その横面を背後からバットの形をしたダンス・マカブラで殴りつけた。
クソ猿が壁に叩きつけられる。
「……エコー、そいつのスタンドはこの船全体だぜ…そいつは船のあらゆるものを自在に操る…注意しな」
「ご忠告どーも、先輩……おいクソ猿」
「ぎぎいぎ…!! ギャギャギャッ!!!」
「
頭から血を流し怒りの声らしき喚き声をあげるクソ猿をバットで指し示す。
コイツを殺したところで私の心は欠片たりとも傷つかない。より弱きを選んで欲をぶつけるようなクソカスへ罪悪感など感じるはずもない。
「必ず殺す…ッ!!!」
全身からダンス・マカブラが炎のようにチラチラと広がっていく。
私へ向かって伸ばされたパイプを触れた瞬間からダンス・マカブラがエネルギーを吸収して塵と化していくのが見える。
「船そのものがスタンド……触れただけでエネルギーを奪える私とは相性が
「ウギャアアッ!!!」
振りかぶったバットへ猿もまた臨戦体制となり牙を剥き出しに襲いかかてくる。
それに少しの恐怖も感じないのは、私が今、全身を
スタンド製のバットを握る手へ、振りかぶる腕へ、それを覆うダンス・マカブラからつい今さっき吸収したばかりの
クソ猿の頭蓋がベコリとバットの形に折れ曲がる。それでも生きているらしい。
「ヒイイイいいッ!!」
思わぬ力に怯えたように壁際まで後ずさるクソ猿。やはりほんの少しも罪悪感は浮かばない。
トドメをさして確実に殺す……。そのことだけが頭にあった。
プチプチとボタンを外して、腹を見せるクソ猿である。気色が悪いな。
「……恐怖した動物は降伏のしるしとして腹をみせるらしい……ゆるしてくれ、と言っているようだぜ。エコー…どうする?」
空条先輩の言葉に血が沸騰するような怒りが冷えていく。
この猿はすでに一人を殺している。動物を人間の法で裁くことは出来ないだろうが、スタンド使い自体が法で裁けない存在だ。
仮に裁くのならば怒りの末にではなく確たる道理があって、その上でするべきだ。
「猿には猿の道理がある…それはわかる。人間にも人間の道理がある…当然だよな」
一歩。一歩と努めて冷静に、クールに、決して怒りに囚われずに足を進める。
コイツにはより弱い方を選んで牙を剥く知能がある。野放しにすれば動物であることを差し引いたって今後必ず他のより弱い誰かが犠牲となるに決まってる。
「なら……スタンド使いにもスタンド使いの道理があるべきだろうがァッ!!!」
「ギャバッ!!?」
そうして壁ぎわへと追い詰めたクソ猿へ再びバットを振り下ろした。
視覚的に少々刺激が強すぎたかもな、と思わんでもない。
猿にトドメをさして、少しだけ平静を取り戻した。本体が再起不能になったことでスタンドである船そのものがグネグネと歪んでいく。
「アン、急いで甲板に行かなきゃ」
「この船はもう沈むぞ…脱出するぜ……乗ってきたボートでな」
「あ…う、わかった…!」
アンとともに通信室に残っていた水兵たちに声をかけて大急ぎで甲板へと戻る。
そして救命ボートに戻り、今度こそ本当の救助船が来るのを待つのであった。やれやれだ……。
「まさか…船自体がスタンドだとは…」
「なんということだ…あの猿は自分のスタンドで海を渡ってきたのか……恐るべきパワーだった。はじめて出会ったエネルギーだった……」
「我々は完全に圧倒されていた…承太郎とエコーが気づかなければ…間違いなくやられていただろう。しかしこれ以上の我々の知らぬ強力なるスタンドとこれからも出会うのか?」
ただただ驚愕といった様子の大人組に学生プラスポルナレフは平然としている。向かってくるなら倒せばいいという若者特有の血気盛んな闘争心というか楽観視みたいなものだろうか。
私としてはもう二度とあんなのはごめんなんだけど。
そして今度こそ本物の救助船が現れ、どうにか無事にシンガポールへと辿り着く。
漂流はもうごめんですわ〜〜!!!
ホテルまでの道中でポルナレフの手荷物が警官にゴミと間違われて注意を受ける一悶着があったりとしつつ一行はホテルへ。
「女の子同士だし同室でええじゃろ?」
「私は構いませんよ」
「あ、あたしもいいけどさ…恵んでもらってんだし…文句いえねーよ」
「そんじゃああとは二人部屋が2つ…」
「それなら一人部屋は俺がいいなァ、狭ェボートですっかり肩がこっちまったぜ」
「僕は誰と同室でもいいです」
「俺もだぜ」
「おまかせします」
「よし、なら部屋割りも決まりじゃな」
部屋の鍵を受け取り、アンへ笑いかける。どうもクソ猿との一件以降少しビビられてる。
まあしゃあないか〜。
「わ〜高級ホテルすご〜い」
「ちょっと年上なんだろ、はしゃがないでよッ!」
つかジョースターさんの選んだホテルがどう見ても高級ホテルなんですよ〜!
ボートでの漂流を経験したあとだからか、きっとどんな部屋でもVIPルームに見えていただろうけど。
窓から見えるシンガポールの街並みに思わず歓声をあげたらアンに呆れ顔でため息を吐かれてしまった。
「とりあえずゆっくりシャワー浴びたいよね〜!」
「ま、まあそうだな」
「船でのこともあるけど、今は私がいるからゆっくり体を休めてね」
怖い思いをさせてしまったから、とアンに提案した。
部屋の電話が鳴り響く。
『ああ、エコーか? すまん、どうやらポルナレフが悪魔の暗示を持つ呪いのデーボに襲われたようでな。五分後にワシらの部屋に集まってくれ、対策を考えなきゃならん』
「あ……わかりましたぁ。アンはどうしますか? 一人で残すのも不安ですけど…」
『関係のない女の子をこれ以上危険に巻き込むことも出来ればしたくはない…不安も理解するが部屋を出ないように言ってくれ』
「わかりましたあ……」
電話を切る。
五分、と時計を確認してからアンへ向き直ると呆れ顔のアンと目が合った。
「電話、声が聞こえてたよ。別に一人で平気だし、そもそもあんたらがいなきゃあ危険な目にだって遭わないんじゃあないの?」
「まあ…それもそうかも、ね。じゃあアン。私はジョースターさんたちの部屋にいくから、くれぐれも誰が来ても部屋の鍵を開けちゃあダメだからね」
「わかってるってば」
早く行けと手を振りながら、アンが頷く。密航するくらいの行動力がある女の子だし、少しなら平気かな?
「いい、絶対だからね。あっ私が出たらちゃんと鍵はしめて、鍵は私が持っていくから…」
「わかってる! もうッ!」
何度も言い聞かせて、部屋の扉を閉めると廊下でちょうど花京院と空条先輩と出会した。
部屋が近いから、とどうやら迎えに来ていたらしい。
「ふ。廊下まで声が聞こえてましたけど、なんだかお姉さんみたいでしたね、キミ」
「だってアンはスタンドと無関係の女の子なんですよ? 二度も三度も巻き込んだら可哀想じゃあないですか」
「ま、それはそうですけど…キミって意外と面倒見のいいタイプだったんだな」
「なにその言い方、やな感じィ〜」
「ふふ…やだなぁ褒めてるんですよ」
純粋な褒め言葉には聞こえねーんだよなァ!!
花京院の二の腕にパンチを食らわせてフンっとそっぽを向いておいた。
そうしてジョースターさんたちの部屋に集まった。
約束の五分からかなり遅れてやって来たポルナレフは疲労困憊でなぜかボロボロの状態だった。
助けを呼ぶこともできずにどうやら呪いのデーボを一人で倒していたらしい。
力(ついでに悪魔)戦
〜完〜